第12話:人間関係が最高に複雑になる朝

 色々な事があった週末が明けた月曜日。俺はいつもより少し早く学校に着いた。特に理由はない。昨日の夜 早く寝落ちしてしまったので、今朝は早く目が覚めただけだ。


 誰もいない教室は少し好きな時間。俺がぼっちなのは本来一人が好きなのだろう。性格的なものらしい。


 それでも自分が一人だと実感した時だけ寂しいと感じてしまい、友だちが欲しくなるというのは実に矛盾している。


 人間とはこのような矛盾を含んだ生き物なのだろうか。大人になってもそれは変わらないのだろうか。その辺り、俺は未来の俺に賭けているのだけど……。


 外から朝日が差し込む教室は少し不思議だ。黒板の前だけ光で普段は見えない小さな埃が舞っているのが見える。


 あれを吸い込むのは嫌な気がするけど、普段から見えていないだけで普通に吸っているはず。見えない時には気にもしないのに、見えている時だけ不安になる。


 普段は一人でも気にしないのに、自分が一人だと思うときだけ不安に思う俺のポンコツな心に似ている。


「よお、早いな」


 おっと、先客がいたらしい。


 うちの教室は窓の外にベランダがある。普段は黒板消しをはたく時以外には出ることはない。


 でも、ベランダに出て腰壁に肘をついて外を眺める様子はきっといかにも「青春らしい」だろう。


 ベランダには、真理谷まりや貞虎さだとらがいた。高身長でスポーツ万能、そして イケメン。成績もいいし、性格もいい。クラスの王子様的な存在。


 クラスの陽の者代表。恐らく全国陽キャ協会の代表顧問だ。


「最近、なんかあったか?」


「いや、特に……」


 俺は貞虎の横に立った。凄く気恥ずかしい。あの貞虎の横に俺が立つなんて……ホントにおこがましい。クラスメイトが来る頃には自分の席で文庫本でも読んでおくようにしよう。


「人ってさ、持てるものの量って決まってると思わないか?」


 ふいに貞虎が言った。


「ん?」


 王子様は時に詩的で一般人の俺では何を言っているのか分からなくなる時がある。女子なんかにはそんなところも魅力なのかもしれない。


「ただ、価値観は人それぞれでさ、俺が持っているものに対して俺が価値を見出さない場合、俺にとっては持っている気持ちはないのにカウントはされているんだよな」


「……」


 沢山の荷物を持てる話……じゃないよな。


「だから、誠が自分にとって価値があるものを持っているのは羨ましいよ」


 真理谷まりやは割と珍しい苗字だ。そして、どこか女性を思わせる。だから、貞虎は自分の事は下の名前で呼ばれることを好む。


 そして、自分の事は下の名前で呼ばせるので、俺の事も下の名前で呼ぶのだ。


 彼とは小学校の頃 同じクラスだった。中学は別の学校になって、高校で再会した。貞虎が女子だったらラノベ展開を想像するけど、お互い男だ。しかも、あいつはクラスの王子様。陽の者代表。


 陰の者代表の俺と一緒だと貞虎に迷惑がかかる。だから、こうして二人きりの時だけ話すことがある。


 俺と貞虎は友達と思ってるけど、不思議な関係。みんなには知られたくない関係。


「何かあったら言ってくれ。俺も協力するから」


 そう言いながら、貞虎がグーを作って俺に差し出す。


「ありがとう」


 俺も合わせるようにグーを作ってピタリと当てる。こういうのは、俺の場合 夜になったら我に返って恥ずかしさのあまりベッドの上をゴロゴロ転がりまくる羽目になるに違いない。


 でも、貞虎は物語から飛び出てきたような王子様的な陽キャのリア充イケメン男子。ここは俺の心を犠牲にしてでも付き合っておく必要があった。


 貞虎はいいヤツだ。自分には何のメリットもないのに協力するとか言ってくれる。見返りを求めない点において生徒会長の宮ノ入静流と似ているかもしれない。どちらも容姿が優れている点も共通している。


 容姿が優れるためには心まできれいでないといけないなら、俺は来世でも俺が俺である限り優れた容姿は望めないらしい。


「そろそろ席に戻るよ」


 俺はそう言って一人席に戻った。


「ああ」


 貞虎はそのままもうしばらく「青春フレーム」の中に納まっているらしい。


 その後、数分後にはぞろぞろとクラスメイトが登校してきてすぐに教室はいつもの活気を取り戻した。


 ついさっきまでの時間が世界中で俺と貞虎しかいない空間だったとして、今はいつもの空間。まるで異世界から戻って来たみたいに感じていた。


 ◇

「あ! 誠発見!」


 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!


「どーーーーーん!」


「ぐわっ!」


 教室の席に座っていたのに、今永麻衣に横から飛びつかれた。「裏垢女子まいまい」の中の人、今永麻衣。俺とは【共犯関係】の今永麻衣。


「日曜日もうちに来ると思ったのに! 連絡しようと思ったらアカウント知らなかった! 交換しよ?」


 そう言って、今永麻衣がスマホを取り出す。


「あ、何その嫌そうな顔! 「まいまい」のアカウントと思ったら知りたくないの⁉」


「知りたい! ぜひ、交換しよう!」


「もう、その私よりも『まいまい』にだけ反応するのやめてよね!」


「ごめん、今永さんとは まだ話す様になってちょっとしか経ってないし……」


「まあ、これから仲良くなったらいっか」


 そう言って、また俺の椅子の半分を占拠して横から抱き付くみたいに近くにいる今永麻衣。


「ほら、スマホ出して出して」


「あ、うん。でも、みんな見てるし」


 周囲を見たら、いつも今永麻衣が仲良くしているクラスのカーストトップのグループの人達がこっちを見てる。貞虎もこっちを見ていた。


「何? 誠って変なこと気にするよね。好きな人と一緒にいたらいいんじゃない?」


 流石リア充。流石陽キャ。俺が地道に経験値を上げてレベルを上げていったところの上を悠々と超えてくる。


「今日、またうちに来る?」


 俺と今永麻衣との会話を漏れ聞いて周囲がざわざわしている。そりゃあ、そうだろう。クラスのヒエラルキートップである今永麻衣が陰キャ代表の俺を家に招いた事は伝わっただろう。


 でも、そんな噂がこれ以上広まると彼女にとって良くない。俺は今後彼女と会うのを控えるか……


「実は、ウルトラマイクロビキニとデニムのウルトラショートパンツを買ったんだけど、撮影したくない?」


「したいっ!」


 ウルトラマイクロビキニとウルトラショートパンツがどう「ウルトラ」なのか知らないがとにかく見たい! そして、撮影したい!


「やっぱりね。私は絶対 誠に『今永麻衣』を好きにさせて、めろめろにさせてやるんだから!」


 今永麻衣は嬉しそうに俺の横で肩に腕を回して抱き付いている。そして、ニヤリとしたら、シャツの第二ボタンまで開けた胸元に手を突っ込んだ。


 なんか、見たことがあるな、この行動は⁉


 今永麻衣はバッと1つのUSBメモリーを掲げて見せた。


「誠! これが何か分かる⁉」


 自信満々でどや顔100%の今永麻衣。俺は土曜にUSBメモリーと2TBテラバイト分の画像をもらったはずだ。


「これはねぇ、学校の制服っぽい服ばかりを撮影した『まいまいの制服画像ぽろりもあるよ』よっっ!」


 今永麻衣が俺にしか聞こえないくらいの声で、それでいて力強く言った。


「なん……だと⁉ 何がポロリしたんだ⁉」


「それは、見てからのお楽しみ♪」


「欲しい! 絶対見たい! 見れないなら舌を嚙み切って死ぬ!」


「ふふふ、どんだけ見たいのよ。撮っておいてなんだけど、ちょっと引くわ」


 今永麻衣が嬉しそうだ。まったく、調子が狂う。これだからリア充は……。


 ここで人知れず隣の席に一人の女生徒が座った。


「ん? あの地味子は……」


「どうしたの? 誠」


「いや、隣の席に……」


「ん?」


 唐高幸江だ。彼女は教室内で徹底的に存在感が無い。確かに、黒髪黒目の上、三つ編みおさげでうちの制服を着ている。改めて認識したらこの地味子は俺の隣の席にいた。


 こうして学校では地味子だが、メイド喫茶「萌え萌えキュート」ではナンバーワンの金髪碧眼ツインテールメイド「さっちん」だ。


「おはよう、唐高さん」


「……」


 相変わらず、何を言っているのか声が聞こえない。


「誰? こんな子いたっけ?」


 今永麻衣が俺の首に抱き付いたまま聞いた。


「隣の席の唐高幸江さんだよ、友だちになったんだ」


「あーーーっっ! 誠、いきなり浮気だ!」


 浮気って……。


(ポン)ここで俺のスマホにメッセージが届いた。すぐ隣で唐高幸江がスマホをいじってるからメッセージの主は彼女だろう。


『どういうこと⁉ 私とお友達になったんじゃないの⁉』


「ああ、確かに友達になった。今永さんにも仲良くしてもらってて……」


(ポン)『がーーーーん! 絶対お友達は私だけと思っていたのに! 絶対負けないから! 一番は私だから!』


「一番って……」


「ねぇ、一人で何言ってんの?」


 今永麻衣がそう言いながら俺のスマホを覗き込む。


「あ! もしかして目の前で浮気⁉ 秘密の会話的な⁉ ちょっと!」


 今永麻衣が俺の首を持って引っ張る。取れちゃうから! そんなに引っ張ったら!


 そして、さっきまで隣の席に座っていると思っていた唐高幸江が俺の席の真ん前に立っている。彼女を見上げると半べそかきつつ立っている。


「あ……」


 俺が言葉を発した次の瞬間、「バンッ」と机の上に弁当箱が置かれた。


「ん? 弁当?」


 目の前で唐高幸江がスススとスマホの画面をタップしていく。次の瞬間、俺のスマホにメッセージが届いた。


(ポン)『絶対絶対私が一番になってやるんだから! お友達ができたらお弁当を作ってあげて一緒に食べたいと思ってたから!』


 どうやら、唐高幸江が俺に弁当を作ってくれたらしい。そう言えば、メッセージのやり取りで俺はいつもパンを食べているって伝えた。


 でも、それは「お友達としたいこと」って言うより「彼氏にしてあげたいこと」では⁉


 目の前で無言だけど鼻息が荒い唐高幸江。


「なになに? 誠お弁当作ってもらったの⁉ 私も作ってあげようか?」


 俺の首に抱き付いて謎の対抗心を燃やす今永麻衣。


 段々カオスになってきた。早く先生来てーーーっ! そしてホームルームを始めて欲しい。


 俺の願いはいつでも叶わない。


 やって来たのは俺が望んだ先生ではなく、更なるカオスの元だった。


「野坂くーん! 野坂誠くんはいるかーーー⁉」


 あの遠くまでよく通る声は主に全校集会の時に聞く声だ。


 教室が一段とざわざわと騒がしくなった。


 生徒会長の先輩、宮ノ入静流の登場みたいだ。


「朝のホームルーム前にすまない! 急ぎなんだ入らせてもらうぞ!」


 ブラウスの一番上のボタンまでしっかり留めてリボンもきゅっと結ばれている上に黒髪ロングの姫カットは間違いなく生徒会長、宮ノ入静流だった。


 3年の彼女が急ぎと言って2年の教室に乗り込んでくるのだから何かトラブルだろうか。何か、俺の名前を呼んでいたような気が……。


「野坂誠くん! お! そっちか!」


 勢いに押されて、唐高幸江が横にずれたので、左に唐高幸江、右に今永麻衣、そして机の真ん前に生徒会長、宮ノ入静流と言う位置関係になった。


「野坂くん、お楽しみのところ申し訳ない!」


 俺が現状を1ピコリットルでも楽しんでいる様に見えるなら先輩には眼科への受診をお勧めするぞ。


 ただ、生徒会長ということと先輩ということと、ついでにその勢いで唐高幸江も今永麻衣も呆気に取られていた。


「野坂誠くん! 私と付き合ってくれないだろうか! きみじゃないとダメなんだ!」


「え?」


「何ですってーーーー!」


 今永麻衣の叫び声。


 ポン!


 最後のは、多分 唐高幸江からのメッセージだろうなぁ。

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