第11話:宮ノ入静流

 先輩の家を出て、今度は俺の家に先輩を招いている。ついに女子を家に招くことになるとは……。


 俺のなりたい想像上のリア充だったら、週末に男女で集まったりそれぞれの家に行ったりするのは普通なのだろう。


 でも、俺のこれは事情が違う。リア充とはまだまだ果てしない先にあるものだ。


「ここです」


「おお! 一戸建てなのか! すごいな!」


「犬とか猫の飼育は一戸建てなので自由です」


「なるほど」


 大きくもないし、小さくもない。新しくも無ければ、古くもない。俺らしく特に特徴のない家だ。一応二階建ての一戸建てだけど、庭と思えるような部分はほとんどない。


「先輩、どうぞ」


 俺は先輩を招き入れた。


「ああ」


 玄関ドアを開けて玄関に入る。


「ただいま」


 玄関に入るや否や廊下で真由里まゆりにエンカウントしてしまった。真由里は1歳年下の妹。俺と同じ学校だ。


「失礼します」


 そう言った意味では、先輩はまずかった。うちの学校で彼女のことを知らない生徒はいない。何しろ生徒会長なのだから。


 真由里はこちらをチラリと見たらプイとリビングに消えてしまった。うちは兄妹仲があまり良くない。年頃なのか、あいつは俺と一切口をきかない。


 まあ、リアルの兄妹なんてそんなものだろう。お兄ちゃん大好きの妹などリアルには存在しないのだから。


「あの……」


 真由里のそっけない態度に先輩が狼狽えている。


「あ、気にしないでください。うちの妹のデフォルトです。それより、2階に行きましょう」


「そ、そうか……何か、すまないな」


「いえ」


 俺達は2階の俺の部屋に向かった。


 ◇

「すいません。散らかってて」


 ホントに散らかってるんだ。服とかはお母さんが洗濯物として回収してくれているので落ちてないけど、机の上とか棚とか散らかりまくってる。


 本棚にはラノベとマンガしか収まっていないので、日ごろ硬い本しか読んでいなさそうな先輩に見られるのは恥ずかしい。


「ふむ……いかにも男子の部屋って感じだな」


 部屋をきょろきょろ見渡す先輩。


 この週末訪問した家の女の子はほとんど恥ずかしいから見ないでって言ってた気がする。やっと今、その気持ちが分かったよ。興味本位できょろきょろしてすまん。


「猫はこの部屋で預かります。窓とドアを閉めておけば逃げ出さないと思います」


「おお! そうか! トイレや砂は知り合いが余分を持っているはずだから明日には準備できると思うぞ」


「あ、ホントですか? 助かります」


「そうか、とりあえずは、ここで面倒を見てもらえるらしいでちゅよ? よかったでちゅねぇ」


 先輩が膝の上に乗せた猫の喉をちょいちょいと触りながら話しかける。猫に対した時に赤ちゃん言葉になるのは無意識らしい。


「はっ! しまった! 私はまたっ!」


「ははは、先輩のそれ、可愛いから隠さなくていいと思います」


「か、かわっ! 私は一応先輩だぞ! 揶揄うな!」


 先輩、顔が真っ赤なんだけど……。年上なのにめちゃくちゃ可愛いな。


「それで、名前は付けないんですか?」


「名前?」


「はい。しばらくはうちで預かりますけど、好きなんでしょ?」


「う……」


「うちには好きな時に来てください。だから、今日は来てもらいました。預かる環境を見てもらった方が安心できると思ったし、一度来たら次からも来やすいでしょ?」


「きみは……すごいな。……ありがとう」


 先輩は下を向いて微笑んでいた。


「でも、あれだぞ!? そんなことを言ったら私は毎日でも来てしまうかもしれないぞ!?」


「ふふ、先輩なら毎日でも歓迎します。あと、部屋はもう少し片付けておきます」


「そ、そうか……ありがとう」


「いえ。俺もリア充に向けての練習になります」


「リア充? 練習?」


「はい。俺は、リア充を目指しているんです。ぼっち気味だし、陰キャでオタクなので……」


 俺は部屋の中を示した。マンガやラノベの数を見たら一目瞭然だろう。


「ぼっちは分からんが、落ち着いた感じだと思うし、趣味は別にそれぞれでいいだろう。地域猫に執心している私がとやかく言えるとは思えないし」


 趣味はいいんだけど、他人に話せるかどうかってところが大きいんだけど……。


「うーん、名前はきみが付けてくれないか」


 先輩がぽつりと言った。


「カレー……」


 脊髄反射的に答えてしまった。


「猫にカレー? もうちょっと本気で考えてくれないか⁉」


 しまった、俺は違うことを考えている時に答えを求められるとつい「カレー」と答える癖があるのか⁉


「やっぱり、先輩考えてください。俺はこういうのセンスがないと思いますので」


「うーん、そうかぁ……じゃあ、誰からも愛されるように『愛』と言うのはどうだろう?」


「先輩、それは将来の娘さんにでも付けてあげてください。全然猫らしくないです」


「そ、そうか。私もセンスがよろしくないようだな……。人の事は言えないもんだな」


「ははははは」


 ◇

 その後、どうやって里親を探すのかなど先輩と話をして、それが終わると外は暗くなっていたので先輩を家まで送って行った。


 家に帰ってベッドに寝転がってこの週末のことをぼんやり考えていた。


 よく考えたら、色々あった。


 俺が日々お世話になっていた「裏垢女子まいまい」がクラスメイトの今永麻衣だったことも驚いたが、彼女のことを今後個人的に撮影させてもらえる事になった。


 コスプレ衣装はたくさんあったし、何よりエロかった。USBメモリー2TBテラバイト分の無圧縮画像だけでも十分楽しめるのに、今後も新しい物が供給される。


 しかも、顔まで見られる。「裏垢女子まいまい」では水着などはあっても下着はほとんどなかった。昨日のシースルーメイドでは下着が見えていた。


 考えてみればクラスの女子の下着をモロに見れるのってエロ過ぎる。明日からどんな顔で会えばいいのか分からない。


 今永麻衣とは秘密を共有した【共犯関係】と言える。彼女が言ったこと、人間関係においてもっとも強固なのは共犯関係と言うのは本当なのか……。


 たまたま立ち寄ったメイド喫茶で出会ったメイドがクラスメイト唐高幸江だった。彼女は引っ込み思案で素の黒髪黒目のおさげ髪の時は、家族以外とは会話もできない様な状態らしい。


 何か言っていたけど、声がちっさくて殆ど聞き取れなかった。あれは難聴系主人公でなくても聞き取りは不可能だろう。


 それに対して、金髪碧眼ツインテールメイド「さっちん」の時は台風みたいな子だった。本人はツンデレを目指していたのかは分からないが、全然ツンデレではなかった。あれは単なる荒くれ者だ。俺は襟を掴まれたし。


 メイド喫茶の控室では押し倒されたりしたしな。そう言えば、彼女の家に遊びに行った時は逆に俺の方が押し倒したような体勢になってしまって、彼女のご両親に誤解されていたな。


 あそこは一度しっかり誤解を解いておかないと後で大変な事になるような気がする。あの日は豪華な寿司をたらふくご馳走になったから何となく言いにくかったところがある。


 唐高幸江とは、普段の地味子の時の「友達を作ろう!」と言う気持ちで共感し合った【共感関係】と言える。リア充になった時の練習のために彼女が言っていた「お友達ができたらやりたいこと100」を実行して行こう。


 そして、今日お互い猫好きが分かった宮ノ入静流。彼女は生徒会長だ。うちにいる仔猫「カレー(仮)」を共同で飼っている【共有関係】と言える。


 彼女は学校で「鉄の女」どころか「タングステンの女」と呼ばれるほど硬い女子だと思われている。


 独善的でルールを一切崩さない偏屈者で周囲を寄せ付けない女子。生徒会を崩壊させて現在は一人になっているほど。


 それでも、実は地域猫を守りたいという考えから動いていた。彼女は一人で商店会と掛け合って地域猫のために募金を募っていた。それに対するお礼として地域のボランティア活動をしていた。


 ただ、それらの事情を一切周囲に話していないみたいだった。だから誰も付いてこない。俺ごときが何かできる訳じゃないけど、このままではよくないと思っていた。


 俺の「リア充への道」はまだまだ果てしない。


 せめて教室内で、クラスメイトの真理谷まりや貞虎さだとらと普通に話せる程度にはなりたい。でも、あいつはリア充代表みたいなところはあるし、クラスの王子様的存在だ。


 俺みたいな陰キャボッチが迂闊に近づいたら火傷をする存在。現状を打破できるような事柄は起きないものか、と考えているうちに俺は静かに眠りに落ちていくのだった。


 その「現状を打破できるような事柄」が翌日の学校で起きるとは夢にも思わずに。

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