第10話:生徒会長の秘密

 俺は意図せず先輩の秘密を知ってしまった。そして、先輩はそのことを絶対に誰にも言ってほしくないみたいだ。


 だから、俺の願うことは何でも叶えてくれる、と(そこまでは言ってない)。


 イメージよりも背が低いこの先輩にぶつける俺の欲望とは……!


「頭を撫でたい?」


「はい、先輩の頭を撫でたいです!」


「そんなことでいいのか?」


 そう言って首を傾げる先輩。この先輩、かわええぞ!?


「はい、どうぞ」


 そう言って頭を差し出す先輩。この先輩、すげえ かわええぞ!?


 恐る恐る俺は先輩の頭に手を移動させる。


(なで……)


「あん……」


(なでなでなでなでなでなで)


「にゃあぁぁぁぁぁ」


 何だこの先輩、めちゃくちゃ かわええぞ‼


(なでなでなでなでなでなで)


「にゃあぁぁぁぁぁ」


「「はあはあはあはあはあはあ」」(二人とも興奮中)


「はっ」


先輩が先に我に返った。


「ま、満足してもらえただろうか?」


「それはもう!」


「じゃあ、あの事は……」


「はい、絶対誰にも言いません!」


「おお! そうか! 助かる!」


 何かこの茶番が必要だったのかよく分からないが、とにかく先輩が納得したなら大丈夫そうだ。


 ◇

 とりあえず、先輩も落ち着いたし、適当に話をして帰ってもらって、俺は猫に癒しをもらおう。


 俺達は、橋の下の公園にあるベンチに腰かけた。うーん、美人と休みの日に公園のベンチに二人とか緊張するな。


「先輩はこんなところで何をしていたんですか?」


「私は……その……」


 膝にさっきの猫を段ボールごと載せてもじもじしている。この先輩ヤバい人なんじゃなかったっけ? 何か噂に反して猛烈に可愛いんだが……。


「こっ、これだ!」


 先輩がポケットから取り出したのは猫缶3つ。しかも、ちゃんと成猫用。仔猫用は成長に必要な栄養が多くてカロリーも高い。一方で成猫用はバランスよく配合されている。この辺り人間と同じで、子供と大人は食事の内容が違うのだ。


 あげたら何でも食べてしまう地域猫だからこそ、あげる人が内容を考えてあげないといけない。


 缶を取り出したらそこら辺の猫が集まってきた。どうやら先輩も日ごろからここの猫に餌をあげているようだった。


「先輩も猫好きなんですね」


「……変だろう? 学校では『タングステンの女』などと揶揄されている私が猫ちゃんが好きなんて……」


 そう言いながら、先輩は缶詰のふたを取って陰の猫が缶詰を食べやすい位置に置いた。


 それにしても、「鉄」でも「チタン」でもなくて、「タングステン」だったか。チタンよりももう一段階硬かったな。


「俺は先輩の事 少し誤解していたのかもしれません。何かお堅いイメージでルールが全てで、自分勝手みたいな……」


「それは間違っていないと思う……。ルールは守らなければならないと思っているし、私は生徒会を私物化しているからな……」


 先輩は再びベンチに座って少しうつむいた。涙こそ出ていないけど泣いている様な辛い顔をしていた。


「先輩。これ……」


 俺はポケットからチュールを取り出した。猫用のおやつ。主に1歳の猫までにあげるおやつだ。スティックタイプの袋に入っているので封を切ってそのまま猫にやることができる。最近この辺りに仔猫がいたので成猫用の猫缶とは別に買ってきていたのだ。


「これは……?」


 俺が封を切って先輩が膝に抱えている仔猫の口元に近付ける。


 猫は少しにおいを嗅いだ後、脇目もふらずに貪るように舐め始めた。


「なっ、なんだこれは! この食いつきは何なんだ! 猫用ドラックでも入っているのか!?」


「成分は知りませんけど、ちゃんとメーカーから発売されていて、この食いつきが話題の商品なんです。これを持ってくると猫の集まりが違うから買ってきました」


「すると、きみも……」


「はい、猫好きです!」


「そ、そうか! きみも猫好きだったのか!」


 とたんに表情が明るくなる先輩。


「はい、猫好きに悪い人はいません。先輩は良い人に違いありません!」


「ふっ、私にそんな風に言ってもらえる資格はないよ……」


 先輩は再び悲しそうな眼をした。


「これを食べさせたら私はこの子の里親を探さないといけないから……これで……」


 先輩はそんなことまでやっているのか⁉


「当てはあるんですか?」


「いや……でも、張り紙を作って商店街に張ってもらえばあるいは……」


「それだと、今日の今日は見つかりませんよね? 里親」


「……そうだな。でも、そうしないと保健所に……」


「その猫。里親が見つかるまで俺が預かってもいいですか?」


「なに!? 頼めるのか⁉ そんなことが⁉」


「その代わり、先輩の話 少し聞かせてください」


「……私のつまらない話でよければ、いくらでも」


 とりあえず、俺と先輩は仔猫におやつをやって、他の猫には猫缶を準備して、適度に撫でさせてもらった。


 ◇

 そして、今 俺と先輩はあの長いジョギングコースを二人で並んで歩いている。先輩の手には仔猫の入った段ボール。


「私の事を知ってもらうには、私の家に来てもらうのが一番だと思う」


 え? 俺、今から先輩の家に行くの⁉ 何かお嬢様って言う話だしまた大きなお屋敷みたいなところに連れて行かれるんだろう。


 今度は手土産もない。また手がブラブラしてしまう。


 それにしてもこの週末は女子の家に招かれる週末だ。きっと、この週末で一生分女子の家に行ってるな。


 ◇

 着いたのは俺が思っていたのとは違う感じに大きな建物。団地だった。それも、割と古いタイプの団地で外壁は雨露で汚れまくっていた。


「ここ……ですか?」


「ああ、ここの5階だ」


 俺達は2人並ぶと狭いくらいの階段を上った。先輩は慣れた調子で一定のリズムで上がって行くのだけど、俺は5階だったら普通エレベーターを使っている。


 ただ、この団地にはエレベーターはない。


「はは、野坂くん。大丈夫か? ここは古いからな。5階でもエレベーターが無いんだ」


「全然、平気です」


 日ごろから鍛えておいてよかった。


 先輩はポケットからカギを取り出して開けると「ガチャン」と音がして開錠された。だいぶ年季の入った鍵だ。玄関ドアは鉄の扉で開けると「ギィ」と油が切れた音がした。


「ここは築60年を超えるらしい」


 日本が戦争をしていたのは何年前だ⁉ ここは何時代に建てられたんだろう。


 室内は……昭和だった。全室和室で、ダイニング……と言うかキッチン? だけはフローリング……いや、板張りかな。ドアは風呂とトイレだけで他は全部襖。


 テレビはなく、家電もそんなに置いてなかった。


「はは、古いだろう? せっかくだから座ってくれ」


 室内は古いのだけど、掃除はよく行き届いていて清潔感があった。出してもらった座布団もふかふかだった。


「ここが先輩の家……ですか?」


「ああ、幻滅したか? 私の苗字が『宮ノ入』なんて仰々しい名前だから、どこかのご令嬢のように噂されているのは知っている」


 少し間をあけると申し訳なさそうな表情をして続けた。


「ただ、実際は見ての通りご令嬢でもなんでもない。みんなの期待を裏切るのも申し訳ないので秘密にしている……」


 生徒会長の名前は「宮ノ入みやのいり」だった。たしかに聞いたら思い出した。宮ノ入静流しずるだったかな。


「何から話したらいいんだろうな……私が生徒会長になろうと思ったのは、地域猫の環境向上のためだった」


「え⁉」


「ふざけてるだろう? 学校とは全然関係ない地域猫のために……。きみは、地域猫の去勢手術代がどこから出ているか知っているか?」


 ……地域猫には散々癒されて来たけど、どこの誰が手術代を出しているかなんて考えたことがなかった。


「いえ。考えたこともなかったです」


「きみは正直だな。地域の有志の方と商店会の方々からの援助で商店街の中の動物病院で手術されているんだ。病院も割安にしてくれているが、大体1匹1万円くらい必要だ。私のお小遣いではとても追いつかない」


「……」


「商店会の方々だってお金が湯水のように湧いてくる訳じゃない。日々の売り上げから募金してくれている。何のメリットもないのに」


 ここで先輩の右手に力が入った。


「だから、せめて私は学校のボランティアとして、地域と商店街の清掃活動をさせてもらっている。もっとも、最近ではあまり人数が集まらないので本当に微力ではあるが……」


「え? 会長がボランティア活動をする理由ってそんなのだったんですか?」


「全部、私の都合だから生徒会役員にも生徒達にも言えなくて……」


「それで時々強引に?」


「最近では、少ない時など参加者が私だけの時もあったから、生徒会としてはもうボランティアをやめようという話が出て、私は一人になっても続けると言うと……」


「次々辞めて行った、と」


「面目ない……」


 もちろん、それだけじゃないんだろうけど、先輩はあれだな。


「俺だったら、今の話を聞いたらボランティアに参加してもいいと思いました。先輩はその辺りもっと周りに話してもいいんじゃないですか?」


「しかし……」


「ルールに厳しいってのも噂で聞きますけど……?」


「それは本当だ。私自身ルールが破れない。今はこんなだが、昔は宮ノ入家と言えば割と大きな家だったらしい。だからか、父がルールに厳格で」


 お父さんの影響だったか。


「後は、私は大学の推薦を狙っている。知っているか私立の……」


「ああ、あそこは市内だと一番偏差値が高いところじゃないですか!」


「そうなんだ。私が推薦で受かれば学校としての枠ができる。来年からは作文と面接だけで受かることができるようになるらしいんだ」


「え⁉ 先輩責任重大じゃないですか!」


「そうなんだ。だから成績は常に1番をキープする必要があって……。身だしなみなんかも内申書に書かれると聞く。だから私はみんなの様におしゃれをすることもできない」


 自分のためだけじゃないのか……。


「あ、でも。私は私でその大学に行って成績が1番で入学できれば特待生になって授業料免除になるからやっているのであってだな……」


 うーん、やっぱり先輩はあれだな。要領が悪い。そして、控えめ過ぎる。


「あ、すまないな。わざわざ家にまで来てもらって。団地だと猫や犬は飼えないルールなんだ。こっそり飼っても鳴き声なんかで近所には知られてしまう」


 ルールを破れない先輩。たしかに、ここではこの猫は飼えないだろう。でも、膝に乗せて仔猫を優しく撫でる先輩の目は本当にやさしい。


 きっとホントに猫が好きなんだろうなぁ。


「先輩! これから俺の家に来ませんか⁉」


 俺は改めて先輩に提案することにした。


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