第8話:日曜日の特訓
金髪碧眼ツインテールメイド「さっちん」こと俺の同じクラスの隣の席の
その内容は「なにしてる?」とか「夕ご飯なんだった?」とかみたいな何でもない内容。
普通の姿(黒髪おさげ)だとあんまり喋らないし、声もちっさいけどメッセージならいっぱい色々送って来るな。
まあ、金髪碧眼ツインテールメイド「さっちん」の時は元気だったし、あの店のナンバーワンらしいし。
「そう言えば、友だちとしたい100個の事ってどんながあるの?」
俺は夕ご飯の後、自室のベッドの上に仰向けに寝転がってメッセージを送った。
(ポン)『1個目は「メッセージを送り合う」なの』
何だよ。可愛いところあるな。こんなのが100個あるのか。可愛い願望だ。
高校生活はまだ1年半くらいある。ゆっくりやって行けばいいか。
(ポン)『18番目に「一緒に喫茶店に行く」ってのがあった汗』
「18番目から実現してたね」
(ポン)『www』
「他には?」
(ポン)『夜の電話』
声ちっさいやないかーい!
「それは話す練習をしてからにしようか^^;」
(ポン)『wwwじゃあ、明日特訓に付き合ってもらえないかな?』
俺もリア充になるための特訓を日々欠かしていない。彼女も特訓したいけど相手がいないってことか。
それは気の毒だ。俺にできることはやろう! 友達として!
(ポン)『じゃあ、明日うちに来てもらってもいいかな?』
ん?
「それはうちじゃないとできない事なのかな?」
(ポン)『外とか絶対無理! 家で! 私の部屋で!』
それだと2日連続で女の子の家に行くことになるのだが……。
事実だけを見ると、リア充に近付いている様に見えるのに、実際は全然違う! リア充はスケスケゴスロリメイドを写真に撮ったりはしないに違いない!
メイド喫茶でメイドから胸倉掴まれてバックヤードに連れていかれたりしないに違いない!
そう言った意味では、思っている「リア充」から段々遠のいているような気すらする……。
まあ、いいか。よしとするか。
「分かった。場所を教えてくれ」
結局、俺は貴重な日曜日に、唐高幸江の家に出向くことになってしまった……。
◇
「よく来たわね! 野坂くん!」
言われた通りに家に行ったら、唐高幸江の家はマンションだった。
玄関の扉を開けて、そこにいたのは金箔碧眼ツインテールのメイド「さっちん」だった。この普通のマンションの一般家庭にいる金髪碧眼ツインテールメイドの違和感!
「唐高さん、それは……?」
「あんたと話せないんじゃ、一切練習にならないじゃない⁉ 予備のウィッグと洗濯のために持って帰って来ていた制服にカラコンで『さっちん』になったのよ!」
「ちなみに、家でその恰好をしたのは……?」
「初めてよ!」
「ちなみに、服とウィッグ以外にどのような準備が必要なんで……?」
「ウィッグを付けて、カラコンを入れて、メイド服を着た状態で鏡を見て自己暗示をかけるの! お店なら1分でできるけど、家だとどうしてもうまくいかなくて1時間かかったわっ!」
朝っぱらから1時間もこの格好で鏡の前にいたのか。それはもう、自己暗示と言うよりは呪いか何かの類のような気が……。
「あ、これおみやげです」
「あら、ありがとう」
「ちなみに、ご家族は……?」
「いないわよ? 娘が日曜日に金髪碧眼ツインテールメイドになっていたらお母さん達が心配するじゃない?」
その辺りの常識は分かるんだ……。
って、また家族いないんかーーーいっ!
「どうしたの? 野坂くん、壁に裏拳かましたりして。私の部屋はこっちよ。さ、入って入って!」
えーーー、昨日喫茶店で俺と握手するのに5分もかかった人と同一人物とはとても思えない……。
◇
部屋に通されると、昨日の今永麻衣の部屋とはまた違う甘いにおいがする。
床に準備されたクッションに座り出されたペットボトルのお茶を飲む。ちなみに、テーブルはないみたいなので二人ともペットボトルはフローリングに直置きだ。
部屋は6畳くらいかな。洋室で部屋の中にでかでかとベッドが置かれている。それ以外に勉強机、白とピンクのタンス、壁には埋め込み型のクローゼットもある。
そこかしこにぬいぐるみや何かのキャラクターが置かれていて、うーん いかにも女の子らしい部屋だ。
それにしてもいいのだろうか。めちゃくちゃベッドが目の前なんだけど……。
「あれーーー? お尻が痛かったかしらぁ? ベッドの上に座ってもいいわよ?」
「いや、クッションで十分なんだけど、女子と同じ部屋だからベッドが目の前にあると、ちょっと意識しちゃって……」
「!!!!!」
唐高幸江が真っ赤になってしまった。いかにも挙動が不審だ。
「ななななななに言ってんの。わたわた、私は全然そんなの全く気にしないわよっっ!」
彼女が目の前にあったペットボトルのお茶を豪快に飲む。
「あ、そっち俺の」
「ぶーーーーっ!」
唐高幸江が盛大に吹き出した。
「あーあー。もう、汚いなぁ。これ使うよ?」
すぐ横にあったティッシュで床なんかを拭いてやる。
「かんかんかんかん……」
踏切?
「間接キスだなんて思ってるんじゃないでしょうねっっ!」
なぜちょっと切れ気味なのか……。
「いや、思わないではなかったけど、思ったら負けだな、と思って意識しない様にしてた」
「私は、全然、これっぽっちも意識してませんけどっ!?」
「ならいいけど……」
「大体、野坂くんが私をベッドに押し倒すとか言うから!」
「いや、押し倒すとは言ってない」
「そ、そうね。そうだったわね」
全然話が進みやしない。
「それで、俺に協力してほしい事って……」
「そう! そうだったわ! それよ!」
なんか、話を強引に切り替える様に唐高幸江が大げさに同意した。
「名前! 名前なのよ!」
「名前?」
「きょきょきょきょきょきょきょきょ……」
マダガスカルの珍しい鳥の鳴き声かな?
「きょ、教室で名前で呼び合いたいの!」
「ああ」
「お友達ができたらやりたいことの6番目」
いくつか飛ばしてる気もするけど、女同士じゃないとできないこともあるのだろう。まあいいや、何番目でも。
「でも、私は学校の制服の姿だとあんまり喋れないじゃない?」
金髪碧眼ツインテールメイドだとこうしてうるさいくらいに喋れるのだから不思議だ。
改めて、普通の部屋に金髪碧眼ツインテールメイドがいるのは異常だな。部屋の雰囲気から浮きまくってる。
「俺が協力できることって?」
「まず、名前を呼んでほしいの」
「ああ、自分じゃ呼べないもんね」
「そう! そして、何度も名前を呼び合ううちに自然な感じでウィッグを外してほしいの」
「ん? どういうこと?」
「学校でもこの格好って訳にはいかないから、話しながら元の姿に戻って慣れていきたいの」
分かったような分からない様な方法だけど……まあ、本人の希望だ。
自転車で補助輪無しの練習をする時、後ろの人が支えていて知らない間に手を離していていつの間にか乗れる……みたいのを俺はイメージして強引に納得した。
「分かった。やってみるか」
お互い何度か咳払いをして準備(?)をしたら、床に座りなおした。
「唐高さん」
「違うの! 下の名前!」
色々注文が多くてめんどくさいなぁ。
「幸江さん?」
「///」
あ、唐高幸江が、ブート・ジョロキアみたいに真っ赤になった。
ちなみに、ブート・ジョロキアは2007年に世界で最も辛いとギネス認定された唐辛子の名前だ。
名前の意味は「幽霊の唐辛子」。
「野坂くん、今 変なこと考えてるでしょ!」
うーん、当たっているのだろうか……。
「気を取り直していくわよ!」
「ああ、幸江さん」
「うぐっ!」
なぜか、ダメージを受ける唐高幸江。
「ほら、俺の名前も。下の名前知ってる? 誠だよ?」
「そ、そんなの知ってるわよっっ! まこまこまこまこ……」
何か、魚卵が好きな人みたいになってるな……。
「まこ……とっ!」
唐高幸江が金髪碧眼メイド姿ですごいドヤ顔を向けてきた。とりあえず、できてるからいいけど。
「幸江さん」
「まこまこまこと」
俺の名前はそんな変な名前じゃない!
「幸江さん」
「まこっと……」
段々「マスコット」に近い音になって来てるような……。
まあ、言えてるから少しずつ次のステップに行くか。たしか、近づいてウィッグを外す……だったな。
「幸江さん」
俺が四つ足で1歩近づく。
「まこ……と」
唐高幸江が仰け反る。
「幸江さん」
もう1歩近づく。
「まこと……」
唐高幸江が後ろに後ずさる。
「幸江さん」
「はひゅっ!」
唐高幸江がさらに1歩後ろに後ずさる。そんなに広い部屋じゃないし、家具も適度にあるからすぐに後ろのタンスに当たってそれ以上 下がれないところまで来てしまった。
「幸江さん」
「はうっ!」
彼女が身体をビクンと痙攣させ丸まった。これではウイッグが取りにくい。もう少し近づく必要がある。
「幸江さん」
「んはぁ!」
さらに彼女はビクンビクンと身体を痙攣させる。俺はもう、既にちょっと面白くなっている。
彼女の顔は真っ赤になっていて、キャロライナ・リーパーみたいに真っ赤になっていた。
ちなみに、キャロラナ・リーパーは2013年に世界で最も辛いとギネス認定された唐辛子。
名前の意味は「キャロライナの大きな鎌を持った死神」だ。
そんな事はどうでもよくて、唐高幸江の顔がとろけまくっている。
「幸江さん」
そっと耳元で言いながらウイッグに手をかける。
「だ、ダメっ! ダメなの!」
いや、ダメじゃないだろ。特訓なのだから。
「幸江さん」
少しだけウィッグを引っ張る。簡単には外れないらしい。
「あっ、あっ、ああっ!」
(ガチャ)ここで部屋のドアが開けられた。
「さっちゃん、大丈夫? 変な声が聞こえたけど……あら! あらあら、まあまあ! 彼氏さん?」
開けられたドアの向こうには唐高幸江の両親と思わしき男女が立っていた。
改めて周囲を見たら、俺は唐高幸江をタンスの前まで追い詰めて、耳元で名前を呼びながら覆いかぶさるようにして髪を触っていた。
「あ、ども……お邪魔してます」
「まあ! もう、邪魔しちゃったの⁉ あなた、幸江に彼氏さんが!」
「幸江もコスプレまでしちゃって。まだ高校生なんだから、あんまりディープなプレイはお勧めできないぞ?」
唐高幸江は「耳がー耳がー」と言いながら、フローリングの床に丸まっている。「ミミガー」は確か、沖縄の言葉で豚の耳の事だったか。
そんな無駄な豆知識と同じくらい今の唐高幸江は役に立たない。早くご両親に誤解を解いてほしいのだけど……。
うーん、とても理解のあるご両親みたいだけど、全ては誤解なのだ。
「もうダメーーーーーっ!」(バチ―――ン!!)
なぜか俺はビンタをされて突き飛ばされてしまった。
◇
その後、唐高幸江のご両親と俺が持って来たお菓子と俺自身がお茶請けにされて四人でお茶を飲むことになったのだった。
何度もご両親から「いつから? 二人はいつから付き合ってるの?」と聞かれたが、何度「違う」と言っても話が通ることがなかった……。
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