第7話:さっちんの正体
俺はバックヤードから店に戻ることも許されず、控室のドアの前で待たされていた。あのオムライスはきっと冷めきってもう食べられないだろう。
グッバイ、俺のオムライス。
せっかくメイドさんからおいしくなる魔法をかけてもらっていたのに。そして、オムライスには文字を書いてもらったのに……あれ? 何て書いてもらったんだっけ?
(ガチャ)「お待たせ……しました。もう、入って……大丈夫です」
控室にはいつの間にかもう一人いたみたいで黒髪おさげの控えめのちっちゃい女の子が出てきた。
「あ、お疲れ様です」
俺はスタッフではないのだけど、バックヤードにいるので何となく雰囲気にのまれてそれらしい挨拶をしてしまった。
「……」
「……」
帰らないな、この地味子。
ん? この地味子はどこかで見たことがあるぞ!?
「のさ……くん……下の……店で……だけ……し……いい……か?」
「ん? 何て?」
地味子は絶望的に声がちっさい。
「下の……さて……ですか?」
「ごめん、何だって?」
聞こえないから彼女の口の近くに耳を近づけた。無意識に良く聞こえるように耳に手も添えた。
「下の喫茶店で話ししようって言ってんでしょ!」
(キーン、キーン、キーン)
急に大きなドスの利いた声が聞こえたので目の前に星が見えた。
この声は、さっきの金髪碧眼ツインテールメイド「さっちん」の声だ。つまり……つまり、どういうこと?
◇
どういう訳か黒いシャツに黒地にシルバーのチェックのスカート、三つ編みと言う地味で目立たない女の子とメイド喫茶が入っているビルの1階の普通の喫茶店に入ることになった。
4人がけのテーブルをはさんでこちら側と向こう側に分かれて座っている。
注文したカフェオレとココアが届いてからもう5分は経過しているが目の前の地味子は俯いていて何も話し始めない。
正確に言うと、何度か口は開いたけど、切り出せずにまた黙ってしまう様な仕草が3回あった。
「あの……」
話を切り出したのは俺の方だった。待ちきれなかったというのもある。
「はい……」
声がちっさいけど、返事が聞こえた。
「同じクラスの
「(コクリ)」
また一段と俯いてしまった。
さっきの俺の胸倉を掴んでいた金髪碧眼ツインテールメイド「さっちん」と同一人物だというのは本当だろうか。
ドアから出て来た時は、本当に別人だと思っていてあの部屋に予めいたのだと思った程だ。
「確認だけど……、唐高さんが『さっちん』……だよね?」
「(コクリ)」
何これ。さっきと別人だよ。芝居? さっきは目力だけで殺す勢いだったのに、今は俺の視線からも逃げるような小動物みたいだった。全然事情が分からない。
ただ、一応この店には唐高幸江が誘ったから来たんだ。何かしら話してくれるつもりだろう。
「どうして……かは……はな……ます」
全っ然っ聞こえない!
俺の様に全国コミュ障協会の会員は慣れない相手とは上手く話せないことがある。
「慣れないうちはこれでどうだろう?」
俺はスマホにLINEを表示させて彼女に見せた。
「(コクコク)」
テーブルにスマホを2台並べてアカウント交換した。
◇
(ポン)『野坂くんは、なぜあのお店に来たんですか?』
LINEのトーク画面に彼女からのメッセージが届いた。
「えっと……俺は……っと。俺は普通に話せばいいのか?」
「(コクコク)」
唐高幸江は首を縦に振って肯定した。あとで彼女が一方的にメッセージし続ける異常なトーク画面になりそうだけど、まあいいか。
「俺は、ホントにあの店にたまたま立ち寄っただけなんだ」
唐高幸江は目を見開いて信じられないといった様子。
(ポン)『この辺りに住んでいるんですか?』
「いや、家の最寄駅から10駅は離れてる……」
唐高幸江は無言だけど、恨みがましい目で「やっぱり」と伝えて来ていた。
「いや、今日は、ちょっと疲れることがあって、癒しを求めてたんだよ」
「……」
少しは信じてくれたらしい。
「逆に、何で唐高さんが金髪碧眼ツインテールメイドを?」
彼女は急に手でバツを作って「それは言わないで!」とジェスチャーで伝えてきた。何か段々面白くなってきたな。
(ポン)『私、昔から引っ込み思案で人と話すのが苦手で……』
「うん……何か分かる気がするよ」
あ、唐高幸江が下を向いてしまった。
「ごめんごめん。続けて続けて」
(ポン)『学校でも誰とも話ができなくて……それを何とかしたくて』
「練習がてらバイトを?」
「(コクコク)」
唐高幸江は小さく速く縦に頷いた。そうなんだ。
「俺は陰キャだけど、リア充になりたいと思って色々頑張ってる……だから、分かる気がするよ」
唐高幸江が顔を上げてこちらを見た。
「リアルが充実してたら、別に明るいキャラじゃなくても『リア充』でいいはずだろ?」
「(コクコク)」
「友達はそんなにたくさん欲しい訳じゃないけど、仲がいいヤツが数人は欲しくて」
今度は唐高幸江が人差し指を前後に振って「それそれ」って言うジェスチャー。
「唐高さんは、そんな感じなのにいきなりメイド喫茶って思い切ったね」
(ポン)『店長さんが親戚で。
「きれいな人だね」
(ポン)『はい……昔はカッコイイお兄さんだったんですけど……』
「男⁉ あの店長、男の人なの⁉」
「ふふふ。……はい」
「兄」で合ってた!
唐高幸江が楽しそうに笑った。返事も聞こえた。
「店で働くようになった経緯は分かったけど、それでも金髪碧眼でツインテールメイドでナンバーワンってイメージ違い過ぎない?」
(ポン)『私って分からなければ……と思って、店長さんに相談したら、あのウィッグを貸してくれて』
「ウィッグ……ってなに?」
(ポン)『カツラみたいなものです』
「ああ」
(ポン)『金髪と言ったら碧眼だろうって、店長さんが……』
あの店長、女装の上にマニアなんだな。
(ポン)『ついでに、金髪と言ったらツインテールでツンデレだと』
うーん。あれはツンデレと言うより単なる乱暴者だったけどね。
(ポン)『あの姿の時だけ少しだけお客さんと話せるようになって、段々自分に暗示をかけて……』
「バイトはいつからなの?」
(ポン)『学校に入ってすぐから……お友達ができなかったので……』
「俺達って似てるのかも……ね」
唐高幸江が再びこちらを見た。
「これはもしよかったら……っていう提案なんだけど……」
唐高さんが首を傾げた。彼女は地味だけど、よく見ると可愛い顔をしている。こういう仕草も可愛いな、と思った。
「俺達友達にならないか? 教室でリア充になるために」
パーっと明るい表情をする唐高さん。肯定らしい。
「いいの?」
「(こくこくこく)」
「じゃあ、これからよろしく」
俺はテーブル越しに手を出した。握手のつもり。
唐高幸江は少しだけ手を出してくれたけど、視線だけで右を見たり左を見たりして中々俺の手を取ってくれない。
彼女には彼女のペースがある。俺は彼女と友だちになるのだから、待たないと。待てる人にならないとな。
彼女の手は俺の手のすぐ近くまでは来ている。
ただ、もう一歩掴むところまでは難しいみたい。
だから、俺の方が少しだけ彼女の方に寄せて、俺から彼女の手を握った。
びっくりした表情の唐高幸江だったけど、手を振り払ったりはしなかった。
「よろしく」
「(こくこく)」
彼女は顔が真っ赤だった。
(ポン)『野坂くん、お願いがあるんですけど……』
握手の手を離すとそそくさと唐高幸江がメッセージを打ってきた。
「何?」
(ポン)『お友達ができたらやってみたいことがあるんですけど……いいでしょうか?』
「うん? いいよ。どんなことかな?」
(ポン)『リストアップしていて、ざっと100個ほどあるんですけど……』
「ひゃっ……うん、いいけど。1個ずつやっていこうか」
「(コクコク)」
100個……どんなのがあるんだろう。
(ポン)『あと、バイトのことは恥ずかしいから学校のみんなには内緒でお願いします』
「ああ、分かった。別にいいよ」
微笑んで嬉しそうな唐高さん。
金髪碧眼メイドの「さっちん」こと唐高さんと友達になれたのは収穫だったけど、この友達とやってみたい100個のことが後々俺を追い詰めることになる。
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