第5話:金髪碧眼ツインテールメイドさっちん
俺が訪れたのは雑居ビルの5階にあるメイド喫茶。別に事前に下調べしていた訳じゃない。今永麻衣の家での「プライベート撮影会」で心が疲れてしまったのだ。いや、興奮しすぎて身体の方が疲れてしまっていたのかもしれない。
そんな俺には癒しが必要だった。
癒しと言えば、メイド喫茶。俺は目の前にあったメイド喫茶「萌え萌えキュート」に入った。
「おかえりなさいませー! ご主人様!」
「あ、お帰りなさいませ!」
店内では数人のメイドが声をかけてくれた。オーソドックスな(?)メイド喫茶みたいだ。これはいい! 当たりではないだろうか。
メイドさんも昼間見たインパクトがトラウマレベルの「ガリ巨乳シースルーメイド」とは全く違って、ピンクのシースルーではない(本来これが普通)ふわふわメイド服のメイドさんだった。髪もツインテールが可愛らしい。
注目すべきは髪が金髪だった。カツラなのかきれいなブロンドでツインテール、少し緑がかった瞳をしていた。こっちはカラコンだろうか。ラノベやアニメでは大人気の金髪碧眼だった。胸にはハートの形の名札が付けられており、「さっちん」と書かれている。
日本人らしい顔立ちの「さっちん」に西洋人の様な金髪碧眼は普通なら違和感しかなかっただろう。でも、ここはメイド喫茶。夢の空間なのだ。彼女がOKならば、お客……もとい、ご主人様こと俺はOKだ。
「あのー、ご、ご主人様……入り口で止まっておられると他のご主人様のご迷惑に……」
「あ、すいません」
「他のご主人様」は何となくもやもやワードだったが、ついつい店の入り口でメイドカフェが何たるかを考えてしまった。
「ご主人様、こちらにどうぞ」
少し背が低めのメイドに案内され、席についた。
店内は30席ほどの普通の喫茶店とそれほど変わらない広さのお店。そこにメイドが5人くらいいるみたいだ。以前行ったお店だと同じくらいの広さで3人だったから、ここは人気店なのかもしれない。
目立たない入口だし、ビルの5階にあるのにすごいな。
テーブルは1つ脚の割と華奢なもの。しかも、店内は赤、ピンク、ショッキングピンク、白を基調とした派手派手の内装。オムライスを頼んだら「萌え萌えキュン」してくれるステレオタイプのメイド喫茶のようだった。
席に案内して来たメイドが俺のテーブルの前で改まって挨拶を始めた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。失礼ですけど、初めてのお帰りですかぁ?」
「あ、はい」
「じゃあ、自己紹介から始めさせていただきますね。私はここのトップメイド『さっちん』です。『さっちん』って呼んでくださいね♪」
「さっちん(ぼそっ)」
「……」
いや、呼べって言われたし……。
「ありがとうございますっ↑」
あ、持ち直しやがった。すごいな、メイドさん。さすが金髪碧眼ツインテール。関係ないけど。
この調子で店の説明とメニューの頼み方や料金についての説明が流れるようになされた。凄く慣れているんだろうなぁ。
そして、見られることにも慣れているみたいで俺の視線を跳ねのけない様に微妙に視線を逸らしてくれている。目が合ってしまったら俺なんか彼女を見続けることなんて出来ないからな。
「じゃあ、次にご主人様のお名前を……え⁉ あれ!? 野坂くん⁉」
ん? 名前を呼ばれたか? まだ名乗ってないんだが……。ここにきて初めて俺の顔を見たらしい「さっちん」だったが、急に反応がおかしくなってきた。
「すごいな。まだ名乗ってないのに」
俺が顔を上げたら「さっちん」がさっきの流れる様な案内とは対照的に明らかに挙動が不審になっていた。
「さっちん?」
「なっ、何でございましょうか? ごしゅっ、ごしゅじんさま!」
メニューで顔を隠しつつ顔をそむける「さっちん」。そんなに露骨に避けられると傷つくじゃないか。
「いかにも俺の名前は野坂なんだけど。よく分かったなぁ」
服の表面やジャケットの裏などを見て名前が書かれていないか探してみるけど、どこにも書かれていない。
「よく分かったね。俺の名前」
「そ、それはっ、私は直感で名前を当てるのが得意でございましてっ」
「それはすごい!」
「ご主人様はいかにも野坂様と言えるようなお顔立ちで、野坂様の中の野坂様と感じました、はい」
顔を見ただけで名前を当てるのも凄いと思ったが、俺はそんなに「野坂顔」をしていたのか。一体どんな顔が「野坂顔」なのか、17年間野坂を名乗っている俺でも皆目見当がつかないが、目の前の「さっちん」が見事当ててのけたのだから、本当なのだろう。
「それで、あの、ご、ご注文は…?」
「そうだな。定番のオムライスをお願いしようかな」
「かし、かしこまりました! すぐにお持ちします!」
「さっちん」が慌ててバックヤードに行ってしまった。そんなに慌てなくてもいいのに。
◇
料理ができるのを待っている間、他のメイドさんが少し声をかけてくれたり、急に1曲だけカラオケが始まったりしてお客さん……もとい、ご主人様を飽きさせないいい店だった。
見れば席は7割くらい埋まっていて、賑わっていた。
そして、料理ができたらしくオムライスがトレイに乗せられて運ばれてきた。
「お待たせしました。ご主人様」
「あれ? さっきのメイドさんと違う人?」
「さっきの……と言うとどなたでございましょう? ずっと私が担当ですけど?」
明らかに視線が泳いでいる。嘘だ。理由は分からないけど、さっきのメイドさんと口裏を合わせて嘘をついている!
さっきのメイドさんはツインテールだった。名前は……忘れてしまった。全国陰キャ協会会員の俺は他人の名前はすぐに忘れてしまうのだ。
「うーんと、『もっきゅん』じゃなくて、『りっとん』じゃなくて、『ぱっとん』も違うな……」
「ご主人様、『もえにゃん』はお嫌いですか?」
「もえにゃん」はきっとこの目の前のメイドの名前だろう。たしかに胸に付けられたハート型の名札には「もえにゃん」と書かれている。
長いストレートの黒髪の「もえにゃん」は可愛い顔立ちをしていたので、別に悪くないのだけど、さっきのツインテールのメイドのことが少し気にかかる。
「じゃあ、オムライスにケチャップをおかけしますね。何か書いてほしい言葉とか、好きな絵とかありますかぁ?」
「じゃあ、『カレー』で」
「おむっ、オムライスに『カレー』って書くんですか⁉ 独特の感性をお持ちですね、ご主人様」
引きつる笑顔の「もえにゃん」のことは意識から外れていて、俺はさっきのツインテールメイドのことを考えていた。
何だろう、どうしても名前が思い出せない。
目の前で「もえにゃん」がこの店のコールであろう「萌え萌えキュート!」をやっているのを注視してしまった。
「じゃ、じゃあ、またご用事があったらお声かけ下さい」
「もえにゃん」が去って行ってしまった。
俺はオムライスを前に腕を組んでいた。さっきのツインテールの名前……。気になりだしたら気になる
「そうだ!」
俺はおもむろにスマホを取り出して、店のホームページを開いた。そこで「スタッフ♪」と書かれたページを見るとそこにはメイド達が
上から見ていくと、一番目に「さっちん」がいた。さっきのツインテールの名前は「さっちん」だ。たしかにそう呼んでと自己紹介されたのを思い出した。
メイド達が戯れる画像を見ていると、どこかで見たことがあるような……。ただ、全く覚えが無い。俺に金髪碧眼ツインテールメイドの知り合いはいないのだ。とりあえず、その画像を拡大してみた。
元々高画質の画像らしく、ずーっとずーっと拡大してもあまり画像が荒くならない。
「ん? こ、これは!」
俺は一つの仮説を思いついた。
同じサイト内を見ていたら「チェキ&トーク」というのがあった。指名すると10分間、指名したメイドと話せる上に最後に一緒にチェキを撮影できると言うもの。料金は1,000円。多少値は張るものの、これだと思った。俺の仮説を実証することができるかもしれない。
「すいません!」
俺は右手を軽く上げて、近くを歩いてきたメイドさんに声をかけた。
「はい、どうされましたか? ご主人様」
「『さっちん』指名でこの『チェキ&トーク』をお願いします」
「はい、ありがとうございます♪ 少々お待ちください」
注文を聞いたメイドがバックヤードに引っ込んだかと思ったら、数秒後にすごい勢いでさっきの「さっちん」が俺の席に最短距離最速で血相を変えて駆け寄ってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます