第3話:初めて女の子の家に行く

 「 裏垢女子まいまい」のプライベート撮影会に参加させてもらえるという餌に釣られて土曜日に今永麻衣の家に行くことになった。


 初めて行く家だから菓子折を準備して教えてもらった住所に向かった。


 よく考えたら初めて行く家。しかも女子の家。テンションはどんどん下がっていく。何となく他人の家に遊びに行くとか、人と会うとかの前にはテンションが下がる。


全国陰キャ協会の会員だったらご理解いただけるのではないだろうか。俺は全国ぼっち協会の会員でもあるのでテンションのだだ下がりが止められない。


 通りを歩いていて少し向こうに信号機がある。今のペースで歩いたら青信号に間に合ってしまう。


 俺は少しだけ歩くペースを落とした。信号が赤になったら立ち止まるしかない。それは法律だからそのルールを破るわけにはいかないのだ。


 思ったより青信号が長い。俺は更に歩くペースを落とし、何とか間に合わないように調整した。


 それでもいつかは目的地に着いてしまう訳で……。


 着いたのは割と大きな一軒家。建物があって、庭があって、絵に描いたようなお金持ちの家。門もでかい。見ただけで圧倒される。


 チャイムはインターホンになっていてカメラが付いてるみたい。俺がこのボタンを押したらカメラの向こうで誰か見知らぬ人が俺の顔を見るのだ。考えただけでボタンが押せない。


 ダメだ。俺ごときがクラスのヒエラルキートップの、しかも女子の今永麻衣の家を訪れようなんて100万年早かった。


 よし!帰ろう。来る途中で事故にあったことにしよう。老人が倒れていたことにしてもいい。


 もうしょうがないのだから。


「あ! おはよ! 早いね! ちょうど良かったよ」


 俺がUターンした次の瞬間、後ろから今永麻衣が犬を連れて現れた。


「びっくりした!」


 なぜ、家と逆から現れる!?


「なーんか、誠って家の周りをぐるぐる回りそうなイメージがあったから、迎えに行くのを兼ねて犬の散歩に出ちゃった」


 陰キャのイメージの把握力がすごい! 家の周りは既に3周回った後だ。


「じゃ、ちょっと犬を繋いで来るね。そこで待ってて」


「はい」


 言われるがままに待った。名前は分からない顔の細い中型犬を連れて彼女が庭の犬小屋に連れて行き鎖を繋ぐ。いかにもお金持ち。犬種は「カネモチーヌ」とでもしておこう。


 天は彼女に二物も三物も与えている。ズルいのではないだろうか。彼女があれだったら、俺は時間停止能力くらいのチートでももらわないと釣り合わない。


 彼女は、薄い水色のワンピースを着ていた。爽やかなイメージで清楚な感じ。学校での印象と少し違うのも目を引いた。


「はい、お待たせー。玄関開けるね」


「あ、うん」


 玄関に入ると、玄関スペースがまた広い。ここだけで人が住めるな。


「あの、これ……」


 俺は菓子折が入った紙袋を持ち上げて見せた。


「え? 何? これ」


 彼女が受け取ると、持ち手の紐を左右に広げて紙袋の中を覗き込む。


「あ、通りもんだ!私、これ好きなのよねぇ。何? おみやげ? よかったのに、こんなの」


「あ、いや。でも、初めてだし」


「誠ってさ、おじさんみたい?」


 おじさんでもいいけどさっ! 手ぶらだと手がぶらぶらして落ち着かなかったのだ。


「あ、でも、今日は家族が誰もいないから気を使わないで。さ、上がって上がって」


 何だ。そうか。じゃあ、そんなに気を使わなくても……


 って、なにーーーーーっっ!?


 家族が誰もいないだと!? 心の中で盛大にノリツッコミしてしまった。


「何その顔。家族がいる時に家で撮影会なんてできないでしょ」


 そうか、そうだった。今日は撮影会だった。


「あ、忘れてたんでしょーーー。何しに来たの? エッチな事ばっかり考えてたんでしょう!」


 しまった。何も考えてなかった。今永麻衣の家に行くというのが思った以上に精神的プレッシャーになっていたのだ。


「じゃ、行こ」


 俺は今永麻衣に手を引かれて2階への階段を上った。


 ◇

「まず衣装から決めましょうか」


 今永麻衣の部屋に通された。衣装もだけど初めての女の子の部屋……それを受け止め切れていなかった。


 白とピンクを基調とした部屋。女の子女の子した部屋。整理整頓されていて理想の女の子って感じ。散らかりまくった俺の部屋とは全てが違う。


 部屋に置かれたベッド。


 あれは、まいまいの画像にも度々出てきたベッド!よく見たらあの本棚も少し見切れてたけど画像に出てた!


「もう! あんまりきょろきょろしないでよ。恥ずかしいから」


「でも、このベッド! 『まいまい』の画像に出てた! あの本棚も!」


 振り向いて今永麻衣の方を向いたら、いきなり抱きつかれた。


「ベッドや本棚で興奮してもいいんだけどさ、あんたの目の前にいるのは誰なのよって話」


 いきなり抱きつかれて慌てた。でも、言われて気づいた。今、俺の目の前にいるのは登録者数一万超えの人気裏垢女子の「まいまい」だった。


 首から下を見たら、確かに「まいまい」だ。動いてる! どんな高画質よりもpxピクセルが高くて肌理が細かくて、どんな動画よりもFPSが高く滑らかに動いていた。ハイレゾを超えるkHzの音質の声!


 そして、いいにおい。少し甘くてとろける様なにおい。


 彼女は今、俺の前に確実に存在する!


「何て顔してんの。絶対今やっと私が『まいまい』だって認識したでしょ!」


「だって、今永さんはクラスメイトで『まいまい』は俺の……その……」


「まーったく。『まいまい』の画像は使えた?」


「それはもう、大変お世話に……」


「ぷっ、じゃあ、顔公開の私は? 今日は誠が、言った通りの服を着て、誠が言った通りのポーズをするのよ〜?」


「『まいまい』が……」


「そう、『まいまい』が。誠の、い・い・な・り♪」


 何か全身の血が逆流してつま先から脳天まで一気に鳥肌が立つのが感じられた。


「あっ! 誠! 鼻血! 鼻血出てる!」


「えっ!」


 言われて鼻をぬぐうと確かに鼻血が出てた。


 今永麻衣が慌ててティッシュを箱ごと取って渡してくれた。


 俺は鼻血を拭いてティッシュを太めのこよりにして鼻に詰める。


 ◇

「あははははは〜。ホントに鼻血が出るんだもん! びっくりしたー」


「そんなに言うなよ恥ずかしいんだから」


 ちなみに、まだティッシュは鼻に詰まってる。血を止めるのには圧迫が最良だ。上を向いたりしても血が食道に流れ込むだけで何も解決には進まない。


 そんなどうでもいい鼻血止め知識を思い出しつつ俺は何とか冷静さを取り戻そうと試みていた。


「一体どんなことしようと思ったら鼻血が出るのよ」


 今永麻衣が楽しそうにコロコロと笑う。


「だって……『まいまい』が目の前にいるって思ったら……」


「私が『まいまい』なんだからね。もっと私のことを好きになりなさい」


「うん……」


 床に胡坐あぐらをかいて座っている俺に対して、彼女はベッドに腰かけている。少し俺を見下げる様な状態で彼女は少し恥じらう様に訊ねた。


「『まいまい』のどんなとこが好きなの?」


「うーん、半年以上見守ってきたし、成長も見てきたし、何かもう俺の一部っていうか……」


「言ってることはストーカーとそれほど変わらないのに、ドキッとしてしまう自分の心が憎らしいわ」


 今永麻衣が納得いかない顔をしていた。


「じゃあ、これから撮影会始める? それとも、エッチなこと始める?」


 今朝までは確かに俺は自分の世界にいた。でも、今ここは確実に異世界だった。


 俺が女の子とエロ写真を撮るか、実際にエッチをするかについてディスカッションしているのだ。


 俺のここでの答えはとても重要だ。一つ間違えれば、俺の今後の人生に大きく影を落とす。


 俺はゴクリとつばを飲み込んでから口を開いた。

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