第2話:リア充に対する憧れと今永麻衣

 俺は、野坂のさかまこと。高校2年生。クラスの立ち位置としては下の方、そして陰キャでボッチ気味。(ボッチ気味であってボッチではない!)


 まあ、その辺りは性格だと思うので明るくなるのは難しいだろう。だから、せめてリア充になりたいと思っていた。


 俺が思う「リア充」とは、男女の友達がいるようなヤツ。放課後とか週末に一緒に遊んだりするくらいの関係になりたいと思う。


 運動は苦手だし、カラオケなんかの歌も苦手なので、家族に手伝ってもらって練習しているところだ。一応、努力はしているけど、俺の思うリア充にはどんなきっかけで、どのタイミングでなれるのか全く想像がつかない。


 俺の日常は、教室に着いたら自分の席につき、ラノベを読んだり、スマホでサイトを見たりして過ごす。


 男の友達はいるんだ。真理谷まりや貞虎さだとら。彼は、はっきり言ってリア充を体現したようなヤツ。物語で言うなら主人公だろう。もしくは、王子様だろうか。


 貞虎は気軽に話してくれるし気持ちのいいヤツなんだけど、貞虎(陽の者)と俺(陰の者)が話していると周囲がザワザワするからな。教室内では気を使って俺は話しかけない。だから、あいつも俺に話しかけてこない。


 ◇

 今日も普通通り学校に登校した。いつも登下校は一人。教室に着いたらドアを開けた。静かにドアを開けるのでクラスメイトが注目することはない。


 そして、このまま自分の席に……


「あ! おはようーーーっ! 野坂くん!」


 教室内に俺の他にもう一人「野坂くん」がいるらしい。知らなかった。呼ばれてるぞ、野坂くん。


 俺は自分の席に一歩また一歩と進む。静かに、誰かの邪魔をしないように。


 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!


「どーーーーーん!」


「どわっ!」


 突然、誰かにタックルされた! 後ろから両肩を抱きしめられるように思いっきりぶつかってきた!


 なんだ⁉ ついにいじめか⁉ いじめが始まったのか⁉


 後ろを振り向くと今永麻衣が抱き付いていた。いや、おかしい! クラスの中で俺はモブのはずだ。1日誰からも話しかけられない日もある俺がクラスのヒエラルキーの頂点である今永麻衣から話しかけられた⁉


 話しかけられたどころか、タックルされた!


 教室内もザワザワしている。


 少し呆然としていると、今永麻衣が俺の腕に彼女の腕を絡めて組んできた。むにっとした感触が腕に押し当てられるのだけど!


「あ、あの……今永さん、こ、これは……!?」


「今永さんって他人行儀な! 私達は秘密を共有した仲でしょ?」


 今永麻衣が俺の顔を覗き込むようにしてウインクしながら言った。「秘密を共有」って彼女が「裏垢女子まいまい」だということ。そして、俺はそれに気づいた……と言うか、勝手に彼女が暴露した。俺はその話を聞いていただけ。


「野坂くん、下の名前は?」


「下の名前? ま、まこと……だけど?」


「じゃあ、今から『誠』って呼ぶね! 私のことは『麻衣』って呼んで!」


「そ、それは、難しい! そんなクラスのアイドル的な今永さんのことを下の名前で呼ぶなんて……!」


 俺は慌てて自分の席についた。すると座っている俺を半分押しのけるように侵略してきて1つの椅子に二人で座るような形になってしまった。


「あの……この状況は……」


「ねえ、知ってる? 世の中の関係でもっとも強固な関係って『共犯関係』なんだって!」


「いや、そんなことは聞いてないんだけど……」


 まっすぐ前を向いて座っている俺のすぐ横にこちらを向いて座っている今永麻衣。「圧」を感じる「圧」を! 陽の者の波動の様な何かを感じる!


 いつも今永麻衣がたむろっている席の辺りを見ると、いつものメンバーがこっちを見ている。


『なあ、麻衣って野坂のこと揶揄い始めたのか?』

『なんかべったりくっ付いてないか? こっからも分かるくらい野坂がキョドってるぞ?』

『なあ、なんか顔近くない⁉』


 ああ、男女で何か噂になっている。リア充にはなりたいけど、悪目立ちは良くない。


「今永さん、みんな見てるから。ちょっと離れて! 誤解されるし」


「そーんなこと言われたら、私は誠に弱みを握られてるから? 何でも言うことを聞かないといけないけど?」


 今永麻衣はニヤニヤしている。全然弱みを握られて困ったヤツの表情じゃない。


「あ、そうだ!」


 ここで、今永麻衣がにやりとした表情でシャツの第二ボタンまで開けた胸元に手を突っ込んだ。なんだ、その謎行動は⁉


 次の瞬間、バッと1つのUSBメモリーを掲げて見せた。


「誠! これが何か分かる⁉」


 自信満々でどや顔100%の今永麻衣。


 俺はUSBメモリー程度のデジタルガジェットになびく様なデジタルガジェットオタクじゃないぞ!


 そんな気持ちを込めた目で今永麻衣を見た。


 彼女は俺の前に仁王立ちして右腕は天にでも届きそうなほど高い位置にUSBメモリーを持ち、左手は腰に当てて立っていた。


 何が彼女にこんなにも自信を与えているんだ!


「USBメモリーの中身はなんでしょうーーーーかっっ?」


 USBメモリーの中身⁉ つまり、データってことだな!


「『裏垢女子まいまい』の無圧縮の高画質画像と、思ったより下着が映っちゃってボツにした画像、2TBテラバイト分だけど?」


 彼女は顔を近づけて、俺にだけ聞こえるくらいの小さい声で言った。


「なん……だと!? 裏垢女子まいまいの非公開画像2TB分だと⁉」


「欲しくないの~?」


 高画質ということは、拡大しても拡大しても画質が落ちないということ。


「欲しいっ! どうしても欲しいっ!」


 今永麻衣の勝ち誇った顔。勝ちなんか譲る! 俺はとにかくその「裏垢女子まいまい」の非公開画像2TBがどうしても欲しいのだ!


「じゃあ、どうしたらいい~?」


「こ、これで……」


 俺はおもむろに財布から、1万円札を出す。


「お金なんて要らんわー!」


 今永麻衣のチョップが俺の脳天にさく裂した。


「俺はどうしたらいいんだ? 1つだったら肝臓くらいまでは差し出しても……」


「どんだけ画像が見たいのよ! しかも、肝臓は1つしかないから差し出しちゃったらなくなるわよ!」


 今永麻衣は思ったより丁寧にツッコミができる子だった。


「ど・よ・う・びっ! 週末にデートしましょう!」


「ど・よ・う・び」の1音1音ごと彼女が人差し指で俺の鼻をつつきながら言った。


「ちょっと! そんな嫌な顔しなくてもいいじゃない! これでも私はクラスの人気者よ! 週1ペースで告白されてるくらいよ?」


 そんなこと言われても他人が好きだからと言って、俺が今永麻衣を好きになるとは限らない。俺が好きなのは、「裏垢女子まいまい」であって、「今永麻衣」ではないのだ。


「その眉が段違いで眉間にしわが寄りまくった嫌そうな顔むちゃくちゃムカつくんだけど……」


 今永麻衣が大そう不満そうだ。


「じゃあ、『まいまいのマンツーマンプライベート撮影会』は?」


「何だその殺人的に魅力的なストロングワードの集まりはっっ!『まいまい』の『マンツーマン』!『プライベート』!『撮影会』!」


 俺のテンションは爆上がりだった。


「どんだけ『まいまい』が好きなのよ!」


「どっ、どうすれば、俺はその撮影会に参加できるんだ⁉ 脳髄くらいまでなら差し出しても……」


「もう絶対それ死んじゃってるから!」


 今永麻衣は律儀に必ずツッコんでくれるいい子だった。


「週末、うちに遊びに来ない? そしたら、撮影会もできるし、USBメモリーもあげちゃうわよ?」


「ホントか⁉ 行く! 絶対行く! 台風が来ても行く! 親が死んでも行く! 宇宙人が侵略してきて県内が焼け野原になっても行く!」


「ぐいぐい来てくれるのは嬉しいけど、『裏』の顔の方ばっかり飛びついてきて、『表』の顔にも少しは興味を持って欲しいわ。あと、私の家も県内だから焼け野原になったらうちもなくなってるから!」


 俺は感謝の気持ちを伝えるために今永麻衣の手を握った。撮影会のこともデータのことも、そして いちいち丁寧にツッコんでくれることにも感謝をした。


「『まいまい』を生み出してくれてありがとう!」


「言っとくけど、私は『まいまい』のお母さんじゃないからね!」


 朝っぱらから教室で大騒ぎしてしまったけど、考えてみたら週末に今永麻衣の家に遊びに行くことになってしまったのだった。

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