07話

「がはっ、まさか鳴海ちゃんに負けるなんて」

「恋をして遊んでいる子には負けませんよ」


 あのとき勝つと決めたのだ、それだというのに負けるわけにはいかないだろう。

 負けてへらへらしている自分というのも見たくはなかった、だから私がこういう人間の時点で彼女の負けは決まっていた。


「うわーんっ、鳴海ちゃんが意地悪を言うー!」

「まあまあ、矢子さんは分かりやすく頑張っていたんだからそりゃあこうなるよ」

「富久君の馬鹿ー!」


 負けても楽しそうだな、こうはならないように頑張ろう。

 暇な時間ができたから今日も今日とて突っ伏している泰二君のところに移動する、なんとなくそのまま声をかけずに窓の外へ意識を向けた。

 いい天気だ、少し前までは梅雨なのかと言いたくなるぐらいには降っていたから見ているだけで気持ちがいい。


「……鳴海か」

「もう放課後だよ、帰らないの?」

「最後に慌ててやったから疲れたんだ」

「駄目じゃんそれじゃあ」

「もっともだな……」


 ご飯でも食べれば回復するだろうからと家に来てもらって食べてもらったものの、結局回復なんかはせずに学校と同じままで呆れた。

 とはいえ、こちらも勉強勉強勉強で疲れていたのもあったからと床に寝転んだら眠気がやってきて自分にも呆れたけどね。


「起きたか」

「んーいま何時?」

「十八時だ、さっき都子が来たぞ」

「いないよ?」


 暗い中、一人で行かせるわけがないから帰らせた、とかかな。

 私のことを気に入っている彼ならやりかねない、あとは似たようなことを考える存在だからというのもある。


「『富久君の家に泊まるから!』って言って帰っていったんだ」

「はは、やっぱり都子ちゃんは面白いや」

「鳴海、テストである程度の結果が出たら頼もうとしていたことがあったんだが」

「それはなに?」


 ある程度の結果って曖昧だな、そこは私に勝ったらなどと分かりやすく設定をしておくことが大事だろう。

 あとは終わってから言うのではなく始まる前にちゃんとその対象の私に説明をしておくべきではないだろうか? 変なお願いではなければ別にいいけどこれだと少しずるい気がする。


「クリスマス、一緒に過ごしてほしい」

「いいよ、どうせこっちは一人だからね」


 クリスマスに誰かと二人きりで過ごすのは初めてだ。

 これまでは誘われることがあってもそれはグループからだった、必ず十人以上はいたから特に嫌な思い出でもなかったわけだけど、こうなると変わってくる。


「ありがとな、それだけで気持ちよく寝られるわ」

「寝不足の理由、そこからもきているの?」

「関係していないと言ったら嘘になるな」


 こちらの方は前々からやっていたのもあって最後に慌てることになった、なんてことはなかった、珍しくしっかり食べて、しっかり寝て、普段よりも強い状態でテストに向かい合うことができた。

 私よりも頭がよかった都子ちゃんに勝てたのはそういうところからもきている。


「プレゼントとかはどうするの?」

「クリスマスの前に買いに行くか」

「それならクリスマスの日に買いに行けばいいよ、どうせ昼に終わるんだから」

「な、なんかそれだと恥ずかしくならないか?」

「クリスマスに過ごすのに? 君はよく分からないところもある男の子だねぇ」


 積極的に行動ができるようでできない子だからそこで告白をするなどといった考えはないんだろうなぁ。

 まあ、それならそれでいいけど、そのことについて私から動くつもりはないぞと言いたくなる。

 やっぱり自分から動くのはらしくない、あと、関わっている男の子が彼だけだからいまはこうなっているだけで特別な好意を抱いているというわけではないのだ。


「……それとは関係ないがそのときは泊まっていいか?」

「プレゼントを当日に選ぶのは恥ずかしいのに泊まれるんだ?」

「な、なんでそんなに意地が悪いんだよ……」

「君がよく分からないからだよー」


 話もまとまったところで夜ご飯作りを開始。

 学校があっても暇な時間が多くできるからほとんどの食材を使ってご飯を作った、買い物にはいつでも行ける。


「うわ……」

「ん? 食べようよ」

「そ、そうだな、いただきます」


 でも、彼は数回おかずを口に運んでから箸を置いてしまった、それから「悪い、無理だ」と吐いて――あ、言葉を吐いて黙ってしまう。


「なにか嫌いな物があった?」

「き、きのこだな。悪い、これは美味しいと言えない……不味い……」

「あ」

「な、なんだよその顔――あっ、鳴海の味付けが悪いわけじゃないっ、単純に俺が子どもで嫌いだってだけだよ……」


 おーいおい、まさかこうなるとは。

 わざとではないけど父は嫌いな食べ物があっても無理やり食べてしまうような人だった、しかも美味しいと嘘までついた。

 だけど、うん、彼はちゃんと言ってくれたんだ。


「それは私が食べるよ、だから食べられる物を食べて」

「わ、悪い」

「クリスマスに欲しい物があるんだ、悪いって思っているならそれをくれないかな」

「欲しい物? そ、そんなに高くない物なら大丈夫だぞ」

「大丈夫、お金はかからないよ。ま、いまはご飯を食べようよ」


 や、好みを知っているわけではないから本当にわざとというわけではない。

 だというのにこんな結果になって珍しくハイテンションになっている自分がいた。




「鳴海ちゃん、冬休みのどこかで家に行かせてもらうから」

「うん、いつでもいいよ」

「じゃあまたねっ」

「ばいばーい」


 さて、急いで帰っても意味はないから私は彼とここでゆっくりしていこう。

 ただ、何故か話しかけたらがちがちで気になった、いまから勇気を出して誘わなければならないというわけでもないのにこの反応は不思議だ。

 しかも断ったわけではなく受け入れたのにだよ? 普通はハイテンションになるところだと思うけど。


「どうしたのさ」

「だ、だってこの後一緒に過ごすんだぞ?」

「だから? 普段と変わりはないでしょ」

「はぁ、鳴海ってそういう人間だよな……」


 これはもういま求めて多少は戻ってもらわないといけない気がする。

 なにが言いたいのかと言うとこのままでいられるとこちらが疲れるから嫌だ。


「泰二君のこと好きだよ」

「はあ!? なんで急にそうなるんだよ!」


 うんうん、こうやって叫んだり動揺したりしているのが彼らしいと言える。

 自分から動くつもりはなかったけど仕方がなかったのだということで片付けよう。


「はっきり言ってくれたからだよ、その点以外でもこれまでの男の子とは違ったからというのもあるね」

「はっきり言った……? あ、いやあれは単純に嫌いな食べ物だったからで……」

「だからそういうのをはっきり言ってくれる子を求めていたのさ、ちゃんとそのことを言ったと思うけど」

「いやだからってそれで好きは……嘘だろ」

「君よりは弱いかもしれないけど好きになったよ」


 いいじゃないか始まりなんかどうでも、それに彼が飽きるまでは付き合うつもりだ。


「ちょっと適当に見えちゃうかな? でも、適当じゃないよ、私にとってはそれが他のなによりも大事だったというだけのことだよ。それでも信じられないということならそれはもう仕方がない、君が飽きるまではずっといるからその間に分かってもらえたらいいと思っている」

「い、いや、だからそういうことが言いたいんじゃなくて、鳴海にメリットがないから気になるだけでな? そりゃ鳴海のことが好きな俺からすればメリットしかないわけだが……」

「それならいいじゃん、そこで手を握るのを躊躇ってしまうところが君の悪いところだと思うよ」

「だから――……そ、そりゃあいきなりやり過ぎだろ」

「適当じゃないよ、こんなことは初めてなんだからね」


 普段通りの情けない感じに戻ってくれたから満足できた。

 前の席に座って彼の方を見る、気にしているみたいだけど目はちゃんとこちらを見ている。


「泰二君のことが好きだよ」

「ああ」

「ん」

「あー……俺も鳴海のことが好きだ」

「うん、よしじゃあご飯を買いに行こう」


 お腹が空いて夜中に起きてしまわないようにちゃんと食べておく必要がある。

 ま、私にとってあれなのは昼のいま買うとすぐに食べてしまわないか、ということだった。

 夜のために買ってきたのに昼の内に食べてしまったら意味がない、クリスマスに作りたくなんかはないから必死に頑張らなければならない。


「そうだな」

「行こ」


 それでも一度自宅に入ったら二度と出たくないからやっぱり後で、なんてことにはできなかった。


「これぐらいあればいいか、余ったら明日食べよう」

「金、俺も払うよ」

「いいよ、お会計を済ませてくるね」


 荷物も持たせたりはしなかった、関係が変わろうと簡単に頼ったりはしない。


「夜まで昼寝をしようかなー」

「起こしてやるからゆっくり寝ろよ」

「うん、おやすみ」




「寝たか」


 はぁ、なんか唐突に事が起こり過ぎて少し落ち着かない。

 とりあえず反対を向いて俺も寝転んだが、とても寝られるような余裕がない。

 なんでこうなった、そりゃ確かにクリスマスに一緒に過ごしたいと誘ったのは俺だ、鳴海に好意を抱いていたのも本当のことだ、だが、別に今日ここまで求めているわけではなかった。

 普通に一緒に過ごしてその日の内に解散でよかったんだ、そもそも泊まるとか言ったこの前の俺からして馬鹿だった。

 食べる前に嫌いな食べ物だとちゃんと吐かなかったのも悪い、そのせいで鳴海は勘違いというか……変な選択をしてしまった。


「浮かれてんじゃねえよ……」


 結局、なんでも受け入れてくれるから本能が調子に乗っていたんだ。


「鳴海、起きてくれ」

「んー」


 悪い、だがこれは彼女のためになることだ。


「悪い、まだあれから時間も経っていない。だが、やっぱりさっきのはなし――は? ね、寝ぼけているのか?」

「適当じゃないって言ったよね? だからいまからそれを見せてあげる」

「待て待て待て! は!?」

「君はそこでじっとしていればいいよ、私は適当じゃないってことを知ってもらえればいいんだからね」


 ……意識してそうしているわけじゃない、だが、俺は彼女の言う通り動くことができなかった。




「やっほーよく来たね」

「うん、お邪魔しまーす――ん? あれ、泰二君もいるんだ?」

「うん、終業式の日からずっといるよ、ああしてずっと固まっているけど」

「もう、鳴海ちゃんはすぐに冗談を言うんだから」

「ま、嘘だけどさ」


 お母さんを安心させるために毎日一度は帰っているけどすぐに戻ってくるというだけのことだ、ちなみにずっと固まっているわけでもないから大丈夫。


「でも、なんかいつも通りじゃないみたい、幼馴染だからそれぐらいは分かるよ」

「喧嘩をしたとかじゃないよ? それどころか関係が変わったぐらいだからね」


 先程まではご飯を食べたり課題を一緒にやったりなんかもしていた、いま黙っているのは私が彼女と約束をした結果だからだ。

 別にいいのにね、幼馴染が相手なんだから話したいことだっていっぱいあるだろう、彼女だってそこにいるのに変に黙られていたら気になると思う。


「おお! ……って、やっぱりこうなったか、私も富久君と付き合いたいよぉ」

「もしかして無駄に抵抗をされているの?」

「ううん、積極的で私があーってなっちゃってさ」

「そっか、難しいね、自分は簡単に変わったりはしないからね。あ、いま飲み物とかを用意するからね」


 ただ、立ち上がった私を何故か洗面所兼お風呂場に連れ込む泰二君。


「な、なんか喋りにくいんだが」

「相手は都子ちゃんだよ?」

「でも、これまでとは関係が違う状態で会っているってことだろ? 初めてでどう存在していればいいのか――ああ! 鳴海!」

「いいから普通にしていなよ、ジュースでも飲んで落ち着いて」


 私がおかしいのか彼がおかしいのか。


「あー都子、さっき鳴海が言っていたように俺達の関係は変わったんだ」

「うん、ちなみにどっちから告白をしたの?」

「鳴海だよ、最初からずっとそうだ」

「私にも鳴海ちゃんみたいな強さがあればなぁ」


 これを強さとは言わない、私が私をやっているだけだ。

 自分から動かないなどと考えておいて結局動いたのは面倒くさい彼を見なくて済むようにするため、近くでうじうじされると気になるからああするしかなかった。

 あとは中途半端な状態が嫌いだからというのもあるかな。


「いや、彼女をあまり否定したくはないが都子みたいに恥ずかしがったりする方がいいと思うぞ、少なくともこれから彼氏になるであろう富久的にはそうだ」

「だけどずっとそこ止まりだとね、富久君も頑張るのをやめちゃうかもしれない……」

「「それはない」」


 というかまだその程度の認識なのかと言いたくなる。

 あれだけ優先をしているのになにもないならやばい、私でもそれぐらいは分かるね。


「な、なんで富久君じゃないのに分かるの……?」

「だってこのことを話したら『いますぐに行く』ってメッセージが送られてきたから」

「あっ、また勝手なことをして!」

「はは、別に私が呼んだわけじゃないからね、市崎君が自分の意志で行きたいと判断しただけだよ」


 もちろん邪魔をするつもりはない、違う場所でやってくれてもここでやってくれても構わない。

 もしここでやるということなら私は未だに気にしていそうな彼の相手をして過ごす。


「お、来たね」


 が、市崎君が連れて行ったことによってまた二人きりの時間となった。


「流石に言わないんだな」

「なにをー?」

「付き合ったことじゃなくてあのことを」

「そんなの興味がないでしょ、私達だけが知っていればいいんだよ」


 どうしよう、今日は最低でも昼頃まで都子ちゃんと過ごすつもりだったから暇になってしまった。

 とはいえ、寒いから遊びに行きたいなんて気持ちも出てこない、元々私はそういう人間ではない。


「よかった?」

「……鳴海が怖いって分かった日だったな」

「普通だよ普通、それに真似をしてみただけだからね」

「真似って誰のだよ……」

「え、両親? 私、小さい頃に見ちゃったことがあってさ、お母さんが積極的だったのをよく覚えていたんだよ」


 あの日の彼のように父も固まっていたぐらい。

 元々、力関係で言えば母の方が強かったからこれも仕方がないという見方ができる、けど、やられっぱなしで終わるのはなんだか情けないなという感じだ。


「覚えなくていいそんなことっ、やっぱり鳴海はあれだわ……」

「見ちゃったものは仕方がないだろー、それに、ふふ、よく活かせたと思うけど?」

「ノーコメントで頼むわ」

「ま、この話を続けても意味はないしねー」


 なんか彼があっという間に飽きそうだった、いまだって居づらそうにここにいるわけだから勝手な妄想とはならない。

 ま、ずっといてくれるなんてそもそも期待はしていないから別にいいけどね、そうしたら私にとっての普通に戻るだけだ。


「飽きても自由にしてくれていいからね? 気にしなくていいから」

「なにを言っているんだよ、それに飽きるとすれば鳴海だろ」

「そう? 私は意外と結構悪くない時間を過ごせているなって思っているけど」

「……勝手に決めつけて悪かった、だけどそんなことを言わないでくれよ」

「はは、ごめんね」


 彼は真横まで移動してきてそこに座った、それからやたらと真剣な顔でこっちを見てきたものだからこちらも勝手に集中し始める。


「後で母さんに会ってくれないか? 彼女ができたって言ったら連れてきてほしいって言われたんだ」

「いいよ、私も話してみたかったからよかったよ」

「ただ、過激派少女になるのはやめてくれ、つまり変なことを言ったりはやめてくれ」

「言うわけがないでしょ、信用ないなぁ」


 一応は彼女なのだからもうちょっとぐらいは信じてくれてもいいと思うけどね。

 こういうことを言われる度に意地悪がしたくなる、結局彼は自分のせいでその意地悪な私というやつを引き出しているのだ。


「私もお父さんに電話しようかな、はい」

「そ、それはまた今度でいいか? 母さんに会わせるだけで緊張する」

「ははは、君は繊細だねぇ」


 可愛いからいいけど。

 お母さんと会うときはお洒落をして行こうと決めたのだった。

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