05話
「……ここは?」
「あー……起きてくれてよかったよ」
「矢子……? ……あ、ここは保健室か」
「ちょ、ちょっとやり過ぎちゃってね、昼休みに君をここまで運んだんだ」
黙らせるためにやっていたけど本当に黙るしかなくなるとは思わなかった。
ま、慌てていたから先程までは分からなかっただけでただ眠ってしまっただけなんだけどね。
さっき先生が教えてくれた、なんか笑っていたように見えた。
「運んだって矢子がか?」
「うん、結構力持ちなんだ」
寝室まで父を運んだこともある、それなりには力があった。
演じる能力も高くて力も強くてって割とすごいような、これをなにかに活かせれば面白くなりそうだ。
「それより先生に言って帰るか」
「あ、一応今日の約束はなしにしておいたから」
「ああ、そうだな、それにあの二人の邪魔をしたくないからな」
勝手に荷物に触れたりするような人間ではないから教室に戻る必要があった。
彼が帰る準備をしている間、椅子に座って適当に前を見ていた。
再発しなければいいけどあれは無理やり止めただけだからどうにもならなさそう。
それになにより、ずっと同じ認識のままでいるわけなのと、彼のお父さんが亡くなってしまったという事実は変わらないのだから難しいと思う。
「悪い、待たせた」
「いいよ、帰ろ」
帰っている途中、珍しく私はそわそわとしていた。
だってこういうときに限ってなにも言わないから、こんなことは初めてのことだ。
だけど自分から話しかけたくはないという無駄なソレもあった結果、結局彼の家に着くまで会話がなかった。
「それじゃあな」
「うん、また明日ね」
切り替えよう、こうして別れたのにいまのままでいるのは馬鹿らしい。
そのため、すぐに切り替えて一歩踏み出したときのことだった、後ろから「矢子、家に寄っていかないか?」と声をかけられたのは。
やっぱりなんかやらかしていて記憶の方に影響を受けているのかもしれない、家に上がったりしない方がいいと言っていたのは彼なのにおかしい。
「いまは一人でいたくないんだ、矢子が付き合ってくれたら全く違うから頼むよ」
「家に上がっちゃいけないんじゃなかったの?」
「あー……確かにそんなことも言ったが外だと冷えるからな」
今日はどっちもおかしいから、不安定だからという風に片付けてしまおう。
お腹の痛みも昼休みが終わってからそこまで気にならないし、うん、どうせ帰ってもご飯を作る気にもならないからこれはありがたい提案だ。
「いいよ、じゃあ上がらせてもらう」
「おう、菓子ぐらいならやるよ」
ただ、痛みがないわけでもないから寝転ばせてもらうことにした。
あと彼がちゃんと起きてくれるまで落ち着かなかったのもあって珍しく疲れていたからなのもある。
友達の存在はありがたい、だけどマイナスになるときもあることを知った。
「なんでそっちに向くんだよ」
「特にないよ」
「ならこっちでいいだろ」
これはどういう顔なのか、ただの無表情ではないのは確かだ。
でも、今日はそういう気分ではないからからかったりはしなかった、黙って彼を見ていた。
「……あんなことを簡単にしたりするなよ」
「止めなければならなかったんだ」
それ以外は意地だ、自分が殺したと言うのをやめるまでやるしかなかった。
少なくともこちらにはメリットがあった、それは聞きたくないことを聞かずに済むということだ。
自分のためなら特に悩んだりもせずに動くことができる、そういう風に設計されていた。
「だからってその……抱きしめたりは駄目だろ」
「止められればなんでもよかった、あのときはあれが一番効率がよかったんだよ」
「……誰にでもするのか?」
「私にとって気に入らないことを言っていたらね」
流石になにも理由がないのに抱きしめたりなんかはしない、これまでだって接触は避けてきた。
誘いを受け入れたからといってなんでも許すわけがないだろう、無理やり手を握られたときなんかには蕁麻疹が出てきたことだってある。
生理的に無理な人間というのは実際にいるものだ、そしてそういう人間に限って何度も何度も来るものだからそれこそ一時期はすごかった。
「まあでも、私からされるなんてことはかなりレアな件だよ、苦手な男の子だったら視界にすら入れたくないからね」
「でも、誘われれば付いて行ったって……」
「何度も言っているようにそれは事実だよ、だけどすぐに分かるからそういう子に何回も付き合うのは無理だってことだよ」
「手とか簡単に繋いだりしたんだろ?」
「いや、そういうのはしてこなかった、だから大抵は相手が動くことになるんだよ」
急にされたうえに離してくれないくれないときなんかにはトイレとか友達がいたなどと言い訳をして逃げていた。
そのため、彼女のふりをするという約束を受け入れたとはいえ市崎君のときになんにも出てこなかったのは正直に言うと謎だ。
違う女の子に好意を抱いているということがよかったのかな? 自分のことでも分からない。
「いまはしていないみたいだが気をつけろ、襲われたら矢子でも無理だろ」
「ま、いまは網口君だけだから大丈夫だよ」
「俺はそんなことしねえよっ、付き合っていても襲ったりはしねえよ」
「うん」
とりあえず早く回復してほしい。
彼が通常の状態に戻ってくれればこちらはそれで十分だった。
「なんか今日は寒いなぁ」
「これ、貸してやろうか?」
「いいよ、やっぱり十二月になったからか」
「そりゃあまあ違うだろうな、俺的には全く変わった気がしないが」
流石にこの寒さだと外でゆっくり……はしたくないから早く春になってほしい。
早く卒業をしたいというのもある、すぐには無理でも働いて一人暮らしをするつもりでいた。
いまの状態は強制的に一人になっているから駄目なのだ、その点、自らの意志でそうしてしまえば父がいなくても気にならないからその方がいい。
本当なら就職先もその新しい自分の家から近いところがいいけど、残念ながら高校在学中に働くことはできないから諦めるしかない。
でも、その就職先に合った家があるのかどうか、通勤時間が長くなるだけで色々なことが変わってきそうだからなぁ。
「――で、いいか?」
「え?」
「はぁ、テスト期間になってしまう前に四人で遊びに行こうぜ」
「三人でどうぞ、私は勉強を頑張らなければいけないからね」
少しの差はあってもなるべく同じぐらいの熱量でやっている。
テストで高得点を取ると両親が喜んでくれたからだ、ま、いまはどっちも近くにはいてくれていないけど関係ない。
癖というかテストがあるならこうだと設計されているようなものでやらなければ駄目なのだ。
「じゃあ終わってからでいいからさ」
「二人きりだったら考えてあげてもいいよ?」
「いやそれじゃあ約束とは違うだろ」
「じゃあいい。テスト、頑張りましょうね」
遊びたいならそれだけ頑張らなければならない、それと急に気が変わったときに困るのは自分だから変に約束をしたりはしない。
ただ、いまのはそこまで冗談というわけでもなかった、いちゃいちゃを見ても仕方がないし、彼と二人ならそう悪くない時間になりそうだからと言った結果がこれだ。
「た、大変なんだ矢子さん!」
「大袴さんが男の子と一緒にいたとか?」
「そう! これまで泰二としかいなかったのにどうなっているんだ!」
どうなっているもなにもどうせ係の仕事でとか委員会関連のことだろう。
中学生のときもやたらと不安になる同性がいたものの、よく毎回やるなと呆れたぐらいだった。
異性といたぐらいでなんだ、好きな人を疑ってしまっていることに気づいた方がいいとしか言えない。
「名前で呼び始めたんだ、仲良くなれたんだね」
「うん、泰二がそうしてくれって言ってくれてね」
「自分から頼むなんて面白いことをするね」
「いいだろ別に」
あれ、なんか拗ねているみたい、彼はそのまま市崎君の腕を掴んで連れて行った。
それきり来なくなったからいい時間を過ごせた、間違いなく後の私の力になる。
だけど違ったのはお弁当を持って教室をあとにした昼休みのときだ、ノートを見つつむしゃむしゃと食べていると後ろから「大変だよ矢子ちゃん!」と大声が聞こえてきておかずを落としそうになってしまった。
「富久君と泰二君が二人の女の子と楽しそうにやっていたの!」
「そりゃあまあ女の子はいっぱいいるわけだからね」
似た者同士か。
「止めてよ! 矢子ちゃんだって泰二君が他の子と仲良くしていたら嫌でしょ!?」
「全然? 寧ろどうぞって感じかな」
「いいから来て! 言い訳なんかしなくていいんだよ!」
なにを興奮しているんだか、家に着いてから恥ずかしくならないといいけど。
とりあえず逃げることもできなさそうだったので彼女に付いて行く、すると割と近いところで確かに楽しそうに会話をしている二人がいた。
「自由にやらせておきなよ、束縛なんてやめた方がいいよ」
「なんで矢子ちゃんはそんなに冷静なの!」
「好きじゃないからだよ、大袴さんを見ると恋をすることが悪く見えてくる」
「い、いや、これは私に原因があるだけで恋をすることが悪いというわけじゃ……」
「分かっているじゃん、そうだよ、一旦落ち着きなよ」
多分落ち着いたところで二人が歩いてきた、そりゃこれだけ大声を出せばこうなるだろう。
「後は頼んだよ、私はお弁当を食べないといけないんだから」
「矢子さんなんか怒っていない?」
「そりゃそうだよ、だって無駄なことで時間を使うことになったんだからね」
「む、無駄ってそんな言い方をしなくてもいいでしょ!」
「はぁ、やりたいなら自分だけでやりなよ」
移動をするのも面倒くさくなってやたらと興奮している彼女を見つつ食べた。
いい時間とはならないかな、賑やかなのは嫌いではないけど限度というものがあるのは昔から同じだった。
「あなたなんて大嫌いっ」
「そうなんだ」
「もう馬鹿!」
「あっ、都子さん!」
片付けて勉強、の前におでこを優しい力で叩かれて止まった。
「もうちょい上手くやれよ」
「大袴さんってずっと昔からあんな感じなの?」
「んー感情的になることはそれなりにあったな」
「ちゃんと怒らなきゃ駄目だよ、友達でもなんでも付き合えばいいわけじゃないんだから」
モンスターになるか常識のある人間になるかは周りの人間次第だ、そういう点では親と同じぐらい気を付けなければならない立場だと思う。
「あー一度だけ怒鳴ったことがあるんだが……三ヶ月ぐらい話せなくなってからは無理になった」
「それっていつ?」
「中学二年生のときだな、夏だ」
ナンパなんかはないよな、市崎君にできるとは思えない。
「もしかしたらそのときに本当は市崎君と出会っていたとかかな」
「でも、富久は他中だぞ? 都子は塾に行っていたが――それか」
「分からないけどね、やっぱり裏ではなにをしているのかなんて分からないね」
よしよし、上手く話の方向を変えることができた、謝るつもりなんかはないから続けられても困るのだ。
それに無理になったという話だから間違いなく大袴さんの味方をする、そうなったらなにもかもが自分の手によって終わるから避けたかった。
「って話が逸れたな、悪い、悪いのは矢子じゃないよな」
「別に君が謝る必要はないよ、ああいうの慣れているから」
「慣れているって……」
「事実だから、だから君も気にしないでね」
結局広げずに教室に戻った。
大袴さんも市崎君も別にクラスなんだから網口君もそっちと同じだったらいいのにという考えが出てきていた。
「……嫌い、可愛くない、付き合いが悪い、よく分からない……」
「だったら市崎君のところにでも行きなよ、そんなことをしても私は変わらないよ」
「……可愛いのに恋に興味がないのがむかつく、一人でも大丈夫な強いところがむかつく」
「可愛くないよ、ぶすだって十回以上言われたことがあるぐらいだしね」
所謂ぶす専がこの世には多いということだ、そうでもなければ告白をされるわけがないから。
「大袴さんの初めてはいつ?」
「は、初めて!?」
「初めて恋をしたのはいつ?」
流石幼馴染だと褒めた方がいいのだろうか? でも、女の子の場合だとなんか意味が変わってくるか。
市崎君に対しても事あるごとに驚いていそうだった、あの子も言いづらくて中途半端に端折った言い方をしたりしていそうだからね。
「……それは小学生のときだよ、ちなみにあそこで寝ている泰二君にだった」
「へえ」
「あっ、いまちょっと気になったよねっ? ふふ、結局矢子ちゃんもこっち側だってことなんだねっ」
「いや、嘘つきなんだなって」
「嘘じゃないよっ、告白をしたのにいまはそういうのいいからって振られたんだ!」
小学生ねぇ、お父さんの件がなくても興味がない子はいるわけだからなぁ。
女の子である彼女が早過ぎただけの可能性が高い、でも、恋に興味がないと言っていた件はそこまで間違っていないかもしれない。
「都子、声がでかいぞ」
「ごめん」
すぐ来てしまうとか大袴さん大好き男の子かよ。
聞き慣れた声だから意識をしていなくても聞こえてしまうのだと思う。
「あと適当だったわけじゃないぞ、あのときは確かに興味がなかったんだ」
「もういいもん、私は富久君のことが好きだもん」
「おう――ん? 矢子、なんだよその顔は」
「実は俺の初恋も大袴さんだった~なんていうのはないの?」
「ないな、俺が都子に求めるのは幼馴染としていてくれることだ」
彼女はこちらの両肩を掴んでから「ちゃんと恋をしてね」と耳打ちしてから歩いて行った、機嫌は直ったみたいだった。
「矢子、今日は一緒に勉強をしようぜ」
「どこでやる?」
おいおいなんで黙る、私が市崎君や大袴さんを誘うわけがないだろう。
その場所によっては露骨に差ができるわけだから適当なところなら回避したい、そのためにも知る必要があるのだ。
「な、なんで俺のは受け入れてくれるんだよ? この前、都子が怒ったときも俺のときだけ普段通りだったというか……それに二人きりならいいとか言ってくるし……」
「そういう人間だからね、ふふ、網口君に期待をしているのかもしれないよ?」
相手が断らずにどこでやるのかと変えようとしてくれているのだから喜んでおけばいい、悪戯の類で絶対にそうやるしかなかったとかではない限りはね。
だというのにこういう反応をされるとおいおいと言いたくなってしまう、せっかく受け入れようとしている体も止まってしまうというものだ。
「……冗談だよな」
「ま、それはともかく受け入れようとしただけでその反応は傷つくなぁ」
いや、傷つくも違うか、気になるが正解だった。
そもそもいちいち引っかかるなら誘わなければいい、断られる前提で動くのもあほらしい。
最初から無理だという風に動いていたらそりゃほとんどが駄目な方に働く、意外と周りはそういうのに敏感なのだ。
「わ、悪かった、一緒にやってくれ」
「うん、それでどこでやるの? ここ?」
「俺的には俺の家がいいが嫌だよな」
「それなら私の家でいいよ、その方が休憩時間に寝転びやすい、へへ」
流石の私でもまるで自宅のように寝転ぶということは不可能だ、この前のはお腹が痛かったからやらせてもらっただけだ。
「だ、だが……」
「いまは君しか上げていないよ」
というか自分のためにも絶対にそうする、自分が上がらせてもらうのは違う。
おまけに親なんかいないから急に帰ってきて気まずいなんてこともない、つまり彼的にもいい環境というわけだ。
帰る時間だって自由に選ぶことができる、あ、遅くなっても送ったりはしないけどねと内で悪い笑みを浮かべた。
「……そんな言い方をするなよ」
「高校に入ってからはそういうのも基本的にはなくなったからね、特定の男の子といるからかもよ?」
「最近関わり始めたばかりだろ……」
「でも、周りからすれば違うんじゃないかな、あと、私が初めて興味があるとぶつけた相手だからね」
どこまでやったらいまの状態から変わるのかが気になる、というかこれまでの男の子からすれば彼は変わらなすぎだった。
やっぱり一人にしておくと心配だからという感情だけで動いているのかな? そもそも他の子の場合と違って最初が特殊だからどうなるかが予想できない。
誘ってきたから受け入れただけなのになにを勘違いしてか告白をしてくるような男の子ではなく困っているところを助けてくれた男の子、最初から面白い存在であることには変わらないからなぁと内で呟く。
「私も泰二君って呼んでもいい?」
「ちょ、ちょっと待て、なんで急にそうなるんだよ」
「大袴さんからだけ呼ばれたいなら泰二でもいいよ?」
「そこじゃないぞ……」
なんら難しい件ではないのだからはいかいいえで答えてくれればよかった。
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