04話

「うーん」

「微妙か?」

「いや、こうなってくると美味しいとしか言えないなって」


 美味しいから仕方がない、だけどそれはあくまで私が食べる側だったときの話だ。

 いまでもはっきりと言ってほしいというソレは変わっていなかった、誰かになんと言われようとその拘りはやめられない。


「だろ? なのに敢えてそれ以外の言葉を求めるとかおかしいだろ」

「でも、お世辞を言われるの嫌なんだよ」

「お世辞じゃない、矢子が作ってくれた飯は本当に美味しかった」

「はいはい、じゃあ洗い物をしたら帰るね」

「な、なんでそうなるんだよ、じゃあってなんにも繋がっていないぞ」


 あの家に招くのならともかく自分が長居するのは違うというだけの話だ。

 なのでちゃんと発言通りに洗い物をさせてもらって網口家をあとにした。

 嫌だからとかではないけど傘は借りなかった、ご飯を食べているわけだからすぐにお風呂に入るため濡れても問題はない。


「ただいま」


 やべ、お風呂に入るのも面倒くさくなってきた、食後ということで早くも眠たくなってきてしまっている。

 でも、流石にそこは女として入らないという選択はできない、だけどいちいち溜めたりなんかしたら負けそうだったからシャワーで済ませて戻ってきた。

 無駄な抵抗をせずにベッドでそのまま朝まで寝て、起きたらすぐに家を出た。


「お、早いね」

「おはよう、だけど矢子さんっていつもはもう少しぐらい遅くなかった?」

「たまには早めに登校するのもいいかなって、市崎君は大袴さんといないんだね?」


 だから放課後にいちゃいちゃしてしまうのだろうか? 悪いことは言わないからちくりと言葉で刺されてしまわないように朝からちゃんと一緒にいた方がいい。


「うん、朝は合わないんだ、都子さんが少し苦手みたいでね」

「そこは付き合ってあげないと駄目でしょ」

「んー、流石にそれだと朝からがっつき過ぎていて怖いでしょ? だからしばらくの間はゆっくりとやっていくよ」


 そうか、それなら仕方がないな。

 学校に着いたら一緒にいるのは違うから適当に歩いていた、昼休みに過ごす場所探しも兼ねている。

 でも、校舎内は駄目だ、新鮮さがないから外に出るしかない。

 冬ということもあってほとんどの生徒がいちいち出たりはしないから好都合だ、広い場所を独占することができる。

 ま、独占をできたところでやれることはお弁当を食べること……あ。


「今日探しても意味がないから戻ろ」


 校舎内に戻ったタイミングで大袴さんを見つけた。


「泰二君おはよう」

「おう」

「今日も頑張ろうね」

「そうだな」


 うーん、なんで敢えて幼馴染の彼ではなく市崎君なのだろうか。

 身長差とか雰囲気とかこの二人が一緒にいるときの方がいいのに分からない。

 色々な意味でどきどきしたかったのだろうか? もしそうなら大袴さんは面白い存在ということになる。


「おはよう二人とも」

「市崎、お前都子を迎えに行ってやれよ」

「一人で学校に行けないような子どもじゃないよ、私だって泰二君達と同じで高校二年生なんだから」

「都子もだぞ、そういうことが言いたいんじゃねえんだ、朝から一緒にいないから放課後とかに爆発するんだろ」


 迷惑をかけていないのであれば放課後に爆発をしようと問題はないけど、私はただどうせなら朝から過ごせた方がいいと思って口にしただけだ。

 だけどもう本人からああ言われてしまった以上、これ以上はぶつけたりはしない。

 そもそも友達だろうとどうこう言える権利なんてないのだ、悪いことをしているなら友達として止めなければならないけどね。

 寧ろそのパターンでちゃんと止められないなら離れた方がいい、そんなのは友達だとは言えない。


「ははは、矢子さんと似たようなことを言っているね」

「矢子? もう来ているのか」

「だって後ろにいるしね」

「おわっ、なんだよいるなら声をかけろよ」


 って、なんで私もここにずっといたのだろうか。

 とりあえず挨拶をして教室へ、私は席に張り付いているぐらいが丁度いい。


「風邪を引いたりしなくてよかったぜ」

「風邪なんか引かないよ、仮に引いたとしても自業自得という話でしかないよね」

「仮にそうだったとしても心配になるだろ、だから来てくれてよかったぜって話だ」

「そうなんだ」


 相手が傘を忘れて濡れて風邪を引いたとしても心配になったりしないけどな。

 おかしいということならおかしいままでいい、自分が大丈夫ならそれでいい。


「今日も一緒に帰ろうぜ」

「なんで? 昨日のは一緒に帰ったわけじゃないよ?」

「いいだろ」

「うーん、今日はちょっとやめておく」

「なんだよ、付き合いが悪いな」


 いい天気だから誰かに急かされたりもせずにのんびりとしたいのだ。

 最近は誰かに合わせて誰かと過ごすことが多過ぎだ、もう付き合ったりする私はここにはいない。


「おはよう矢子さん」

「おはよう」

「そ、そういえばあれから市崎君といないけど……どうしたの?」

「ああ、別れちゃったというのは冗談で、ふりをしていただけだったんだよ」


 無視はできないな、ただ、しようとも思わない。


「そ、そうなのっ? だけどその割には甘える姿が本当の彼女のように見えたけど」

「私の演じる能力がすごいというだけかな」


 大袴さんが分かりやすいところを見せてきていなかったら私はあのまま続けた、一度やると決めたらちゃんとやる人間だ。

 でも、そうやって動き終えた後はやる気というのが分かりやすくなくなる、一ヶ月ぐらいは必要になる。


「だけどすごいね、本当に好きでもない相手にあんなに甘えられるなんて」

「はは、だって私は不特定多数の男の子と遊ぶイケない女だからね」

「そ、そうなんだ……」


 そうさ、そういう風に見てくれた方がやりやすい。

 余計なことを言われたくないからと近づいてくることもなくなるから好都合だ。




「んー」

「おい、変なことを言うなよ」

「それ三回目、あと帰りなよ」


 一人になったとか余計なことを言うべきではなかった、聞かれたらいちいち隠さずに答えるというスタンスがいまの私の邪魔をしている。


「今日は急いで帰っても意味がないんだよ、あと、俺もこの教室が好きなんだ」

「教室が好きって、いつもすぐに帰っていたでしょ」


 あの公園でぼうっとしておくのと同じぐらいこの教室でそうしてきたから分かるのだ、彼は放課後になるなりすぐに出て行っていた。


「都子と約束をしていたからな」

「大袴さんか、なんで大袴さんのことを好きにならなかったの?」

「都子は妹って感じだったからな」


 漫画なんかでそんなことを言っている主人公がいたけど私には分からない、せめて年下の子なら、というところだ。


「妹ねえ、私は一人だからよく分からないけど」

「俺だってそうだよ」


 弟や妹が欲しいと考えたことはない、家が狭いから一人でよかった。

 ただ、前も言ったかどうかは分からないけど一人ならではの問題もある、それは昨日みたいな途端にやる気がなくなるとかそういうのだ。

 誰にも注意をされないからご飯を食べない、お風呂にも入らない、帰ったらすぐに寝るなんてことができてしまう。


「まだまだ時間はあるから網口君は自分のことを話してよ」

「はあ? 自分のことを話せって言われてもな」

「受験のときの話とか、大袴さんとどういうことをしてきたとか色々あるでしょ」

「想像できないかもしれないが受験のときは滅茶苦茶緊張していてトイレで吐いた」

「はは、いいねそういうの、もっと聞かせてよ」


 受験のときは結構適当だった、だけど不合格になるわけにはいかないから問題に繋がらないように演じていたけど。

 結果、私はこうしてこの学校に通えている、嬉しくはないけどまあって感じ。


「……嫌だよ、そもそも矢子は誘ったのに断っただろうが」

「拗ねているの? 女の子がなんでも言うことを聞いてくれると思ったら大間違いだよ、網口君」


 顔を上げて嫌そうな顔をしている彼の頭を撫でた、父がよくしてくれたから真似をしてみたものの、する側は特に楽しかったり嬉しかったりなんかはしない。


「ごめんね、ランダムだからああいうときもあるんだよ」

「……上手くコントロールしろよ、自分のことならできるだろ?」

「自分のことでも難しいよ、一つ言えるのは午前中といまの私は違うということだ」


 いや、放課後の私は基本的に緩々だ、だから色々なことを受け入れてきた。

 遊びに付き合ってほしいとか、〇〇をしてほしいとか、特に悩んだりもせずにやってきた。


「朝言ったことはあんまり嘘じゃないんだ、誘われたら付き合ったりしたよ」

「性行為は?」

「それはないよ、でも、昔の私は知らない子に誘われても付いて行ったよ。というかさ、前もそうだけどそっち方向に考えるのが得意だよね」

「矢子なら『いいよー』とか言って受け入れていそうだからな」

「ふふふ、私はイケない女だからね」


 ま、危ない感じになってもひょろひょろーと躱し続けていまもこうしてなんにも汚されていないままここにいる。

 というか、本当に偶然だけど私に近づいた人間が少しの間、学校に来なくなったりした結果と言えるかもしれない。

 何故かそうなんだよね、実は記憶にないだけで私が消している可能性がある。


「いまから危ないこと、しちゃおうか」


 試してみたくなる、彼も同じように少しであっても消えるのかどうかを。

 どちらかと言えばの話だけど今回は私が興味を持ったわけで、反動でかなりすごいことになりそうだった。

 それとも興味を持ったからこそ消えないのかな? それとも消さない?


「馬鹿、冗談でもそんなことを言うな」

「危ないことって徹夜とかだってそうでしょ? もう、網口君は変態なんだから」


 ちなみに徹夜は二日連続でしたことがあるけどもう二度としないと決めた。

 なにもメリットがない、漫画なんかを読んで過ごしたのにろくに覚えていなかったぐらいだ。


「とにかくよく分からない人間に付いて行くのはやめろ」

「私にとっては網口君もそうだよ?」

「誘っておいてあれだが俺が相手でも市崎が相手でも家に上がったりするのはやめた方がいい、矢子の家に上げるなんてのは一番駄目だ」

「えー、全部網口君がしたことじゃん」

「だ、だから反省している」


 反省したってその事実が消えるわけではないんだよなぁ。

 まあいいや、これで不思議な状態は終わるだろうから私的にはよかった。

 昔のときと違って友達だから消えてもらいたくはないからね。




「あ゛ぁ゛」


 朝と放課後のこの露骨な差をなんとかしたい。


「矢子ちゃんに変えてもいい?」

「大袴さんか、いいよ、呼び捨てでもいいよ」


 それと今日はかなりお腹が痛い、でも、話すと少し楽になるから助かる。


「ありがと、それなら矢子ちゃんにするね。あと、今日の放課後に遊びに行こうよ」

「いいよ、それなら市崎君とかも誘わないとね」

「あ、富久君と泰二君にはもう言ってあるから」

「はは、早いね」


 いやまあ、彼女がこうして近づいてきて誘ってくることがそもそもおかしいことではあるけど、それならそれでという話だった。

 三人で行った方が間違いなく楽しめる、友達がいなかった私でも分かることだ。


「仲良くしたいと思って、矢子ちゃん的には泰二君がいてくれた方が安心できると思ったんだ」

「確かにそうだね、いちゃいちゃしている大袴さんと市崎君を一人を見るのは微妙だからね」


 実はそんなでもない、寧ろ仲がいい二人を見て楽しめるぐらいだ。

 この前はちょっとおかしかっただけ、もう二度とあんな弱音を吐いたりはしない。


「そ、そんなことはしないよっ」

「だってそれなら二人きりで行くもんね、いやー、私も馬鹿だったね」

「もうっ、矢子ちゃんの馬鹿っ」

「って、走り去らないんだ、大袴さんって面白いね」


 って、彼女で遊んでいる場合ではない、ここは気になったことを聞かせてもらうことにしよう。


「……約束だからね」

「その前に一つ聞きたいことがあるんだけど、網口君じゃ駄目だったの?」

「んー、泰二君はそういう対象として見られないかな」


 意外とはっきりと言うじゃないか。

 向こう的にもさも当たり前とでも言いたげな態度だったから違和感はない、だけどちょっとぐらいはなにかがあると思ったのにこれだ。


「お兄ちゃんみたいだから?」

「それもあるね、だけど私の中で大きいのは恋に興味がないからかな」

「恋に興味がない?」

「うん、昔からね――あ、富久君が来たから行くね」


 じゃあ私に近づいている理由は心配だからということなのか?

 気になったから今回は私の方から近づく、今日は突っ伏したりもせずに窓の向こうに意識を向けていた彼も影かなんかで気づいたのかこちらを見た。


「俺が無理な理由を聞いたのか」

「うん、そうしたら恋に興味がないからだって」

「それは違う、俺が人を殺したからだ」

「へえ――え?」


 冗談を言っているような顔や雰囲気ではない、というかこんなことを冗談で言う人がいたら流石の私でも引く。


「直接じゃなくても確かに殺した、俺を助けるために動いた父さんは死んだんだよ」

「なんだ、それなら殺したわけじゃ――」

「同じだっ」

「どうどう、落ち着いて」


 うぉ、お腹がさらに痛くなってきたから席へと慌てて戻った。

 みんなに見られていたからなのも影響している、だけどきっかけを作ったのはこちらだから引っかかる。

 それでもこの痛みがなんとかならないと動くことすらできない、こればかりは慣れることのない痛みだ。


「矢子さん大丈夫? 顔色が悪いけど……」

「大丈夫大丈夫」

「網口君が怒っていたけどなにかしちゃったの?」


 あー、いやまあ、あんな感じで大きな声を出せばそのように考えてしまってもおかしくはないか。

 とにかく違うと、これは私の問題だと答えて突っ伏す、が、すぐに授業になってそうもしていられなくなった。

 動かないでいるとどうしてもそこに意識がいって駄目になる、いまはとにかくなにかを抱いていたい。


「や、矢子、さっきは大きな声を出して悪かった」


 そうか、慌てて戻ったりなんかしたからこっちも気にしてしまっているのか。

 すまない、だけど謝る必要なんかはない、謝らなければならないのはこちらの方だから謝罪をしておいた。


「なんで矢子が謝るんだ……って、大丈夫か? 保健室に連れて行ってやるよ」

「大丈夫、放課後が楽しみだよ」

「放課後……? あ、そういえば都子がそんなことを言っていたな、矢子は受け入れたのか」


 幼馴染が誘ってきたのだからもう少しは興味を持ってあげてほしい……なんてね。

 先程のことがなかったら彼だって同じように楽しみにしていたはずだったのだ。


「相手が君とか大袴さんだったらいいでしょ?」

「家に上がったり上がらせたりするのがまだ早いってだけで遊びに行ったりするのをやめた方がいいって言ったわけじゃないからな」

「うん、だから楽しみ」

「の割にはいつもの笑みじゃないんだよな、なあ頼れよ」

「なんでもないって」


 いつもの笑みではないと言っているけどほとんどが偽物のようなもので彼には一度も本当のやつを見せたことはない。

 仲良くなれなかったら延々に見せることもない、ま、価値はないからそれでも全く問題はない。

 あとこれは自分の問題だから彼が悪いわけではないし、それで頼るようなことをするわけがないだろう。


「なあ矢子」

「網口君、いらないなら断ってくれればいいけどこれを食べてくれない?」

「腹が減るだろ」

「ちょっと食欲がないんだ」


 いたた……今日は駄目だな、過去一番と言ってもいいかもしれない。

 音なんかも気になるからいつもとは違う理由で教室を離れた、そのまま近くの空き教室に入って床に寝転んだりもした。


「矢子」

「だから私は頼ったりなんて――いったっ!? 首が折れるかと思ったんだけど!」


 あと頭が痛いわけではないからこうされてもあまり意味はない、頼らないけどこれなら足でも抱いていた方がましだ。

 だって下から彼の顔を見てどうするのかという話、いまは朝なんかとは違って喋ることも本当ならあんまりしたくないんだ。


「辛いなら頼れよ」

「いやいや、そんなことよりもいま殺そうとしたよね? お父さんの件なんかよりよっぽどやばかったよ」


 一週間以内に死んだら彼を呪ってやる、それぐらいには痛かった。


「泣くだけで動けなかった、火はそれぐらい怖かった」

「そりゃあ火は怖いよ、でも、それで自分が殺したみたいな言い方をするのは気に入らない」

「小学生、しかも高学年だったんだぞ? 二階にいたとはいえありえないだろ」

「そんなの関係ないよ」


 それが原因で亡くなってしまったわけではないけど火事に繋がる前に母が助けてくれたときがあった、そのときなんかは火が怖くなって一ヶ月ぐらいは避けていたぐらいだ。

 だからそれ以上の勢いでとなれば怖くて当然だ、トラウマになってもなんらおかしくはない。


「違うんだよ、父さんは俺が――」

「言わせないよっ」


 あーもう、本当ならそれどころではないというのに。

 なにをやっているんだ私は、結局自分が決めたことすら守れていない。


「んー! んー!」

「んーんー言っても駄目っ、それにずっとそんな考え方をされていたらお父さんだって嫌でしょ!」


 ……正直、いま言うのは違うけど彼の頭を抱きしめて言わせないようにしている状態は何気にお腹によかった。

 なので聞きたくないからという理由が依然として強いものの、こちらとしても助かるから昼休みが終わるまで続けておくことにしたのだった。

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