03話

「ごめん、待たせたね」

「ううん、大丈夫」


 今回は偶然ではなく約束をしてここで集まっていた。

 彼氏のふりをやめてくれ、もしくは、別れてほしいと言ってもらいたくてここに来ている。

 でも、答えてからすぐに俯いた彼女を見てそうはならないなと内で笑った。

 だからそうやって動けるならこうはなっていないんだって、本当に学習をしない人間だよ私は。


「だけど急に昨日、連絡先を聞いてきたときは驚いたよ」

「矢子さんとゆっくり話してみたかったの、それとこれ、返したかったから」

「おお、私の傘ちゃん」

「この前はありがとう、すぐに返さなくてもごめん」

「いいんだよ、あれは本当に頭を冷やしたくてやったんだから」


 持ってきたバッグの中に無理やりしまって横に座る。

 今日はいい天気だ、いまから夜までここで過ごすことになっても構わない。


「それで話したいことって? そっちから出してくれないと友達がいないから無理なんだよ」

「市崎君とのことかな」

「前も気にしていたけど私はてっきり、網口君のことが気になっているものだとばかり思っていたけどね。なんというか露骨過ぎたからさ」

「あ、泰二君は幼馴染なの、だからそういうところが違うというか……」

「なるほどねー」


 これで実は俺も的な展開になったら泥沼化だな。

 よくやるよ、誰かと戦ってその人を手に入れようとするなんてさ。

 私だったら少しだけ動いてあ、無理だとなって終わることだろうな。


「って、まだ気になっている状態だったからっ、す、好きとかないから……迷惑をかけないから……」

「迷惑をかけない、ね」

「すぅ……はぁ、邪魔をしたりはしないよ、というかできるとも思えないよ」


 上手くできているのかな、恋人のふりって一番難しい。

 〇〇をしていたらいいんじゃないかなどと言うこともできない、かといっていまみたいな言い方をすると圧をかけるだけだ。

 富久もせめて恋愛経験豊富な異性を選べばよかったのに、友達もいないことが好都合だったのかな。


「ね、大袴さんは富久のどこが好き?」

「だ、だから気になっ――……市崎君の好きなところは泰二君にだけじゃなくて私にもどうしたいかって聞いてくれるところ……うん」

「おお、確かにそれは嬉しいね」

「ぎゃ、逆に矢子さんは市崎君のどこを好きになったの?」


 富久のどこを好きになったのかだって? 友達として好きだとすら言えないぞ。

 というかもうはっきりとしてくれたのに続ける意味はあるのか? いやない。


「短かったなぁ、まさかこんなに早く終わるとは」

「え、え?」

「ごめん、私が彼氏のふりをしてくれって土下座をして頼んだんだよ、言うことを聞いてくれるまで動かないって脅すようなことをしてね。んで、優しい優しい市崎君が受け入れてくれたってだけ。市崎君が大袴さんのことをどう思っているのかは知らないけど私に対するそういう感情はないってことだけは言い切れる、だから安心して、網口君と同じで困っている人を見かけたら放っておけない人間性ってだけだよ」


 嘘だけどこれが本当ならなんのために偽彼氏なんて作るんだよという話だ。

 父もいなければ彼氏云々と言ってくる友達もいない、それだというのにそういうことを求めたって変人が過ぎるだろうよ。

 でも、流石にこのまま続けることは彼女の顔的に無理だった、間接的にではなく直接そういう顔にさせることになってしまっていたからね。


「つまり……」

「市崎君は巻き込まれたってこと、私が犯人さ」

「なんでそんな……」

「反省しているよ、叩いてもいいよ? 私は絶対に逃げない、満足できるならそうすればいいよ」


 だけど彼女は違う方を向いただけだった。

 安心したところでやる二段構えかと思ったけどそれもなかった。


「叩いたりなんかしないよ、でも、市崎君に頼むのはもうやめてほしいかな」

「もう彼氏のふりをしてもらう必要もなくなったからね」

「じゃあこれで終わりにして、なにか食べに行かない? いまのでお腹が空いちゃったんだ」

「いいよ、それなら奢らせてよ、お詫びってことでさ」


 がっつり食べたかったようで昼ご飯はハンバーグになった、代金は意地でもこちらが払った。

 それと大袴さんがトイレに行っている間に市崎君には説明と謝罪をした、ありがとうと言ってくれたけど本当のところは分からない。


「ありゃりゃ、眠たくなってきちゃったなぁ」

「それなら私の家に行く?」

「んー、やめておくよ、それより市崎君に大袴さんの家に行くようにって言ってあるから行ってあげて」

「う、嘘だよね?」


 そんな嘘をついてどうすると恋人のふりなんかをしていた大嘘つき人間は言いたくなってしまった。

 結構適当なところがあるけどなにも全てが適当ではない、協力しようとしているのはいまも変わらない。


「嘘じゃないよ、ほら」

「や、矢子さんの馬鹿ー!」


 馬鹿か、確かに私は大袴さんよりもテストの点数が低いから馬鹿ということだ。

 今度のテストでは勝ってやろうと決めて家までゆっくり歩いた。




「あのさ、協力をしてくれるはずだったよね?」

「うん」

「なのに大袴さんの家に来てくれなかったよね、なんでそこで意地悪になるの?」


 意地悪どころか最高のサポートをしてあげたというのに、これではあんまりだ。

 好きな子がいてくれればこちらはどうなろうとどうでもいいのだ、恋をすると盲目――細かなことがどうでもよくなるのは本当のことらしい。


「いやだって二人きりがよかったでしょ? ねえ、大袴さんもそうでしょ?」

「わ、私的にはいきなり二人よりも矢子さんがいてくれた方がよかったけど」

「俺だって同じだよ、矢子さんはSだ」


 鳴海だからNだよと言いたくなったものの、我慢。

 だけど付き合いきれなくなって今日は廊下に逃げた。

 そうしたら窓の向こうを見て微妙な顔をしている網口君がいたから反対方向に向かって歩いて行く。


「おいおい、なんで敢えて引き返すんだよ、意味ありげに立っていただろうが」

「えぇ、こっちもなの?」


 構ってちゃんが多すぎる。

 あとこの子の尾行癖は厄介だ、そういう点ではこうして声をかけられた時点で今回は悪くない気がする。


「矢子って意地が悪いよな、Sだな」

「それならYだよ。まったく、本当に似た者同士なんだから」

「市崎とか? それとも都子?」

「二人とだよ、なんでわざわざそこでとぼけるの。あと君ね、女の子を壁に押し付けたりとか駄目だからね?」


 私じゃなかったらどうなっていたか、大事なところを蹴られたりしなくて済んでよかったと考えておくべきだ。


「そっちの方が悪いことをしていただろ、都子のことを考えてやってくれよ」

「私の方にそういうことにしておかなければならない理由ができたんだから仕方がないよ」

「頼まれたらセックスだってしそうだな」

「はあ? そんな馬鹿なことを頼む存在はいないでしょ」


 つかセ……なにを真顔で言っているのか、そもそも形的には私が頼んだことになっているんだから。

 あとね、そういうのはやりたい人達が勝手にやっておけばいい、少なくとも学生には関係のないことだろう。


「で、どこまでやったんだ?」

「私が押し倒したぐらいかな」

「お、おい、嘘だよな? あっ、市崎といたから嘘をつくのが癖になっただけだよなそれは」


 彼はいつもこう言うけど市崎君は嘘をついたりはしなかった……よね? それとももっと仲良くしていったら嘘をつくようになるのだろうか。

 でも、もう確かめようがない、ああして本命といられればこっちになんか来ない。

 先程来ていたのは文句を言いたかったからで、これからはそういうきっかけすら作らないようにするわけだからね。


「ふふ、どうだろうね、腕も借りたなぁ」

「腕……腕? 手じゃないのか?」

「おいおいーい、頭の中がピンク色なんですか? 寝るために借りただけだよ、押し倒したのは事実だけど」

「なんでふりで押し倒すんだよ」

「というかやたらと気にしますなぁ」


 一年生の頃から一緒のクラスだったということは分かった、だけど全く関わっていなかったのにこの行動力はなんだ。

 もしかして私の容姿に一目惚れ? そんなに可愛かったのか!? と珍しくテンションが上がっていた。

 だってこんなことはこれまで一度もなかったからだ、あ、告白をされたことはあったけど、うん、こういうのは初めてだ。


「友達的存在が不健全なことをしていたら嫌だろ」

「あれ、友達なの?」

「友達だろ、家にだって行ったぐらいなんだぜ?」

「あ、そうなんだ」


 あと、気づかない内に友達になっていたらしい。


「つか友達のつもりもないのに彼女のふりなんかするな」

「大袴さんから聞かなかったの? 私が頼んで彼氏のふりを――」

「違うだろ、矢子がそんなことを頼むわけがない」

「そんなの分からないでしょ、お父さんを安心させるために頼んだかもよ?」

「それはないな」


 彼には少し格好つけたがる癖があるようだ、いまもさも合っているよな? とでも言いたげな顔でこちらを見てきている。

 だけど可愛いからいいかと終わらせようとする自分もいた、こういうところをあの子達に見せてあげれば怖い顔をしているなどと言われることもなくなるだろう。

 だから腕を掴んで直接連れて行ったわけだけど、


「え、な、なんで網口君を連れてきたの?」

「あんたがこの前矢子さんに自由に言ったからじゃない……?」

「ご、ごめんなさいっ、ただ確かめたかっただけなのっ」

「そうそう、別に悪く言うつもりなんかはなかったから誤解しないであげてね」


 と、余計に悪くなった? みたいだ。

 ちなみに彼の方も困ったような顔で見てきていたものの、特になにも言うことはなく腕を掴むのをやめて解散にした。

 やっぱり私が動いても駄目だ、変えたいなら自分で動いて信用してもらうしかないということが分かった。


「なあ、ああいうことをすると矢子まで避けられるぞ?」

「いまので避けられるなら別にそれでいいよ、網口君はなにも悪いことをしていないんだから堂々と存在していなさい」

「でもな、俺といたばかりに――」

「自分から来ておいて言うの?」


 こちらは自由に言われ慣れているから大丈夫だ、でも、彼の方は無理やり問題はないと片付けているだけかもしれないからこう言わせてもらった。


「そ、そういえばそうか……」

「だからそんな顔をしないの、あとその点は自由にしてくれていいからね」


 さて、話も終わったところで休むことにしよう。

 最近はちゃんと休めていなかった、だからいまの内に少しでも取り戻しておくべきなのだ。




「あ、やっちまった」


 休日に返してもらったものだから傘はあのバッグに入ったままだ。

 というか、どうして最近はこうして雨が頑張っているのだろうか? 年がもう少しで終わるというところにきているのに、梅雨はまだまだ先なのにやり過ぎだ。

 目立ちたいお年頃なのかな? そもそもその場合だと地面に落ちた雨は生きているのか死んでいるのか……というところ。


「矢子さん、傘を忘れちゃったの?」

「うん、実はそうなんだよね」


 当たり前のように二人は一緒にいる、こちらは頑張れているようでなによりだ。

 ただ、協力する必要は最初からなかったみたいだと分かって少し微妙な気分になった……かもしれない。


「それなら私の貸してあげる、私は市崎君と一緒に帰るから大丈夫だよ」

「あれっ、なんか急に変なことになっていないっ?」

「え、私と相合傘するの……嫌なの……?」

「い、嫌じゃないよっ、だけど急過ぎて心の準備が……」

「大丈夫だよ、別に変なことじゃないよ」


 空気を読んであげたいところだけどその微妙な気分をなんとかするために傘を返して雨の中を走り出した。

 ま、二人が上手くやっている以上、これが分かるのは後か先かという話でしかないため結局こんなことをしても意味はない。

 それでもなんとかするためにあの公園まで走ってベンチに寝転んだ、屋根があるから濡れることはないのもいい。


「は、速過ぎだろ……」

「網口君か、またあの二人に聞いて来たの?」

「ああ、雨の中傘もささずに飛び出していったって聞いてちょっとな」


 好きだね、なんでそれで追おうとなるのか。

 それこそ私がしたことぐらい無意味な行為だ、追ってもらえたからってなにが変わるというわけではない、いや、それどころかより微妙な気分になる。


「なんかさ、あの二人を見て微妙な気分になったんだよ」

「仲良くやれているだろ?」

「だからこそだよ。私が動いた意味、なにもないじゃん」

「でも、初めてってわけでもないだろ?」

「そうだけど、動いた結果がこれだと二度とやりたくなくなる」


 相手のために動いてありがとうと言ってもらえてもそれは自分にとってなにもメリットとはならない。

 なにをやっていたのか、これまで通り興味を持たないままの方がいいな。


「そんなつまらない私の話はもういいや、とりあえず座ったらどう?」

「そうだな」


 こちらもきちんと体を起こして座りなおした。


「網口君と市崎君はいつから友達になったの? 大袴さんと幼馴染だってことは教えてもらって分かったけど」

「去年だな」

「あ、だから友達の友達とか言っていたんだ」

「俺も都子もそこまで変わらないぞ」


 だけどあの二人は好き合っているということだし、彼の知らないところで会ったりもしていたわけだ。

 やっぱりこれが普通だよ、この前のは間違っていなかった。

 みんなに自分の全てを見せるわけではない、他の友達がいるところで愛を深めるなんてこともしないということになる。


「でも、好きになっちゃったんだよね、すごいね」

「矢子にだって全く話したことがない男子が告白をしてきただろ? 恋なんてそんなもんだよ」

「喋ったこともない相手のことを好きになるのは無理だよ、みんなおかしいんじゃないの?」

「だから恋は怖いって話だ」


 本当だよ……って、一目惚れをしたーなどとあほなことを言った自分がここにいることを忘れていた。

 一目惚れということは顔に惚れたということで――やめておこう、それにあれは嘘だから気にするな。


「網口君は誰かを好きになったことがある?」

「あるよ、でも、上手くいかなかった」

「また好きになりたいって思う?」

「そうだな、いつか誰かと付き合えたらいいな」


 おお、あのときと同じでいい顔をしている、ということはトイレに行きたかったからではなかったんだ。

 あのとき彼は助けてくれた、私が動いた場合と違って本当にありがたかったぐらいだから彼的にもそれが分かってあの顔になっていたのかな? それかどんな結果になろうと相手のために動けたのならそれでいいという可能性もある。


「怖いのにまだ動こうとするんだ?」

「そりゃ怖いこともあるがそれと同じぐらい楽しいわけだからな」

「答えてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 はぁ、嫌だなぁ、こうして誰かと話したことで内側のそれが消えてしまうのは私的によくない。

 だってこうなってくると甘えてしまう、求めてしまう。

 ただ、いまは自分から行っていないから来てくれているだけで自分から動いたら駄目になりそうな感じがするのだ。


「腹が減った」

「はは、それなら帰った方がいいよ、雨もこのまま降り続けると思うし」

「俺の家に来ないか? 傘を貸してやるよ」

「網口君の家がどこにあるのかは分からないけどここからなら私の家は近いから大丈夫だよ、気にしないで帰ってお腹になにかあげなよ」


 すっきりしたから私だってもう帰るつもりでいる。

 夜までずっと外にいたりなんかはしない、やはり家には敵わないからだ。


「来てくれ」

「あのさ、なんか急過ぎない? あれから来てくれるようになったけどさ」


 こちらに興味を持っている……なんてことにならなければいいけど。

 嫌というわけではないけど相手を求めるようになった自分を見たくはない、間違いなくいまのままではいられなくなるからきっかけを作ったりはしないようにしたいというやつだ。


「そんなことはどうでもいい、俺は矢子に礼がしたいんだよ」

「なんで?」

「飯を食べさせてもらったからだ」

「あれは網口君だからじゃない、ちゃんと答えてもらいたかっただけ」


 美味しいは聞き飽きた、私が求めているのはちゃんとはっきり言ってくれるそういう存在だ。

 なら大丈夫か、矛盾しているけどここで言うことを聞いても恥ずかしい自分を直視することには繋がらない。


「美味しいって言っただろ? 事実、そうだったからな」

「それが駄目なんだよ、でも、このままだと延々平行線で益々君のお腹が減っちゃうから付いて行こうかな」

「よしきたっ、今日は俺が美味しいって言わせる番だぜ」


 おお、家庭的な男の子もいいかもしれない。

 女の子がよくそういうことで褒められがちだけど男の子の場合でも異性からいい評価を貰えるのではないだろうか。

 まだまだ恋をしたいみたいだから積極的に動いてみるのはどうだろうかと言ってみた結果は、


「そこまでのレベルじゃないぞ、結構適当だ」


 と、少しだけ自信なさげな感じだった。

 全部見せていけば気にしてくれる異性はそれなりにいそうだった。

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