02話
「普通に美味しいぞ、なにが不満なんだ?」
「なんか理想と違うんだよ」
「無駄に悪く考えているだけだ」
ご飯を作って食べてもらったわけだけど全く参考にならなかった。
だけどそれも当たり前だ、いきなり美味しくないなんて言えるわけがない。
「ごちそうさま」
「ま、理想に近づいたらまた食べてもらうよ」
「おう。さてと、流石にそろそろ帰らないとな」
確かにそうか、こちらだってほぼ初対面の男の子なのに長くいてもらうのはおかしいよね。
明日辺りに大袴さんが突撃してきそうだけどこうして家に上がらせてご飯を食べてもらったという事実は変わらない、特に言い訳もしたりせずに受け切ろう。
というかこのことでもっと積極的になってくれた方がよかった、だって毎回毎回彼らを見る度に付き合えよと言うのは疲れるからだ。
「ご飯を食べてくれてありがとう」
「おう、また明日な」
面倒くさくなってしまう前に洗い物をしてお風呂に入ることにした。
浴室にいられる時間も普通に好きだ、問題なのはぼけーっとし過ぎて二時間とかつかったままでいてしまうこともあるところだろうか。
結局、ベッドが最強ということには変わりはない、けど、そうやって落ち着ける場所が沢山あるというのは普通にいいことだと思う。
「ただいま……」
「お父さんお帰りっ」
親が帰ってきたぐらいでこんなにテンションが上がっているところはまだ他の子には見せられない。
「ご飯を温めるね」
「いつもありがとう」
「これぐらい当たり前だよ」
温めつつ父にしては帰宅時間がかなり早いということに意識をやっていた。
いや、こういうときは大抵よくないことが起きるというか、実際に過去の私がそういう経験をしたことがあるから引っかかってしまうというか……。
「鳴海、実は明日からまた半年間ぐらい家を空けなければならなくなったんだよ」
「またなの?」
「うん、違う県の手伝いをしてきてほしいと言われてしまってね」
またこれ、それだけ評価をされているということか……?
「一ヶ月ぐらいならいいけど昔みたいにそのままずるずると伸びていく~なんてことにならない?」
「どうだろう、結構大変な状況みたいなんだ」
「ま、仕方がないよね」
「うん、だからお互いに頑張ろう」
それなら益々理想とは遠ざかるわけだ、多分私は頑張れない。
前にも言ったように自分のためだけに作ったりするのは面倒で食べない日だってあるぐらい。
でも、父が悪いわけではない、そもそも父は昔からこんな感じだからずっと家にいてくれるなどと期待をする方が間違っている。
それに私だってもう高校二年生だ、お金のことはバイト禁止の高校だから無理でもその他のことは自分でやらなければいけないと多分言われているようなものだ。
「美味しかった」
「よかった」
「お風呂に入ってくるよ」
これからどうしよう、なんかすっかりやる気がなくなってしまった。
最強のベッドに寝転んでも同じこと、もういっそのことこのままずーっと寝ていれば勝手に終わってくれないだろうか、なんてね。
すぐに朝を迎えて学校に行く羽目になったよ。
父は私よりも早く起きて家を出たようだった。
「矢子さーん」
「君は今日も元気だね」
悪いことではない、それどころかいつでも楽しそうにいられて羨ましい。
いまの状態の私には突き刺さる、別に責められているわけではないのに気になる。
「元気じゃない自分なんてらしくないからね、それより矢子さんに頼みたいことがあるんだ」
「言って」
「俺の彼女のふりをしてほしい」
「彼女のふり? なんで?」
「大袴さんに意識してもらいたいから」
やたらと真剣な顔でいいけどどうするべきか。
だって一度も付き合ったことがない、そういうのもあってすぐにばれてしまいそうな演技しかできないだろう。
ただ? このまま普通に過ごしているよりはいい気がした、少なくともやる気というのは少し回復しそうではあるし。
「いいよ、ちなみにいつまで?」
「それは決めないでおこう」
「分かった、私でいいなら受け入れるよ」
いまから開始ということで名前呼びや手を繋いで歩いたりなんかもした。
正直、その対象がいるところでやらなければ意味がないと思うけど、あれか、普段から徹底しておくことでなにかがあったときにぼろが出ないようにするためだと片付けた。
「おいおい、手なんか繋いでどうしたんだよ」
気づいていなかっただけで見られていたらしい、網口君は尾行が得意なわけだからなにもおかしなこととは言えないけど。
「網口、俺は鳴海さんと付き合い始めたんだ」
「は、はあ? あ、どうせいつもの嘘だよな?」
「嘘じゃないよ、私は富久と付き合っているの」
「ま、まじかよ、喋り始めた翌日に付き合うとかすげえな」
それ、なにをするにしたってまずは友達からだろう。
一週間ぐらいなんとかできればいいかなレベルだ、それより後のことは知らない。
だけど受け入れたからには真面目にやるつもりだった。
「ねえ市崎君、恋人らしくするって難しくない?」
彼の部屋にあった恋愛漫画を読んでみても全く参考にならなかった。
だって漫画はもうゴールが決まっているもの、上手くいくことばかりでもないけど付き合って当然の世界だ。
一緒にいることが当たり前、なにかがあって当たり前、だけど現実はそうなってはいない。
「実は俺、初めてなんだよね、だから分からないんだよ」
「網口君にはとりあえず驚かずに説明をできたけど、大袴さんが来たら多分慌てる」
「俺もだ、だけどもう始めてしまったからね」
そうだ、いまのままよりはいいとか言って私も受け入れた。
「こういうときもちゃんとした方がいいよね、富久君」
「な、鳴海さん」
「呼び捨てでいいよ」
今日は途中から雨になったことで外で食べる気分にはならなかった。
探しに探して結局、時間がぎりぎりになってそこで彼と自作のお弁当を食べた。
別にこれは彼女のふりをしているからではないけど食べてもらった結果、同じようなことしか言ってもらえなくてテンションが下がった。
私にとって美味しいは喜べる言葉ではない、だからいつかはっきりと言ってくれるような存在が現れてくれるのを期待している。
ま、私だって人並みの人間だからついつい期待をしてしまうのだ、寧ろ全部無理だと、ありえないと片付けてしまうような人間だったら嫌だね。
「ちょ、な、鳴海?」
「恋人同士ならこうやって押し倒したりもするのかな?」
「つ、付き合ってすぐはしないんじゃないのかな、例えば幼馴染とかで付き合うまでがかなり長かった場合は爆発したりしてしまうかもしれないけど……」
「富久君と大袴さんは?」
「……話したことはあるけど友達の友達レベルだよ」
教室でも気にしているのは網口君だけだ、彼が近くにいても話しかけたりはしていない。
何度も言うけど受け入れたからにはちゃんとやる、だけどこのまま続けてなにかいいことがあるのだろうか。
仮に網口君が言っていたように彼に好意を抱いていたとしても誰かと付き合っていると分かれば普通は動かない、そこで動けるならこれまたこうはなっていないのだ。
「富久、これは無駄なことかもしれない、後で文句を言ったりしない?」
「しないよ、言うわけがない」
「じゃあまあ分からない同士、頑張ろうよ。ちゃんと付き合うからさ、大袴さんが分かりやすく行動をするようになるまでやろう」
「ありがとう、だけどなんでなにも知らない俺のためにここまで? あっ、勢いで頼んだのは俺だけど普通断るんじゃないかって……」
「そこはどうでもいいよ、あなたに求められて私は受け入れた、それだけで十分だ」
とりあえずここで頑張っても意味はないから今日は解散にして帰ることにした。
風がなくて雨は大人しく下に落ちてくれている、だから傘をさしていれば濡れてしまうなんてことはない。
富久の家からは公園が近いのもあってなんとなく寄った、そうしたら大袴さんが座っていることに気づいて近づく。
「こんにちは」
「あ、矢子さん、こんにちは」
「雨なのにどうしたの? あ、私が言うのも変だけどさ」
「今日はすぐに家に帰りたくない気分だったの」
「そうなんだ、ちなみにそれは私も同じかな、横に座らせてもらうね」
雨の中、敢えて外にいる理由と少し寂しそうな、いや、悲しそうな顔の理由は。
「それとこれとは関係ないんだけど、市崎君と付き合い始めたって聞いて驚いたよ。いつの間にそんなに仲良くなっていたんだろーって、さ」
「人生で初めて一目惚れってやつをしたよ、富久が格好良かった」
やるって決めたのだからいちいち引っかかったりするな。
いつものあの余裕がありますよーって感じの自分でいればいい。
そうすれば勝手に向こうが信じてくれる、大事なのは動揺したりしないことだ。
「と……名前で呼んでいるんだ――って、当たり前だよね、付き合っているんだから普通だよねっ」
「全部私からだけどね、告白も名前呼びも」
嘘は言っていない、全て事実だ。
「……つまり頑張れない人間にチャンスなんかこないってことだよね」
「待っているだけじゃ変わらないのは確かだね、私は昔からこんな感じだったよ」
期待をする自分と、期待をするなと考える自分と、常に半分半分ぐらいだった。
色々矛盾しているけど本来は期待なんかしない方がいいのだ、勝手に理想を押し付けて応えてくれなかったらがっかりする、そういうのは自分勝手過ぎるから。
父が昔似たような理由で家を空けたときはそれはもう酷かったよね、でも、あれこそが自分にとっての理想と言えるかもしれないと気づいたのはつい最近になってからだった。
「あれ? よく見てみたら傘、ないの?」
「うん、ほら、急だったから」
私が折り畳み傘とはいえ持っていたのは面倒くさかったからでしかない。
だけどそうか、濡れていないということは長時間ここにいるんだな。
友達でもないけど嫌いというわけでもない、置いて帰るか。
「はは、じゃあこれ、ちょっと濡れたい気分だったから助かったよ」
「えっ、ちょっ、矢子さん!」
「いらなかったらそこに置いたままでいいよ、今日の夜中に取りに行くから!」
久しぶりだ、こんなの小学生のときを最後にしていなかったから楽しかった。
「これを富久が大袴さんにしてくれれば……くそぅっ、家で話そうと言った自分が憎いぃ!」
それでもすぐに落ち着いて、いや、それよりもマイナスの感情が大きくなって帰るしかなかった。
ちなみにちゃんと数時間後に公園に行ったけど傘はなかったから安心した。
「なんか髪がぼさぼさだね」
「あー、今日はちょっと寝坊をしてねー……」
眠たい、あと滅茶苦茶いいところで終わったから続きが気になり過ぎる。
さらに言えばお弁当も作ってきていないから夜まで腹ペコのままなのは確定だ、辛い、辛過ぎる。
「夜更かしでもしたの? あ、鳴海のことだから漫画でも読んでいたんでしょ」
「……富久君さ、なんでも当てればいいというわけじゃないんだよ?」
「はは、だって鳴海は勉強をして過ごしたりなんかしないでしょ」
事実やったりしないけどなんか馬鹿にされていないかこれ、それとなんで友達もできたことがないのにここまで自然にやれているのか。
あと、こうして普通にやれているのはいいけど網口君も大袴さんもここにはいないのだ、これではなにも意味がない。
「……とりあえずお昼まで放っておいてー」
「嫌だよ、危ないことになりそうだからちゃんと見ておく」
「じゃあその腕を貸して」
「いいけど、涎とか垂らさないでよ?」
「それはあなたの日頃の行い次第かな、じゃあおやすみー」
完全に眠る前にひそひそ声が聞こえてきて意識が勝手に集中した。
直接この目で見ているわけではないけど誰かは分かる、この前網口君が怖いなどと言っていた子達だ。
彼氏がいる身として私の行動は不安になっちゃうのかな、だって急に複数の異性に近づく怪しい女だもんね。
「と、隣のクラスの市崎君……だよね? 矢子さんとどういう関係なの?」
「昨日から付き合い始めたんだ」
「え!? だ、だって矢子さんはこれまでずっと一人だったし……」
頻繁にというわけではなくても教室を出たりすることがあるぐらいだし、そのときに会っていた、仲良くしていたという考えにはならないようだ。
彼氏と友達のいないところで仲良くしているぐらいだから分かると思うけどね、というかみんなそういう感じだろう。
仮に大人数で集まった際に興味を持ったとしても結局、仲良くなればみんなとは違うところで、二人きりで行動をしようとする。
「学校のときだと恥ずかしいということで学校以外の場所でしか会ってくれなかったんだよ、だけどなんとか頑張ってこの頑固な女の子を振り向かせたんだ」
「そ、そうなんだ、だけど網口君は……」
「網口がどうしたの?」
「な、なんでもない、……じゃあ本当に助けてもらったからお礼をしていただけだったんだ」
お、結構私のことを気にしているな、それとも網口君のことかな?
「富久もういいよ、眠気もどこかにいったから」
「別にこのままでいいよ?」
「ちょっと歩いてくる」
喉が渇いたから水を飲んで適当に歩く。
ちなみに今日も雨が降っていた、そういうのもあって校舎内は少し暗い。
狭かったり静かだったり暗かったりした方が休めるからそんなところを探して歩いた、あ、別に富久とのそれが嫌になったわけじゃないよ?
前にも言ったように私にはそうやって休む必要があるというだけだ。
「おお、こことか最高じゃ――私を壁に押し付けてなにがしたいの?」
「悪い」
「網口君も休む? 一人でいるのは好きだけど絶対に一人じゃないと嫌だってわけじゃないから別にいいよ」
「じゃあここに座るわ」
「うん」
家ほどじゃないけど雨の音だけが聞こえていた。
予鈴が鳴っても、本鈴が鳴っても私達は動かなかった。
「あーあ、さぼっちゃったー」
「確か五月頃に急に消えたことがあったよな」
「ああ、ぼうっとしていたら動けなくなっちゃってねー」
「教科担当の先生、またかって言っていたんだぜ?」
「はは、一年のときにもしたからね」
本当は退屈過ぎたから自分で面白い方向へ変えてやろうとした結果だ、それで得られたのは反省文を書くための紙だった。
だけど普段とは違う、自分が動いて変えられたということには変わらなかったから楽しみつつ反省文を書いた。
「先生に名字や名前なんかを聞いていたぐらいだから分からなかっただろうが、一年のとき、俺も矢子と同じクラスだった」
「え、そうなの?」
「はは、分かっているわけないって前提で動いていてもいざ実際にそういう反応をされると笑うしかなくなるな」
「別に君だからってわけじゃないよ、学年が変わったら離れる子の名字や名前を覚える必要がなかったというだけ」
程度の差はあってもこれもみんな同じだろう。
というか仲良くしたい相手のことだけをちゃんと分かっていればいい、欲張り過ぎると大抵はいい方に繋がらない。
「じゃあなんで今回は違ったんだ?」
「お父さんに心配をかけたくなかったから、友達がいるって言えば安心してくれると思ったからかな」
実際はそんな話になったりはしないけどね。
ご飯が美味しかった、いつもありがとう、お風呂に入ってくる、今日はもう寝るよとそのパターンしかない。
母が亡くなってしまっていないあの家に帰る価値がないのかもしれない。
「どうだった?」
「さあ? ちゃんと友達ができたって自信を持って言えるようになる前に行っちゃったから」
「い、いった……って?」
構ってちゃんじゃあるまいし、ちゃんと仕事の関係で出て行ったと言えばよかった――ではない、なんでこんなことを話しているのかという話だ。
「あ、死んじゃったわけじゃないよ? なんか大変みたいで他県の会社のお手伝いをしにね」
「それならあの家に一人ってことかよ」
「うんまあずっとそうだったしね、なにも感じていないよ」
狭い家だから一人の方が自由に使えていい。
それとごろごろだらだらしておくときに親とはいえ他者の目を気にしなくていいのは明らかに違う。
「次の時間はちゃんと戻らないとね、流石に連続はやばい」
「そうだな」
「あと、富久に勘違いをしてほしくないからさー」
「富久ね」
多分前々から一緒にいるのにって顔だと思う。
そういう感情がなくたって自分だけ名前で呼べていなかったら似たような反応になる……はずだ。
「あ、ごめんごめん、私が試しに呼んでから絶対にこれがいい! って聞いてくれないからさ」
「なんで謝るんだよ、恋人同士なら――間違えた、恋人同士じゃなくても普通だろそれは」
「そだね」
私には名前で呼べる子なんていなかったけども。
「付き合ってくれてありがとう、それと巻き込んじゃってごめん」
「俺が俺の意志で戻らなかっただけだ」
「そっか、じゃあそういうことにしておく」
あとは席で大人しくしておこう。
どこででも休めるんだからね。
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