143作品目

Nora

01話

「おい、起きろよ」

「ん……え?」

「早く起きろ、授業に遅れるぞ」


 目を擦ってもう一度確認をしてみると物凄く嫌そうな顔で「もう知らねえ」と言って教室から出て行ってしまった。

 なんとなくそのまま時計を確認してみたらかなりぎりぎりで走ることになった。

 それとあの子は普段突っ伏して過ごしているクラスメイトの男の子だ。


「なんで起こしてくれたんだろ」


 助かったけど私を起こしてもあの子にメリットはない、それどころか同じぐらいぎりぎりの時間までいてデメリットの方が大きくなる。

 寝ていたこちらが悪いわけだからあそこで気づかないふりをして出て行けばよかったのだ、自分のせいで誰かが慌てなければならなくなるのは嫌だからね。

 でも、人間性? 性格? その二つのどちらかが影響して無理だったのかな。


「さっきは起こしてくれてありがとう」

「別に」

「話はそれだけだから」


 これからは無視をしていいよだなんて余計なことを言ったりはしない。

 自分達の教室に戻ってからは彼の真似、ではなく眠たいから突っ伏した。

 そう、ああして寝ていた理由が勉強だとか偉いものではなく漫画を読んで寝る時間を減らしたからだったのも無視をしていい理由となっている。

 ま、仮に勉強からくるものだったとしても上手くコントロールができていないということで悪いのはこちらだからあまり変わらないけど。


「よいしょっと、今日はどこで食べようかな~」


 春夏秋冬、暖かろうと暑かろうと微妙だろうと寒かろうと、そのとき気に入った場所で過ごすようにしているけど今日はこれだという場所が見つからなかった。

 だから適当に階段の段差に座って食べていた自分、当然、ここを上ったり下ったりしないと移動ができないからじろじろ見られたよね。

 でも、気になったりはしない、寧ろ私の方がこういう人もいるのかとじろじろと見ていたぐらい。


「ごちそうさまでした、たまには誰かに作ってもらいたいなぁ」


 嫌いな物を入れられたりなんかはしないというメリットがあってもそれ以上のデメリットがある、毎日同じような作業をしなければならないというのも大変だ。

 それと自分のために作るのはつまらない、誰かのために作りたいところだった。

 とはいえ、残念ながらそれっぽい人間がいないのだ、つまり友達がいないということになる。

 小学生のときからそうだった、欲しいという考えになったことはないな。


「や、矢子さん」

「んー? え、誰?」


 矢子鳴海やこなるみ、それが私の名前だ――ではない。

 本当に分からない子だった、同級生だということはすぐに分かったけど。


「つ、付き合ってくださいっ」

「え? あ、どこか放課後に行きたいところでもあるの?」


 うーん、仮にそうでも全く知らない子と出かけたいとは思わないかな。

 あと放課後はぼうっとしていたい、教室だったり家だったり、どこでもいいからそうしなければならないのだ。


「そ、それもあるし、それだけじゃなくてあなたに彼女になってほしいというか」

「え、私達って関わったことがあったっけ?」

「な、ないけど――とにかく好きになったんだっ」


 困ったな、こういうタイプは意外と逆切れなんかをしたりするんだよね。

 過去に経験がある、周りも何故か味方をするものだから一時期は騒がしかった。

 それでも貫いて教室でのんびりしていたら勝手に終わったけどね、燃えるのも一瞬で飽きのも一瞬だ。


「あー」

「だ、駄目……かな?」

「んー」


 や、断るけどどう言ったものか。

 なにくそこの! となられると本当に厄介だからなにが正解なのか。


「私、興味――」

「俺の彼女に手を出そうとしてんじゃねえよ」

「ひぃ!? ご、ごめんなさい!」


 おっと、こういうのは初めてだな。


「ありがとう、助かったよ」

「言ってみたかっただけだ」

「はは、それでもよく言ったね、リスクがあるでしょ」

「気になると駄目なんだ、それとここでやられたままだとトイレに行きづらいからやった」

「あー、すぐそこが男子トイレだもんね」


 いらない情報だけどその横に女子トイレもある、この学校は女子トイレの方が多いかな。

 ここは三階、だけど私的には二階のトイレの方がいい、この階と比べて奇麗だ。

 男だろうと女だろうと出さなければ体に悪いわけで、その出すときに臭かったり汚かったりすると気分が悪くなるからいちいち下まで移動して使っている。


「おう、だから行ってくる」

「はは、行ってらっしゃい」


 いい顔をしていたなぁ、そんなにトイレに行きたかったのかな。

 まあいい、とにかく終わったから片づけて教室に戻ろう。

 気分的に教室で食べなかっただけで居づらい場所というわけではないのだから。


「だからさ、今日はあのお店に行ってみようよ」

「えー、だって遠いじゃん」

「いいじゃん、明日はお休みなんだからさ」

「でも、明日は彼氏とデートだし……」


 彼氏、彼氏ねえ、みんなすごいな。

 まるで普通にしていれば誰だってできるみたいな顔を――なんてね。


「やだやだ、この子ったらすぐにこれだ」

「そっちだって同じでしょ、日曜日に来てくれるって嬉しそうに言っていたじゃん」

「そ、そうだけどとにかく今日行こうっ」

「えぇ」


 あまり興味もないけどまずこちらは友達の作り方から教えてもらわなければならなさそうだ。

 一人でもいれば心配性な父も安心してくれることだろう。




「はい金曜日のお礼、これとこれとこれね」

「いやいや、大袈裟すぎだろ」

「そう? あ、大丈夫、知っていると思うけど期限には余裕があるからゆっくり食べられるよ。それと、変な物を入れたりなんかはしていないからまあ食べてよ」


 自分がチョコ菓子を好むのもあって全部それ系統の物となっている、でも、冬だから溶けてしまったりはしないだろう。

 チョコ菓子でもなるべくそうならないような物を選んでいるから大丈夫だ、気になるなら特に禁止にされているわけでもないから昼休みにでも食べてくれればいい。

 一人で処理できなさそうならあげてくれても構わない、捨てるのだけは買われたお菓子的にもやめてあげてほしいけどね。


「お、おう、じゃあ貰うわ」

「うん、ありがとね」


 さて、やらなければいけないことはできたから休むとするか――お? なんか彼氏云々と話していた子がこちらをじっと見てきているぞ。


「や、矢子さんさ、網口君と仲がいいの?」


 網口泰二あみぐちたいじ――金曜の放課後に先生に聞いたから分かっている。

 それでこの子はいまのを見て仲がいいのかどうかと聞いてきたわけか、ほとんどこの教室にいたから仲がいいのかどうかは分かると思うけどね。


「金曜日に助けてもらったからお礼をしただけだよ」

「そ、そうなんだ。だけどよく網口君に話しかけられるね、怖くない?」

「全然? え、逆に聞くけど怖いの?」

「だ、だって怖い顔をしているし、なにを考えているんだろうって……」

「ふーん、そうなんだ」


 その点で言ったらこっちの方が怖いと思うけどね、だって急に独り言を言ったりするわけだし。

 自分達よりも大きいけどそこまで離れているわけではないし、ずっと怖い顔をしているというわけでもない、なにが怖いんだろ。

 なにを考えているのか分からないというところが強く引っかかっているのだとしたらやはりこちらにも刺さることになる。


「うーん」


 結局、午前中全部を使っても分かることはなかった。

 今日もここで食べたい気分ではなかったからお弁当を持って移動しようとしたときのこと、後ろから「矢子」と話しかけられて足を止める。


「俺も付いて行っていいか?」

「いいよ」


 今日は外かな、天気もいいから青空でも見つつ食べることにしよう。


「いただきます、あむ、……うんまあ五十点かな」

「中々厳しいな」

「自分が作ったやつだからね、なんか理想と違うんだよ」


 ネットにいくらでもレシピが存在しているけどそれぞれで好みなんかが違うからこれだという味にできていない。

 そのことが悔しい、卒業までにはなんとかしたいことだった。


「君のそれは? お母さんが作ってくれたお弁当?」

「ああ」

「いいね、少し羨ましいよ」


 母親とかはどうでもよくて誰かが自分のために作ってくれるというのがいい。


「頼めばいいんじゃないのか、娘に頼ってもらえたらほとんどの親は喜ぶと思うが」

「あ、いないんだよね」

「あ……悪い」

「気にしなくていいよ――あ、だけどあの子達がああ言いたくなった気持ちも少しは分かったかもしれない」

「ん? ああ、なにもしていなくても結構に自由に言われるんだよな」


 まああれだ、結局ちゃんとこうして会話をしてみないと分からないというやつだ。

 そういう点で彼は損をしている、本当は優しい子なのに悪く言われてしまっているわけだ。

 でも、頼まれてもいないのに勝手に動くのは違う、それになによりこちらが動いたところで解決には繋がらない。

 いまの状態が嫌なら頑張るしかないのだ。

 全てとまではいかなくても自分のことなら自分でなんとかしなければならない、親だってなんでもかんでもしてくれるわけではない。


「ま、そんなのはどうでもいいんだ」

「そうなんだ」

「ああ、好きな友達から言われたりしなければそれでな」

「おお、好きな子がいるんだね?」

「あ、友達としてな? 周りを気にせずにずっといてくれているやつがいるんだ」


 なるほど、そういうことか。

 これが所謂両片思いというやつなのかね、直接この目で見ることになったらさっさと付き合えよと言いたくなりそう。


「た、泰二君」


 って、いきなりきたー、流石に早すぎでしょ。

 あと随分と可愛い子のようで、裏でこそこそと仲良くしているのはこの子の魅力に気づかれないようにするためか。

 いつもクラスの男の子は可愛い子が云々、奇麗な子が云々と話し合って盛り上がっているから警戒をしているのかもしれない。


「あれ、外で食べていたのによくここが分かったな?」

「わ、私も今日、外で食べていたから……」


 う、嘘くせえ、喋るときに違う方を見たりしたら本当は違いますよと言ってしまっているようなものだ、ちなみに彼の方は彼女の可愛さの前ではどうでもいいのか「そうなのか」で終わらせていた。


「それでどうした?」

「見つけたから話しかけただけだよ、私は先に戻っているね」

「おう、今日も一緒に帰ろうぜ」

「うんっ」


 こんなに露骨過ぎる二人は初めて見た。

 早く付き合ってしまえと実際にぶつけておいた。




「おい矢子、もう放課後だぞ」

「私のことはいいから早くあの子のところに行きなよ」

「なんか昼から冷たくないか?」

「そんなことはないよ、放課後になったら勝手にこうなるの」


 自動で休むモードになるというだけの話だ。

 外でも家でもどこでもいい、自分のいる場所が休む場所だ。

 そもそも私と彼は友達ではない、今日が変だっただけだ。


「泰二君、まだ教室にいたんだね」

「あ、悪い、帰ろうぜ」

「矢子さんとはいいの? いいなら帰るけど」

「大丈夫だ」

「じゃあ帰ろ」


 二人が帰っても教室にはまだ他の生徒がいるから静かではなかった。

 それでも関係ない、攻撃をされたりしなければ休むことができ、


「あの子ってあの子のことが好きすぎだよね」

「肘を引っ張るのはやめてほしいんだけど」


 下手をしたら顎が机とキスをしているところだった、間違いなく痛いからそうならなくてよかったと心の底から思っている。


「ごめん、だけど急に目の前に現れるよりは驚かないかなって思ったんだけど」

「いや、これの方が驚くよ。それであなたは網口君のライバル? あの女の子のことを狙っているの?」

「うん、そうだよ」


 あちゃあ、隠していても意味はなかったか。

 この子が網口君の友達かどうかでさらに変わってくる、友達だったら網口君側はやりづらくなりそうだった。

 ただ、あの女の子が露骨だったりもするから意外と勝負にすらならずに決着に~なんてこともありえるかも。


「それならいますぐにでも追ったらどうかな? 私といたってあの子との関係は一切前進しないよ」

「んー、まあ今日はいいよ、それより矢子さんが付き合って」

「え、知らない子と付き合う趣味はないです」


 というかどうして私の名字はよく知られているのだろうか? 金曜の私みたいに誰かに聞いたのだとしたら怖いからやめてほしいところだ。


「違うよ、どこかに遊びに行こうよってこと」

「それならいい……いや、駄目だ、私は休まなければならな――あー」

「遊べばすぐに考えも変わるよ、ほら行こう」


 誰でもぐいぐいいけばいいというわけではないのにこの子は分かっていない。

 しかもいいよと答える前に勝手に連れて行くのは駄目だろう、勝手に異性に触れるというのも駄目だ。


「冬と言えばまずはおでんだよね」

「美味しいからいいけどさ」

「俺は大根が好きだよ、矢子さんは?」

「私はウインナーかな」

「いいね」


 ウインナーと言えば一人で焼肉をしたときのことを思い出して沢山食べたくなる、私的には焼いた方が好きかもしれない。

 一袋三百円以上するお高いウインナーでなければならないなんて拘りはないからまた今度やることにしよう。


「あ。網口と大袴さんだ」

「ん?」

「ああ、あの子のことだよ、大袴都子おおはかまみやこさん」


 可愛い見た目なのに格好いい名字や名前だ。


「ちなみに君は?」

「え、興味がないと思ったから自己紹介をしなかったんだけど……えっと、市崎富久しざきとみひさだよ」

「ちゃんと網口君達と仲良くね」


 すぐに言い合いになったりして好きな女の子を困らせてしまうようならやめた方がいいとしか言えない。


「うーん、それは難しいよ、だって恋のライバルなんだからね」

「とにかく大袴さんを困らせないこと、それだけは守れば大丈夫」

「だけどどうしたって大袴さんがいてくれないといけないわけだからなぁ」


 ま、言いたいことは今回も言えたからそろそろ帰るとするかな。

 あとはもう好きにしてくれればいい、こちらには関係のないことだ。

 今回は彼も止めてこなかったからそれはもううきうきしつつ歩いていた、が、こうなってくると外で休む必要はないから大人しく帰ることにした。


「矢子」

「おわ、私の尾行なんてしてなにがしたいんだ」

「いや、声をかけようと思ったんだがなんか凄く楽しそうでかけづらかったんだ」

「こちらのことを考えてくれてありがとう、だけど大袴さんのことを放置してきたら駄目でしょ?」

「市崎が言っていたことは本当だったのか……」


 ということはわざわざ突撃をしたのか、それで何故か張り合ったりもせずにこちらの方に来てしまった、と。

 いるよねこういう子達、そのときにしなくていいことを優先してしまう子達がさ。


「上がる? それとも大袴さんに疑われないようにやめておく?」

「上がらせてもらってもいいか? 菓子を一緒に食べようぜ」

「それは君にあげた物だから」

「いいから食べようぜ、上がらせてもらうぞ」


 だけど誘ったのはこちらだから文句も言わずに上げることにした。

 ジュースがあったからこれで終わらせてしまうことにする、お菓子はまあそれでということで。


「市崎と知り合いだったんだな」

「違うよ、二人が帰ってから急に遊びに行こうって誘ってきたの」


 やっぱり好きなお菓子を買ってきたのもあって美味しいな……って、いいのか。

 彼がまだ食べていないのに開けてくれたのをいいことに食べてしまっている、これでは食い意地が張っているみたいではないかと内で暴れていた。

 お喋りもいいけど早く食べてもらいたいね、そうしないと恥ずかしい。


「へえ、なにがしたいんだか」

「本当は君達と遊びたかったけど邪魔をしたくなかったんじゃない?」

「普段は一切気にせずに来るんだがな、もしかして矢子に興味があるんじゃ――」


 どうせ興味を持つなら彼の方がいいかな。

 なんか話しやすい、だけど問題なのは大袴さんの存在か。

 側に女の子がいない方がやりやすかったな、動いたときに余計なことで上手くいかなかったりすると人間性的に二度と動かなくなる。


「大袴さんを見てから言うのは性格が悪いけど私はあなたに興味があるよ」

「それはともかくなんで都子のことが出てくるんだ?」

「え、だってあなたのことが好きなんでしょ?」

「違うぞ、都子は市崎が好きなんだ――あ、やべ、簡単に言ったりするなって言われていたのにまたやっちまった」


 そういうことにしておいて簡単に近づけるようにしているだけでは? だってもし市崎君のことが好きなら両想いということになっていまみたいにはなっていない。

 本気で分かっていないのか、それとも分かった状態で悠長にしているのか、仮に後者だとしたらほぼ初対面だけど馬鹿だと言わせてもらうところだ。


「冗談だよね? 君が鈍感というだけだよね?」

「まあもう言ってしまったから答えるが、違うよ」


 この話は八割ぐらい嘘だという風に片付けておこう。

 とりあえず好きなお菓子を目の前にして手が止まらなくなってしまったから任せることにしたのだった。

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