第2話

 *


 このぶち猫との出会いは、二ヶ月ほど前になる。


 私は天気の良い日の昼休みや放課後、たまにこの場所に来て本を読んだり音楽を聴いたりして過ごしていた。ここはあまり人が来ないので、一人になりたい時にはうってつけの場所だった。校舎裏とはいえ時間帯によっては太陽の光が当たり、ポカポカして気持ち良いのだ。


 その日も図書室で借りた本を読もうと校舎裏を訪れたのだが、いつも座っているベンチに先客を発見した。日に焼けて茶色く色褪せたベンチ。その上に、びしゃびしゃに濡れた猫が一匹乗っかっていたのだ。バケツの水を頭から被ったような濡れっぷりで、毛先からポツリポツリと雫が垂れている。たっぷりと水分を含んで重くなった毛を乾かすように、だらりと手足を伸ばして太陽の光を浴びていた。


 私は慌てて鞄からハンカチを取り出した。何があったか分からないけど、とりあえず身体を拭いた方がいいだろう。もしかしたら誰かに虐待されたのかもしれないし、事故にあったのかもしれないし、何処か怪我をしてるかもしれない。とにかく確認しないと!


 私が歩き出すと、猫は耳をピクリと動かしパッとこっちを向いた。素早い動きで戦闘態勢に入り、警戒心剥き出しで睨んでくる。でも、私は怯まない。


「大丈夫だよ〜、怖くないよ〜、平気だよ〜」


 姿勢を低くして、猫を怖がらせないよう静かにゆっくり近付いていく。うん、知らない人が見たらこれ完全に不審者だ。


「猫ちゃ〜ん、そのままじゃ冷たいでしょ? ちょっと身体拭かせてね〜? 痛くないからね〜?」


 優しく声を掛けながらゆっくりゆっくり近付き、敵意がない事をアピールする。最初はやっぱり警戒されてなかなか触らせてくれなかったけど、数分の格闘の結果なんとか身体を拭くことに成功した。


「怖くないからね〜、大丈夫。ほら、痛くない!」


 刺激しないよう気を付けながら水分を吸い取ると、だいぶ軽い印象になった。うん、これでだいぶ動きやすくなっただろうし、乾くのも早いはず。猫は日光浴を再開したのか、ベンチでコロンと丸くなった。


「君、雨でもないのになんであんなに濡れてたの? 誰かにいじめられた?」


 当たり前だが猫は答えない。誰かに水でもかけられたのか、それとも水溜まりにハマったのか。それにしても、この子はなんで学校にいるんだろう。迷いこんだのかな? この猫には首輪も着いてないし、野良猫の可能性が高い。そっと手を伸ばして頭に触れると、嫌がる素振りもなく撫でさせてくれた。ちょっとは懐いてくれたかな? おお、感動。


「どこか怪我してない? ちょっと見せてね?」

「ふぎゃ!? ぎにゃー!」


 さっきは大人しく触らせてくれたのに、抱き上げて膝の上に乗せようとしたらものすごく抵抗された。毛を逆立ててシャーシャー叫んでいる。……初対面でそこまでの接触はやり過ぎだったかな。反省。仕方ないので猫をベンチの上に戻し、隣に座ったまま様子をみる。まぁ見た感じ怪我はなさそうだし大丈夫かな。元気そうだし。


 頭を撫でると気持ち良さそうに目をつむる。うん、めっちゃ可愛い。それにしても、この髪型みたいな黒ぶち模様や鋭い目付き、どこか見覚えがあるような……。そう思いながら頭を撫で続けていると「ああ!」ようやくわかった。


「君、環くんに似てるんだ」


 ぽつりとこぼした言葉に、猫の耳がピクピクと動く。


「環くんってね、私の隣の席の人なんだけど……うん。この前髪の斜めの感じとかつりあがった鋭い目付きとか似てるわ」


 私が猫の顔をまじまじと見ていると、ふいと視線をそらされた。私の話に興味がないようで、目を細めて空を見上げている。そりゃそうか。いきなり知らない人のこと言われても意味わかんないよね。背中を撫でると、猫の毛はだいぶ乾いているようだった。


 ──その日から、校舎裏に行くとこのぶち猫に会うことが多くなった。最初に会った時ほどではないものの猫は何故かいつも濡れているので、私は毎回身体を拭いてあげていた。今ではタオルを鞄に入れて持ち歩いているほどだ。


 猫の隣で太陽の光を浴びながら本を読むその時間は、私にとって最高の癒しとなった。

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