第14話

 時は過ぎ、いよいよ三日後には卒業パーティーと言う日。三年間の集大成の最終考査の結果が張り出された。

 そこに見つけた結果は驚くべき事に、エルフリーデとウィリバルト、そしてイアンが同率で首席となっていた。

 ちなみに王太子は二十位、そしてジョアンが十八位、コンラッドが二十八位である。そして今まで十位くらいにいたレーリヒ子爵令嬢は四十六位まで成績を落としていた。


(テオドールがあの女にべったりだから、エルを追いやって自分が婚約者の座につけると皮算用して、将来安泰だから学園の勉強などしなくていいとでも考えたんだろうな)


 テオドールやジョアン、コンラッドはおそらく子爵令嬢に構いすぎて勉強を疎かにしたのだろう。年が明けてからの彼らの行状は目を覆うもので、テオドールと子爵令嬢がところ構わずいちゃついていたために、同級生は元より学園中のまともな学生からは眉を顰められていた。

 そして最も呆れるのは、王太子とあろう者が一女子学生の取り巻きとなっていた事だった。

 レーリヒ子爵令嬢は、王太子とジョアン、コンラッドの他に、見目麗しい男子学生を他にも数人取り巻きとして引き連れていた。ただ、その取り巻きの中でも一番権力に近いのは王太子で、次はその王太子の側近であるジョアンとコンラッドとなる。他の取り巻き連中は、親も要職にはついていない高位貴族で顔が良いというだけの存在でしかなかった。


(エルは王太子をどうするのか。もうすぐ卒業式と卒業パーティーになるが)


 エルフリーデには彼女自身が組織した『影』がいるのだから証拠の心配はないだろうが、最近のテオドールの行動が不穏だった。

 今まではエルフリーデを不愉快そうに見るだけだったのが、年が明けてからはその目が憎々しげに彼女を睨み、時折「今に見ていろ」と吐き出す。

 如何にも何かを企んでいる事が明白で、ウィリバルトはテオドールの底の浅さに怒りの感情が湧かず呆れるしかなかった。

 エルフリーデはこの時期だというのに公務で学園を度々休んでいた。

 おそらくは王太子の尻拭いの公務もあるのだろう。

 一週間前も休んでおり、試験はどうするのかと気を揉んだウィリバルトだったが試験の日は出席していた。

 公務続きだったエルフリーデも、卒業式と卒業パーティーの前日である今日は流石に登校していた。明日の卒業式で王太子の婚約者で将来の王太子妃であるエルフリーデが首席として答辞する事になっているから、その準備だろうと思われた。




 エルフリーデからは数日前、手紙を貰っていた。中に書いていた内容は、王太子が卒業式か卒業パーティーで何かをするだろうという予測と、何があっても大丈夫なように証拠は押さえてある事、ウィリバルトとイアンには当日、なるべく自分の近くにいて欲しいというお願いだった。

 イアンも一緒なのは不満だが、エルフリーデの事だから王太子が企んでいる事がわかっていて、その為に彼らが傍らにいる事が必要なのだろう、と自分を納得させた。

 それでもイアンに対して抑えても湧き上がる苛立ちが募る。

 エルフリーデからはイアンは王太子側ではないと聞いているが、いくらこちら側の味方だとは言え、ウィリバルトにしてみると「それとこれとは別だ」と言いたくなる。

 だが、エルフリーデはウィリバルトが彼女に恋情を抱いているなど知りもしないのだから、ウィリバルトとイアンの扱いが同等なのは仕方がないとわかってはいるのだ。わかってはいてもエルフリーデに対するどうしようもないほどの独占欲に囚われて、心が灼けつくほどの焦燥感に駆られる。

 ウィリバルトは溜め息を吐くと、軽く頭を振って手紙の事を頭の隅に追いやった。





❐ ❐ ❐ ❐ ❐


 卒業式は無事に済んだ。

 王太子テオドールも流石に卒業式をぶち壊す度胸は無かったらしい。

 だが、王太子は卒業パーティーはぶち壊してもいいと考えたようだ。学園敷地内の催事ホールが今回のパーティーホールになっている。

 そして演壇の上には豪華な椅子が二脚設えられ、そこに国王と王妃が座り、その後ろにクラウゼヴィッツ宰相とアルナシェル運輸大臣を始めとした国の重鎮が揃っていた。

 ウィリバルトとイアンはかねてよりのエルフリーデの願い通り、彼女の側に立って談笑していたのだが、そこにテオドールがかの子爵令嬢とジョアン、そしてコンラッドを引き連れて近づいてきた。それまではエルフリーデに近寄る事すら避けていた王太子が近づいてきたのだから、警戒して当然だろう。

 あろう事か王太子はエルフリーデに対して婚約破棄を宣言した。


「エルフリーデ・アルナシェル、お前との婚約を破棄する! そしてこの可愛いソフィア・レーリヒ子爵令嬢と婚約する!」


 談笑で騒めいていたホールは、その瞬間静まり返った。

 ウィリバルトは額に皺が寄る事を気力で抑えた。以前、他人に感情を悟らせない様に表情を無くしていた経験がここで役に立った。


(テオドールはバカだと思っていたが、ここまでバカだとは。こんな衆人環視の中で告げたら取り返しが付かないと考えもしないのか)


 ちらりとエルフリーデを見ると、彼女は若干呆れた様な表情をしていた。

 テオドールに抱きかかえられ涙目で怯えたような表情を作っていた子爵令嬢女ギツネが、ふと、その口元を僅かに引き上げた。

 その表情は、まるで楽しくてたまらない、と告げているようで。

 ウィリバルトは一気に不快感に包まれた。

 だが、彼はここで発言はしない。エルフリーデに手紙で頼まれた事は「なるべく近くにいて欲しい」という事だけで、「助けて欲しい」とは書かれていなかったからだ。

 先ほど若い侍従がエルフリーデに何か書類を渡していたし、手紙でも「何かあっても大丈夫なように証拠は押さえてある」と書いていたのだから心配する必要はないのだろう。わかっていても、どうしても心配してしまう。


「テオドール殿下、そうするに足る理由がお有りなのでしょうから、その理由を述べてくださいませんこと? 申し訳ございませんが、私にはテオドール殿下からこの様に扱われる理由がわかりませんの。それに、いえ、今はとりあえず理由をお聞かせくださいまし」


 エルフリーデが理由を尋ねる。彼女は国王が決めた『王太子の婚約者』なのだから、それは当然の問だった。

 ホール内の遠巻きに事態を見ている同級生たちに視線を走らせると、ほとんどがエルフリーデの問を当然と受け止めていた。僅かな人数の顔は、不満げな様子が窺える。その顔を記憶する。家名は後で思い出せば良い。

 その後壇上の国王夫妻を見遣ると、国王は右手で顔を覆い、王妃は口元を扇で隠してはいるが強張った表情を見せていた。

 後ろの重鎮たちも、皆顔をしかめている。クラウゼヴィッツ宰相だけは呆れた顔をしていたが。


「理由を言えばお前が可哀想だと思ったが、そこまで愚かだとは思わなかったな。わからないなら聞かせてやる! お前はこのソフィア・レーリヒ子爵令嬢を、長きに渡り虐めていただろう! 先日やっとソフィが教えてくれた!」


 ウィリバルトが見ていた限りでは、エルフリーデとレーリヒ子爵令嬢あばずれに接点はない。エルフリーデは生徒会業務と王妃教育、そして三年生になってから増えた公務で相当忙しく、度々学園を休んでいた。

 そんなのは子爵令嬢に始終張り付いていればわかる事だというのに、敢えてここで、皆の見ている前で責め立てるのは何かしらの『証拠』でも持っているからか。


「教科書を破いたり、ドレスを汚したり、実習で必要なものを隠したり、果ては階段から突き落としたそうではないか!」


 テオドールは得意げに述べ立てる。


「エルフリーデ・アルナシェル公爵令嬢。貴女はソフィアが卒業パーティーで着る予定だったドレスを破いたそうですね」


 テオドールに引き続いてジョアンもそれに乗るのは勝算があるからなのか。


「それに、ソフィアの論文を盗んで破るという陰湿な嫌がらせをしただろう?」


 更にコンラッドまでもがエルフリーデを責める。

 やはりテオドールとジョアンとコンラッドはこの件で明確にウィリバルトの敵だと断ずる事ができた。

 それにしても、彼らがここまで愚かだとは。テオドールはともかく、ジョアンは王太子の側近として恥ずかしくない成績を収めていた。コンラッドは少し頭の回転が悪いところはあったが、それもイアンやウィリバルト、ジョアンと比べての事だ。彼ら以外からすれば、充分に頭が良いと言えた。


(それもこれも、あの阿婆擦れに籠絡されて転落したせいだな)


 ウィリバルトは冷めた目で彼らを眺めた。自業自得なのだが、彼らは転落したと思っていないのだろう。何処か得意げですらある。


「エルフリーデ様、私、謝ってくださったらそれでいいのです。とても怖い思いをたくさんしましたけど、皆さんの前できちんと謝ってくださったのなら、私は貴女をこれ以上責めません」


 子爵令嬢が放った言葉に、ウィリバルトは唖然とした。

 あまりの事に壇上の国王夫妻を見ると、彼らは眉を顰めていた。そしてその後ろに並び立つ重鎮方も。

 そして右にいるエルフリーデを見ると、流石の彼女も眉を顰めている。

 王妃教育を受け、感情の抑制に長けた王妃とエルフリーデの眉を顰めさせるとは、とんでもなく常識知らずの発言と言えた。


「アルナシェル公爵令嬢、眉間に皺が寄っていますよ」


 取り敢えず彼女に冷静さを取り戻して貰わねば、と声をかけると、はっとしたように表情を笑みに戻した。


「ありがとう存じます、ウィリバルト様」


 エルフリーデから小声で礼を言われ、ウィリバルトの心に喜びが広がる。


「テオドール。今お前が述べた事の証拠はあるか?」

「ソフィの証言があります!」


 国王から尋ねられたテオドールの答えは、しかし答えになっていなかった。


(それは証拠じゃなくて証言だろうが)


 呆れて内心で突っ込むが、その声がテオドールに聞こえる訳もない。

 国王は眉をピクリと動かしたが、彼が何かを言う前に子爵令嬢が口を開いた。


「国王陛下、私は嘘など言ってはおりませんわ! 今まで私はエルフリーデ様に「娘、お前に発言を許してはおらぬ。控えよ!」」


 だが言い終わらないうちに国王から叱責が飛ぶ。国王から許可が出ていないのに発言するなど不敬もいいところで、レーリヒ子爵家は一体どんな教育をしたのかと呆れてしまった。


(あの阿婆擦れの何処がいいのか俺にはさっぱりわからん)


 テオドールたちや他の婚約者持ちの男が、あんな女に現を抜かすのが本気で理解できなかった。


「テオドール。もう一度問う。お前たちが述べた内容の具体的な証拠はあるのか?」

「父上、本人の証言という、これ以上ないほどの証拠があるではありませんか!」

「……私はお前の教育を間違えたようだな」


 国王は大きく息を吐くとエルフリーデに目を向け、「エルフリーデ、好きにせよ」と疲れた様に許可を与えた。

 エルフリーデは国王に敬礼してから、テオドールとその一行を見遣っていた。













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