第7話

 三日後の七月十日に向けて、ウィリバルトは義父のローレンツに勅使の件を伝えた。

 ローレンツは、公務代行は宰相が提案した事だと頷き、フリッツ・ノイベルトはノイベルト伯爵の甥で、伯爵の弟の子である事、年齢が三十代にもなってるのにまだ総務局の平の事務官吏で、無能とは言えないが有能でもない人物だと話してくれた。その上で、アルナシェル公爵にもう少し探って貰う様に依頼しておく事を約束してくれた。

 そして三日後の七月十日。

 午前十時に合わせ、九時半に邸を出た。

 九時四十五分に登城すると、王城の応接間の一つに通される。そこで復習がてらストラ語と、ストラ教国の文化や特産物などの確認をするのだろう。

 暫く待っていると、五分前にエルフリーデが侍女と一緒に入って来たのを見て、ウィリバルトは安心した。エルフリーデと二人切りなど、落ち着かない時間になるのが予想できる。

 エルフリーデがソファに座り、彼女の侍女が壁際に控えて四分後、講師となる外交省事務部の男性職員が入って来た。ストラ教国担当との事で、ストラ教国の言葉と文化などストラ教国に詳しいとの事だった。

 彼との一時間ほどのやり取りで、エルフリーデもウィリバルトもストラ教国の言葉に問題はなく、文化や特産品、その産地などの情報にも誤ったものはないと確認できたので、十一時半開会の歓迎会の会場となる小ホールに移動した。




❐ ❐ ❐ ❐ ❐


 歓迎会が始まった。

 ストラ教国の外交大臣とアイゼンブレヒト駐在大使、駐在官二名、駐在武官四名、駐在事務官三名の十一名が三つの丸テーブルに着いている。

 ストラ教国外交大臣は用が済めば帰国するが、残りの十名はアイゼンブレヒトに残る事になる。

 その為、どちらかというと駐在官たちの方に重きを置く対応にならざるを得ない。

 但し、それを相手に悟らせる事なく相手との交渉や話し運びを行わなければならないという、まだ学生の身であるウィリバルトには少々どころではない重圧が伸し掛かっていた。


(だが、これしきの事を軽く熟せなければ、王位を簒奪など出来はしないだろう。やらなければ)


 ウィリバルトは密かに自身を奮い立たせた。

 ストラ語の自己紹介で、王太子の従兄である事を告げ、王太子が出席できない事を詫びた。堪能なストラ語を操るウィリバルトの事を、ストラ教国の外交大臣メッシーナ侯爵と駐在大使ライナルディ侯爵には印象付ける事ができただろう。

 更に歓迎会には、主要貴族たちも招かれている。その貴族たちに、王太子の代理であるという事で注目されていたが、先程のストラ語での会話で貴族たちにも印象付ける事に成功したのを感じたウィリバルトは、可能な限り感情を悟られない様に、常に微笑みを貼り付けていた。

 ウィリバルトとエルフリーデが座った席にはストラ教国の外交大臣と駐在大使、それに駐在武官二名の合計四名がいる。駐在武官は、外交大臣と大使の護衛だから、無理に話す必要はない。

 ウィリバルトは外交大臣と駐在大使の二人から話しかけられる都度、微笑んでストラ語で返事をする事をずっと続けていた。

 エルフリーデも同様にストラ教国の二人とストラ語で会話している。

 彼ら二人がストラ語に堪能な事はストラ教国の面々には好印象を与えた様で、ストラ教国外交大臣とアイゼンブレヒト駐在大使は満足そうな顔をしていた。


「アイゼンブレヒト王国の未来の王妃となるアルナシェル嬢は、機知に富み語学にも堪能で、教養も申し分ない女性だ。斯様かような方が未来の王妃となるなら、アイゼンブレヒト王国の将来は安泰でありますな」


 外交大臣は上機嫌でアイゼンブレヒト王国の外務大臣に話しかけている。


「然様ですな。我が国としても、彼女の様な令嬢がいた事は真に幸いだったと思っております」

「いやはや、真に羨ましき限り。それに、貴国にはかなりの優秀さを発揮しておられるアイゼンラウアー卿もいらっしゃる。我が国の公爵家にはここまで優秀な者はおらぬ。どうですかな、アイゼンラウアー卿。我がストラ教国のマストロベラルディーノ公爵令嬢は現在十六歳。年齢的にも家柄的にも釣り合う。婿入りされて、マストロベラルディーノ公爵を継いでみませんかな?」


 外務大臣と話をしていたストラ教国外交大臣が、いきなりウィリバルトの方を向いて話を振ってきた。


『メッシーナ卿、お話は有り難いのですが、私はアイゼンラウエル公爵家の嫡男。妻を娶り子を成す義務が有ります故、ストラ教国に婿入りする事は叶いません。申し訳ありませんが、ご容赦願います』


 ウィリバルトは内心、義両親に公的に嫡男として育ててくれた事を感謝した。でなければこの話を断る事などできなかった。


「嫡男でいらっしゃったか。それは詮無き事を申した。アイゼンラウアー卿、こちらこそご容赦願えると有り難い」


 ストラ教国の外交大臣は、すぐに謝罪した。

 その後、世間話的に文化や特産物の産地、料理の話、果ては流行りの小説の話まで飛び出し、メッシーナ卿とライナルディ卿は随分と楽しげにしていた。

 ウィリバルトは関わらなかったが、ストラ教国の特産物の輸入やアイゼンブレヒトの農産物の輸出も決まり、両国にとって意義のある歓迎会になったようだった。

 この後、夜には歓迎の夜会が開かれる事になっているが王太子が出席を拒否した為、エルフリーデも夜会には出なくていい事になっていた。もちろん王太子の代理を任されたとはいえ、ウィリバルトはエルフリーデの正式なパートナーではないため、彼の出席もない。なので、二人とも退席していい事になっていた。

 昼の歓迎会が終わる前に、二人はメッシーナ卿とライナルディ卿に失礼を詫び、二人揃ってホールを後にした。





 廊下に出たところで侍従のお仕着せを着た壮年の男に呼び止められ、国王が二人を呼んでいると告げられた。

 その侍従に案内され、応接室に入って促されるままソファに座る。エルフリーデとは子供一人分くらいの間を置いて座ったが、程なくして国王がワゴンを押した女官とともにやってきて、女官が紅茶と焼き菓子を三人分、サーブして行った。

 あらかじめ人払いをしていたのだろうか、応接室は三人のみとなり、護衛も侍従も控えてはいない。

 国王はこの場で何を言うつもりなのかと、ウィリバルトは身構えた。


「エルフリーデ・アルナシェル、ウィリバルト・アイゼンラウアー、二人とも今日の歓迎の昼餐会ではよくやってくれた。礼を言う」

「勿体なきお言葉を賜り、恐悦至極に存じます」

「他の方に助けられました故、我らの力のみでは成し得なかったかと。然しながら勿体なきお言葉を賜り恐悦至極に存じます」


 先に発言していたエルフリーデが頭を下げている横で、ウィリバルトは少しばかり謙遜してみせた。そして直ぐ様頭を下げる。

 だが、ウィリバルトは王太子テオドールがストラ語を習得していない事を知っている。従弟よりも優秀である様に努力してきたのだ、心の中ではテオドールに対する優越感が溢れていた。口元が自然と上がっていくのを感じた。だが、頭を上げるタイミングですぐに口元を引き締める。感情を面に出してはいけないと自己を戒めた。


「アイゼンラウアー卿、そんなに謙遜せずとも良い。其方そなたもエルフリーデも、ストラ教国の外交大臣と駐在大使を喜ばせたと聞く。夜会には学生の身故、出席をさせてやれないが、学園を卒業したら夜会にも出られるようになる。その際は国の為に働いて貰うつもりだから、二人とも今からその心積もりをしておくが良い」


 国王の言葉に内心苛立つが、ウィリバルトはそれを悟らせないように無表情を貫いた。


「仰せのままに」


 二人でまた軽く頭を下げる。


「さて、夜会の件はここまで。今日は学園のガーデンパーティーであろう? まだ時間はあるから、今から急げば一時間は参加できるだろう。王家で馬車を用意したから、それに乗って行きなさい」

「陛下、有り難い申し出なのですが、わたくしは本日のガーデンパーティーを欠席しようと思っております」


 エルフリーデが断るとは思っていなかったウィリバルトは驚き、思わず隣のエルフリーデの方を向き、その顔をまじまじと見つめてしまった。


「ふむ、欠席とな? その理由を尋ねても?」

「畏れながら、残り時間も僅かである事、それに王太子殿下のエスコートを期待できないからでございます」


 エルフリーデが顔を俯かせて目を伏せていたが、その前に一瞬見えた表情は少しだけ哀しそうだった。

 その表情に胸が痛くなる。

 エルフリーデはテオドール王子を好きなのだろうか。だからあんな哀しそうな顔をするのだろうか。

 そんな疑問が浮かんでくる。


(いや、彼女はイアンの事が好きな筈だ。俺ではなく)


 ウィリバルトは奥歯を噛み締めた。表情には出さず、顔をエルフリーデから前方に向けて国王の言葉を待った。もし王がエルフリーデの希望を受け入れたなら、ウィリバルトもガーデンパーティーに参加しないつもりだった。エルフリーデのいないパーティーなど、参加しても楽しく思える訳がない。


「愚息の行状は報告を受けておる。今回も彼奴の我儘だと」


 国王は深く溜息を吐いた。その視線はあらぬところを眺めていたが、それをエルフリーデの方に向け直す。


「エルフリーデ、其方そなたの気持ちも判るが、ガーデンパーティーは王妃の茶会を模したパーティーだ。将来其方が采配を振る可能性があるものに参加せず欠席するのは、其方を引き摺り降ろそうと手をこまねいている奴らを喜ばすだけだぞ? 更には其方のいる場所を奪おうとする者には、其方がいない事の方が都合が良いと考えるだろうな」


 国王の言葉は参加への説得だ。その内容はエルフリーデが王太子妃になるのを邪魔する者がいるとはっきり告げている。どうしてこんな事を言うのかウィリバルトには判断ができない。王太子はレーリヒ子爵令嬢と恋仲だと学園内では噂されている。そういえば国王はエルフリーデに、王太子の行状は報告を受けている、と言ってた事をウィリバルトは思い出した。

 では、レーリヒ子爵が娘をエルフリーデの代わりに王太子の婚約者に押し上げ、将来の王太子妃にしようと動いているのだろうか。そしてそのレーリヒ子爵の後ろで蠢く貴族共がいるのだろうか。

 レーリヒ子爵の宮廷内での役職は確か産業省の事務官だった筈で、特別宮廷内に権力がある訳ではない。ならばレーリヒ子爵令嬢が王太子の婚約者に収まり、果ては王妃となった際に旨い汁を吸おうとして集まった者たちがいるのか。

 ウィリバルトは思考の海に沈んだ。

 その間交わされたエルフリーデと国王の会話は耳に入っていなかった。










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