第2話 願いの選択肢

 わたしは自宅で油絵を描くのが趣味であった。題材は双子の妹しか描かない。それはピアノを弾く姿であった。細い腕から指先までの曲線が一番難しい。


 今の時代はスマホに写真をおさめてそれを見て描くのであった。しかし、長い髪が顔を覆い表情は読み取れない。まるで、幽霊の様であるが最愛の妹だ。


「兄さん、わたしのピアノは聴かないの?」


 わたしが油絵の仕上げをしていると妹の杏が半分開いたドアをノックする。


「あぁ、聴きたいが今はこの油絵を仕上げてしましたい」


 バズることのない妹のピアノは日に日に悲しさを増していく。認められない喪失感が増すのだ。わたしの心の中にチクチクとした痛みが走る。


 早く『世界の雫』を手に入れねば。


 焦る、わたしの腕はプルプルと震え落ち着きが無くなる。油絵の仕上げの途中に筆を休めて妹の部屋に行く事にした。妹のピアノ音色はこの症状の特効薬だ。


「少し、休みを入れた、一曲リクエストしていいかな?」

「はい、兄さん」

「戦場のメリーク〇スマスをお願いするか」

「兄さんの意地悪。難しい曲をリクエストするなんて」

「ダメか?」

「喜んで……」



 妹の指が流れる様に曲を弾き始める。この妹の癒される曲が世界中で流れるのが当たり前だと思う。しかし、これがユーチューバーの定めで、ヒットチャートに乗らなければ全てが敗者である。


 さて、妹の油絵の仕上げを終わると。女子サッカー部のキャプテンの美々スマホの画像を取り出す。妹以外の人物を描く事にしたが内心は戸惑いしかなかった。


……。


 これが恋心なのかと小一時間考える。しかし、不思議な気分だ、猫背のわたしに背筋を伸ばせと言う。ただこのやり取りだけで惚れたという。


でも……。


 彼女に『世界の雫』を使う気分になれない。最愛の妹に勝てるはずがない。女子サッカーはまだまだマイナーなスポーツである。それでも満足している様子である。


 やはり、『世界の雫』は必要ない。


 わたしはメッセージアプリを起動すると。美々にメッセージを送る。数度、グランドで声をかけられて。それから、いつの間にかにメッセージアプリを交換していた。


『じん帯の故障で、もう、サッカーができないかもしれない』


 それほど親しくないのに深刻な悩みを打ち明けられた。それは分かっていたことだ、『世界の雫』は医学とは関係ない。彼女を名コーチにすることはできても。痛んだじん帯の回復は望めない。わたしは思い悩んだ。


『世界の雫』は等しく手に入るモノではない。


 クリスタルの中のデスがわたしの世代で目覚めることすら怪しい。わたしはラフのスケッチだけをして美々の油絵を止める。興味のある女子に好意を持つのは人間として当たり前のはず。わたしは人間臭さの狭間で難儀するのであった。


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