ALUPORIPET「アルポリペット」
この世界に人間は生きていない、住むのは様々な飲み物たち。炭酸飲料、酒、果汁飲料、乳飲料、茶。今回、物語の主人公となるのはみんな大好きコカ・コーラ。そんなコカ・コーラはとある事件がきっかけで、酒とのつきあいから離れていってしまう。
『ヒトカン』
俺はコカ・コーラ。テキーラ・テキラスに地元を酒まみれにされた被害者……ではなく、被害ペットボトルだ。俺は頭の飲み口を固く閉め、ラベル(顔)から息を吐く。水蒸気(汗)が俺の体から現れ始め、全身をタオルで拭う。今俺は筋肉トレーニングの最中、テキーラ・テキラスをぶっ潰すための訓練を行っている。
「もうやめにしとけ」
「いえ、こんなんじゃ……テキーラは倒せませんっ!」
スポドリ先生が俺を気遣ってくれる。気遣ってくれたのは嬉しいが、三日後の大会に向けて休んでる暇はない。再度自分を奮い立たせるために、俺は頭のキャップを外して中にメ○トスを入れようとする。がしかし、スポドリ先生にその行為を止められる。手をがっしりと掴まれ、もう片方の手でメ○トスを取り上げられる。俺はスポドリ先生に向かって言った。
「ちょっ、スポドリ先生!」
「言ったよな、ドーピングは原則禁止。もう少し炭酸飲料としての自覚を持ちな」
俺はラベルをムスッと尖らせて塀に座り込んだ。空を見上げる。満月がキレイだ。月夜に照らされる街並みも満月と同じぐらいキレイだ。俺は頭の上のキャップをきつく閉めた。先生は何を思ったのか、俺と横並びになる。そして一緒に星々を見渡した。月のライトを浴びながら先生は俺に振り向く。
「テキーラカップ……十五日だっけ。もう少しだな」
「はい先生、あと三日です」
テキーラカップ。様々な飲み物たちが参加し、チャンピオンの座を奪い合うトーナメント形式の格闘技イベント。チャンピオンに居座ることができた飲み物にはテキーラ・テキラスという飲み物との真のラストバトルが行われる。それに勝った飲み物には、富と名誉が与えられるといわれている。しかし俺にそんなもの必要ない。必要なのは、テキーラ・テキラスを打ち倒したという事実だけだ。挑戦者を踏み越えて俺はテキーラを打ち倒す。その為にはどんな努力だって惜しまない。俺は思いっ切り立ち上がり、手を上に上げた。
すると次の瞬間、中身が揺れて中のシュワシュワ音が俺の鼓膜を駆け巡る。と同時に隣に座るスポドリ先生が叫んだ。
「いきなり立っちゃ駄目だろ!炭酸が抜けるぞ!」
どうやら先生の言った通りになったようだ。炭酸が抜けたらしい。急激に力がなくなり、腕が脱力する。
「あ、あれ?マジ?」
「マジだ。ガスを注入しに行くぞ」
先生は俺をヒョイと抱きかかえると、物凄い勢いで走り出した。流石スポーツドリンクだ。俺は全身に風を浴びながらそんなことを考えていた。
『ニカン』
ガスを注入する際は、頭上のキャップを外す必要がある。先生は丁寧に俺のキャップを外し、俺の頭に管を取り付ける。管の中をガスが通っていき、やがて俺の内部にガスが到達する。中が少し膨らむ。腹のあたりを擦ったあと、先生に謝る。
「すみませんスポドリ先生、ご迷惑かけて」
「まったくだよ、イベントに向けてガスを溜めてなきゃいけないというのに」
そう言って先生は管を取り外す。
「イベントに使えるメ○トスはよくて2つだ。それ以上ドーピングを行えば、コーラのガスは潰える」
「分かっています先生。だからこそイベント前にガスをためておかなければならない。それなのに俺は....」
「まあ、過ぎたことはしょうがない。解決策が1つしかない、コーラは嫌がるだろうな」
スポドリ先生は管の先端を弄びながら自身の腕に巻きつける。先生は悩んでいるようだった。俺はそれに呼び掛ける。
「解決策とは?スポドリ先生?」
すると先生は気付いたようにこちらを振り向き、やがてまた横を向いた。
「訓練は....今日で中止だ。イベント当日までコーラは安静にする」
「終わりってこと、ですか.....?」
「うん、ガスを増やすにはそれしか方法がない」
「そうですか、そうですよね」
なんとなく察していた。俺が悪いのだ。咄嗟に立ち上がったりするからだ。俺の心境を読み取ったのか、先生は俺の横を擦る。
「そんな顔すんな。炭酸飲料にはこんな事故つきものだろ」
「昔からなんです。テンションが上がったりすると後先考えず飛び跳ねてガスを無駄にする。はぁ、炭酸飲料の代表格であるコーラの俺がこんなんじゃ....」
「炭酸飲料の代表格って。そんなもん飲み物の考え方によりけりだろ」
スポドリ先生は俺から手を離すと、おもむろに立ち上がった。中の白い液体が微かに揺れている。
「ちょっとみせたいところがあるんだよ、コーラに」
傍観しているとスポドリ先生は表情を崩し、ポケットの中に手を入れて車のキーを取り出す。
「炭酸飲料の街に行ったことあるか?」
「それがないんです。行ってみたいんですけどね」
「今から行かないか。本来炭酸飲料とはどういうものであるのかを自分の目で確かめてほしいんだ」
噂には聞いたことがある。炭酸飲料の街。四六時中、何かしらが吹き出していると。更にそこに住む炭酸は皆、逆立ちで暮らしているとも。
俺は相好を崩し、スポドリ先生に向き直る。思いを口にする。
「行きたいです」
「そうこなっくっちゃな。じゃあ、コーラ。逆立ちで俺の車までついてこい」
「何で逆立ち?」
「逆立ちすると炭酸が抜けにくくなるんだ。ツライだろうが堪えてくれ。この努力が結果を変えるからな」
スポドリ先生の優しさが俺に元気を分けてくれる。再び意気揚々し、俺はうまく逆さになる。180°回転した世界も悪くない。視界に広がる世界をみながら俺は口角をあげた。
『サンカン』
それから3分後、俺の頭には血が物凄くのぼっていた。手がガクガクと震え、目眩がして視界がグラつく。
「せんせぇ・・・・やめていいですかぁ・・・・」
「だめだ。炭酸をこれ以上減らしたいのか」
外が何やら賑やかだ。炭酸飲料の街に到着したのだろう。しかし現在の俺が車窓をみる余裕などあるわけがない。やがて俺は外の音にイライラし始める。外ではこんな音が聞こえている。
「炭酸最高!プシュプシュプシュプシュ、シュワッ、シュワシュワッッ!」
くそっ。血管がきれそうだ。二重の意味で。
「圧力かかってそうだな。血管大丈夫か?」
「ス・・・・センセ・・・・大丈夫じゃなさ、そうです。あともう少しで体中から炭酸吹き出し、そう」
「そうか。でもさっきキャップをきつく閉めといたからその心配は無用だ」
車が右に曲がり、俺の体も右に傾く。スポドリ先生の運転が荒いと感じたのは今日が始めてだ。これも試練の内なのだと自身に言い聞かせていると、急に車が急停止した。自然に前のめりになり、中身がシュワシュワと音を立てる。俺はなぜブレーキを踏んだのかを問い掛けようとしたが、咄嗟にやめた。炭酸飲料の街には似つかわしくない酒臭いにおいが漂ってきたからだ。確実に強烈な臭いがこちらに向かってきている。でもこの酒臭さは地元を荒らしたテキーラとはまた違うアルコールのニオイがする。俺が脳内で勝手に考察していると、臭いの主はスポドリ先生に声を掛けた。
「これはこれはぁ。久方振りですねぇ、スポーツドリンクさん」
「ウィスキー・ゲール・・・・あんたは俺に構ってほしいのか、手なんか振りやがって」
「いえいえ、知り合いに偶然遭遇したものだからついねぇ。折角ですから、飲みにでも行きませんか?そちらで逆立ちしている下戸も連れて」
「あーのー、俺をラベルで判断しないでもらいたいんですが」
俺は回転して後部座席に底をつけて座り、ウィスキーのラベルを拝んだ。ゴシック調の赤の英文字で『ウイスキー・ゲール』という名前がデカデカとラベル一面にデザインされている。良デザインだ。イケメンの部類といえるだろう。まったく酒という飲み物はイケメンが多すぎる。少しばかり分けてもらいたいものだ。
俺は心の中で舌打ちを鳴らして視線をずらす。
「俺だって少しは飲めます」
「おいコーラ、あんまコイツの挑発にのんな。コイツは昔からアルハラが大好きでな。バーに無理やり連れ込んで聞きたくもねぇ自身の生い立ちを話し始める」
「でも楽しかったでしょう、スポーツドリンク先生」
「木の樽に閉じ込められてたって話は全然おもんなかったぞ」
スポドリ先生の液体が白く濁っていく。軽度の立腹を引き起こしている証拠だ。しかし俺はここで引き下がるわけにはいかない。テキーラもウィスキーと同じ酒だ。コイツと飲みに行けば、酒の弱点を見いだせるかもしれない。
「コーラ、もう帰るぞ」
Uターンしようとハンドルを切るスポドリ先生を、俺は大声で止めた。
「待ってください先生」
「ナ、何だよ・・・・」
「俺、ウィスキーさんと飲みに行きます」
「は!?イカれちまったのかよコーラ。ただでさえ炭酸の量がすくねぇってのに」
「先生、落ち着いて聞いてください。俺は今まで格闘技しか身に付けてこなかった。でもそれだけじゃ勝てない。酒とは一体どんな飲み物なのかをしらねぇとテキーラを打ち負かすことはできないと思うんです」
数分で考えついた理由ではあるが、割と理にはかなっているだろう。
酒の知識を脳に摂取することは悪い事かもしれない。それでもやるしかない。テキーラを打ち倒すためだ。スポドリ先生は諦めたように頷いた。
「分かったよコーラ。ただ一つ条件がある」
「何ですか先生」
「俺も一緒に行く。アル中と二人でなんか行かせられるかよ。酒との付き合い方其の一、度数の強い酒の隣には座らない、だ。必ず覚えておけ」
『ヨンカン』
バーの端、俺等飲み物はそれぞれ、俺、スポドリ先生、ウィスキーの順でカウンターに座った。木製のスツールがひんやり冷たく、中の液体の温度が下がる。俺はメニューを開き、酒を見ていく。
「呼び出し料金プラス指名料・・・・お、この度数良いかもな」
名前の横に写真、紹介文、性別が記載されている。どれも写真写りのいいラベルばかりだ。デザインのセンス、名前のセンス、どれをとっても俺とは比較にすらならない。ラベル偏差値に圧倒されているとウィスキーがスポドリ先生を跨ぎ、俺に話しかけてくる。
「下戸はどの酒を呼ぶのですか?」
「名前は下戸じゃなくてコカ・コーラです。まぁ、度数が低いやつを選びますよ」
「はぁ、最近の飲み物って感じですねぇ。この飲み物とかオススメですよ、アワ・モリさん」
ウィスキーは写真を指差した。紹介文には【蒸留酒のルーツです!お呼び出しされたらすぐに向かいますッ!】と明るい性格を売りにしているということが文体から既に伝わってくる。
それまで黙っていたスポドリ先生がウィスキーを見た。
「そんなことよりまだ結婚してないんだな、ウィスキー。好みの炭酸水は見つかんないのか」
「痛いところをつきますねぇ。結婚して早くウィスキーという名前から解放されたいのですけどねぇ。今日炭酸飲料の街をうろついていたのも炭酸水と運命の出会いを果たしたかったからなのですが……」
「ん、何の話ですか?」
俺が尋ねると、ウィスキーはわざとらしくメニューでラベルを覆った。代わりにスポドリ先生が質問に答える。
「こいつ、炭酸水と結婚したいらしいんだよ。そんで名前をウィスキーからハイボールに変えたいらしい」
「どうしてですか?」
「聞かれてるぞウィスキー。答えてやれよ」
スポドリ先生に言われ、ウィスキーがメニューを閉じる。話す気になったらしい。
「私は昔、度数が強いって理由だけでクラスに馴染めなかったんですよ。遊んでくれる子も居ましたけどね、でも遊んでくれるのは私と同じ度数の強い酒たちだけ。シャンパン・ぺニョン君やラ・ムーシュさんとかね。・・・・まあ、私は昔からラ・ム・ネくんとかヤサイド・リンクくん等のジュー種たちが羨ましくてしょうがなくてですね。その頃はよく憎みましたよ、私を生んでくれたモルト父やグレーン母を・・・・だから度数が少しでも低くなったら、皆が寄ってくるかなぁと思いまして」
「俺は逆に酒が羨ましかったです。この世は度数の強い飲み物ほど、
「コーラ。水を差すようで悪いがここに来た目的があったろ。ウィスキーに聞きなよ、酒の弱点を」
スポドリ先生が俺とウィスキーの会話の間に入り、話を中断させる。そういえばそうだったと思い返した。
俺はウィスキーに向き直り、話を切り出す。
「ウィスキーさん、事情を説明する暇はないんです。酒の弱点って何かありません?」
「事情を説明されなくても大体分かります。テキーラ・テキラスに挑みたいのでしょう?」
「な、なんでそれを・・・・」
「彼に恨みや憎しみを持つ者はかなり多いのですよ。村や町を荒らして周り、歯向かうものには容赦のない鉄槌を下す」
「そんなやつがなんでイベントの大トリなんかしてんだよ・・・」
「おそらく全ての飲み物をねじ伏せて、自身が一番強い事を証明したいのでしょうかねぇ」
「そうか・・・・」
俺はスポドリ先生のラベルを見る。先生も奴のヤバさを知っていたはずだ。でも俺に何も言わなかった。それは俺がその事を知ったら怖気付くと思ったからだろうか、いや違うだろう。俺が更に復讐心を抱くと思ったから言わなかったのだ。
確かに数分前の俺なら復讐に燃えていたかもしれない。しかし今ならわかる。酒という飲み物にもつらいことはたくさんあるのだ。だからきっと、テキーラも酒にしか分からない悩みをかかえているのだろう。
「・・・・ウィスキーさん、それでヤツの弱点は?」
「それでも知りたいんですね」
「だからこそ知りたいんです」
俺は椅子から身を乗り出し、真剣な表情でウィスキーのラベルを見つめる。ウィスキーはやれやれと言わんばかりに体を左右に振り、俺のラベルにラベルを近付けた。
「水割りです」
「みずわりっ?」
みずわりとはなんだ?一体何なんだそれは?水で割るのか?水を割るのか?
俺が困惑しているとウィスキーは言った。
「体内にオミズを入れて、血中アルコール濃度を減らすのです」
「それをみずわりっていうんですか?」
「・・・・はい」
俺が感心していると、スポドリ先生が発言する。
「でもその方法は現実的じゃない。大量のオミズ君たちと仲良くなるところから始めないといけないからな」
その言葉に俺は呟く。
「・・・・そうですか。俺、これ以上他人を巻き込みたくないんだ。他にありませんか、ウィスキーさん」
「・・・・・・・・弱点では無いのですが作戦が・・・・あります」
「・・・・何ですか?」
「でも、あなたがそれに耐えられるかどうか分かりません。もし耐えられない場合・・・・」
「いいから教えてください。俺は耐えられます、絶対」
俺の眼差しに圧倒されたのか、ウィスキーは椅子に深く座り薄暗い照明を見つめた。するとウィスキーはとある言葉を俺に放った。その言葉に俺は目を丸くし、気付いた頃には……首を縦に振っていた。
「よし、それで行こうっ!」
その作戦が今後の鍵を握る。俺はそう確信していた。
『ゴカン』
「さあ、始まりましたぁ!テキーラ・カップ!今回司会を務めさせていただきますは栄養ドリンクでございまぁぁぁあすっ!」
それから2日たち、決戦の時が始まる。目の前にそびえ立つ大きなドーム型の建物、あの中にテキーラ・テキラスはいる。打ち倒す方法は前々日ウィスキーに告げられたあの方法しかないだろう。建物を見上げていると、司会者の声が内側から響き渡っていく。
「まず最初の挑戦者はミネラル・ゥォータァー!そして、オーイ・ムッチャオチャ!どうみますか解説者の、のむヨーグルトさん」
「そうですね。因縁の相手でもあるこのペットボトル同士の対決が見られるというのは奇跡としか言いようがありませんよねぇ。昔からお茶派閥と水派閥に別れ、競い合っていましたから。本当に今回のイベントは見物になりそうです」
「のむヨーグルトさん解説ありがとうございます。それではミネラル・ゥォータァーさん。意気込みをお願いします」
「えー、見ての通り僕の後ろには沢山の僕のファンがいます。わかりますよね。僕は原点にして頂点、飲み物の原始です」
「では続きましてオーイ・ムッチャオチャさん。意気込みをお願い致します」
「真の原始はこのワテクシでござるっちゃ。今日こそドクダミつけてやるっちゃー!」
「お~~~っと、ムッチャオチャ選手がゴングを無視!ミネラル選手にフライングアタックだあぁぁ!」
実況者の大声量に負けず劣らずの鈍い音が俺の耳に絶望を与える。間違いない。ペットボトルの潰れる音だ。俺はキャップを固く閉めて足を一歩前に突き出した。実況者は俺の決心に覆いかぶさるように声を震わす。
「ミネラル・ゥォーターに直撃ィィ!一部がへこんだぁぁ!おっと反撃に転じるかミネラル選手!ラベルを歪ませながらも技を繰り出したぁぁ!この技はあの伝説のぉぉぉぉ!水風船だあ!」
「は!?」
俺は思わず足を止めた。水風船だと……。確か水風船という技は古来に封印されたはずだ。なぜそんな技をミネラルは使える。
「言ったろ?つわものぞろいって」
いつの間にか隣にいるスポドリ先生がそう言った。俺は先生に言葉を返した。
「でも、ありえないですよ」
「ありえるんだよ。コーラもあり得ない作戦をやるじゃないか。あの誰も想像つかないような作戦を」
「はい」
「ならコーラも普通じゃない。なあコーラ、最後の確認だ。イベントに使えるメ○トスはよくてふたつだ。それに、あの作戦はテキーラとの勝負にとっておく。いいな!」
「分かりました。最後に1つだけいいですか?先生」
「なんだ?」
「俺はテキーラと勝負することを望んで大会に出場するわけじゃありません。俺はテキーラの本心を探るため、大会に出場するんです」
俺がそういった後、盛大なファンファーレが前から鳴り響いた。いよいよ俺の出番か。待ってろよ、テキーラ・テキラスよ。お前の全部を俺が暴いてやる。
おそらくテキーラが居座っているであろうイベント会場から、司会者の声が勝者を称えた。
「勝者はオーイ・ムッチャオチャ!茶道拳法部の経験が生きたかぁ!やはり【味が好きだから飲んでいます】ナンバーワン!実は私もお茶より水が好きです!」
俺には司会者の好みなんてどうでもいい。そもそも声すら聞こえなかった。自分の炭酸の音でかき消されている。門の向こう、大勢の観客が俺を見下ろすのだろう。賭けをする輩も中には混じっているかもしれない。呼吸を整え、逆立ちをする。
「ふう…………」
平常心だ。無数の缶から見世物にされようと、テキーラと面と面を合わせようと決して心を鬼にするな。俺は俺に言い聞かせる。しばらくするとアナウンスが天井から鳴る。
「お次はコカ・コーラ。エナドリ・エナジー。イベント開始五分前です」
最初に立ちはだかるのがまさかエナドリとはな。良い戦いになりそうだぜ。俺は扉を開き、逆立ちで入場する。リングへと迫るにつれて観客の声が大きくなっていく。全員に見せつけてやるぜ。炭酸飲料の真の姿をな。
「いやー、今回のイベントもかなり熱くなれそうです。まさかの炭酸飲料対決!おっと、逆立ちで現れました!コカ・コーラ!そして同じく、逆立ちで現れました。エナドリ・エナジー!どうみますか解説者ののむヨーグルトさん」
「いやーふつうに登場してきましたね。ここは奇をてらって飛び跳ねて登場するかと思いましたが」
「そうですね。このふたつはボキャブラリーセンスが皆無ですね」
「なるほど。そこまで言うのでしたら栄養ドリンクさん、一発ギャグをお願いします」
「ファイトおおお、いっぱ――――――――――つ!」
いよいよ俺は最初の難関、エナドリ・エナジーとご対面する。ラベルには青文字で【SHARK】と書かれており、後ろに牙をたくさん生やした化物がデザインされている。ヤンキーかよ。かなりの強面だ。
「おいおい!おいおい!お前は一体どこの組のもんだおらあ!」本当にヤンキーだった。しかも絵に描いたような。
「同じ炭酸飲料同士仲良くしましょうよ」
「ン?あんたよーみたら炭酸飲料落ちこぼれのこーらじゃねえか。この砂糖たっぷりのエナドリ様に勝てると思ってんのか?あ?」
「俺も十分砂糖入ってますけど?……あ?」
危なかった。もう少しでゲップが出るところだった。取り敢えずゴングを待たなくては。こぶしを構え、相手の体格を見る。縦に長く、素材はアルミ缶のようだ。俺は内心口角をあげ、耳をゴングに傾けた。
そしてゴングが響き渡ると同時に、エナドリ・エナジーの股間を蹴り上げた。
「ぎゃふん」
エナドリ・エナジーはバウンドしながらカラカラと音を立てて、盛大に空中に舞う。ファンのように何回転も回りながら地上へと落ちていくところに、俺はとどめと言わんばかりにラベルを蹴り飛ばす。あんたには少年時代の記憶を思い出してヤンキーから更生してもらう。キャップが飛んで泡を吹きだしているエナドリに俺は近寄り、彼の凹んだラベルをじっくりと見つめた。
「思い出したか。あんたがまだ小学生のころ、下校中にやっていた遊び…………缶蹴りを、な」
エナドリ・エナジーを見事撃退した俺は観客から歓喜の嵐を浴びせられることになった。しかし喜ぶのはまだ早い。俺は周辺を見渡してテキーラを探し出す。されどそれらしい缶はどこにもおらず、酒特有のアルコール臭も全く漂ってこない。俺は不審に思いながらイベント会場を後にした。
「よかったじゃないかコーラ、見てたぞ!」
「ありがとうございますスポドリ先生、でもまだ浮かれるのは早いです」
俺は冷静に状況を把握する一変、心情ではスポドリ先生に褒められたのが嬉しすぎて飛び跳ねていた。泡がみるみる飲み口から吹きこぼれていく。俺はそんな心の描写をキャップの奥底に閉じ込めて、次なるアナウンスを待つ。
『ロクカン』
その後俺は順調に勝ち進み、最終決戦まで勝ち残った。
「いよいよテキーラ・マッチも終わりを迎えようとしております。この決戦で勝利した飲み物には、特別にテキーラ・テキラス氏と戦う権利が与えられます。では出場していただきましょう。コカ・コーラ選手とメソ・ビール選手!」
メ○トスを何とか温存できた俺は、片手にメ○トスふたつを握りしめて観客の前に姿を現した。向こうからは黄金色の液体を揺らしながら、アルコール臭を漂わせるメソ・ビールがのそのそと歩いてくる。
「君の活躍、観客席で酒の肴にさせてもらってましたで」
「そうですか。ならこんどはあなたが俺のつまみになる番です」
俺はビールの体型をまじまじと見つめながら距離をとる。図体がかなりでかい、今日戦ってきた中でもトップクラスの大きさだ。
「君ー、テキーラに復讐を挑みたいんやろ。わいも同じや。でもな、酒でもないただの炭酸飲料じゃあいつに太刀打ちできん。だから勝負を譲ってくれんか。わいがあんたの代わりにテキーラぼこしたる」
ビールの囁き、悪魔の誘いはゴング音によって打ち消される。俺は即座にメ○トスを投入し、ペットボトルロケットの要領でビールの懐に入る。
「なら、あなたに勝負を譲れない!」
「……なんでや」
「暴力だけじゃ何も解決しないからです!」
そう言って俺はビールのラベルを思い切り蹴り上げてアルミの鎧をへこませる。ビールは衝撃を体を横にそらして受け流すと手を頭のほうに持っていき、自身のプルタブを開けた。
「おい、グラスもってこいやー!」
その巨体に似合う大声を発すると、どこからともなくジョッキグラスが落ちてくる。ビールはそれをキャッチすると、その中に自身の液体を流し始めた。どぼっ、どぼっ、どぼっ。その瞬間、観客の大ブーイングが巻き起こる。
「おい、いきなり勢い良く注ぐな!」「もっと高い位置から注げ!」
実はビール、グラスへの注ぎ方でもまったく別の味わいが楽しめるらしい。1つは、グラスを斜めに傾けてゆっくりと注ぎ、徐々にグラスを起こしていく注ぎ方。もう1つはグラスの縁まで泡がいっぱいになるように高い位置から勢い良く注ぎ、泡が半分くらいになったら静かにそぎ足して泡を盛る注ぎ方。この違いだけで、ビールの味わいが全く変わる…………らしい。ウイスキーから聞いた話だが。
ビールはそのことを知らなかったため、観客の反感を買ってしまった。勢力が2つに分かれ、反乱がおきる一歩手前だ。動揺して傍観するビールに、俺は言った。
「この勝負、棄権するのはあなたです」
「まさか、最初からこれが狙いで!?」
「はい。待ってましたよ、あなたがグラスにあなたを注ぐのを」
俺が口からデマカセを吐くと、ビールは倒れこんでラベルから嘔吐した。
「ぐおおおお、こんな小僧に出し抜かれるとはあああ!」
その瞬間、試合終了のゴングが鳴る。
「遂にチャンピオンが決まったあ!この展開を予想できた飲み物はいるでしょうか。勝者はコカ・コーラだああ!」
花吹雪が散り、終わったかのように錯覚させる音楽が鳴り響く。俺は音楽を振り払い、懐かしくも苦いアルコールの臭いを探った。俺の故郷にアルコールをばらまき、友達や親をアルコール中毒にさせたテキーラ襲撃事件の元凶。テキーラ・テキラスの臭いを。
「コカ・コーラ選手、テキーラ・テキラス氏に挑まれますか?」
司会者からの問い掛けに俺は頷いた。
「勿論です。そのためにここまでやってきましたから」
その瞬間だった。懐かしくも苦い、嫌な臭いが途端に俺の鼻腔を埋めた。あまりのアルコール臭に俺はほろ酔い、ふらつきながらも背後を見た。そこに、既に彼はいた。
「俺の名はテキーラ・テキラス。俺に挑むがいい…………ずったずたにしてやる」
「待ってくれないかテキーラさん、作戦を練る時間が欲しい。十分間ほどお時間を頂けないだろうか」
「ハッハッハッハッッ!良いだろう、無駄な足掻きを俺にみせてくれっ!」
『ナナカン』
十分後俺は試合会場に舞い戻り、テキーラ・テキラスと対峙していた。テキーラは分かり易く俺を見下している。上から見下ろして両手を組んでいる。圧に抗い、俺は問いかけた。
「あの日の事件、覚えているか。テキーラ・テキラス」
「何のことだ」
「俺の街を襲撃して、アルコールまみれにしたことだ」
「ああ、覚えているとも。さいこうだったなー、あの日は」
「なぜそんなことをした?」
「炭酸飲料ごときにはわかるまい!」
逆切れしながら突っ込んでくるテキーラ・テキラスのボトルネックを掴み、押し戻そうと力を籠める俺。しかしお互い、拮抗して一歩も動かない。この状態を打開しようとメ○トスを入れようと片手を離すが、むしろこの行動は逆効果だった。
「馬鹿が!所詮炭酸飲料はメ○トスがないと何もできねえただのジュースだ!」
テキーラにその隙を付かれ、俺の体は上空に投げ飛ばされる。体は弧を描きながら飛び、しかし俺は何事もなかったかのようにスタッと地面に降り立った。テキーラは驚いて振り返る。
「ど、どういうことだ。なぜ炭酸が抜けない!?」
「予め炭酸を抜いてきたからだ」
「馬鹿な。炭酸飲料は炭酸がないと力が出なくなるはず。どうして!」
「…………もう、俺はただの炭酸飲料じゃないからな。司会者の栄養ドリンクさん、俺の名前を読み上げてみてください」
司会者に話を振る。返答が帰ってくる間、動揺しているテキーラ・テキラスに視線を送り続ける。テキーラは状況が吞み込めず、ストレスにより自身の液体をぐびぐび飲み始めていた。
そして数秒後、司会者の戸惑った声がイベント会場全体に響き渡った。
「え、えっと…………コカ・コーラじゃ、ない!?な、名前が変わっている!」
観客も戸惑いはじめ、何やら話し始めている。俺はリングの中心に立ち、叫んだ。
「そうだ!俺は結婚したんだ!さっきの十分間の休憩のうちにな!」
あの作戦の種明かしといこうか。時は十分前にさか戻る。
~十分前~。
俺は試合会場を急いで抜け出した。するとスポドリ先生が手招きしながら、俺を呼んでいた。
「おい、こっちだ。もう準備はできてるぞ、コーラは心の準備できてるか?」
「勿論です。必ず彼を愛してみせますから」
スポドリ先生に手を連れていかれている最中、俺は体の中がざわついていた。二酸化炭素がはじけ飛び、液体中の空気たちがパーティーを繰り広げている。こんな一世一代の大イベントは他にはない。俺自身もテンションがおかしな方向にいっている。少し歩いたところで、俺の鼻腔に様々なアルコールの匂いが侵入してきた。まず俺を祝ってくれたのは、散々お世話になったウイスキー・ゲールだった。
「おめでとうございます。コーラさん、必ず大切にしてくださいねぇ」
「ありがとうございます。ウイスキーさん、あなたのお陰でお酒というものの奥深さに気づきました」
昔は苦手だったお酒たちがこんなにも近く、俺と交流してくれている。テキーラ・テキラスに挑もうとしなければ、ありえなかった世界線だ。レッド・ワイン、キ・ティー、ブ・ランデー、ほかにも様々なお酒たちが出迎えてくれている。急遽決定したため、結婚式会場の飾り付けは若干チープにみえる。しかしそれを上回る喜びが、チープという言葉をかき消していた。
俺は祭壇の上に立ち、結婚相手を待った。少し上の位置から眺めると全く違う景色がそこにはあり、俺は高揚して胸が高鳴る。どくんどくんと二酸化炭素が脈打ち、飛び跳ねたい気持ちをぐっとこらえる。そして時はすぐにやってきた。
「それでは、登場です」
神父がそうアナウンスすると、扉の奥から俺の結婚相手がやってくる。スマートなボトルネック、横長いラベル、茶色の瓶。中で揺れ動く無色透明の液体。そう、俺の結婚相手とは……スタンダード・ウオッカだ。
「あなたはウオッカを体内に取り込み、カクテルとなることを誓いますか?」
神父の誓いの言葉に、俺は大きくうなずいた。つまり俺は炭酸飲料を卒業して、酒の仲間入りになるということだ。この世界ではアルコール度数が高ければ高いほど強くなる。そのため俺自身にアルコールを取り込み、テキーラに少しでも太刀打ちできるようにする。
これこそウイスキー・ゲールさんの考え付いた作戦であった。
俺は頭の上のキャップを外してウオッカさんに飲み口を近づけた。その瞬間だった。どぼっ、どぼっ、どぼっ。俺の体内にアルコールが溶け込み、全身に脱力感が生じた。俺が俺で無くなる感覚、と同時に俺は生まれ変わったんだと悟った。
コカ・コーラという名前からカクテール・コーラという名前に。
「これからよろしくお願いするぜえ!カクテール・コーラさんよ!」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします。スタンダード・ウオッカさん」
俺らが話している最中、スポドリ先生とウイスキーさんはこんな事を話していた。
「コーラに先を越されたな。ウイスキーも早いとこ炭酸水と結婚しないと、ハイボールになれないぞ」
「微笑ましいですねえ。私も早くああなりたいもんですよ」
~十分後~。
「そうだ!俺は結婚したんだ!さっきの十分間の休憩のうちにな!」
俺はリングの中心で結婚を報告する。会場が盛り上がり、司会者は俺の生まれ変わった名前を読み上げた。
「な、なんと!コカ・コーラ選手のお名前はカクテール・コーラ選手というお名前に代わっております!」
前代未聞の名前変更。テキーラはご立腹のようで、体を赤くさせながら立ち上がった。ラベルの表情から読み取るに、信じられないといった感情も読み取れる。
「どういうことだ?いままでずっとコカ・コーラだったではないか!」
「チャンピオンになるまで結婚を遅らせていたんだよ。テキーラさんとの勝負では、司会者に名前を読み上げられない。それを利用したのさ。…………なあ、テキーラさん。なぜあんな事件を起こしたんだ?」
「お前に言ってもわかるまい!」
「わかりますよ、なんとなくですけど。色んなお酒たちと触れ合って、話を聞いて…………」
「それでなにが分かった?お酒の何がわかったんだ!」
「酒の過剰摂取はいけない事。でも数量だけだったら未来を開けるかもしれない。要は使い方なんです、持ち主によって、良くも、そして悪くもなれる」
今まで酒とは馬が合わないと決めつけてきた。酒臭いやつには近寄らず、ウイスキー・ゲールとバーに行ったのだって情報収集の一環でしかなかったのだ。だけれど今は酒の事が好きだし、結婚までした。
結婚しなきゃテキーラを打ち負かすことはできなかった。つまりこれが良い酒の使い方だ。
【酒は飲んでも吞まれるな】よく言った言葉だなと関心しながら、俺はふらつきながら前に倒れ込んだ。勢いでラベルがはがれ、素っ裸になってしまう。
「う、う、うぐう…………」
うまく呂律が回らず、正常に歩けない。そんな俺の体を持ち上げてくれたのは、まさかのテキーラ・テキラスだった。テキーラはラベルを背け、静かに俺の症状を述べた。
「泥酔期、だな。結婚する相手はもうちょっと慎重に選んだ方がいいぞ、コーラ」
『ハチカン』
気が付くと俺は自分の家のベッドで寝ていた。目を開けるとまず視野に飛び込んだのは、心配そうに俺を見つめるスポドリ先生だった。
「コーラ大丈夫か!?」
「ス……スポドリ先生!テキーラさんは?俺の結婚相手は?」
「まぁ、まぁ、落ち着け」
上半身を起こす俺を力で押さえ付けるスポドリ先生。
「取り敢えず状況を説明するぞ」
「はい……」
「ここまでコーラを運んできてくれたのはテキーラ・テキラスだ」
「え!?」
予想外な飲み物の名前に俺は目を丸くし、辺りを見渡した。しかしテキーラの姿は見当たらない。目を彷徨い続けてるとスポドリ先生が俺に告げた。
「テキーラは自ら警察に出頭したよ。俺に伝言を残してな」
正直信じられなかった。でもスポドリ先生の言っていることだ。本当なのだろう。
「伝言というのは?」
「【コーラ、お前は凄いやつだ。俺を倒すためにまさか結婚までするとは。おかげで目を覚ましたよ、ありがとう】ってな」
「……そうですか。そういえばテキーラが事件を起こしたきっかけって結局……」
「地元でな、「お前は罰ゲームのときにしか飲まされない禁忌の酒だぁ!」なんて言われてたらしい。それで拗らせたんだと」
「そう……なんですね」
取り敢えずテキーラさんに関しては理解出来た……筈だ。あとは俺の結婚相手の事だ。スタンダード・ウォッカ、今どこで何をしているんだ。俺が彼について聞き出そうとするが、その前にスポドリ先生は俺から視線を反らして言った。
「勝手に離婚届け……出しといた」
「はい……!?」
つまり俺は元のコカ・コーラに戻ったということか。スポドリ先生は言う。
「正直、一世一代の大イベントをこんな簡単に終わらせるなんて勿体無いだろう。それにスタンダード・ウォッカはコーラにとって度数が高過ぎる。そりが合う相手を選ばないとな」
「そうですか、そうですよね!」
テキーラ・テキラスを打ち負かした俺への次なるミッション、それは理想の結婚相手を見つけることだ。これは長い旅路になるぞ。俺はテンションが上がり、思い切り立ち上がる。
「ヴァッ、バカ!炭酸が抜けるぞ!」
中のシュワシュワ音が俺の鼓膜を駆け巡る。と同時に俺はその場に倒れ込んだ。
終。かん。
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