ポチ







僕は泣いていた。廊下のど真ん中、仁王立ちで顔を覆いながら。そんな僕を慰めてくれる者はおらず、みんなチラっと見て知らんぷりする。優しさのかけらもないみんなの行動に、僕の体はどんどん熱くなっていく。

なんで僕だけこんな人生なんだああああ!!

心の中でそう叫ぶと、僕はいつの間にかケータイショップにいた。

な、なんだここはあああ!!

僕は又しても心の中で叫ぶと、僕の心を読んだのかケータイショップの店員さんが僕の顔を見て微笑んだ。その顔は可愛らしく、お嫁さんにしたいぐらいだった。

「あの、僕・・・」

「ん、ん、何かな?」

彼女の顔が赤くなる。もしかして、ぼくの気持ちがばれたのか?そう考えると僕の頬も赤くなった気がした。僕は思わず顔を手で覆って、そっぽを向いてしまった。嫌われる!そう思った僕だったけど、彼女の優しさはインド洋を超えていた。

なんと、僕の顔面に扇風機を当ててきてくれたのだ。

扇風機の起こす風は気持ちよく、あつくなった顔がどんどん冷めていった。

「大丈夫ですか?お客様。こんなお熱くなっちゃって。フフフ、ほんとに面白い人」

手に口を当てて笑う彼女。その行いも可愛らしく、僕の体は再び熱くなる。何とか体を冷やそうと頑張る僕だったけど、極度のあがり症と対人恐怖症の自分には、どうあがいても無理だった。そんな僕に、彼女は再び声をかけてくれる。

「君には、冷却ファンと、君の体温を数値化してくれるスマホを差し上げたいと思います。大事に使ってね」

「へ!?」

僕は言われた意味が分からず後ろを振り向こうとした。しかし、振り向く前に僕の意識は薄れていってしまった。


 

「ん、んん、ん、んんん」

何だったんだろうなあの夢は・・・?

そう思いながら朝、僕はいつも通りに目を覚まして朝食を作った。今日のメニューは、目玉焼きとハンバーグと豚汁の三種。いつもより良い出来になった気がして僕は喜ぶ。

その後、テーブルにその三種と白飯を置いて、椅子に座ろうとした。が、ここで緊急事態が発生!

座れなかった。座ろうとしたけど、座れなかった。

な、なんだ?僕の体に何かついているのか?そう思い僕は、自分の背中を触った。

ん?

僕はその時初めて、自分の背中に人間らしからぬものがあることに気が付いた。理解しがたい背中の固いものに、僕の体はどんどん熱くなる。

そして次の瞬間、背中の固いものが大きな音をたてて回転した。

ブオオオオおおおおおおおお!!!

僕は思わず飛び跳ねて、洗面台で自分の背中を見てみた。

「・・・」

思わず無言になった。

僕の背中には、大きな冷却ファンが取り付けられてあったのだ。

「な、なにこれ。は、外せない」

引きちぎろうともがいたけれど、冷却ファンは全く外れない。それどころか音は増すばかり。笑い事じゃない・・・。僕は、気が気じゃなくてスマホを取り出した。ネットを開いて[この事態]が何か調べるために。

「ん?」

でも、僕はその前にもう一つ異変に気が付いた。だって、僕の手にしているスマホは僕のものではなかったのだから。

「だ、だれの・・」

僕が取り乱していると、スマホが鳴り響く。しかも大音量で鳴っていた。電話が来たのだ。画面を見てみると『poti』という表示が出ていた。自然とその名前が僕の指を動かしていく。

そして出た。通話のボタンを押した瞬間だった。

「もしもしー、僕の名前はポチ。君の旦那です!!」

「え、ホント!・・・・・・・・僕、男だけど、結婚してないけど」

「細かいことは気にしない!」

「そ、そんなことよりも!この背中のでっかいのは何?後、君は誰?」

「ああ、それは君の新しい姿だよ。さっき説明しようと思ってたんだけど忘れちゃってて。ごめんよ」

「新しい姿?僕はこんなの望んでない・・・」

「まあまあ、落ち着こう。とりあえずそのファンについて教えようか。まずはその冷却ファンの説明からするね。これは君がいつでもクールになれるように取り付けたんだよ。ほら、夏とかって暑いじゃん?そんな時にこの冷却ファンをつけてあげると、体が冷たくなって暑さなんか吹っ飛んじゃうって寸法だよ!どうだい、すごいだろう?ちなみに、僕には温度計もついてるから君の体温がどれくらいなのか一目瞭然!健康管理もばっちりできる優れものなんだよ!!もう、最高だよね」

「そ、そうなんだ。でも、すっごいうるさいよ。後、邪魔だし。これ、外せないの?」

「うん、外れないよ。ただ一つだけ方法があるけどね」

「へ!?ど、どんな方法なの?」

「僕が・・・・・・・・・」

「ん?早く言ってよ」

「や、やっぱり方法を教えるのは辞めとくよ」

「なんで?今言いかけたのに」

「い、いや、だって」

「ねえ、なんなの?もしかして僕が嫌いなの?ああ、分かった。僕のことを騙してお金を取るつもりなんだ。そうだろ?」

「ち、違うって。その、恥ずかしいじゃないか。その、僕が、その、キスしないと取れないって」

「え?じゃあ、君の画面にキスをすれば・・」

「キ、キスをするなら愛する人としたい。君みたいに、どこの馬の骨とも分からない奴とは絶対に嫌だ」

「で、でも、この冷却ファンが取れるなら僕は君とちゅーーをしたい!」

「僕はしたくない」

「じゃあ、どうするの。僕はこのまま冷却ファンが背中にある状態で生活しなきゃいけないってこと?」

「その通り」

「ふざけるなあ!!」

僕は思わず怒鳴ってしまう。すると、スマホの向こうからは鼻をすするような音が聞こえてくると同時に、背中のファンが回転した。

ブおおおおおおおおおおおおん!!

「グスッ、グスン。僕が悪いのかな?僕が君を傷つけてしまったのかな?ごめんね、本当にごめんね。でも、君にはこれで生活して欲しいんだ。えっと、ご褒美をあげるから」

「ご、ごほうび!?」

僕は思わず反応してしまう。

「う、うん。僕のpaypayにチャージしてある分を使って君に何か買ってあげたいと思う」

「ほんとに!?」

「もちろん。君の望むものを何でも買おう。ただし、君が冷却ファンをつけたまま生活できたならね」

「わ、分かった。その条件なら飲める気がする」

そうして渋々頷いた僕。正直まだ何も理解できていない。

でもpaypayで欲しいものを買ってもらえるなら、ちょっといいかもと思ってしまう。要するに僕は、単純なのだ。


^^


僕のあがり症は、皆の想像している倍以上。それこそ、一億倍。コンビニで温めなきゃいけない系の商品を買えなかったり、店員さんと話すだけで気絶したり、とにかく日常生活を送るうえで支障が出るほどのあがり症なのだ。

その僕が、大きな冷却ファンを背中に付けた状態で外に出る!?多分死ぬぞ・・マジで・・・。今日は、学校に行かなくてはいけない日。だから僕は今、ドアノブをガチャガチャやってる。

でも、ドアノブの音が聞こえないくらい背中がブおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおって言ってる。

「もうヤダ、行きたくないよー」

「だ、大丈夫?清水君?」

「え、ん、大丈夫じゃない。というかなんで僕の名前を?」

「ふふん、僕はね、君が一昨日まで使っていたスマホのデータをコピーしたんだ。つまり、君の名前なんて既にお見通しさ」

「そ、そうなんだ(プライバシーの侵害っ!)」

「そんなことより、そろそろ出なきゃ遅刻だよ?」

「わ、分かってるけど、どうしても足が踏み出せないんだよ」

「しょうがないなあ」

ポチはそういうと、「えいっ!」と言った。すると、僕の背中のファンが尋常じゃないくらい回転した。

「うあああああああ」

勢いは止まらず、僕の体は玄関に激突。血は流さなかったものの、酷い痛みが胸を襲う。

「いた、何するんだよ」

「ほら、はやく行くよ」

「む、無理」

「無理じゃない。ほら、はやく靴を履いて」

このスマホさんは少々乱暴なところがあるようだ。無理やり学校に行かせようとしてくる。親じゃあるまいし・・・。スマホだよだって。何度も言うけどただのスマホだよ。スマホに指示される僕って一体何なんだろうね。機械以下・・・。そう考えるとなんだか虚しくなってきた。もう学校にいくのもきついや。降りかかる絶望に耐え切れず鞄を下ろす。

「何やってるんだ君はあああああ!!」

突如、僕の体は格闘ゲームのコンボの最中の如く空に打ちあがり天井に激突した。ポチは怒っているのか声を荒げながら僕に説教する。

「学校に行きたくない気持ちは分かる!僕だって、毎日のように君みたいな子たちを見ているからね。でも、ここで諦めちゃダメだ。君はまだ高校生じゃないか。こんなところで立ち止まるんじゃない。もっと青春を謳歌しろ!!」

僕はその言葉を聞いてハッとはしなかった。

「毎日のようにって本当なの?もしかして冷却ファンをほかの人にも?」

「い、いや、まあそれは、うん。そうだね」

「な…なに、教えてよ」

「実は僕の冷却ファンはね、人の欲望に応じて回転するんだ。そして、僕の本体に充電され、それが尽きるまでその人の欲望を満たし続けるんだ」

「ん、なんか言ってることハチャメチャじゃない!?」

「と、とにかく学校に行きなよ。話はそれからだ」

「それからだって・・・・」

「paypayで好きなもの買ってあげる」

「よし、いくぞおおおお」

途端に気分が高揚し、流れるように僕は外に出た。でも、外の空気に触れた時に途轍もない不安が僕を家の中に引き戻そうとしてきた。しかし、僕の行動に反発するように冷却ファンが凄まじい勢いで回転。冷却ファンと不安という感情の戦いの火蓋が切られる。

「ぐ、ぐうううううう」

そんな感じで冷却ファンは勝利し、僕は学校へ赴くことになった。


^^


前方に広がるホワイトボードをじっくり見つめている僕。

「ほ、ほわいとぼーどだね。清水君」

スマホが僕の脳内に直接語りかけてきて、頭がちょっとこそばゆくなる。頭を掻きながら引き続き僕は白い板とにらめっこ。目を寄せ合いながらホワイトボードをじっと見つめているのには理由がある。それは自身の不安を少しでも和らげる為。でも効果は薄そう・・・。だって、人の視界は広いから・・・。左右からの目線がバッチバチなんだよーーー!!。

「皆から注目の的にされてる...」

「耐えるんだ。清水くん」

そ、そうだね。

「因みに目を瞑るのは厳禁だ」

そ、そ、そうだね。

徐々に生徒の机が埋まり始め、皆からの視線は増える一方。もういっそ聞いてほしいよ。その背中につけたデッカイ奴は何だねぇ!?って・・・。それすらしてこない。それが僕の心を蝕んでいく。何で聞いてこないの?何で聞いてこないの?何で何で何で?ブオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!

・・・・・・・・・・・

生徒はそれまで細めていた目を、精一杯見開いた。僕は冷却ファンの回転により浮上して・・・・。

「し、しみずくん???」

タイミングよく入室してきた先生は腰を抜かし、手に持っていた教科書を床に落とす。拾い上げることもせず、ただ呆然と僕をみる。その先生の姿を見て、理解した。僕は浮いていると・・・。

「し、し、しみずくん!?」

最早ホームルームどころではなかった。だって人が浮いているのだから。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!」

僕は教室の窓から逃げた。右往左往してスズメのように飛んで逃げた。ぶおおおおおおおおおおおおおお!!!そして、家に着いて閉じこもった。


^^



ぐすんぐすんぐすんっ。

軽蔑しておくれよこんな僕を。

「まあまあ元気出して、きっと大丈夫だよ」

「そんな慰めはいらないよ」

もう僕はおしまいさ。

「そうかな。僕は君のことを応援しているんだ。これから頑張ってほしいと思っている」

「スマホに励まされるなんて、僕は情けないやつだ。もうだめだよ、こんな冷却ファンなんて背負ったら・・・・余計に・・・ん?」

「清水君、君はこのままだと引きこもりクソニートになるね」

「何で急にそんな辛辣になるの?や、やっぱり!僕に何か隠してる!?」

「ふ、ふぇ」

「そ、そうだ!チューさせてくれよ!言ってたよねスマホくん!チューしたら冷却ファンははずせるって!」

「え、な、なんのこと?」

「とぼけても無駄だ!僕は君とチューするんだぁぁぁあああ!!!!」

その瞬間、例の冷却ファンが回転した。ぶおおおおおおおおおおおおおおっ!!!そして、僕はまたしても格闘ゲームのコンボの最中のように天井にぶつかった。

「あいでぇぇ!!」

不条理に飛び上がり地面に頭を打ち、僕は大の字になった。そして、寝室に置かれた仏壇と目があった。正確には仏壇に置かれた写真と目があった。もっと正確にいうとお母さんと目があった。

「お母さん...」

目がよく似てて、鼻がよく似てて、口があまり似てなくて、でも色々似てて。紛れもなくお母さんだ。紛れもなく・・・。紛れも・・・。うあああああああん。

「まずその泣く癖を無くそうかな」

「でもだって・・・」

「そんなんじゃ天国のお母さんに合わせる顔がないんじゃない...?」

「な、何でそんな」

「そういうとこ!!優柔不断!コミュ障!おへそ!おふんこなす!!」

その瞬間、僕はなんか思った。ポチというスマホは不器用ながら励ましてくれている。その励ましがお母さんに似てて、ちょっと嬉しかった。だから、僕は立ち上がってポチに告げた。

「や・・やってみるよ。あがり症を直してみせるよっ!」

「うん!そのいきだよ!清水くん!」

よし、そうと決めたら行動あるのみ!僕はポチを操作して、あがり症を直してくれる教室を調べてみた。【近くのあがり症 治したい】と調べると何件かヒットした。一番上に【宮崎湖コミュニケーション教室】とあって、一応スクショした。

「こ、これかな。ポチさん」

「どうしたの改まっちゃって。ポチ君でいいよ!にしてもくすぐったいな〜。スクリーンショットを撮るときは、さん、に、いち、チーズっ!って言ってね!」

「わ、わかった・・・」

(どうやらスクショはこしょばいらしい・・・)

それから小一時間ぐらいポチと喋った。どうやらポチ君には普通のスマホと同じような機能が搭載されているみたいだった。カメラ、ゴーグル、バーチューブ、マイッター、インスハグラム、どれもこれもあった。

「ねぇ、えっと・・・聞いていいのかな?」

「どうしたの清水くん?」

「えっと、ポチ君って・・・エーアイなの?」

僕がそう聞くと、ポチはちょっと間を置いて「うん、そうだよーー!」と大声で言った。

「ちょ、声がでかいよ・・」

「ごめん、清水くん。当てられたのが嬉しくて」

「そっか!」

そして、僕はポチ君でアラームをセットして眠りについた。


午前6時半・・・・。

「清水くん!清水くん!清水くん!朝だよ朝だよっっ!!!!!!」

飛び起きた。そしてまた眠った。



︿︿





結局起きたのは八時半だった。それから他愛もない会話をポチとして、歯磨きして髪の毛を良い感じにして朝ご飯を作って着替えて外に出た。

「絶対にコミュニケーションを直してみせる!」

「「おお!」」

意気込んで外を飛び出して僕は気付いた。冷却ファンを付けた状態で電車になんか乗れない!タクシーとかもっと乗れない!バスになんか絶対乗れない!そう考えた瞬間、僕の身体はどんどん熱くなって、後ろの冷却ファンが物凄い回転でまわり始めた。ぶおおおおおおおおおおおおおお!!

「う、う、うわぁぁぁぁぁ!!」

徐々に僕は地面から離れて、空中に浮かび上がった。見慣れた街の景色が遠い。鳥にでもなった気分。空中の風を全身に浴びながら、僕は突き進んだ。

「これなら公共機関を使わずして目的地にたどり着けるね!」

「うん!ポチ君のおかげだよ!行くぞ!」

そして、僕達は教室の前へと着地した。

看板が見える。【宮崎湖コミュニケーション教室】という看板が僕の瞳にぶつかる。深呼吸、深呼吸、深呼吸。こんなところで冷却ファンをぶおおおおさせる訳にはいかない!

「清水くん?」

「ポチ。大丈夫だよ、僕行ってくる」

再び深呼吸して、ドアノブを捻った。もう後先考えない。取り敢えずあたって砕けろ!僕はお母さんの事を思い出して脈を整える。

『マツ、学校どうだった?』

『マツがどうなろうと、私達の誇りだから』

そのお母さんの言葉が、僕の背中を押してくれた。ドアを開けて、その中へと足を踏み入れる。

しかしその瞬間、空気の質感がガラッと変わった。言いようがない緊張に、僕の心が削がれていく。

や、ば、い!

こんな静かな空間で冷却ファンが回りなんかしたら出禁になる!ちょっとずつだけど後ろが回りだしているのが分かる!お母さんの言葉を思い出すんだ。思い出せばきっと・・・ぶおおおおおおおおおおおおおお!!!


終わった・・・。


時が止まったように思考が停止した僕に、ポチは優しく語りかけた。

「大丈夫だと思うよ、清水くん。人影は見当たらないし」

そうポチが言った時だった。コツコツコツと階段を降りてくる声が聞こえてくる!声はどんどん大きくなり、遂に青年の声が響いてきた。

「なんか、凄い音がしましたけど・・・だいじょ・・」

「あ・・・」

声の主は僕と目があった。そしてなんかすごい笑われた。

「ど、ど・・・・(どうしてそんなに笑うんですか!警察にうったえますよっ!?)」

「ごめんなさい。いや、教えがいのある子が来たなって・・そう思っただけです」

そして、その青年はニッコリ笑うと僕を教室まで誘導した。

その間、ずっと冷却ファンは動きっぱなし。見知らぬ人と会話するのが、僕はそんなに怖いらしい。自分でもわかんないぐらいに。

「他人は言いますよね、何で喋れないのとか、声を出せないのとか」

「は・・・い・・」

「でも、自分でもわからないんですよね。何で喋れないのって。いやいや、こっちだって何で喋れるのって聞きたいですよって話ですよ!」

「そ・・そうです・・」

「お名前は?」

「清水・・清水松・・です」

彼は自分の名前を、松代環(まつしろたまき)と名乗って僕の指導に当たってくれる準備に取り掛かった。あくまでも準備、やっぱりお金がかかるらしかったけど、松代さんは十万の所を二万でいいよと言ってくれた。それでも僕は二万というお金さえ持ち寄っていなかった。帰り道、夕焼けになった空を飛びながら考える。お金はどうやって稼ぐべきか?それだけをずっとずっと考える。父親に借りるわけにもいかない・・・ならもう、僕もバイトをするしかないのかな・・・。

「ねぇ、僕に考えがあるんだけど・・」

「うん・・?」

「僕の機能の一つに、タウンワーク、っていうのがあってさ」

「うん・・・」

「仕事を探してくれるんだ!勝手に!」

「いや、僕は使わないよ。ポチ君」

「えっ・・」

「いや、自分の力でやってみたいんだ。頼ってばかりじゃ駄目かもって・・。この冷却ファンのお陰で気づけた」

「し、しみずくぅぅぅんんん!!!」

ポチは泣いた。液晶から涙を溢して、僕にベッタリと張り付いた。




︿︿




その日の夜、久々にお父さんが帰ってきて

久し振りに外食した。美味しかった!旨かった!家に帰る最中、僕は話を切り出す。

「僕、バイトしたいんだ」

そう言うと父は腹を抱えながら爆笑した。僕はムスッとして言った。

「もー、今日笑う人多すぎ」

「いやはや、マツも大人になりやがったかー!」

「なにそれ」

「いや、帰るたんびにマツが成長しててさ。俺はそれがすっげぇ嬉しくてさ。んで今日はバイトときたかぁ!流石だなぁマツっ!」

「いや、普通だし・・」

「普通ってすごいことなんだぞ。ホントは毎日マツの成長をみていたい。でも、仕事の関係上・・・仕事を辞めるってわけにもいかない」

なんかテンションが下がりつつあるお父さんを、僕が言葉で遮る。

「思い詰めてる?僕は幸せだよ。この家族に生まれてこれて・・・」

その瞬間、僕は二人の存在に抱きつかれて身動きがとれなくなった。一人はお父さん、そしてもう一人はポチだ。

「「清水くん!成長したねぇぇ!」」

二人はハモった。そして、お父さんは真顔で「所でその冷却ファンは何だ?あとこのスマホは何だ?」と僕に質問した。



︿︿



結果を言うと良い感じのバイトを見つけた。仕事内容はかなり変わったバイトだけど・・・。

僕は空を飛びながらポチを見る。

「ポチ君!」

「はいよ!」

僕が名前を呼ぶと、ポチの液晶に地図が現れた。地図にはこの付近が全て表示されていて、赤い点滅が所々に輝いている。

説明しようっ!

仕事の内容は【夏バテして汗を垂れ流している人達に冷却ファンを浴びせるっ!】

そうっ!なんと隠そう僕の冷却ファンは扇風機としても使えるのだ!夏バテしてる人達は赤い点滅で表示され、点滅が早いほど危険信号!直ぐ向かわなければ行けないのだ!

「ねぇポチ君っ!この人(赤い点滅)の正確な夏バテ度分かる?」

「勿論!」

その瞬間、ポチの液晶に【82%】という数字が表示される。ま、マズい!【100%】になったりすればぶっ倒れてしまうこと間違いなし!

僕は冷却ファンをブイブイいわして、その人の元に急降下。スタッと降り立つと目の前に汗をめちゃくちゃ流しているサラリーマンがいた。赤い点滅の主だ!

「大丈夫・・?すずしく・・します!」

語尾だけははっきりと言って、サラリーマンに僕の冷却ファンを浴びせる。サラリーマンの汗がみるみる吹き飛んで、赤かった顔が収まっていく。それを見てると僕の不安も少しずつ収まっていき、遂には冷却ファンが止まってしまう。あ・・・。

「もう、終わりですか」

サラリーマンの冷たい視線が窺える。や、やばい!ホントは嬉しいことなのだろうけど!あがり症が克服されつつあることなのだろうけど!今は!

「何か期待外r」

ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

「うおおおおおおおお!!」

ポチとの共同作業!以前録音していた自分の歌声をポチから流すことによって、恥ずかしさを得る!僕の体は赤く燃え上がり、凄まじい勢いで冷却ファンが超絶回転!

これでサラリーマンは喜ぶはずだ!

そう思って後ろを振り返ると、サラリーマンは僕の強風によって飛ばされていた。

そんなこんなで僕はお金を稼ぐことに成功する!


︿︿



僕は神代環さん(教室の先生)に稼いだお金を差し出した。でも、驚いたことに環さんはお金はいらないよと言った。その代わり、僕をめちゃくちゃ褒めてくれた。

「えっと・・」

「そのお金は君の努力の証です」

「そ、ありがと・・ございます」

「清水くんは自分に対する自信が少ない、だから少しでも社会に貢献して自信をつけてほしかったのです」

「で、でもタダで教えて貰うわけに・・」

「気持ちだけでオッケーです」

それから、神代環さんに目一杯しごかれた。気持ちが滅入る日もあったけど、そんな日はいつもポチが励ましてくれた。

僕のあがり症は日に日に治っていき、冷却ファンが作動することも少なくなっていく。それが何か悲しくもあり、嬉しくもあり、微妙な感情を抱いた。ポチは僕の感情に気付いちゃったみたいでとある日「どうしたの?」と聞いてきた。本当は言うべきなのだろうけど僕は「何でもないよ」とお茶を濁した。

そして、あがり症が完全に治りつつある冬の頃。神代環さんは僕に言った。

「もう教えることは何もありませんよ、頑張りましたね!」

「はい!」

僕は笑顔でそう言って、沢山の菓子折りを環さんにプレゼントして教室を後にした。それから、高校を頑張って卒業してプログラマーの仕事に応募した。勿論面接があって、面接の日は久し振りに冷却ファンが動いた。でも、ポチが励ましてくれて直ぐに止まった。

(僕は、本当に克服したんだなぁ)

ハキハキとものを言えるようになったのはみんなのおかげ。ポチ、お母さん、お父さん、神代環さん、冷却ファン、みんなみんな僕の事を応援してくれた。だから、今度は僕がみんなを楽させてあげる番!そのためにいっぱい勉強して、給料の良いプログラマーの仕事に入ったんだから。

面接の帰り、僕はポチと二人きりになった。僕は言うべきなんだ。あのときは茶を濁してしまったけど・・・。重心を冷却ファンに預けながら、僕は決心した。

「ねぇ、ポチ」

「ん・・・どうしたの?マツ」

「ポチは・・・・お母さん・・・なの?」

返事は直ぐには来なかった。かなり長いこと間をおいてポチは言った。

「違う・・かな・・」

「違うのか。う、うん!そうだよね!お母さんのわけがないよ」

僕は涙を堪えながら頷いた。それ以上何も聞かず僕は帰るつもりだった。でも、ポチが言った。「そろそろ話すべきかもね」

「え・・・」

「マツが言った【お母さんなの?】って質問・・・ちょっと正しいかも」

「それって・・・」

「正確にいうと頼まれたんだ。マツのお母さんに。あの子を置いていけないって。代わりに見守っておいてほしいって」

その瞬間、僕は泣いた。ポチに涙がかかって【やめてよ〜、防水だけど〜】とポチは笑っていた。それから、ポチは真実を語り続けた。

「すんごい必死でお願いするから、どうしても断れなくて。んで、渋々マツに会ったんだ」

その後、僕はボロボロ泣いて家に帰った。丁度お父さんも帰ってきていて、三人でその真実を話しあった。どうやらお父さんは知ってるみたい。だけど、お母さんに口封じにされていたらしい。語りに語ったその日の夜、ベロベロに酔っ払った父の隣でポチがとある映像を流す。そこには、亡くなる前のお母さんが僕を励ましていた。

多分、僕は今日。身体中の水分が外にでたと思う。



︸︸


おわり


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