第49話 決戦は防衛省

 チョウバエの大量呼び出しに疲れ果てた飛蝶は、改造大型トラックの中で豪華な椅子にふんぞり返り、都知事に用意させた高級ワインを何本もがぶ飲みしていた。「全て順調!」と笑みを浮かべながら飛蝶が、更に都知事にワインを注がせていると監視カメラのオペレーターが車外の映像を見ながら「天気予報じゃ霧が出るなんて言ってなかったのに…、なかなか晴れないな」と独り言を言った。それを聞いた飛蝶は求美が来たことを直感した。改造大型トラックの防弾扉を開けると外に出て、深い霧の中、求美の気配を探った。そして目の前の庁舎の屋上に気配を感じると、蝶に変身し巨大化しながら上昇して行った。求美の八狐尾陣はそれを感知した。華菜が一瞬で求美の尻尾に戻り一体になると、屋上に二カ所あるもう一つのヘリポートに飛び移った。その直後、輝く炎のような光線が求美のいた場所に降り注ぎヘリポートの着陸面が溶け、大きな穴が空いた。その斜め上に巨大で派手な蝶が現れ「後悔してるよ。あの時入口を塞ぐんじゃなくて、今みたいに体を大きくしてフルパワーで鼠の巣全体を溶かしておけばこんな面倒無かったってね」と言った。「確かにそれをされたらピンチだったかもね」と求美が答え始めると言い終わるのを待たず、いつも化けている人間の姿に戻った飛蝶が自衛隊員達に求美を銃撃するよう命じた。深い霧で見え隠れする求美に向けて一斉に自動小銃の乱射が始まった。深い霧に加え、数十秒続いた十丁程の自動小銃の乱射による煙で視界が完全に失われた。射撃を止め、求美の姿が確認出来る程度まで回復するのを待って、自衛隊員達は求美が立っていた辺りに近付き、周辺を見回したが求美の姿は何処にも無かった。超一流の妖怪である飛蝶にも求美の移動の瞬間を見極めることが出来なかった。「戦闘モードの私に分からないなんて、どうして?」そう呟きながら辺りを見回していた飛蝶が頭上に違和感を覚えた。見上げた瞬間、短い線のようなものがほんの僅かキラリと光ったように感じた。求美の攻撃を予測した飛蝶は妖力を使い、一瞬でヘリポートにいた自衛隊員達を全て自分の周りに集めて盾にした。その飛蝶の判断は当たっていた。その短い線のようなものは、飛蝶の頭上で求美が構えた妖刀のシルエットだった。自衛隊員達を気づかい、求美は攻撃をあきらめて更なる上空に姿を消した。しばらく静かな時が流れた。飛蝶は求美からの攻撃が無かったことから自衛隊員達の盾が有効なことを痛感し、隊員達に自分の周りから離れないよう命令した。だが飛蝶は何か不快感を感じた。そして右隣の隊員の顔を見て気付いた。「私の好みのイケメンじゃないからだ。私の体はイケメン以外受け付けない」そう気付いた飛蝶は周りの隊員達に、自分から少しだけ離れるよう命じた。隊員達が動いたその瞬間、青白い光が飛蝶に向かって落ちた。かろうじてかわした飛蝶は自衛隊員達にその光が発せられた方向を銃撃するよう命じた。凄まじい銃撃がまた続いた。その青白い光の正体は、求美が妖刀に発させた飛蝶の脳の活動を一時停止させる電磁波だった。妖怪の飛蝶にとってはダメージとして残らないレベルであったが、人間に当たった場合も同じとは考えられず、求美は自衛隊員達が飛蝶から離れるタイミングを待っていたのだった。自衛隊員達が放った銃弾は全て見えない何かに弾き返された。求美の妖刀の使いこなしがどんどん上手くなって、銃撃にも対処出来るようになっていた。飛蝶の正面に求美が姿を現した。そして「いくら周りを自衛隊員達で囲んでも、巌流島の佐々木小次郎みたいに頭上に隙があると思って打ち込んだんだけど、良く反応したね」と言うと飛蝶が「私を誰だと思ってるの!それよりあんたこそ、あの凄まじい銃弾の雨をよく弾き返したね。弓矢の時代しか経験したことないのに」と言った。求美が「そうなったのはあんたのせいでしょ」と言うのを聞き流して飛蝶が「まあ今のはあんたの力じゃなくてあの刀の力だろうけど」と言うなり、右隣にいた自衛隊員を妖力で求美に向けて投げ飛ばした。強者は強者を知る。飛蝶は、態度だけ相変わらず強きだったが妖刀を持った求美には歯が立たないことを既に実感し、飛蝶からみれば大きな弱点である求美の優しさにつけ込むことにして自衛隊員を全力で投げつけたのだ。飛蝶の読み通り、求美は凄まじい勢いで飛んでくる自衛隊員を傷つけず受け止めるため両手が必要となり、刀を鞘におさめる間もないため手放した。求美が自衛隊員を受け止め、ヘリポート上に置く僅かな間に飛蝶が素早い動きで妖刀を拾い上げた。妖刀を手にした飛蝶はニヤリと笑い「勝った!」と呟いた。求美は飛蝶の打ち込みを避けるため、後退りした。だが飛蝶を見ると困った顔をしていた。そして困った顔の飛蝶が求美の顔を見ながら「使い方…、教えてくれないよね…」と独り言のように言った。求美が「当たり前でしょ」と言うと「当たり前でしょ…か」と繰り返した後、不敵な笑みを浮かべ求美に向かって「あんたはこの刀がないと私に勝てないけど、私にはこんな刀必要ない。私の方が強いからね」と言った。そして「でも普通に刀としては使えるはずだよね」と言って正眼の構えをすると、刀が急に軽くなったのを感じた。真剣だった刀が竹刀に変わったからだった。飛蝶が「何これ?今から剣道の試合をしろって言うの!」と言って竹刀を放り投げた。飛蝶が持っていても、竹刀は求美が念じることで、妖刀から竹刀に戻ったのだ。求美が飛蝶に「刀さえなければ私の方が強いって言ったよね。ならあんたに見せたことない私の特殊能力、八狐尾陣を見せてあげる」と言って華菜以外の、子狐に姿を変えた八本の尻尾にテレパシーを送った。するとすぐ飛蝶が「見えない、何も見えない。私に何をしたの?」と言いだした。八匹の子狐が八方から同時に、飛蝶の脳の視覚神経を狂わせる電磁波を送ったのだ。それにより、妖怪として能力が高い飛蝶だが八方からの電磁波に対応できず視界を失ったのだった。「チャンス!」と華菜が言葉を発したが、求美は飛蝶の左隣にいる自衛隊員の一人が早津馬似のイケメンなことに気付きじっと見ていたため聞こえなかった。逆に華菜の声が聞こえた飛蝶は身の危険を察知し、最大限のパワーを全身に込めて八匹の子狐が発する電磁波をはね返し、視界を取り戻した。そして体を求美に向け、輝く炎のような光線を浴びせ焼き尽くそうとした。だがその時すでに華菜は、飛蝶が放り投げた竹刀を拾い、飛蝶の頭を目がけて打ち込みに入っていた。求美に集中していた飛蝶はそれに気付かず、その打ち込みは見事に命中した。渾身の力を込めて華菜が打ち込んだ飛蝶の頭部への打撃は、竹刀なので致命傷とはならないが、かなりの痛みを飛蝶に与え、飛蝶は攻撃を止めて両手で頭をさすった。華菜の飛蝶への攻撃で八狐尾陣が破られたことに気付いた求美は、華菜が自分に渡そうと投げた竹刀に目を留めながら、飛蝶がイケメンに弱いことを利用することを思い付き、見つけたばかりの飛蝶の左隣の自衛隊員を指差し「凄いイケメンだ!」と言った。思った通り飛蝶はすぐ反応し、頭をさすりながら左横の自衛隊員の顔を見つめ「本当だ!右の奴が気になって左のイケメンに気が付かなかった」と呟いた。求美は華菜から投げられた竹刀を受け取りながら、竹刀に真剣になることともう一つを念じ、真剣に変わると同時に、飛蝶の盾となっている自衛隊員間に見える、横を向いている飛蝶の頭に刃先を向け、鋭く突く動作をした。すると求美が何かしようとしていることに気付いた飛蝶が求美の方を向き、刃先から出た青白い光がその眉間を貫いた。飛蝶が崩れるように倒れた。そしてゆっくり、もともとの姿である六本足の巨大な狸に戻っていった。同時に防衛省内の自衛隊員を含む職員達も全員意識を失って倒れた。華菜が求美に「飛蝶、死んだ?」と聞くと求美が「死んだ」と答えた。華菜が「殺さないはずだったよね」と聞くと求美が「飛蝶が死なないとチョウバエに支配されてる人達が解放されないからね」と答えた。「なら仕方ないね」と言う華菜に求美が「大丈夫だよ、すぐ生き返るから。一度死んで生まれ変わる訳だけど、妖怪としての能力は消えるからもう悪い事は出来ないよ」と言った。そして続けて「この刀と言うか竹刀、神がよこしたものだから何か意味があると思って、さっきの一瞬、飛蝶のチョウバエを使う妖術を消すため、飛蝶を殺して人間を元に戻した後また生き返らせることが出来るかと、妖怪としての能力だけ消せるか心で聞いたら竹刀が頷いた。だから使ったんだから大丈夫」と言った。華菜が「やっぱり悪いやつでも殺したくないよね」と言った。その時、空から三枚の布が舞い降りてきた。ララ、リリ、ルルだった。妖怪として飛蝶より高い能力を持っている三人が飛蝶のピンチを察知して様子を見に来たのだった。布から人間の子供の姿に変身した三人は飛蝶の姿を見るなり、求美に三人揃って声を合わせて「ありがとう」と言った。求美に聞かなくても目の前に横たわっている母親の飛蝶の状態が分かったからだ。ララが「これでお母さんは何所にも行かない。求美お姉さんが遊びに来なくても四匹で仲良く暮らせる。嬉しい」と言うとリリが「求美お姉さんがいた殺生石の辺りって暮らすのにいい所?」と求美に聞いてきた。求美が「一応閉じ込められてたから微妙だけど、近くに温泉街があるから深夜に限られるけど存分に温泉に浸かってたよ」と答えるとリリが「私、温泉大好き」と言った。ルルが「求美お姉さん、これから私達、普通の狸になったお母さんを守ってずっと一緒に暮らすけど、たまにでいいから遊びに来て」と言った。求美が「行く、絶対行くよ」と言うとララ、リリ、ルルが声を合わせて「約束だよ!絶対だよ」と言い、三人共また布の姿に戻り、六本足の狸の飛蝶の体を三枚で包むと、空高く舞い上がり消えて行った。それを見送った求美が尻尾達に「そろそろチョウバエに支配されていた人達が復活し始めるから、私達も早津馬の待ってるアパートに帰ろう」と言い、華菜と子狐に姿を変えていた九本の尻尾全てが求美の体に戻ってきて合体すると、風になり、防衛省庁舎の屋上から阿佐ヶ谷の早津馬の元に流れて行った。その後すぐ、意識を失って倒れていた防衛省内の自衛隊員を含む職員達が本来の自分を取り戻して立ち上がり、何があったか分からずキョトンとしていた。

 防衛省正門前をSATの車両などで封鎖し、多方向から防衛省内を監視し情報を収集していた警察庁対策本部は、防衛省正門を守っていた多数の自衛隊員が一斉に倒れたのを好機とみて、SAT隊員や機動隊員を防衛省正門に突入させた。飛蝶無き反乱者達は簡単に制圧された。改造大型トラックの中に都知事がいたことに驚きながらも全員を逮捕した。そして都知事の供述から足利将尊と名乗る男が都知事が作った組織の一員であることが分かり、足利将尊と共に率いられていた集団全員が拘束された。しかしいくら都知事が熱弁しても、妖怪の飛蝶の存在は誰一人として信じず、自衛隊員を含む職員がなぜあんな行動をしたか、そしてなぜその時の記憶がないのかの原因究明は出来ず、迷宮入りした。飛蝶が昏睡強盗で得た金はおおよそ一億円で滞在していたホテルで発見され騒ぎとなった。

 阿佐ヶ谷では早津馬がアーチと一緒に求美を心配し、アパートの外で待っていた。それを見つけた求美はその近くの人目のない場所で人間の姿に戻り、笑顔で「飛蝶に勝ったよ」と言って早津馬とアーチの前に現れた。早津馬が黙って求美を抱きしめた。アーチも後ろから求美に抱きついた。いつの間にか華菜が、求美から分離して求美を抱きしめている早津馬を背後から抱きしめた。知らない人が見たら???の情景だった。そして抱きしめ合って皆の気持ちが落ち着くと「お祝いだ」と言って皆でファミレスに向かった。早津馬のファミリー、いや、求美のファミリーにとってファミレスは贅沢な場所だった。食べながら求美が「飛蝶の件が片付いたし明日から何の仕事しようか?」と言うと華菜が「楽な仕事がいいな」と言った。アーチが「ホステスの仕事なら出来そう」と言うと早津馬が「飛蝶のやってたことは普通のキャバクラなんかでは通用しないよ、一昨日キャバクラに行ったから分かるよね」と言った。アーチが「確かにそうですね」と言って悲しそうな顔をした。求美と華菜が同時に「早津馬!」と言って怒った顔をした。早津馬がアーチに「ごめん」と謝った。それからなんだかんだ話し合った結果、求美と華菜の能力を生かし早津馬が社長になって探偵業をしようということになった。心の中で「社長になってか…」と呟き、お願いされたことで誇らしい気分になったが、よくよく考えると人間は自分だけ、公に開業出来るのは自分だけなので当然だった。「実質の社長は求美ってことか…」と少し残念な気持ちはあったが、求美と華菜という凄い美少女二人が自分の妻という関係が続くと思うとやっぱり嬉しかった。それでも開業資金がないので、できるまで全員で働くことにした。早津馬はタクシー乗務員を続けた。求美と華菜は経験不要のティッシュ配りをした。求美と目が合った者は、その人たらしの目に吸い込まれるように自分から近付きティッシュを受け取った。華菜の場合は何をするのか一度通り過ぎた後、戻ってきて受け取った。アーチはファミレスで皿洗いをした。

 その一方、深夜、那須の殺生石の近くの温泉街を、巨大な体では目立つので子供達が妖術で普通サイズにした六本足の狸が、食べ物を探して歩いていた。その後を三匹の子狸がじゃれ合いながら楽しそうに付いて行った。

 そしていつの間にか天上界に戻っていた、いや自分より高位の誰ぞに呼び出されたのかもしれない丸顔神が、地上の飛蝶狸ファミリーの様子をニッコリ笑顔で見ていた。

 おしまい

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妖怪・求美の狐対艶狸 奈平京和 @husparrow

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