第3話 いざ東京へ

 セカンドシートの中央に座った華菜がそのまま運転席と助手席の間から身をのりだし求美と早津馬の顔を至近距離で交互に見た。「何?」と求美が聞くと華菜は「別に…」と答えたが顔はニヤついていた。華菜の表情から見当がついた求美が一応否定しておこうとすると華菜の方からテレパシーで「タイプだったよねー」と送ってきた。否定しても無駄だと思った求美はそれに答えることをやめ早津馬に「すみません、しかも二人も…」と言うと「俺、タクシー乗務員だから人を乗せるの慣れてるから気にしないで」と本当は助手席に座る求美が気になり心穏やかでない早津馬が返した。その時タイミングをはかったかのように「出発しまーす」と華菜が陽気な声を響かせた。「妹さん、明るくていいですね」と早津馬が言うので求美が「妹に見えますかー?妹じゃないです。妹みたいなもんですけど、フルネームは若杉華菜っていいます」とこういう時のために決めてある別人格設定で間柄を説明した。「失礼しました。似てたのでてっきり姉妹だと…」そう言いながら早津馬は車をバックさせようと運転席と助手席の間から後ろを見ると背中をバックレストに深々とゆだねた華菜と目があった。すぐ横に求美の顔、そして正面にじっとこちらを見る華菜の顔、どちらも凄い美少女なので当然心はバクバクだが初老の身としてそれは見せたくない。華菜に軽い笑顔を返した後、車をバックさせ始めると突然身を起こした華菜が早津馬にウインクした。思わぬ行為に驚いた早津馬が急ブレーキをかけたので求美の体がバックレストに強く押しつけられてしまった。「ごめんねー」と早津馬が求美に本当にすまなそうに謝ると「華菜が何かしたんですよね。こちらこそすみません」と求美が返した。「運転には自信があったのに情けないなー」と早津馬が言うと華菜が「私が可愛いからですよね」と言ってニコリとした。確かに可愛いのでうなずいてしまった。「早津馬さん、そんな気づかいしなくていいですよ。華菜はよくやるんです。記念写真を撮ってる人の後ろにこっそり立ってみたりとか…」と求美が言うと早津馬が 「それって心霊写真の真似ですか?」と聞いた。「そうなんです、そうやって脅かすのが楽しみになってて」と言う求美に続けて華菜が「さっきやりましたよ。びっくりして逃げて行ったのが面白かった。やめられないですよ」と求美の注意は全く効果がなかったようだ。早津馬が「見つからずに背後にまわれるというのは一つの才能だね」と言うと華菜が「私、消せますからね自分を、だから簡単です」と言った。「えっ…、消せる?」と早津馬が聞き返したので慌てて求美が「華菜ってこう見えて…、どう見えてるか分からないですけど凄く俊敏なんですよ、忍者みたいに音もさせず動けるんです、だから姿を消せるという言いかたをするんです…」と言った。「へえ、凄い才能持ってるね」と言う早津馬の表情を見る限り何の疑いももたれていないようだった。求美が華菜を軽く睨んだが華菜はそっぽを向いていた。早津馬は車の周りの状況に気がついた、そんな話をしているうちに自分の車が駐車場から半分出ていて周りの人達に迷惑をかけていたことを。周囲の人達に軽く頭を下げながら再び車をバックさせ方向転換して駐車場を後にした。車中、話題をみつけられず求美と早津馬が沈黙していると華菜が早津馬に向かって「これほどの容姿で気づかいもできてもったいないと思うでしょ」と言い求美の手をとって早津馬の膝の上にのせた。何百年生きてきてもウブな求美があわてて手を引っ込めると華菜が「人間だったら…」と言い始めたので再び求美が慌てて「早津馬さんの奥さん、どんな方なんですか?」と華菜の言葉が早津馬に聞こえないようにかぶせた。一瞬とはいえ求美の手が自分の膝の上におかれて動転し、聞かれた内容が分からなかった早津馬が聞きなおすと、今度は意を決したように同じ質問を求美が繰り返した。その質問は直前に求美が「年齢から考えても早津馬さん、やっぱり結婚してるんだろうな」と考えていたことがつい口から出たのだった。「華菜のやつ危ないことを言って」と思う反面、聞けたことは嬉しかった。すると早津馬は意外なことに「結婚したことないんだ。一人だよ」と答えた。求美が嬉しそうにした。しかし「人間だったら…」という華菜の言葉は聞こえていた。早津馬が「華菜さん、求美さんは幽霊には見えないよ」と言った。早津馬は「人間だったら…」の意味を妖怪ではなく幽霊と取り違えたようだ。しかも冗談として。求美がほっとしていると「求美さんと華菜さんこそ彼氏いるんでしょ」と早津馬が聞いてきたので華菜が「いないです。閉じ込められてたので」とまた危ない発言をした。求美が慌ててフォローしようと「私達施設にいたんです。施設が厳しかったのを華菜は閉じ込められてたって表現するんです」と嘘をついた。早津馬が「そんなひどいとこだったの?」と聞くので「まあ」とまた嘘をついた。華菜はニヤニヤしていた。求美がテレパシーで叱っても求美のためと思っている華菜は意に介さず「キャラメルコーン食べたいなー、早津馬さん、私達二人ともキャラメルコーン大好きなんですよー」と丸顔神に見つからないように殺生石から出歩いた時、たまたま観光客からもらったのを二人で「おいしいね、おいしいね」と言って食べたのを思い出して言うと、早津馬が可愛い娘が好きなものを知れたことが嬉しいのも手伝って「求美さん、キャラメルコーンが好きなのか、来る時にこの先でコンビニ見かけたからそこで買おう」と言ってくれた。「ありがとう早津馬さん」すぐに返事したのは求美だった。本当に嬉しそうだった。コンビニに立ち寄り早津馬は缶コーヒーを、求美と華菜はキャラメルコーンと共にペットボトル入りの熊笹茶ではない本物のお茶を買った。そして那須塩原市の市街地に向かった。華菜と二人でキャラメルコーンを食べるためセカンドシートに座った求美が「早津馬さん運転中で食べられないのにごめんなさい」と言ってから二人とも同じように膝の上にキャラメルコーンの袋を置き、一つずつ同じペースで口に運び続けるのを信号待ちの時にルームミラーで見た早津馬が「本当に仲良しなんだなー」と思い出していると突然「あーん」と言って華菜が早津馬の口もとにキャラメルコーンをもってきた。早津馬が照れているともう一度「あーん」と言ってくれたので少しだけハードルが下がり口を開けられた。華菜が丁寧に口に入れてくれた。自分ではできない求美が華菜にやらせたのだ。「ありがとう」と早津馬が言うと華菜が「お腹すいたー」と言った。どうやら求美がやらせなくても華菜には食事をねだる魂胆があったようだ。まだほわほわして気づかない早津馬に華菜がセカンドシートから運転席まで身をのりだし「お腹すいたなー、倒れそうだなー、誰かおごってくれないかなー」と言うとさすがに早津馬も気づいたが手持ちの金がいくらあったか分からず思い出しているあいだも華菜の攻勢が続いた。子供のように完全に運転席まで身をのりだし運転中の早津馬の顔の前に自分の顔を出し「お腹すいたー」を繰り返した。「前が見えない」とあせる早津馬が顔をずらしてもまたそこに顔をもってくる華菜に負け「分かりました」と言うと華菜はにこっとしてセカンドシートに戻っていった。「危ないことするなー」と思いながらも美少女の顔が自分の顔の直前まできたことにやや興奮している早津馬だった。最初からおごることには抵抗のない早津馬だったが現金主義なので手持ち金がいくらあるかだけが心配だった。「少しかっこつけたかったけど手持ちが心配、でも食堂なら問題ないなはず」と気持ちを切り替えた後「その可愛い顔で今みたいにされたら誰でもうんて言うと思うよ」と早津馬が言うと求美と華菜が二人声を合わせて「本当ですかー」と早津馬の方に身をのりだした。そして落ちそうになったキャラメルコーンを手で押さえながらバックレストに背を戻すと二人顔を見合わせ「今の世の中でも通用しそうだね」と目で確認しあった。どうやらこれから何か欲しいものがある時にはこれでいこうと思ったようだ。「早めのお昼だけど食堂、どこか開いてるとこ探そう、レストランなら開いてると思うけど手持ちが足りないかもしれないから」と早津馬が正直に言うと求美が一人言を言うように「私、定食好きだなあ、栄養のバランスがいいし」と言いながらキャラメルコーンを口に運び続けていた。早津馬は最初、その言葉通りに受けとったが、これは自分への気づかいなのかもとも思いはじめていた。求美の表情に根っからの優しさを感じたからだ。車が那須塩原市の市街地に入り黒磯駅の西側の旧4号線を走っていると左側に食堂があった。一旦、店前の小さな駐車場に入り様子をみると営業しているようだった。早津馬が求美と華菜に「ここでいい?」と聞くと求美は「はい」と答えたが華菜は「もう車とめてるじゃないですかー」と突っ込みを入れてきた。でもすぐに「もちろんOKです」と笑顔で答えた。店内に入ると十数人が食事できそうな造りで早い時間にもかかわらずすでに二人の客がいた。華菜が小走りで障子戸のついた窓のある座敷席に座ったので求美と早津馬も後に続いた。そして華菜の横に求美が座ったので早津馬は迷うことなく心穏やかに対面側に座った。早津馬がテーブルの上のメニューに天ぷら定食があるのを確認し、そのメニューを求美に渡すと華菜も一緒になって見ながらあれこれ迷い悩み始めた。その様子を見た早津馬が先に天ぷら定食を注文した。華菜が「なんで自分だけ先に頼むんですか?」と少しふくれた顔で抗議した。すると早津馬が「猫舌なんで先に食べ始めないと待たせることになるから」と言った。「私達だって猫じゃないけど、きつ…」と華菜が言いかけたところで、求美が瞬時に華菜がきつねと言おうとしているのに気がつき慌てて華菜の口を手で押さえた。九尾の狐の殺生石前で出会っただけにこれは勘づかれたのではと心配になった。「猫じゃないけど…って何?」と早津馬が聞くので代わりに求美がそれをごまかすため「私達猫じゃなく人間ですけど生粋の猫舌なんです」と答えた。〈きつ〉と〈生粋〉では無理があるかとは思ったが他に思いつかなかったのでやむを得なかった。しかし早津馬は「なんだ全員猫舌だったのかー、でも生粋の猫舌とは面白い表現をするね」と言って笑った。心配はいらないようだった。求美の手を外した華菜が「そういうことです」と言って口裏を合わせた。早津馬が「求美ちゃん華菜ちゃん、注文決まった?」と聞くと「まだ二人の名前忘れてない、完全に覚えてくれたみたいですね、しかもちゃん付けで呼んでくれた」と求美と華菜が声を合わせて言った。早津馬が焦って「ごめんね、つい馴れ馴れしく呼んで」と言うと求美が「うれしいです」と笑顔で言った。そして「いつ、ちゃん付けで呼んでくれるかなと思ってたので」と続けた。「じゃ、これからは?」と聞く早津馬に求美が「はい、それでお願いします」と答えた。それを聞いて笑顔になった早津馬が話題を変えて「たまに二人同時にしゃべった時、ハモルよね、びっくりだよ。双子だってそこまできれいにハモれないと思うな」と言うと求美と華菜は内心で「当然です。二人で一匹なので」と思いつつ「そうですかー」とまたわざとハモって見せた。他の客が美少女二人と初老の男の不自然な組み合わせをいぶかしげに見ているのを感じながら優越感よりも早くここを出たいと思う早津馬だった。求美が「私達、生まれた時から一緒に育ってきたのでそれで合うんだと思います」とここは本当のことを言った。と言うより言えた。「本当に仲良しなんだね」と言う早津馬に安心して求美が更に笑顔になった。その笑顔は早津馬だけでなく誰でもずっと一緒にいたいと思わせる輝いた笑顔だった。早津馬がその笑顔に引き込まれていると注文した天ぷら定食が運ばれてきた。求美と華菜が天ぷら定食の味噌汁の具が油揚げなのを見て、顔を見合わせてから「天ぷら定食、二つお願いしまーす」と大きな声でハモリながら言った。その後、求美と華菜の天ぷら定食が運ばれてきてからは三人共一言もしゃべらず黙々と食べ続けた。そんな中、店内に置かれているテレビからニュースが流れた。

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