第3話 #初配信

 

「皆さん初めまして! 新人Vtuberの美縞屋みしまやぴんくです!」


 少々目に痛い感じのドピンクのロングヘアをハーフアップにしたアイドル衣装の元気な少女が楽しそうに喋り始めた。


 時刻は21時を5分ほど過ぎたところ。俺は神咲かんざきサクラの配信…ではなく、昨夜名前を知ったばかりの正体不明のVtuverの配信を見に来ていた。


 美縞屋ぴんく。それが彼女の名前らしい。


 名は体を表すと言うが、配信画面は全体的に白とピンクの縞々を基調としている。

 

 アイドル衣装すらも8割方が ピンクと白のストライプで覆われていた。


 俺は配信5分前にチャンネルを開いたが、時間前待機をしているリスナーは俺を含めて5人と言う有様だった。


 Vtuverの初配信と言う場面に居合わせるのは初めてのことだけれど、この人数で果たして配信が成り立つのだろうかと不安になってくる。



「待機してくださった皆様お待たせいたしました! 本日初配信でございます!」


 俺の心配をよそに、ぴんくと名乗った少女は楽しそうに喋り始めた。


 みどりイヌ:初配信おめでとうー

 マルボウロ:初配信きちゃ!

 アイアス:待ってたよ!初配信おめ!

 月見大福:こんばんはーおめでとう!


 俺以外のリスナーは彼女の初配信を待ち望んでいた様子だ。おそらくはSyabetterで交流のあるデビュー前からのファン、と言うことだろう。


「みどりイヌさん、マルボウロさん、アイアスさん、月見大福さん、来てくださってありがとうございます! お祝いも嬉しいです! 待っててくれてありがとう!」


 へぇ、待機してた人たちの名前を読み上げてくれるのか。

 コメントしているのが4人しかいないからそれも可能なんだろう。もしかしたら初配信だからとか、元から交流のあるファンだからと言うのもあるかもしれない。


「えーっと、それでは改めまして自己紹介いたします。声優を目指して田舎を飛び出したもののぶっちゃけ芽が出なかったのでVtuverで有名になって改めて声優になりたい、声優見習い系Vtuber美縞屋ぴんくです! 以後よろしくお願いいたします!」


 いや、設定生々しくないか? これ?



 みどりイヌ:よろしくね!応援してるよ!

 アイアス:しっかり声出てる!流石声優見習い!

 月見大福:88888888

 マルボウロ:いい声してる!声優なれるよ!



「『よろしくね、応援してる』みどりイヌさんありがとうございます! 『しっかり声出てる、流石声優見習い』アイアスさんありがとうございます。ボイトレは毎日欠かさずやってるんですよ! 月見大福さんパチパチ拍手ありがとうございます! 『いい声、声優なれる』マルボウロさんありがとう! 声優目指して頑張って配信していきますよ!」



 設定には誰も触れる気はないらしい。いや、他の4人からすると周知の事実なんだろうか。

 美縞屋ぴんくと名乗った少女は流れる4人のコメントをすべて拾って読み上げ、一つ一つに反応を返していた。


 リスナーが少ないから、逆にこういう事が出来るのか。

 名前を呼ばれるためにすらスパチャを投げることに疲れ始めていた俺にとってこの状況は衝撃と言ってもいいものだった。

 

 何となくだけれど、この空気をもっと楽しみたいと思い始めていた。

 昨日までは登録者でいえば200万、同時接続の人数で数えても1万人の中に埋もれている身からしてみれば、コメントを打つだけで推しに名前を呼んでもらい、コメントに反応を返してもらえる。それが何より嬉しい事なのはよく解る。

 正直に気持ちを吐露してしまうのなら、羨ましいな、とさえ思ってしまう。



「そう言えば気になっていたんですが、同接5人になってますから、もう一人いらっしゃいますよね? 無理にとは言いませんが、折角ですからお名前だけでも教えて下さると嬉しいです!」


 ……呼ばれてしまった。まあ、5人しかいない中の4人だけがコメントを打ちこんでいるのであれば残りの一人が気になるのも仕方ないか。

 返事をしなくても大丈夫だとは思うが挨拶くらいはしておいた方が良いだろうか。



まっつん:はじめまして。初配信おめでとうございます


 ちょっと素っ気ないがこんなもんかな。ちなみに正文まさふみだからまっつん。学生時代のあだ名をそのまま使っている。


「あ、出てきてくれた!『初めまして、初配信おめでとうございます』はい、初配信です! よろしくお願いします! 

 お名前は…まっつんさん? 聞き覚えのないお名前ですけど、Syabetterでは別のお名前使われてますか? それとも完全初見さんかな?」


 初めましてと言ったんだから初見だと分かると思うんだが、どうやら困惑している様子がうかがえた。

 コメント欄でも『完全初見? マジ?』だの『アカウント名が違う誰かでしょ』などと少しざわついている感じがする。


 ふらりと入った居酒屋が常連しか来ないような店で、入った途端に「え、誰?」とか言われたときの気まずさによく似ている。


まっつん:すみません。完全初見です。昨夜、たまたまSyabetterで初配信をするという告知が目に留まったので


 雰囲気が悪くなるようなら移動するつもりだったが、帰ってきた反応は全く別の物だった。


「完全初見さんだー! 皆囲えー!!」


 :いらっしゃーい

 :了解!

 :あらほらさっさー

 :よし逃がさん!



 えーと、こういう時どういう反応すればいいんだ?


 とりあえず思いついたフレーズはこれだ。





 まっつん:俺、なにかやっちゃいました?






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る