第2話 #新人Vtuberに出会いました
「まっつんさん、ベニテングダケさん、ありがとう! こむら返りした羊さん赤スパありがとう!『新曲楽しみにしています。絶対聴きに行くね!』ありがとう! 自分で言うのも何だけどめっちゃいい曲になったから、皆も絶対聴きに来てね!」
PCの動画配信サイトから名前なのかもよく解らない単語を読み上げる少女の声が続いていた。
スーパーチャット、あるいはスパチャ。配信者に対するいわゆる『お布施』のことだ。
100円から1万円まで何色かに色分けされており、一万円を超える物が少女も口にしていた『赤スパ』。つまり最高ランクのお布施をしたものと言う意味になる。
配信者はスパチャを受け取ることで収入に直結し、リスナーは推しに名前を呼んでもらえる、赤スパまで投げればほぼ必ずコメントを読んでもらい、それに対する返答までしてもらえるという仕組みになっている。
「ではでは、みんな。今夜も遅くまで配信に付き合ってくれてありがとう。明日のみんなの一日に素敵な桜が咲きますように。
エンディングが流れて、俺の最推しである『神咲サクラ』の配信が終了する。
赤スパこそ投げなかったからコメントは読まれなかったものの、今日も名前を呼んでもらえた。
呼んでもらえた。それだけで充分だと思っていた。
神咲サクラちゃんのチャンネル登録者数は200万を超えてまだまだ伸び続けているVtuber業界最大手のライブワークスの中でも1,2を争う人気Vtuberである。
配信すれば同時接続数は3万人安定、記念配信なんかだと当たり前のように10万を超えてくる。
それだけ人気のVtuberであるが故にコメントは目で追うことすら困難、赤スパ以外は基本読めないと宣言がなされているわけだが。
「そういえば、最近赤スパ投げてないな……」
Vtuberと言う存在を知ってからおおよそ1年位が経っただろうか。
初めはゲーム実況者の亜種みたいな感じで視聴を始めた。
気になっていた新作ゲームをプレイしている配信者の中で何となく目に留まったのが神咲サクラだった。
それからゲーム配信を続けてみているうちに神咲サクラと言うキャラクター……いや、『人物』に興味を持ち、チャンネル登録からメンバーシップの加入、Syabetterのフォローを終えるまでそう長くは掛からなかった。
初めて打ち込んだコメントは配信開始時のただの挨拶。
初めて投げたスパチャは200万人記念配信の時のお祝いコメントだった。
『まっつんさん、赤スパありがとう!『初めてスパチャします。これからも応援していくので頑張ってください』わ、初スパありがとう! これからも応援よろしくね~!』
神咲サクラが自分の名前を呼んでくれて時のことは今でも覚えている。
けれど。
「なんか、虚しくなってきたな」
考えてはいけないことだとは思う。むしろそこら辺を割り切って考えられなければスーパーチャットなど投げるべきではない、とさえ自覚はしているつもりだ。
けれど。
「サクラちゃんは俺一人いなくなったところで、きっと気が付きもしないんだよな……」
スーパーチャットを送る視聴者は、実はそこまで多くない。
まして赤スパ、1万を超えるスパチャを送る者は限られたごく一部の熱烈なファンだけであることがほとんどだ。
だとしても、何度かスパチャを投げたことがある程度の俺の名前をサクラちゃんは果たして覚えてくれているんだろうか?
「……Syabetterだけ確認したら寝ちまうか……」
配信が終わった時点で深夜の1時を回っていた。それからしばらく考え込んでしまったために時計の針はそろそろ1時半を指そうとしていた。
急いで寝なければ朝がつらいような生活はしていなかったが、うだうだと考えるくらいなら寝てしまった方が健康的と言うものだ。
それでもSyabetterの確認だけは怠れないのは悲しい性とでも言い訳させてもらう。
「……明日は参加型の格ゲー配信か」
ベッドに寝転がってスマホのロックを解除する。
神咲サクラのSyabetterは今日の配信の感想と明日の配信の告知が行われていた。
明日は発売されて1か月ほど経ち、配信人気が高まっているマスターオブファイターズの視聴者参加型配信のようだった。
神咲サクラちゃんはと言うか、ライブワークスと言う箱の方針だろうけれど『古参も初見も分け隔てなく』と言うスタンスを取っているので視聴者参加型と言う企画があるときには必ず『#初見さんいらっしゃい』のハッシュタグが付く。
そのハッシュタグに俺の指が触れてしまったのは、タッチパネルの感度の悪戯かそれとも俺の気まぐれだったのかはわからないけれど。
『美縞屋ぴんく @mishimaya_pink
#新人Vtuber #初見さんいらっしゃい #最古参になってくれますか
いよいよ明日21時からデビュー配信始めます!
ぜひぜひ見に来てもらえたら嬉しいです!』
目についたのは偶々Syabetterの上の方に上がって来ていたからか、それとも神咲サクラちゃんのようにピンクを基調とした姿形をしていたからか。
ともかくこの瞬間、俺は『新人Vtuber』と言う存在に出会ってしまったらしい。
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注釈:今回、大手Vtuber様やそのリスナーの皆様に対し、マイナス面を強調するような描写をしていますが、個人Vtuberを題材にした小説であるための演出です。
大手Vtuber 様やそのリスナーの皆様をけなしたりと言う意図は含んでおりませんのでご理解いただければ幸いです。
追記:久越は助手君で飼育員さんです。
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