第700話 祈祷師が創造した物
◇祈祷師が創造した物◇
「魔術師が魔法を放つ環境を再現するのならば、祈祷師は頼み込んで魔法を使ってもらうんです。…ある意味ではシンプルでしょう?」
環境を再現するという魔術師と比べれば、非常にシンプルで原始的な手法だろう。だが、最初は誰だってそうするはずだ。自分には理解も難しい事象であるから奇跡とされたのに、それを解明して再現しようと考えた魔術師が異常なのだ。
その辺りの話はマルフェスティ教授にも知識があるだろう。祈祷師の行いは原始宗教的なシャーマニズムと同じものであり、今なお民間信仰の形として色濃く残っている。だからこそ考古学を通して過去の信仰を語る上では欠かせない知識なのだ。
「それは祈祷師なのですから…そうなのでしょうが…。ですが、例えば私が妖精の首飾りの皆様に魔法の使用をお願いするのとは訳が違いますよね?今の例えからすると…相手は自然なのですから…」
「それはそうだろうね。拝む程度で奇跡が起こるのならば、奇跡は奇跡で無くなってしまうだろう。学生街の老人達も随分と信心深いが、奇跡を起こしたのは一人だっていやしない。…強いて言えば薬屋の婆さんぐらいか。噂によると学長が若いころからあの姿だったらしいが…」
魔術が進歩したからか、あるいは魔法という名の奇跡が形あるものとして存在しているからか、この世界でも荒唐無稽な迷信を信じるものはそこまで多くはない。だからこそアデレードさんとマルフェスティ教授は俺にちゃんと詳しく説明しろと促すような言葉を続けた。
「もちろん願いが叶うまで願い続けた…なんてことはありません。膨大な時間の中で経験則を積み重ねたのですよ。こんな風にお願いすれば、何故だか分からないけど、こんなことが起きると…」
「…ああ…、そういうことか。確かにそれは最もだ。…私としたことが考えが足らなかったな。そういった経験則の積み重ねが技術となって呪術を発足させたのか…」
俺の言葉に一転、マルフェスティ教授は考え込むように顎に手を当てた。魔術という存在があるからこそややこしく思えるが、祈祷師の誕生と呪術への進化は文化人類学的にな観点では自然な流れであるだろう。
無限の時間を与えれば無作為にタイピングする猿でもシェイクスピアを書き上げるように、膨大な時間と共に積み重なった経験則はいつしか明確な法則性を持つこととなる。それは時に魔術と同じ手法をとることもあれば、魔術的には矛盾するようなことも是とするような手法だって存在する。
「その…仰っていることは分かりました。当時の奇跡…今で言う魔法を再現する手法が違うということですよね?」
「この話の重要なところが、魔術の場合は意思が介在することは少なく、祈祷の場合は意思が強く介在するということです」
納得しているような、していないような。どこか複雑な顔で呟いたアデレードさんに俺は続けて語りかける。魔法の再現において呪術の場合は意思が結果に反映してしまう。呪術は人の恨みつらみ、憎しみを用いて発動するという認識は広く知れ渡っているが、その理由がそこにあるのだ。
「最初に自然環境が発する魔法が精霊だと言いましたが、そこに人の意思が含まれるとどうなるか知っていますよね?」
「…妖精ですか?」
俺の質問にアデレードさんが静かに答える。妖精は広義では精霊に含まれるのだが、その発生の過程で人間や動物など意思ある生命の影響を色濃く受けた存在である。そのため彼ら彼女らは精霊と比べても感情の起伏に富んでおり、人の文化にも馴染んでいる者だっているのだ。俺らが名乗っている妖精の首飾りも、大切にされた宝飾品には幸運の妖精が宿るという逸話から来ている。
「つまり、それはあれかい?魔術は精霊を作り出して、呪術は妖精を作り出しているということなのかな?」
「だからこそ呪術は人の意思に影響を受けたり、逆に影響を与えたりするんです。古い物品に人の意思が蓄積し呪物になるのも同じ原理です。そういう意味では呪物は妖精の亜種とも言えますね」
「そう言えば前に呪物を人為的に作る技術が呪術とも言っていたね。呪物と魔道具の違いが今一分からなかったが、その過程が根本から違うのか…」
妖精を作り出すと表現すると更に荒唐無稽のように思えてくるが、魔術と呪術の違いを端的に表したのが精霊と妖精の関係なのだ。事実、魔術に傾倒すれば傾倒するほど呪術は妖精を作り出すと表現しても良いほどに異端の術式に思えるだろう。魔術師の中には、呪術は何千何万と繰り返す過程で破綻しているはずの術式を世界に憶えさせたと言い張る者だっている。
妖精に善悪が無いように呪術もまた善悪は無いのだが、術式に意思が宿るということが人の恐怖心を掻き立てている側面もある。また善悪が無いからこそ、妖精の中には人にとって口にするのも悍ましいほどに邪悪な存在も居るため、呪術は妖精を作り出すと聞いてマルフェスティ教授とアデレードさんは少しばかり顔を顰めた。
「言っておきますけど、いくら呪物でもあのメルガの曲玉のように精神を操るものなど早々ありませんわよ。魔物避けのチャームだって広義には呪物に含まれますが…一般的な呪術ではあの程度が関の山と言ったところでしょうか」
二人に釘を刺すようにメルルが口を挟む。一般人よりは呪物について詳しい俺らでさえ、メルガの曲玉に精神に干渉するとは思ってもいなかった。効果の強さというよりも、広範囲に嫌悪感を撒き散らすチャームと違って、対象を絞り更にはその発動を制御できるという厳密に設計されたかのような性能が呪術としてあまりに高度なのだ。
「…そう言えば、旧フーサン地区の精神汚染は、魔物避けのチャームみたく…それこそ撒き散らすような物だったみたいだな」
メルルの言葉に触発されて、俺はメルルに渡された資料に書かれていた情報が脳裏を過ぎった。口から零れた言葉は殆どの人間には聞こえなかっただろうが、隣にいたメルルには聞こえたらしい。彼女は俺の言葉を確認するように、一度は仕舞いこんだ資料を取り出して内容を改めて確認し始めた。
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