第699話 古き時代の祈る者
◇古き時代の祈る者◇
「そう言えば…一言だけですけど…フキは確か俺に…祈祷師の系譜なのかと尋ねていましたね。いや、尋ねたというよりは自問するような独り言だったのですが…」
悩むマルフェスティ教授に向けて、俺はボソリとフキとの戦いのときのことを思い出してそう呟いた。フキがメルガの曲玉を用いて俺の精神を汚染しようと企んだときに、俺が呪いを寄せ付けないことを見て確かにそう言っていたのだ。
その時は対して気にも留めずに聞き流していたのだが、俺のことをそう判断したのは奴らに祈祷師の知識があったからだろう。そしてメルガの曲玉は古い時代に祈祷師が使っていたものだとされているため、何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
「ああ、なるほど。確かにそれはあるかも知れないな。呪術師も大本を辿れば祈祷師と呼ばれる者達を祖としているはずだ。秘伝の知識という訳ではないが、彼らが彼らだけに引き継いでいた知識がそこにあったのかもしれない…」
「祈祷師…ですか。祈祷師という者がかつては居たということは知っていますが、具体的にどのような者のことを指すのかは…生憎と…。不勉強で申し訳ありません…、それは魔法使いや魔術師とは別の存在なのですよね?」
魔術や呪術の知識がない一般人にしてみれば、祈祷師は昔々にと始まる物語でしか聞くことのない登場人物だ。それは祈祷師が滅びたというよりも、時代と共に派閥や流派が生まれ、それが
更に言えば、その流れを受け継ぐ呪術師もどこか排他的で他者の理解を遠くに置いている。だからこそ俺らが祈祷師のことを語り始めてアデレードさんも混乱したのだろう、周囲に教えを請うように視線を向けてくる。
「ええと…私達だってそこまで詳しくないですよ。ただ魔法に触媒を使うときは魔術の知識が必要になるので…、そうすると祈祷師から始まる呪術に関しても、自然と知ることになるんです」
アデレードさんの視線を受けてナナが恐縮するように返答する。意外に思う人も多いのだが魔法の発動を触媒で補助したりそれ専用の魔法を構築したりと、魔法と魔術を掛け合わせるインテリジェンスな技能が俺らの中で最も高いのはナナなのだ。
それは幼い頃から魔法が暴走気味であった彼女が、どうにかして魔法を制御しようと努力を積み重ねてきた成果でもある。気の向くまま感じるままに魔法を解き放つ、感覚的な魔法を主とする俺とは真逆であると言ってもよいだろう。
「その辺になると彼女達のほうが詳しいだろうね。私には祈祷師や呪術師に関する文化人類学的な立ち位置から見た知識はあれども、呪術がどうだとか魔術がどうだと言った話はアデレード殿と同じように不勉強な学徒に過ぎないのさ」
ナナの言葉に追従するようにマルフェスティ教授がなぜか得意気な様子で口を開いた。魔法使いである俺らは魔術や呪術についての知識があるが、マルフェスティ教授からしてみれば明確な違いを説明することは難しいのだろう。
魔術も呪術も奇跡を再現するという点では同様の物であり、傍から見ればどちらも似通ったものなのだが、その事の起こりには明確な違いがある。魔術は奇跡…つまりは魔法を分析し、それを再構築することで再現するという科学的な知識や技術の積み重ねである。
一方、呪術とは祈りから始まっている。それは奇跡を願う祈りであり、それを模倣しようとする経験則の積み重ねである。まるで東洋医学と西洋医学のように、目的は同じでありながらも辿ってきたプロセスが異なるのだ。
「一応…薬草学では
「…タルテ。念のために言っておくが光の女神の教会は祈祷師と争っていたらしいぞ。たしか教義に…祈る暇があれば働け、みたいなのがあるんだろ?あれは当時の祈祷師を揶揄してたって聞いたことがある」
「自力自助の教えですね…!まずは行動するのが重要なんです…!」
「あ、あの。それで祈祷師とはどのような者達なのでしょうか?」
俺らは口々に呪術師や祈祷師に思うところを語るが、それが説明になっていないためにアデレードさんは未だに首を傾げている。彼女は祈祷師が魔法使いや魔術師とどう違うのかを尋ねたが、どれもが近しい存在であるため、説明が少々難しいのだ。
「ええと、もちろん精霊は知っていますよね?自然が豊かな場所に現れる半実在性の魔性生命体。彼らは自然という環境が発動してる魔法だという話を聞いたことは?」
「知っています。ですから安易に環境を破壊すれば精霊の怒りを買うから注意しろと…。貴族家では領地経営の為に最初に習うことの一つです」
精霊の話が出てくるとは思わなかったのだろう、俺の言葉にアデレードさんは少し驚いた様子で答えた。それを傍らで聞いているマルフェスティ教授もどこか興味深げな様子で耳を傾けている。
「つまりですね、俺のような魔法使いを自然環境だとすると…魔術師はその自然環境を再現することで間接的に魔法という奇跡を扱う術と言える訳なのです。…そして祈祷師も魔法を再現するという点では同じなのですが、その手法が魔術とは大きく異なっているのです」
「それは私も聞いたことがあるな。知り合いの魔道具技師に魔術と呪術の違いがよく分からんと言ったことがあるのだが、奴は根本から違うと怒りながらの給うだけで、他人に判るように説明をすることをしないのだ」
恐らくはあの鍵を作ったエドモンドのことなのだろう、マルフェスティ教授は大仰な動作で呆れたように首を横に振った。魔道具技師は魔術の知識が必須であるため、彼もその違いについては理解しているはずなのだが、マルフェスティ教授の様子を見る限り失礼な物言いをしたのだろう。
多くの人にとっては魔術は生活に役立つもので、呪術は悪用されることの多い術だという先入観がある。タルテが
「もちろん私だって呪術と魔術が違うものだとは理解しているさ。その二つは…言葉には表しづらいが毛色が違うだろう?しかし具体的にどう違うのかと言葉に表すには…少し困ってしまうではないか」
「ええ、私も…一応は近衛ですから呪術や魔術、それぞれの特徴や対処法には熟知しています。ですが厳密な違いについては…」
俺はアデレードさんに説明をしていたのだが、いつの間にかマルフェスティ教授が俺に直接言葉を投げかけてくる。まだ彼女にとっても未知の分野の話であったため、好奇心が刺激されてしまったのだろう。そして、マルフェスティ教授の話は少々余分な要素を孕んではいたが、その疑問はアデレードさんも感じていたのだろう、マルフェスティ教授の言葉に続くようにして彼女も口を開いた。
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