第698話 特別な遺物

◇特別な遺物◇


「研究室ですか…。考古学にも興味が無い訳ではないですが、どちらかと言えば生物学のほうが…」


 俺はサインの書かれた書類を受け取りながら苦笑いと共にそう答えた。マルフェスティ教授も冗談半分で誘っているのだろうが、残念ながら俺とタルテは生物学、ナナとメルルは領地経営を主として学んでいるため考古学の研究室に所属するつもりはない。俺は鞭を片手に冒険をする考古学者の映画を見ていても、登場する財宝ではなく見たこともない生物や怪物に興味を引かれていた少年だったのだ。


 それに危険だからと最近は遠ざけていたが、安全が確保されたのなら直ぐにルミエが研究室に顔を出すことになるだろう。そうなればマルフェスティ教授も寂しさを感じることもないはずだ。もしかしたら部屋が綺麗になったことで他に研究室に所属することを望む者だって出てくるだろう。


「ということはアニマニア教授の所か…。あそこは金に目が眩んで所属する者も多いが…大半は付いていけなくて離れると聞いている。君らはまぁ、平気だろうが…」


「薬草や魔物素材関係はお金になりますからね…。でも…生き物相手の仕事は大変なので…そういった人は挫折しちゃうんです…」


「フィールドワークを重要視するのは私も同じなのだが、かの教授は向かう先が魔境だからな。それと比べれば私の向かう遺跡は長閑なピクニックみないなものだよ」


 マルフェスティ教授の肩で彼女の髪を啄ばんでいる手紙鳥レターバードを初めとする人の生活に関わっている魔物の訓練や、魔道具に用いられる魔物素材の研究に病魔を駆逐する薬草の生産など、生物学で教えられる内容はその需要も相まって金の話が付いて回る。


 一方、考古学はトレジャーハンターや古物商として金儲けをする知識は身に付くかも知れないが、基本的にはあまり金になる話は少ない。そしてマルフェスティ教授は遺物を金儲けに使うことを非常に嫌っているため、トレジャーハンターや古物商を目指す者も近づくことはないだろう。生物学も決して人気の学問という訳ではないのだが、考古学と比べれば学ぶ人間も多い。そのことを僻むようにマルフェスティ教授は目を瞑り首を横に振ってみせる。


「…マルフェスティ様。そのフィールドワークについて少し聞いておきたいことがあるのですが、あのメルガの曲玉はフィールドワークにて発見されたんですよね」


「んん?ああそうだが…、前にも言ったとおり知りたいであろう情報は私のほうでも持っていないよ。私としても深く調べたいところなのだが…それをする前に取り上げたのは君らじゃないか」


 何か気になることがあったのだろう、声を低くしてアデレードさんがマルフェスティ教授に質問を投げかける。しかし、マルフェスティ教授はアデレードさんの質問に答える前に、期待する回答は出来ないと先んじて釘を刺す。


「アレを私が見つけ出したのは国境近く、ちょうどカルムロウの街から街道を南下した周辺にある遺跡群の一つなのだが…、。君らはあのメルガの曲玉の来歴が知りたいのだろう?だが、残念ながらあの辺りの遺跡は記録が殆ど残っていないのだ。だからこそ調べるために赴いたのだが、唯一の成果があの石さ」


「しかし彼らはマルフェスティ教授のメルガの曲玉を特別視していました。現にあのメルガの曲玉だけが精神汚染の能力を備えており…ただの遺物というには何処か不自然に思えてしまうのです」


 オッソが精神汚染されていたことを証明するにあたって、メルガの曲玉という物証が残されていたことも大きい。そして同時に他のメルガの曲玉も同様の能力を備えているのではないかと危険視され、調査されることとなったらしいのだが、今のところ他のメルガの曲玉にその様な能力が備わっていることは確認できていない。


 俺との戦いでフキはメルガの曲玉を扇動の妙石と呼んでいた。しかし、考古学者であるマルフェスティ教授でもその様な呼び名は聞いたことも無く、歴史書を開いてもその名は登場しない。つまり蛇の左手は俺らの知らない情報を知っていたということなのだ。だからこそアデレードさんはマルフェスティ教授にあのメルガの曲玉の来歴を尋ねたのだろう。


「彼らが何かしらの情報を秘匿しているのは確実だろうね。少なくともあれは間違いなくメルガのの曲玉であり、それが扇動の妙石などと呼ばれているなど私は聞いたこともない」


 マルフェスティ教授はあの石について自身も知らないことがあるとハッキリと告げた。その表情はどこか悔しそうではあるが、それは知識で蛇の左手に遅れを取ったことではなく、調べる前に騎士団にメルガの曲玉を取り上げられてしまったことに対するもののようだ。


「厚かましいお願いかもしれませんが、もし何かお気づきになったらお伝え願えないでしょうか?表立って行動をすることの少ない者達のようで…どうにも足取りを辿ることが出来ないのです」


「そう言われてもねぇ…。ううむ…、例の人形遣いとやらは何か喋っていないのかい?彼も蛇の左手の一員なのだろう?」


「もちろん尋問はしていますが…、どうやら戦死したフキという男が彼らを指揮していたらしく、そこで情報が途切れてしまうのです」


 アデレードさんの言葉を聞いてマルフェスティ教授は上を見つめながら頭を悩ませる。王都から蛇の左手は駆逐したものの、彼らの目的や規模は未だに不明のままだ。特に近衛や騎士団は精神汚染を引き起こす物品を狙っていたことに危機感を覚えているらしく、今では本腰を入れて彼らの調査に挑んでるようだ。


 だからこそ、アデレードさんはメルガの曲玉の方面から彼らの足取りを辿りたいのだろう。考古学者ならば何か気付かないのかと期待する眼差しが向けられ、マルフェスティ教授は時間を稼ぐように腕を組んで低い唸り声を上げた。


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