第695話 身も蓋も無いモテ要素

◇身も蓋も無いモテ要素◇


「うぇ…。わ、私には関係ないよね?ほら…こんなナリだし…」


 メルルの語る内容にナナが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらそう答えた。マルフェスティ教授が出した倉庫の掃除の依頼のように、呪耐性を期待して狩人としての仕事が舞い込んでくるのなら構わないのだが、メルルが語った内容は血を一族に引き入れるというものだ。


 狩人として戦いに身を置いていることに加え顔や身体に火傷痕のあるナナは、貴族間の結婚話からは遠巻きにされている存在だ。だからこそ彼女は気楽に構えている節があったのが、その前提が崩れかけてると聞かされれば顔を顰めたくなるだろう。


「あの…ナナさん人気ですよ…?よく紹介して欲しいって言われます…。前にナナさんに言われたとおり断ってますけれど…」


「そ、それはほら…、平民の子からしたら火傷痕のある私は狙い目だからでしょ?でも嫌だよ、そんな地位目当ての人は」


「残念ながらこれからは貴族にもモテ始める可能性もありますわよ。…言っておきますが、タルテ。あなたも出自が知られれば真っ先に狙われる存在であることをお忘れなく…」


 平民からしたら火傷痕のあるナナは絶妙に手の届きそうな存在であるのだろう、俺やタルテを介してアピールしようとする人間は多い。ナナが嫌がっているとはいえ、人気があることが嬉しいのかタルテは笑顔でナナにそのことを告げるが、直ぐにメルルに人事ではないと釘を刺される。光魔法使い自体が貴族に目を付けられやすい上に、豊穣の一族ともなればモテるどころの騒ぎではない。


 もっとも二人に釘を刺しているメルルだってモテない訳ではない。むしろ長い銀髪に端正な顔立ちは多くの男性の心を奪っていることだろう。それでも比較的色恋沙汰の話が上がってこないのは、彼女の実家の家業を多くの貴族が恐れているからだろう。王家の直属でもあるため、安易に声を掛ける者も少ないのだ。


「…まぁ、ナナも気をつけては欲しいですが…ハルト様の存在はナナの虫除けにもなりますわ。貴族ではありませんが出自は良いですし、何よりナナより巨人族の血が濃いですからね」


「…お父様が弟とハルトの妹の仮婚約を急いだのか得心がいったよ。そういうことなんだね…」


「止めてくれ、ナナ。その話題は俺に効く」


 俺の妹であるマジェアは、ハーフリングの特性が強く出ている俺と違って巨人族の血が強く出ている。そのためナナの弟との仮婚約の話が進んでいるのだが、俺は未だにその話を許可した覚えはない。それでも俺の知らぬところで話が進んでいるのは、父さんや母さんも巨人族の血を理由に見知らぬ貴族に婚姻を迫られるぐらいならという思いがあったからなのだろうか。


 俺としてはモテることに悪い気はしないのだが、確かにモテる理由が血筋と聞けばナナと同じような表情になってしまう。貴族であるナナと違って俺は巨人族の血筋だとは広く知られているわけではないのだが、かといって秘匿しているわけでもない。それなりの権力を持つ存在が調べれば簡単に知られてしまうだろう。


「おいおい。そんな夢の無い話をしなくてもよいだろう?少なくともこのお菓子をくれた少女は善意でこれを用意したのだ。今は素直にこれを味わおうじゃないか」


「そうですよ…!せっかくの美味しいお菓子なんですから…!」


 俺とナナの表情が曇っていたからか、あるいは自身も実家から不本意な婚姻を進められた経験があるからか、マルフェスティ教授が紅茶を掲げながらそう皆に声を掛ける。


「彼女はそうかも知れませんが、ホロデナント伯爵は別かもしれませんわ。…あの方はどうやら精神汚染によって痛い目を見ておりますので…」


 しかし、メルルはマルフェスティ教授の言葉を否定するように俺に書類を差し出した。彼女もあまりその話題を深堀するつもりは無いのだろうが、それでも俺に隙を見せるなと忠告したいのだろう。俺はその書類を手に取ると中身に目を這わせた。


「…これ、俺が見てもいい書類なのか?」


 冒頭の文章に目を這わしたものの、俺は直ぐに顔を上げてメルルに尋ねかける。メルルの実家は貴族を監視する立場にある一族だ。だからこそ、これまでも彼女の家が所有する情報を貰うことはあったのだが、今回手渡された書類は妙に体裁が異なっているため俺に疑問を持たせたのだ。


 今までは俺らが知ってもよい情報を抜き出したような報告書であったのだが、手渡された書類はまるで原文そのものだ。だからこそメルルに確認したのだが、彼女はにこやかな笑顔を浮かべて俺に答えた。


「ええ。もちろん口外厳禁の秘匿される情報の一つです。…本来は身内であっても一部の人間にしか閲覧権限は無いのですが…、そこは私が上手く取り持ちましたので何も問題はありませんわよ」


「危険物を私の研究室で取り出すのは止めてくれたまえよ…。その問題ない範囲に私は含まれていないのだろう?」


 メルルは問題ないと語るものの、マルフェスティ教授が辟易としたような声を漏らす。そして知りすぎたことで問題に巻き込まれるのはごめんだと、マルフェスティ教授は焼き菓子と紅茶を手にとって離れた席まで移動する。


 本来は好奇心旺盛なマルフェスティ教授なのだが、今回の件で欲をかけば痛い目に会うと学んだのだろう。特にあの夜の騒動の後、ホロデナント伯爵と俺の証言によりメルガの曲玉に精神汚染の力があることが判明し、最も長くそれに接していた彼女は検査という名の取調べが敢行されたのだ。


「…当たり前だが…傭兵ギルドが纏めた資料よりも詳しいな。謎となっていた箇所が書かれている…」


「オッソは精神汚染をされていたとはいえ、ホロデナント伯爵を仇と定めたのでしょう?…それはある意味正しく、同時に間違いでもありますわ」


 その資料に記載されていたのは、旧フーサン地区にて発生したとされる大規模精神汚染事件の顛末だ。あの夜、燃える邸宅の中にてホロデナント伯爵は精神汚染を味わったと言っていたが、彼はこの事件に巻き込まれたのだろう。


 精神汚染が巻き起こった結果、盗賊も兵士も住人も分け隔てなく殺し合いを初め、オッソが見たと語る夜が訪れたのだ。そして原因が精神汚染であるがため、この一件は緘口令が敷かれる事となり、オッソの握る刃は仇を探して彷徨うこととなったのだ。


「せめて精神汚染が原因と知れれば…、オッソも握る刃の矛先を迷わずに済んだかもしれないか…」


 それとも知ったところでやはり納得はできないのだろうか。オッソの心の内を知ることは出来ないが、それでも知ることで多少は気持ちの整理が付いたのではないかとも思えてしまう。オッソとホロデナント伯爵の確執の話はナナやタルテにも話していたため、彼女達も俺とメルルの言葉を聞いて悲しげに眉を落としている。


 そしてメルルが言っていたように、ホロデナント伯爵も加害者でありながら被害者でもある。特に現ホロデナント伯爵は精神汚染に巻き込まれた張本人であり、だからこそ呪術を嫌い恐れる人間の一人である。そんな彼だからこそ、メルルは俺が目を付けられる可能性があると釘を刺してきたのだろう。


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