第694話 巨人は正々堂々を好む

◇巨人は正々堂々を好む◇


「ねぇ、ハルト。…随分と活躍したことは聞いたけれども、こんなお礼の品が来るような要素はハルトの語った話に含まれていたかな?」


 マルフェスティ教授の研究室にて、テーブルの対面に座るナナが俺に向けて言葉を投げかける。その言葉は穏やかな調子ではあるが、どこか俺を詰めるように刺々しく、彼女の瞳も同様に俺を刺すように見つめている。


 まるでお通夜のような雰囲気ではあるが、その雰囲気が漂っているのは俺だけである。右手に座るタルテなどはむしろ嬉しそうにテーブルの上に手を伸ばし、そこに置かれている焼き菓子を頬張っているのだ。


「美味しいですよこれ…!素朴な味わいなのですが…それがまた…!何とも言えません…!」


「ほら、タルテ。一応はハルト様へのお礼の品なのですから、一人で平らげては駄目ですわよ」


 タルテの目線は焼き菓子に釘付けなのだが、メルルの目線は焼き菓子ではなく添えられていた一通の手紙に注がれている。そこには可愛らしい文字で俺の名が記されており、その文字を一瞥した跡にメルルもまた俺を意味ありげな表情で見つめてきた。


 どこで知ったか、その手紙を添えて焼き菓子を届けに来たのはホロデナント伯爵の娘さんだ。彼女もまたこの学院に在籍しているらしく、わざわざこの研究室にいる俺に直接手渡ししてきたのだ。別に疚しいことなどないのだが、あの夜の顛末をナナ達に説明する上で彼女の存在を口にしてはいなかったため、今更何を言っても却って怪しくなってしまうだろう。


「その…だな。ただ単に燃える邸宅から助け出したり、人質にされたところを救出しただけだから…わざわざ言う必要もないと思って…」


 それでも無言を貫くわけにはいかず、俺はたどたどしくも彼女達に返答をする。


「…ねぇ、メルル。一晩のうちに二度も命を救われるのは、ただ単にと言い切るに値すると思う?」


「この手紙のお方は随分と奇特な経験をした訳ですわね。それこそ…まるで物語のようではないでしょうか?」


 呆れながら言葉を零すナナにメルルが楽しげな様子で答える。直接俺に言われているわけではないのだが、それでもその言葉が反射して俺に降りかかる。あの状況ではそうする他なかったのだが、かといってそれを彼女達に告げても状況は悪化するだけである。俺には特別な知恵があるのだ。


 俺は逃げ道を探るように焼き菓子に手を伸ばす。確かにタルテが絶賛するように素朴ながらも素晴らしい味わいではあるが、状況のせいで渇き気味だった口内が完全に水分を奪われてしまう。俺は溜まらず紅茶に手を伸ばし、ゆっくりと息を吐き出した。


「まぁ、そう責めなくても良いではないか。折角の焼き菓子がこれでは味わえないであろう?良い女とはどっしりと構えて待つものさ」


「あ…やっぱりジャムも合いますよ…!甘さが控えめだからなおさらです…!」


 俺のことが不憫に思えたのか、傍らで静かに焼き菓子と紅茶を楽しんでいたマルフェスティ教授が声を上げる。彼女とタルテに促されるようにして、ナナもメルルもようやく焼き菓子に手を伸ばしてそれを味わい始める。


 俺に宛てたお礼の品ではあるのだが、皆で食べるのに十分な量がある。添えられていた手紙にも皆さんでお食べくださいと書かれていたため、どうやらホロデナント伯爵の娘さんは俺が妖精の首飾りのリーダーであり、狩人として活動していることまで調べあげたようだ。


「まぁ、そうですわね。ハルト様が注目されるのはある意味しかたが無いですわ。…特に今回のことでそれが加速するでしょうし…」


「…どういうこと?」


 焼き菓子を手に取りながらメルルが悩ましげな表情でそう呟けば、ナナが不思議そうな顔をして彼女に尋ねかける。俺も自身が注目される理由に余り心当たりが無いため、ナナに習うようにしてメルルに視線を向けた。


 あるとすれば騎士や近衛に目を付けられるということだろうか。調子に乗って風魔法使いとしての力量を示してしまったため、現に近衛の男には卒業後に騎士団に入らないかと声を掛けられている。貴族以外が近衛に抜擢されるには騎士団にて信頼を積み重ねないといけないらしいのだが、それでも近衛の推薦があればその期間も大幅に短縮できるらしい。


「一部の貴族…というよりも国を左右するような地位に居る貴族にとっては呪術というのは最も厄介な代物の一つですわ。ネルカトル領の誕生もまた、呪耐性が異様に高い巨人族の血を国に入れる思惑もあるのです」


「そう言えば…ナナさん家の領地は大きい方々が沢山いらっしゃいますね…。アウレリアでお世話になったマザーサンドラも…お祖母さんが巨人族だったらしいですよ…!」


 だが俺の予想は違ったらしい。悲しいかな注目されるのは自身の努力で磨いてきた戦闘技能ではなく、出自による呪耐性のほうらしい。ホロデナント伯爵が語っていたように精神操作系の技術は禁忌として排他されているが、それを得意とするのが呪術でもある。その有り様から搦め手として機能する呪術は、確かに統治者としては畏怖すべき代物なのだろう。


 特に贈り物に呪術が込められていたり、僅かな接触で知らぬ間に呪いを仕掛けられていたなど未だに良く聞く話である。物理的な脅威は兵士を用意すれば防げるのだが、密やかに近寄ってくる呪術は防ぐ術が限られている。


「…私はそんなこと初耳なのだけれども…」


「本人達にとっては当たり前の特性ですからね。ですが考えてくださいまし。毒も呪いも効かぬ特性など、為政者がどれほど欲するか簡単な話ですわよね?」


 父さんの影響のせいで暗殺といえば闇討ちなのだが、実際には暗殺の常套手段は毒殺と呪殺だ。そしてその常套手段のどちらも巨人族の血は容易く防いでみせる。巨人族の特性が色濃く出ているとはいえ、平地人の血の割合のほうが大きいナナでさえ大半の毒や呪いを軽減、あるいは無効化するのだ。確かにそれは異様に強力なものなのだろう。


 そしてメルルの語った今後は加速するとはそう言う事である。市井には伏せられているものの、今回の件は近衛と騎士団を巻き込んで王都を騒がせることとなった。その原因の一端に呪術師の存在があったとなれば、つまりは呪耐性が更に注目されるということなのだろう。


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