第685話 過去の確執

◇過去の確執◇


「とうとう姿を見せたなァ!この血啜りがっ!私らを惑わしてさぞ満足だろうな!」


 口数の少ないオッソの代わりに、ホロデナント伯爵が俺に罵声を飛ばす。俺が残夜の騎士団の一人だと思ったのだろうか、その顔は怒りに染まっている。彼は血の流れる肩口をもう片手で押さえており、オッソの握る血で濡れた剣が二人の関係性を俺に教えてくれる。


 アデレードさんの手紙を執事に渡してしまったため、俺は自身の身分を証明する物は狩人ギルドのギルド証しか持っていない。しかし残夜の騎士団は傭兵ギルドを主に狩人ギルドにも根付いているため、ギルド証では俺が残夜の騎士団でないことを証明することはできないだろう。


「これでも清廉潔白な狩人なんだがな。オッソを止めれば納得するか?」


「…止める?賛同は得られないとは思っていたが…、この男に味方するのだろうか」


「味方するも何も…火事の現場から救助者を運び出すのは可笑しな話じゃないだろう?」


 ホロデナント伯爵を火事の邸宅から運び出すにしても、オッソをどうにかせねばそのような隙を与えてはくれないだろう。俺はホロデナント伯爵の前に立ちふさがるようにゆっくりと移動した。ホロデナント伯爵が蛇の左手と繋がっているのならば味方をするのも馬鹿らしい話ではあるが、明らかに様子のおかしいオッソに彼の身柄を任せるわけにはいかないだろう。


 それに多少の反応は返してくれるものの、オッソの瞳にはホロデナント伯爵しか映っていない。彼に事情を尋ねるためにも俺は二人の間に立つ必要があるのだ。先ほどまでは俺を環境因子の一つとしてしか見ていなかった彼の瞳が、困惑しながらも俺の姿を映し出した。


「その男こそが蛇の左手の関係者なのだぞ。我らの敵であり民の仇だ」


「あんな血啜り共と私を一緒にするな!…まぁ、今のお前に言っても無駄なのだろうがな…」


 オッソは手に握る剣の切っ先を俺の後ろにいるホロデナント伯爵に向ける。グラディウスあるいは仏具の三鈷柄剣のような剣はオッソが握るとナイフのように小さく見えるが、実際は通常の片手剣と変わらない大きさである。そんな凶器が向けられてもホロデナント伯爵は怯む様子はなく強い口調でオッソに食って掛かった。


 同時にホロデナント伯爵はちらりと俺に視線を向けた。残夜の騎士団…血啜り共と罵った言葉からして蛇の左手なのかもしれないが、ともかくそのどちらかに俺が所属しているのだと思っていたのだろうが、俺が自身を守るように振舞ったから混乱しているのだろう。


「…一応聞いておくが、犯罪集団を利用した心当たりは?血啜りというのは蛇の左手のことなのか?」


「あんなおぞましい連中に与するわけないであろう!…それを聞くということは、…いや、そなたの所属はどこなのだ?」


 俺は背後にいるホロデナント伯爵に尋ねかけたが、彼は蛇の左手との関わりを否定する。そして俺の立ち居地を逆に質問するが、その質問に回答する前にオッソの怒鳴り声が部屋に響いた。


「何がおぞましいだ!私はハッキリと覚えているぞ!あの、あの夜!お前ら…お前らがみなに何をしたかを!フーサンを滅ぼした所業をおぞましいと言わずなんと言うのだ!」


 言葉だけでなくオッソの握る剣がガタガタと震える。オッソは激昂しているようにも見えたが、彼の心からは憎悪だけでなく恐怖も同時に湧き出している。剣を握っていない手で顔を隠すように覆っているが、指の隙間から覗く瞳はホロデナント伯爵を確りと捕らえていた。


「やはり…フーサン地区の生き残りか…」


「あの夜も自分の責任ではないと嘯くつもりか…!兵を率いていたのは当時のホロデナント伯爵家の嫡子のはずだ!それは…それはお前なのだろう?」


 オッソの出生地とされているフーサン地区はホロデナント伯爵の私兵によって滅ぼされたといわれている。地区に潜んでいた盗賊だけでなく地区そのものを巻き込むような殲滅作戦であったと傭兵ギルドの資料には書かれていたが、その情報も正しいという確証はない。


 だからこそ俺は背後のホロデナント伯爵の様子を窺うが、彼はオッソの言葉に言い返すことはしない。代わりにホロデナント伯爵は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてオッソから視線を逸らした。


「…言えぬ」


「それが…何よりも雄弁に物語っている。父の肉を断った感触は覚えているか?母の尊厳を貶めた感情を覚えているか?…私はあの夜を覚えているぞ…まだ覚めてはいないのだ」


「弁明をするつもりはない。…だが…たとえ私を殺す資格を持っていようとも、今のお前に殺されるつもりもないな…」


 オッソの問いにホロデナント伯爵は口をつぐんで答える素振りはない。フーサン地区の殲滅作戦が真実であるのならばオッソに同情する気持ちも湧いてくるが、かといって私怨で俺らを振り回したことに納得したわけではない。


「それで…、蛇の左手はどこにいるんだ?俺らとの契約の目的は蛇の左手だろう?」


「だからそこの男が蛇の左手と繋がっているのだ。そうでなくてはならない…!」


 妙にオッソとの会話が成り立たない。俺はオッソの言葉に首を傾げるが、オッソは詳しく説明するつもりは無いのだろう、まるで俺が障害物であるかのように睨みつけてくる。


「何を言っても無駄だ。…私を助けてくれるつもりがあるのならば…あの胸の玉を破壊するのだ。そうすれば多少は話せるようになるだろう」


 困惑する俺にホロデナント伯爵が背後から声を掛けてくる。オッソとの会話で俺がオッソと敵対しており、更には蛇の左手の一員ではないと確証を得たのだろう。しかしホロデナント伯爵が破壊しろと指し示したのはメルガの曲玉であり、マルフェスティ教授に雇われている俺がそれを破壊するわけにはいかない。


「…首から外すだけじゃ駄目か?持ち主に無傷で返したいんだが…」


「なっ…!?アレがどれだけ危険な代物か分っているのか!?」


 俺がそう答えればホロデナント伯爵が声を荒げた。魔法の触媒になるため危険な活用法もできる代物であることは間違いないが、ホロデナント伯爵の口ぶりからしてそれだけではないのだろう。事実、オッソの胸元で怪しい光を放つメルガの曲玉はホロデナント伯爵の言葉に説得力を持たしてくれた。


 俺は分っていないから説明してくれと言いたげに背後のホロデナント伯爵に振り返る。しかしホロデナント伯爵は詳しい話をしたくないのか、口元を動かすものの言葉を吐き出す様子は無い。オッソもホロデナント伯爵も何故肝心なことを話さないのだと俺は呆れたように溜息を吐き出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る