第682話 騎士の先触れ
◇騎士の先触れ◇
「恐らく、残夜の騎士団の目的地は…ホロデナント伯爵家じゃないかと…。俺も全てに目を通したわけじゃないですが、地図にその名が書かれていました…」
焼失した書類にショックを隠せないアデレードさんに俺はそう声をかけた。他の騎士より先んじてここに来た俺は僅かな時間ではあるが残夜の騎士団の残したものを調べる時間があった。そして地図に書き込まれていたホロデナントの名前は、オッソに関する資料で知っていたため直ぐに見つけることができたのだ。
なによりその文字を書いたのはオッソなのだろう、マルフェスティ教授の自宅の壁に描かれていた文字と同じく、心の奥底から滲み出る憎しみをインクに変えて描かれた文字は見る人の目を引き付けるのだ。まだどのような計画で彼らが動いているかは分らないが、ホロデナント伯爵が目標の一つに掲げられている可能性は十分にあるだろう。
「その名前は…聴いた記憶がありますね。確か…傭兵ギルドから貰った資料にありましたね」
「どこまでの情報が正しいかは分りませんが、オッソの仇の可能性がある貴族のはずです」
アデレードさんも俺と同じ資料に目を通したのだろう、まさかと疑うようではあったが俺の言葉に頷きながらそう返した。傭兵ギルドも調べ切れていないようであったが、オッソが生まれ育ったとされるフーサン地区は盗賊の根城になっているとされてホロデナント伯爵の私兵に滅ぼされている。もし仮にオッソが暴走しているのならばホロデナント伯爵家に向かっている可能性は十分にあるだろう。
本来であれば仇であっても貴族であるホロデナント伯爵には中々手が出せない存在のはずだ。だが例えばホロデナント伯爵に蛇の左手との関与が浮上すればどうだろうか。彼らは大手を振るってホロデナント伯爵を責め立ててもおかしくはない。それこそ、証拠は現地で仕入れるつもりで襲うのではないだろうか。
「蛇の左手の主な顧客は貴族という情報もありましたね。…こうなってしまってはそれが唯一の手掛かりです。…追いましょう」
この現場をもっと詳しく調べれば何かしらの痕跡を得ることもできるかもしれないが、そんな事をしている時間はないと判断したのだろう、アデレードさんは他の騎士たちに声を掛けると即座に次に向かう準備を開始する。
そして彼女はちらりとオッソが使っていたであろう机に目を向ける。そこにも書類が散らばっていたはずだが、火を放った騎士が火にくべたのだろう、今ではインク壷と羽ペン、そして鳥篭しか残っていない。鳥篭の中には唯一燃えずに済んだ手紙が残っているが、残念ながらそれは俺が投げ入れたフェイクの手紙である。しかしアデレードさんはその手紙を取り出すと、机の上に広げてみせた。
「…ハルトさん。当初の約束を超えた要求にはなりますが…これをホロデナント伯爵家に届けて頂けないでしょうか。もし…もし仮にまだホロデナント伯爵が無事であるならば、襲われる前に備えることが出来るはずです」
「…貴族街の関所は抜けていいんですよね?門を通らなくていいなら直行できるんですが…」
「ばれてしまっても後で上手く処理しますよ。…でも、あなたなら誰にも知られなく通れるのでしょうね」
アデレードさんは神妙な顔つきで俺にその手紙とも言えぬ切れ端を差し出した。とても貴族に出すような手紙には見えないが、却ってそれが緊急事態の知らせであることを強調しているようにも思える。そこに書かれている文言は確認していないが、恐らくは危険に備えるように告げる文章なのであろう。
契約外の仕事ではあるが、俺の移動速度を見込んで頼み込んできたのだ。流石にこれを断るつもりも俺にはない。俺は了承の返事の変わりにアデレードさんの差し出した手紙を受け取って懐に仕舞いこんだ。
「一応言っておきますが…仮に蛇の左手とホロデナント伯爵が繋がっていた場合は?」
「その場合でも…危険がなければホロデナント伯爵家の人間にその手紙を渡してください。残夜の騎士団に任せていては法が機能しなくなりますので」
そう言いながら俺は先ほどと同じように木窓に足を掛ける。手紙の配達とは新米狩人のような依頼ではあるが、ここまで切羽詰った手紙の配達も中々ないだろう。
「直ぐに私達も向かいますので。…よろしくお願いします」
俺は窓枠の上に手を掛けると、そのまま風を吹かせて逆上がりをするように屋根の上に飛び乗った。ホロデナント伯爵家に向かうであろう騎士達にこの現場の調査を続ける騎士、火事騒ぎで目を覚ました付近の住人へ対応する騎士など周囲は慌しいが、それでも屋根の上から見つめる王都は静まり返っている。
再び騎士に先んじて俺が夜の王都を駆け抜けてゆく。貴族街は一般の区画とは隔離されているため本来ならば門を通らなければ入れないのだが、その区画を別ける街壁は俺からしてみればそこまで厳重なものではない。ホロデナント伯爵家の位置は燃えてしまった地図が教えてくれたため、俺はそこに目掛けて一直線に駆けてゆく。
「…チチッ?」
「ああ、悪い悪い。先にマルフェスティ教授のところに帰ってていいぞ。ここからは残業だからな」
屋根を掛ける俺と併走するように
先ほどの夜のマラソンとは違い、俺が
しかし、俺が足を止めたのはほんの僅かな時間であった。目線の向こうには先ほども見た炎の明かり。それが貴族街の一角で煌いていたのだ。
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