第679話 旧市街の中に

◇旧市街の中に◇


「…おいおい勘弁してくれよ。もしかして俺が屋根を渡ってくるのを予期してたのか?」


 手紙鳥レターバードとの夜の駆けっこは続き、俺は王都の中でも古い、一部では旧市街と呼ばれる場所に差し掛かった。王都が今よりも小さいころから存在した中心部に近い区画なのだが、だからと言って名だたる旧家が軒を並べているわけではない。


 当時から現在に至るまで、ここは一般市民が住む区画なのだ。そのためその歴史の古さは荘厳さを醸し出すのではなく、どこか雑多とした生活感を醸し出している。当時は一般的だったであろう石造りの低階層の建物は増築を重ねて、上方に木造の階層が嵩増しするように積み重なっている。その建物はまるで幼い子供が無作為に積んだ積み木のように、あるいは端材を用いて作られたパッチワークのように、妙なアンバランスさを感じさせてくれる。


「あ…っ…。…今のところ割れたか?」


「チチチッ」


 何より問題なのは増築された木製の建造物はあまり頑丈とは言えず、更には古いために所々腐りかけている場所もあるのだ。子供が住んでいると言っていた貧民街よりはまだマシだろうが、それでも踏みしめるには不安がある。案の定、咄嗟に体重を移動させたため踏み抜くことはなかったが、ミシリと俺の足が屋根を破壊する音が夜の街に鈍く響いた。


 この区画に入って途端に速度が落ちた俺を嘲笑うように、手紙鳥レターバードが鳴き声を上げた。だがそれでも賢い鳥なのだろう、俺が付いてくることに何か意味があると理解したのか手紙鳥レターバードは飛ぶ速度を落とした。そして、連れ立つように旧市街の奥へと俺を誘っていった。


「チチッ…チチッ…」


「はぁ…はぁ…そこの建物か…」


 そして俺と手紙鳥レターバードはとうとう目的の建物へと辿り着いた。窓枠に飛び降りた手紙鳥レターバードはその嘴でコツコツと木窓を小突き、中に入れろとアピールする。一方俺はその手前の建物の屋根に身を伏せて、手紙鳥レターバードの様子を観察しながら荒れた息を整えた。


 今夜最後の鐘が鳴ったため、既に寝床についている人間も多いだろう。だが追われている残夜の騎士団が暢気に寝ているとは思えない。もし目の前の建物に隠れているのならば、最低でも一人は夜番をしているだろう。しかしそれでも手紙鳥レターバードが突く木窓が開かれることは無く、周囲の静寂は守られたままだ。


「チュィィ…」


「…おい。こっち来んな。隠れてるのがばれるだろ…」


 不在配達になってしまったからか、手紙鳥レターバードが悲しげな声を上げながら隠れ潜む俺の方に飛んでくる。そしてどうするんだと問うように肩に着地した。残念ながら手紙鳥レターバードには置き配達する機能も不在連絡票を残す機能も備わっていない。そのため手紙の差出人である俺の元に戻ってきたのだろう。


 俺は肩に手紙鳥レターバードを止めたまま、目の前の建物の様子を暫く観察する。その建物は他の家々と同様に、一階は石造りで二階と三階は木造で作られている。三階建ての建物ではあるが、上層階に入るための階段は建物の外部に取り付けられているまるでアパートのような構造の建物だ。手紙鳥レターバードが訪ねたのはその三階にある部屋であり、その部屋で誰かが動き出す様子は無い。


「…一階と二階は…関係ない人間か?お前がオッソの臭いを覚えてればいいんだが…」


「チュイ」


 俺は指の先で手紙鳥レターバードの頭を撫でながらそう言った。風で建物の内部を探る限り三階には誰も居ないのだが、一階と二階には人の呼吸を察知することができたのだ。それが残夜の騎士団の可能性もあるが、建物の構造からして無関係の人間である可能性が高いだろう。


 俺は隠れた建物の屋根から目的の建物へと飛び乗った。木造の建物が軋む音を立てるが、階下で寝ているであろう呼吸音が反応した様子は無い。俺はそのままゆっくりと扉に向かって足を進め部屋の中の様子を確認する。


 古い木造の建物は隙間も多く、仮に部屋の中に明かりが灯っていたならばその隙間から明かりが除き見れるだろう。だが目の前の部屋からは明かりは漏れておらず、風で内部を細かく探っても人の姿は無い。だが仮に人が居なくても何かしらの罠が仕掛けられている可能性があるため俺は慎重に扉の前に立った。


「鍵も掛けてないのか…。この拠点は出払った後か?」


 扉には鍵は備え付けられているものの、鍵は閉まっていない。部屋の中が気になるところだが、俺は懐から笛を取り出してそれを口に咥えた。甲高い夜の闇には似合わない音が鳴り響き、こちらに向かってきているであろう騎士達に俺の居場所を伝えた。もちろん、階下の人間が残夜の騎士団の構成員、あるいは協力者の可能性もあるためそちらには厚めに風壁を張っている。


 ここに騎士を誘えば俺の仕事は終了である。だが騎士が来るまではここで待っている必要があるため、どうにも手持ち無沙汰になった俺の中でむくむくと好奇心が湧き上がってきた。俺はちらりと肩に止まる手紙鳥レターバードをちらりと見てから、目の前の扉のノブに手を掛けた。


「チュィィ…」


「そうだよな。お前も手紙を届けたいもんな。とりあえず中に手紙を置いておこうか」


 部屋に侵入したのは俺ではなく手紙鳥レターバードのせいだと言えば騎士も納得してくれるだろう。俺は慎重に扉を開き、部屋の中に足を踏み込ませた。マルフェスティ教授の家があの惨状であったため、この部屋の中も異常な光景が広がっている可能性を警戒したが、少なくとも血や腐敗臭は漂ってこない。


 なるべく音を立てぬよう、軋む床を慎重に踏みしめ部屋の中を進んでゆく。中には意外と生活感が残っており、マルフェスティ教授の自宅とはえらい違いだ。そして残夜の騎士団が使っていたであろう壁掛けのランタンを見つけた俺は、それに手を伸ばすとそこに火を灯した。


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