第675話 男と男が待ち合わせ

◇男と男が待ち合わせ◇


「時は今夜。場所は…王都西区の倉庫街。これは確か…マルフェスティ様の所有されている倉庫の近くですね。メルガの曲玉を返却するためご足労願いたいと…」


 アデレードさんは隣の近衛の男に伝えるために手紙の内容を読み上げた。それを聞いた近衛の男もなぜオッソがそんな事をわざわざ手紙で伝えてきたのかと不思議そうに首を傾げている。メルガの曲玉を返すためならば彼らのほうがマルフェスティ教授を訪ねればよいのに、それをしないということは自身が追われる身ということが分っているからだろう。


 だがそれならば返却のためにわざわざマルフェスティ教授を呼び出すというのも可笑しな話である。それこそメルガの曲玉など返さなければいい、どうしても返却がしたいのならばほとぼりが冷めてから返却するということだってできる。何を思ってこのような提案をしてきたのかと真意を読み解くことは出来ないが、同時に異様な書き出しの文章がオッソが正気ではないからこのようなことを言い出しているのではないかと囁いてくる。


「張り込ませる人員を手配させましょう。たとえどのような思惑があるにしても備えない訳にはいかないかと」


「…それが正解でしょうね。マルフェスティ様、再度確認しますが…あなた自身は…」


「行くわけないだろう?彼も女性の誘い方がなっていないな。最近知り合ったばかりの女性を人気の無い街角に呼び出すだなんて何を考えているのか…。ま、たとえ高級料理店リストランテに誘われても応えるつもりは無いがね」


 マルフェスティ教授は勝手に騎士達で処理をしてくれと言うように投げやりな言葉を投げかけた。どこか常識が欠けている彼女であっても、オッソからのお誘いはおかしいと気が付いているのだ。何より蛇の左手から狙われている可能性が完全に払拭された訳でもないのに、安易に外を出歩くのは自殺行為だ。


 アデレードさんもマルフェスティ教授に付き合ってくれとは考えていないようだが、それでも彼女の返答に悩ましげな表情を浮かべた。オッソとの待ち合わせ場所に人員を潜ませるにしても、鍵となる人間をどうするべきかと悩んでいるのだろう。


「…俺が行きますよ。俺ならマルフェスティ教授の代理という名目が立つでしょう?もちろん、依頼中ですのでマルフェスティ教授が許せばの話になりますが…」


「すみませんが…ご協力をお願いしたいと思います。マルフェスティ様、待ち合わせの場所に知り合いが居ないとなればオッソが姿を現さない可能性があります。ですので彼をお借りしたいのですが…」


 アデレードさんは申し訳無さそうにしながらもハッキリとした口調でマルフェスティ教授に頼み込んだ。彼女の言うようにオッソを誘い出すにはマルフェスティ教授か、あるいは提案したように俺らの存在が不可欠だろう。流石に危険が予想される待ち合わせ場所にマルフェスティ教授を連れ出すつもりは無いようだが、その代わりに俺にはなんとしても来て貰いたいようだ。


「…出来ればハルト君には私のことを守ってもらって欲しかったんだがね。確かに誰かは向かわないと仕方が無いか」


 マルフェスティ教授が拗ねながらもアデレードさんに答える。彼女としては断りたいのだろうが、近衛の要求は断りづらいのだろう。何よりマルフェスティ教授も俺らの誰かが居なければ待ち合わせが成立しないと考えているようだ。


「もちろん補填のために警護の人員も増やさせて頂きます。未だに蛇の左手の動向も掴めておりませんし、万全を尽くします」


「よしてくれ、窮屈でたまらないよ。今の人員だけでも十分なのだから追加の人員は必要ないさ。…それよりも、手紙鳥レターバードの件はよいのかい?ナナ君が言っていたが時間が経てば彼が移動してしまう可能性があるだろう?彼が律儀ならば…時間にはまだ早いが、既に待ち合わせの場所に向かっているかもしれないがね」


 もともとアデレードさんと近衛の二人は手紙鳥レターバードがオッソの現在地を辿れる可能性があるとして呼び出されたのだ。それはどうするのだとマルフェスティ教授がアデレードさんに尋ねかけた。騎士は自分の見出した手紙鳥レターバードの特性が役に立つことを期待したが、近衛の二人は悩ましげな表情をしている。


「そうですね…。まずはその手紙鳥レターバードを貸して頂きます。ただ追うにしても…」


「教授様にご指摘頂いたとおり、待ち合わせ場所にオッソが向かっている可能性を考えると安易には放てませんね。それに…どのように追うのも問題です。この時間帯では空を飛ばしても視認するのは難しいでしょう」


 二人はちらりと窓から外の様子を確認した。既に日は完全に落ち、あたりは宵闇が支配している。もともと手紙鳥レターバードが研究室を訪ねたとき、既に日は沈んでいたのだ。あれから時間が経った今はより夜の闇が濃くなっている。


「昼間なら…長い帯でもつけて飛ばせば物見台から確認できるでしょうが…この暗さでは…」


「あ、あの!何か光るものを付けて飛ばすのはどうでしょう。むしろ暗いほうが良く見えるかと」


 悩ましげな声を上げる近衛の男に騎士の一人が提案する。しかしその声を聞いても近衛の男の顔は晴れない。近衛の男はチラリとマルフェスティ教授の肩に止まる手紙鳥レターバードを見つめ、諦めるように首を横に振った。


「光るものと言っても流石に魔道灯を括りつけるわけにはいかないだろう。光苔程度なら可能だろうが…あの淡い光がこの闇の中で視認できるとは思えない」


 背の高い建物が多く、尚且つ密集している王都では人々が見渡せる空は狭い。だからこそ手紙鳥レターバードが向かう先を見出すには手紙鳥レターバードに目立つ目印を付け、複数の高所から監視する必要があるだろう。


 だからこそ近衛の二人は手紙鳥レターバードの行く先を辿ることは現実的では無いと考えているようだ。もしかしたらオッソもそのことに気付いているからこの時間帯に手紙鳥レターバードを飛ばしたのかもしれない。


「…一応、俺なら追えますよ。ご存知の通り本職は狩人なんで、たかだか鳥の一匹を追うぐらいなら問題ないです」


 待ち合わせの場所に向かう準備をしていた俺は悩む二人にそう声を掛けた。風魔法使いである俺には夜の闇など意味は無く、ハーフリングにとっては屋根は歩道と変わらない。手紙鳥レターバードを追うにあたって、宵闇も飛立つ高さもなんら問題にはならないのだ。


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