第674話 哀を囁く手紙
◇哀を囁く手紙◇
「報告をいれよう。もしも上手くいけば残夜の騎士団の居場所を辿れるかもしれない」
騎士の一人がそう言うと、もう一人の騎士が頷いて研究室の外へと向かった。
妙に慌しくなる騎士たちを尻目に、マルフェスティ教授が一気に手紙の翻訳を進める。本来であれば一文字一文字換字表と見比べて解読をする暗号なのだが、既に頭の中に換字表があるのだろう、まるでそのまま文章を書き写すかのような速度でペンを走らせた。
「ハルト。応援の人の到着を待つんだよね。その…時間をかければ移動しちゃうと思うけど…」
「流石に俺らの独断ではな…。素直にここからは騎士に任せよう」
暗号の翻訳はマルフェスティ教授に任せ、ナナが外の様子を確認しながらそう呟いた。
だからこそ、本気でオッソのことを追うならば直ぐにでも返信を書いて
「気が逸る気持ちも分りますが、先ずは落ち着きましょう。私達の目的はマルフェスティ教授の護衛なのですから」
「ふふふ、秘密というのは蜜の味だからな。関係ないと分っていても、誰しもがその香りに誘われるものさ。考古学者である私が言うのだから間違いない」
俺や騎士の逸る気持ちを察してか、メルルが落ち着くように声を掛けてくる。その様子を見てマルフェスティ教授は解読作業を続けながらも楽しげな声色で言葉を漏らした。彼女もまた過去に埋没した秘密を探る考古学者だからこそ、俺や騎士などの気持ちがわかるのだろう。
マルフェスティ教授も好奇心の奴隷であるため、その知りたいという気持ちは解読作業をするペン先に現れている。騎士が見てる前であまりに異様な解読速度を見せるわけにはいかないが、それでもペン先が紙を擦る音がテンポ良く奏でられる。
「なんか…妙な内容のお手紙ですね…謝る言葉が沢山出てきてます…」
「ああ、どうも私にした仕打ちを彼らも反省しているようだね。ただ…私に宛てた手紙というよりも…独白のような文体だな。支離滅裂というか…」
解読されてゆく手紙の内容を脇から覗き込んでいたタルテがぼそりと呟いた。その言葉に答えたマルフェスティ教授も妙な文章に気圧されているのだろうか、冷や汗が一筋頬を流す。オッソから届いたその手紙は話題が二転三転し、語っている内容にまとまりがないのだ。
これが完全に文章として成り立っていなければ暗号解読が間違っていたと思えたのだろうが、残念ながら文章としては成立しているのだ。まるで書いた人間の正気を疑いたくなる文面なのだが、文章としては成立しているためそれが逆にこちらの正気を侵食してくるようだ。メルルが呪いを払う闇魔法を施されたため呪いなどは込められていないのだが、それでも呪物のように思えてしまう。
それでも手紙の解読は淀みなく進み、だんだんと手紙の終わりにへと近づいてゆく。皆の視線が解読されてゆく手紙に注がれ、沈黙と共に静かな時間が流れた。
「…後半はまともな文章になってきているな。…ああ、ここからはちゃんと私に宛てたメッセージだね。…だが…ううん…。これは素直に信じてよいものなのか…」
「前半の文章のせいでまともに取り合ってよいのか悩みますわね。ですが…仮にまともだとしても何故このようなことをわざわざ…」
マルフェスティ教授が安心したようにホッと息を漏らしながらそんな言葉を呟いた。大元の暗号化されたオッソの文章も後半に行くにつれて字の乱れが無くなっており、まるで前半の文章はオッソが自身の思考を落ち着かせるように記されたようにも思えた。
「なにか問題があったのですか?その…内容を教えて頂きたいのですが…」
「問題という訳ではないのだが…、だが君らにとっては嬉しい情報なのかもしれないね。彼からのデートのお誘いさ」
俺らがマルフェスティ教授の周囲を囲っているせいで解読途中の文章を見られなかったからだろう、騎士が俺らの頭越しにマルフェスティ教授に声を掛けた。そんな彼に答えるように、マルフェスティ教授は書き上げた文書を指で摘むと、旗のようにヒラヒラと振ってみせた。
だがそれと同時に研究室の外が騒がしくなる。金属音を伴った騒がしい音はマルフェスティ教授はともかく俺らには金属鎧の音だと直ぐに分る。そのため俺らの表情が険しくなるのだが、すかさず外を確認した騎士が応援だから問題ないと口にした。
「おつかれさまです。報告を受けて駆けつけました。現状に変化はありますか?」
「いえ。変わりありません。まだ内容を確認しておりませんが、手紙の解読も終わったところです」
研究室の中に姿を現したのはアデレードさんと同僚であろう近衛の男の二人だ。その二人の登場に騎士の二人はすかさず敬礼をして迎え入れた。随分と早い応援ではあるが、二人の上下に揺れる肩が急いでここに駆けつけたことを教えてくれる。それでも息を荒げないのは普段からの訓練の賜物だろう。
近衛の二人の視線は自然とマルフェスティ教授の肩に止まる
「その手紙…中身を確認させて頂いても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。君らにとって有益な情報は最後に記されているよ。私としては…年上の男は趣味じゃないのでね。夜のデートには付き合わないつもりさ。代わりに君が向かってみるかい?」
マルフェスティ教授の言葉の意味が理解できずにアデレードさんは眉を顰めたが、受け取った手紙の内容を読むにつれて納得したように頷いた。それもそのはずだろう、オッソの手紙の最後にはメルガの曲玉を返却するから今夜会えないだろうかと書かれていたのだ。
騎士団に追われていることを知っているならばとてもじゃないが提案できないであろう怪しいお誘いだが、それと同時に残夜の騎士団にとってはメルガの曲玉を返す目的以外でマルフェスティ教授に会う必要は無いはずだ。その奇妙な内容の手紙を読んで、アデレードさんは口元に手を当てて静かに悩みこんだ。
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