第673話 熊さんからお手紙着いた

◇熊さんからお手紙着いた◇


「…ん?ナナ。窓を開けてもらっていいか?」


 オッソの資料を眺めていた俺だが、別に周囲の警戒を騎士に頼っているわけではない。何者かが近づいてくれば察知できるように風を展開していたのだが、その風に乗って鳥の羽音が聞こえてきたのだ。俺の声を聞いてナナは警戒しながらも窓際に移動し、外を覗き込みながら窓枠に手をかけた。


 ナナが警戒しながら窓枠に移動したことで、扉の脇に立っている騎士も何事かと警戒心をあらわにしたが、その窓枠に着地した一羽の鳥を見て困惑したように目を見合わせた。ナナがそのまま窓枠をあけると、その鳥は意気揚々と研究室の中に飛び込んできた。


「お、おお…。今頃になって帰ってきたのか。まったく見つからなければ直ぐに帰ってくれば良いものを…」


「お待ちください。その鳥は手紙鳥レターバードでは?見覚えがなければ触れないで下さい。呪術が仕掛けられている可能性があります」


 研究室に入り込んできた手紙鳥レターバードをマルフェスティ教授が嬉しそうに迎え入れるが、それに騎士が待ったをかける。彼らも蛇の左手のことは聞いているため、その手紙の中に何かが仕掛けられているのではないかと危惧したのだろう。


 だがマルフェスティ教授は焦る様子はない。その手紙鳥レターバードは何より見覚えのある存在であるし、部屋の傍らで惰眠を貪っているネズミ捕獲長が反応していないことからも安全であると感じ取ったのだろう。


「これは私が手紙を出すのに使っている手紙鳥レターバードだよ。そもそもこの学院内では事前に学院が用意した手紙鳥レターバードしか使えなくてね。それ以外の手紙鳥レターバードだと…かわいそうな話ではあるが猫が食べてしまうのだ」


「あれ…?マルフェスティ教授…。この鳥さん…お手紙をつけてますよ…?」


「それは私が結わえた手紙…ではないな。誰が私などにお返事を出してくれたのだ?」


 マルフェスティ教授の証言で多少は弛んだ警戒心だが、続くタルテの疑問とそれに対する返答で俺らのほうに警戒心が沸きあがった。この手紙鳥レターバードはマルフェスティ教授が残夜の騎士団に向けて手紙を認めた手紙鳥レターバードなのだ。手紙鳥レターバードは相手が見当たらなければそのまま帰ってくるように訓練されているのだが、明らかに帰ってくるのが遅く結わえた手紙が別物だということは宛先の人物が返事を書いて寄越したということだろう。


「…どうやら不審な点があるようですね。自分が開封いたしますので触れないように致してください」


 まだ若い騎士だが決して無能という訳ではない。俺らに対する態度は刺々しいものの、真面目に仕事を全うする気概はあるし、なによりアデレードさんが問題ないとしてマルフェスティ教授に付けてくれた人材なのだ。彼らも残夜の騎士団の協力者であったために護衛の仕事に回されたことを不服と思っているようだが、ある意味では腕前に自身があるからこそ不服に思ってしまったのだろう。


「はい、騎士様。闇の女神のご加護ですわ。多少の呪術ならば跳ね返しますので受け入れてくださいまし」


「…忝い。お嬢さんは闇魔法使いでしたか…」


 騎士が手紙鳥レターバードに近づくと、その前にメルルが彼に魔法を施す。流石に残夜の騎士団がマルフェスティ教授に呪術を仕掛けるメリットはないが、念のため備えても損はないだろう。自分達の態度が悪かった自覚があるのか、メルルに優しくされたことで騎士は戸惑うように礼を呟いた。


 そして騎士はそのまま手紙鳥レターバードに手を伸ばす。宛先人ではない人間が手を伸ばしたことに手紙鳥レターバードがチッチと鳴くが、マルフェスティ教授が口笛を吹くと手紙鳥レターバードは素直に彼に向けて足を差し出した。足から手紙が外されると、手紙鳥レターバードは騎士から逃げるようにマルフェスティ教授の肩に飛び乗り彼女に餌を催促した。


「それで…何が書いてあるんだい?それが残夜の騎士団からの手紙であるならば、君にも読めないはずだろう?」


「ええ。暗号化されていますね。…彼らは都度暗号を変えますから、私どもであっても解読ことはできません。…すまないが、お嬢さん。念のためにこの手紙にもご加護を願えないだろうか?」


「構いませんわよ。…とりあえず換字表を用意いたしますから、皆で解読いたしましょうか」


 肩に止まった手紙鳥レターバードに胡桃を食べさせながら、マルフェスティ教授が手紙を確認する騎士に言葉を投げかける。どうやらその手紙は例の如く暗号化されており、内容までは分らないまでも、その暗号化がなされていることで残夜の騎士団からの手紙であることの証明になっている。


 騎士はメルルに手紙を差し出すと、彼女に闇魔法を願う。メルルは手紙に魔法を施しながら中身に目を通した。そしてチラリとマルフェスティ教授にも視線を投げかけ、彼女は用意していたであろう換字表を取り出した。マルフェスティ教授に向けた視線は、騎士の前で暗号を解読するなと忠告する視線なのだろう、その視線を受けてマルフェスティ教授はばつが悪そうに目を逸らした。


「これは…オッソが書いたもので間違い無さそうですわね。この換字表も彼が用意したものですが、筆跡がそっくりですもの」


「そうみたいだな。…マルフェスティ教授。その手紙鳥レターバードの探知能力は?」


「探知能力?詳しくは知らないが…普通の手紙鳥レターバードと変わらないはずだろうが…。ああ、そういうことか。残念ながら私の匂いは覚えているだろうが、オッソの匂いは覚えていないだろうね。この子は私の自宅に彼がいると知っていたから届けることが出来たはずだよ」


 俺は僅かな期待を込めてマルフェスティ教授に尋ねかけたが、残念ながら手紙鳥レターバードは王都の中からオッソを見つけ出して手紙を届けたわけではないらしい。手紙鳥レターバードは場所を覚えてそこに手紙を届けるのだが、単に固定の場所に飛んでいくのではなく、目的地の中から更に匂いを辿って宛先の人間を見つけるのだ。


 学院の手紙鳥レターバードは特殊であるため、この広い王都の中からオッソの匂いを感知したのかと考えたのだが、残念ながらそこは普通の手紙鳥レターバードと変わらないらしい。


「てことは…手紙を出したときにはまだ、マルフェスティ教授の家にオッソさんが居たってこと?そこから連れ立って移動したのかな?」


「…!?待て。待ってくれ。それだとしても…少なくともその手紙鳥レターバードは手紙が書かれた場所を覚えているのではないか?」


 だが、ナナの言葉に触発されるようにして騎士の一人が口を挟んだ。彼もまた俺と同じように手紙鳥レターバードからオッソの位置が特定できる可能性があると考えていたのだろう。そして僅かな可能性に気付き思わず口に出してしまったのだ。


 そして彼の言った言葉を否定する材料は見当たらない。手紙鳥レターバードの飛行能力を考えるならば、数分前までオッソと共にいたのだろう。つまりこの手紙はオッソの潜伏先で書かれたのだ。俺らは騎士の言葉に同意するようにゆっくりと頷いた。


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