第665話 血生臭い者達

◇血生臭い者達◇


「なるほど。事前に聞いていた内容と一致しますね。残夜の騎士団とは一時的に協力していたに過ぎないと…」


 マルフェスティ教授の話を聞いて、アデレードさんが納得したようにそう呟いた。決してマルフェスティ教授のことを疑って掛かっていたわけではないのだろうが、直接本人から聞き出すまでは確証を得ることができなかったのだろう。


 近衛としてアデレードさんがここに赴いているのならば俺らの知らぬところで事が動いているのだろう。残夜の騎士団について問いただしたということは、やはり彼らに何かがあったのか。彼女の静かな眼差しが、かえって俺らの焦る気持ちを刺激する。


「ああ、そうだ。確か契約書があったね。あれに取り交わした約束の全てが書かれているよ」


「…こちらですわね。特に今話した内容と違うところはありませんが…、言葉以上の証拠にはなりますでしょうか」


 アデレードさんの醸す雰囲気に耐え切れなくなったのか、マルフェスティ教授が思い出したかのように残夜の騎士団との契約書を口にした。その契約書はメルガの曲玉を貸し出すときに交わしたものであり、メルルの言うとおり残夜の騎士団とマルフェスティ教授の関係を証明するものになるだろう。メルルは契約書を取り出すと、それをアデレードさんに差し出した。


「それで…何のために残夜の騎士団を調べているかは教えてもらえるのですか?マルフェスティ教授も言ってましたが、丁度彼らの様子を確認しようとしていたところなんですが…」


 一通りのことを語ったため、今度はアデレードさんが何のために訪ねてきたのかという疑問が俺らを支配する。皆の思いを代弁するように俺が尋ねかければ、契約書に目を通していたアデレードさんが了承の意を示すようにゆっくりと頷いた。


「そうですね。状況を見る限り…巻き込まれてしまっているあなた方にも説明は必要でしょう。…ですが、聞いてしまえば今後は我々の指示を聞いて頂くこととなります。もちろん、無理無体な要求をするつもりはありませんが、その覚悟はありますか?」


「おいおいおい。私は考古学者なのだぞ?目の前に秘密をぶら下げられたら、知りたくなってしまう人間なのだよ。…それに…たとえ知っても知らなくても、が必要ならば私をするのが近衛の人間だろう?」


 近衛の登場という驚きを乗り越えたマルフェスティ教授は、普段の調子を取り戻してきたのだろう、アデレードさんを軽く挑発するような言葉を返す。一般的な感覚からすれば事件に首を突っ込むことは躊躇するのだが、どうやら好奇心の奴隷であるマルフェスティ教授は無関係でいることが出来ないようだ。


 俺らとしてもマルフェスティ教授の警護をする上で残夜の騎士団の動向は把握しておく必要ががる。アデレードさんが教えてくれるというのであれば、聞かないという選択肢は存在しない。それこそ、彼女が言うように俺らが既に巻き込まれているのならば、何に巻き込まれているのかハッキリさせておく必要があるのだ。


「…残夜の騎士団はその存在を好意的に受け止められていますが、時に彼らはやり過ぎる事があるのです。そのため彼らが王都で活動する場合は密かに監視することになっているのですが…今回も彼らはやり過ぎました」


「まさか…それで近衛が出動する事態になったんですか?私達があった人は理性的に見えましたけど…」


「いえ、普段から残夜の騎士団には近衛が対応しているのです。…騎士団には彼らのシンパも多いので…」


 アデレードさんは自身がここに赴いた理由を語り始める。その口から漏れた言葉は残夜の騎士団が治安を乱したことを予見させるものであり、ナナが動揺したように口を挟んだ。マルフェスティ教授もまた同様に戸惑いはしたものの、なにやら納得したように頷き始めた。


 俺らに会いに来たオッソさんが理性的であったため印象が変わってしまっていたが、そもそも俺らは残夜の騎士団に纏わる陰鬱とした話も知っていた。恐らくマルフェスティ教授は残夜の騎士団に抱いていた当初の印象を思い出したのだろう。


「まずマルフェスティ様にとって悪い知らせになるのですが、契約書に書かれたこの条文は既に達成不可能となっています。…現在は近衛によって立ち入りを制限していますので、用があるなら私にお申し付けください」


「…は?屋敷及び敷地内の物品の保全…それが達成不可能というのは…」


 アデレードさんは契約書をマルフェスティ教授の目の前に差し出すと、そこに書かれた一文を指で指し示した。彼女が指し示したのはマルフェスティ教授の自宅を残夜の騎士団に貸し出すための文言であり、要するに自宅の現状を維持して返却しろという内容である。


 マルフェスティ教授の自宅にて蛇の左手と交戦する可能性があったために加えた一文なのだが、その条文が達成不可能ということは穏やかな内容ではない。マルフェスティ教授は動揺しながらも、その理由を求めてアデレードさんに言葉を投げかけた。


「あの屋敷は手放すことをお勧めいたします。…計三人。あの屋敷にて惨殺されていました。部屋には酷い拷問の痕跡も残っています」


 黙っていてもいずれは知ることだからか、アデレードさんは一息でその言葉を言い切る。聞いて気持ちのいい内容ではないと予想はしていたのだろうが、途端に沸いて出た血生臭い空気にマルフェスティ教授は呼吸に詰まるように口を閉じた。


「アデレード様。念のために聞いておきますが…その遺体の身元は分っているのでしょうか?私は残夜の騎士団が返り討ちにあった可能性もあると考えているのですが…」


「残念ながら損傷が激しく身元を判別することは不可能かと。マルフェスティ様の自宅に詰めていた残夜の騎士団の構成員が行方をくらましているので、メルル様の仰る通りその死体が彼らである可能性もありますが…拷問の方法が残夜の騎士団の仕業であると示しているのです」


 聞けば遺体は解剖標本のように青銅の鋲で壁に打ち付けられていたらしい。しかもその遺体はなるべく死なないように解剖されており、簡単には死なず限界まで生きていただろうとアデレードさんは語った。もちろん蛇の左手が誤認させるためにそうしている可能性もあるが、今の俺らには蛇の左手がそうするであろう理由が見当たらない。


 この国に過剰防衛という言葉はなく、殺られる前に殺れの精神ではあるが、誰もが殺人許可証マーダーライセンスを持っているわけではない。特に王都内の殺人は治安維持の名目から厳しく取り締まられており、襲ってきた蛇の左手を返り討ちにして殺してしまったのならまだしも、拷問の末に殺したとなれば問題になるのだ。恐らくは蛇の左手が市民権を持っていないから大した問題にならないと判断したのだろうが、既に近衛に目を付けられていたことが仇となったのだ。恐らく近衛はこれを理由に介入し、蛇の左手と残夜の騎士団の諸共を王都から排除するつもりなのだろう。


 残夜の騎士団の所業に呆れ果てたのか、アデレードさんの話を聞いたマルフェスティ様は唸るような声を上げた後、ゆっくりと体重を預けるようにソファーに寄りかかった。


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