第664話 昼下がりの訪問者

◇昼下がりの訪問者◇


「もしくは…何処かで手紙を盗まれたか?あの妙な呪符なら手紙鳥レターバードを惑わすことも出来そうだしな…」


 敵方がどの程度までこちらの情勢を知っているかによるが、手紙の略奪は有り得ない話ではないだろう。その場合はそれこそ俺らが不安がっているように、残夜の騎士団もなぜ手紙が届かないのかと頭を悩ましている筈だ。


 あるいは、既に手紙が奪われていることに気が付いて何かしらの対処のために動いているかもしれない。そうであるならば、こちらが下手に動くのは悪手でもある。もし仮に何かしらの思惑があって残夜の騎士団が身を潜めていたのならば、俺らが動くことでそれがご破算になる可能性もあるのだ。


「そうであるならば手紙を暗号化した意味がありますわね。マルフェスティ教授のように人目で暗号を見破れる人間などそうそう居ませんもの」


「もう少し様子見してみる?用件があるならば向こうから連絡を取りに来ると思うけど…」


 マルフェスティ教授が送ったのはこちらの状況の連絡に過ぎない。こちらは無事で問題ないとの一報ぐらいは欲しいところだが、そういった意味では返信を求めるような手紙ではない。だからこそ俺らは静観し、向こうの動きを見るのも手ではある。


「既に彼らが壊滅している…ということは無いでしょうか?最悪の想定ではありますが、一応は考えておきませんと…」


「流石に…全滅の可能性は低いんじゃないか?全ての人員がマルフェスティ教授の家に詰めている訳じゃないだろうし、誰かしらが残夜の騎士団の異変に気が付くはずだ」


 やはりその可能性が頭を過ぎるのだろう。メルルが残夜の騎士団が蛇の左手に敗れている可能性を訴えた。俺もその不安を感じてはいるものの、だが同時にその可能性が低いとも感じている。もちろん絶対に有り得ないと言い切ることは出来ないが、情報網に優れる彼らが仲間の異変に気が付いていないとは思えない。


 あるいはその者達も今の俺らと同じようにマルフェスティ教授の自宅に詰めていた人員と連絡が取れなくて困っているのだろうか。…考えすぎならば良いのだが、流石に状況に動きがあったのに連絡が無いのは不自然だろうか…。


「…とりあえず俺が見に行ってくるか。風を使って遠巻きらか探ってみるわ」


「私も途中まで一緒に行きますか…?もし何かがあったとすれば…私も控えていたほうがいいですよね…?」


 結局はこちらも動いてみなければ状況は変わらない。先ずは斥候である俺が偵察に赴くべきであろう。風を使えばマルフェスティ教授の自宅を直接訪ねなくても様子を確認できるため、たとえ残夜の騎士団が身を潜めていてもその邪魔にはならないはずだ。


 そして俺の提案にタルテが同行する意思を見せた。メルルの発言を聞いて残夜の騎士団に怪我人が出ている可能性を危惧したのだろう。確かに彼女がいれば、即座に救援のために動くこともできる。


 しかし俺が行動に移そうとソファーから腰を上げると、同時に聞き覚えのある足音が研究室に向かってきていることに気付いた。俺の様子を見て女性陣も察したのだろうか、ゆっくりと研究室の扉のほうに視線を向けた。


「あのぉ…、マルフェスティ教授にお客様です。多分、事件のことに関してだと思うのですが…」


 軽いノックの音と共に姿を現したのはルミエだ。相変わらず事務局にマルフェスティ教授の雑用を押し付けられているのか、お客さんをここまで案内してきたらしい。そして彼女の後ろにはその客人の姿があったのだが、その客人は俺らの知っている人間であった。


「突然お伺いさせていただき、申し訳ございません。ですが…急ぎの用件でしたので、彼女にここまで案内していただきました。…妖精の首飾りの皆様はお久しぶりですね。実を申しますと、あなた方にも用件があるのです」


「アデレードさん…!お久しぶりです…!…でも…どうしてアデレードさんが…?」


 ルミエが案内してきたのは、豊穣祈願の行脚の際に面倒を見てもらったアデレードさんだ。あの時のように白銀の鎧を身に纏ってはいないものの、きっちりとした近衛騎士の制服は彼女の凛々しさを強調している。


 タルテやナナは知人の訪問に喜んでいるようだが、俺やメルルは困惑してしまう。彼女は単なる騎士ではなく、王家直属の騎士である近衛なのだ。おいそれと気軽に訪ねてくる人間ではない。その思いはマルフェスティ教授も同様のようで、なんで近衛騎士が訪ねてくるのだとうろたえている。


「ぇぇぇぇ…。何で私に近衛の人が?は、反逆した記憶は無いのだけれども…」


「ご安心してください。マルフェスティ様に何か非があって私が出向いたわけではございません。端的に申しますと…私は残夜の騎士団についてお話をして頂きたく参りました」


 そしてとうとうマルフェスティ教授の混乱は言葉となって口から漏れ出した。近衛という肩書きが必要以上に人を恐れさせることには慣れているのか、アデレードさんは苦笑しながらマルフェスティ教授に右手を差し出した。マルフェスティ教授はまだ正確に状況を理解しているわけではないが、それでもおずおずとその手を握って握手をした。


 そのままアデレードさんはマルフェスティ教授に自己紹介をし、ついでに俺らと知り合いであることも打ち明けた。その言葉を聞き、更には俺らがアデレードさんに悪感情を持っていないことを察したのか、ようやく安心したように息を軽く吐き出した。


「私が知っていることは全て話しても構わないが…やはり残夜の騎士団に何かあったのかな?丁度、彼らと連絡が取れなくて困っていたのだ…」


「失礼ですが…まずはマルフェスティ様と残夜の騎士団がどのような関係であったのかを話して頂けないでしょうか。彼らが居るのであれば信頼できる方とは思いますが、安易に情報を打ち明けるわけにはいきませんので…」


 アデレードさんが訪ねてきたことで、残夜の騎士団を心配していた気持ちが一層大きくなったのだろう、マルフェスティ教授は不安そうな表情でアデレードさんに質問を投げかけた。しかしアデレードさんは渋い顔を浮かべながら先にマルフェスティ教授の証言を求める。まだマルフェスティ教授と残夜の騎士団の関係性についてハッキリと確証を得ていないため、軽々しく情報を渡すわけにはいかないのだろう。


 マルフェスティ教授は話して問題ないかと俺らに視線で問いかける。俺がその問いに頷いて返せば、マルフェスティ教授は口早にこれまでの経緯を説明し始めた。説明を終えると、今度はアデレードさんが俺らに今の話の真偽を視線で問いかけてきたため、俺は間違いないと無言で頷いた。


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