第660話 人形だけが友達

◇人形だけが友達◇


「あぁぁ…私の…私の大切な…竜牙兵スパルトイ…。まだ素材の支払いも終わってないのに…」


 メルルの尋問が終わり、縛られた男の目は血走ったものから涙の浮かんだものに変わった。結局、竜牙兵スパルトイを破壊する行為は男の正気を削るばかりで、まともな会話をすることができなかった。そのためにとうとう全ての竜牙兵スパルトイが瓦礫にへとなってしまったのだ。


 犯罪者であるため、素材はどこぞから盗み出したのかと思っていたが、男の呟きを聞く限り律儀に購入して取り揃えたらしい。先日の事件で大量の竜素材が市場に出回って値崩れはしたものの、それでもこの量となれば結構な額がしたことだろう。しかし残念ながら、たとえ縛られた男が何かを喋ったところでメルルは全ての竜牙兵スパルトイを破壊するつもりではずだ。いくらタルテによって行動停止をしているとはいえ、動く状態で放置するには余りにも危険すぎるのだ。


「そんなに大切なものなら喋ればよろしかったのに…。私の声が耳に届いていないのですか?」


「あっ…あっ…ぁあ…ちょ…見ないで…」


 呆れ果てた声とともにメルルが男の顔を覗きこむが、男は反射的にメルルから顔を逸らしどもったような声を漏らす。人形相手には怒鳴り声を上げていた男は、人が相手になると途端にコミュニケーションが困難になるのだ。


 もしかして女性に耐性が無いのかと判断して俺も話しかけはしたが、残念ながら俺が相手でも縛られた男はどもるばかりでまともに会話にならないのだ。こちらの言っていることは理解しているようなのだが、こいつがまともな言葉を放つのは独り言と竜牙兵スパルトイに話しかける言葉だけである。


「むぅ…。照れ屋さんなのでしょうか…。お話できないと困っちゃいます…」


「どうするメルル?このままじゃ埒が明かないよね…。このまま衛兵に引き渡すしかないかな?」


「お…おほ…おおぉう…」


 女性陣に囲まれて詰問される男の姿を見て、俺はどうも身がむず痒くなってしまう。研究室を血で汚さないために手荒な尋問をしていないのだが、だからこそ彼女達から放たれる圧が逆に強まっている気がするのだ。


 竜牙兵スパルトイを破壊されたショックに加え、女性陣の圧を一身に受けた男は余計に口数が少なくなっている。その様子にこの場でのこれ以上の尋問は不可能だと判断したのだろう、メルルは溜息を吐きながら男の額を掴むように手を当てた。


「話すつもりが無いのでしたら貴方に用はございません…。く、眠りなさい…」


「…わたしは…お人形…が無い…と…眠…れ…な……」


 男はメルルの手が触れたことにビクリと身を竦ませるが、そんなことを無視して彼女は魔法を構築する。人の肉体に直接作用する魔法は困難とはいえ、密着状態ならばその限りではない。メルルの闇魔法は強制的な眠りに男を誘い意識を闇へと落とす。


 男は抵抗するように声を漏らしたが、直ぐに呆けたよう口を開け瞼の中の眼球がぐるりと上を向いた。完全に意識を刈り取られた男は脱力し頭部が床に激突するが、それでも意識が戻ることは無い。彼女が本気で魔法をかけたのならば、半日近くは意識を失っていることだろう。


「それで…まだマルフェスティ教授が行方不明なんだよね。ハルトも別に会えたわけじゃないんだよね?」


「心配ですよね…。猫ちゃんに…いきなり連れて行かれちゃいましたから…」


「それは問題ないと思うぞ。猫に囚われたのなら…危険さえ排除できれば…」


 俺はそう言いながら共に戻ってきたネズミ捕獲長に視線を向ける。ネズミ捕獲長は縛られた男をテシテシと前足で叩いて確認をすると、今度は隣の部屋に続く扉へと向かう。何をするつもりか予期した俺は、後に続くようにその後を追った。


 案の定、ネズミ捕獲長はその扉をカリカリと引っかいて俺に開けろと催促する。その扉は先ほどまでと変わらぬ様子で佇んでいたがその行き先は違うはずだ。俺は扉に手をかけるとゆっくりとそのノブを回した。隙間が空いた瞬間、ネズミ捕獲長がするりと中に入り、部屋の奥へと鳴き声を響かせた。


「なぁぁん!」


「おっと、もうお迎えか。噂には聞いていたが中々に興味深い空間だね。…できればもう少し調べてみたいのだが…」


 開けた扉の先にはマルフェスティ教授が椅子に座って寛いでいた。最初にこの部屋を目にしたときは焦っていた彼女だが、時間を置いたことでそれが妖精猫アルヴィナの作り出した異空間だと気が付いたのだろう、今では自分の部屋のように過ごしている。彼女は読んでいた本を閉じると、惜しむようにしてそれを本棚へと戻した。


 マルフェスティ教授はネズミ捕獲長に急かされるようにして部屋を後にする。彼女の足取りに合わせてその部屋は光が翳り始め、部屋の敷居をまたぐ頃には完全な闇の中に飲まれていた。マルフェスティ教授は最後に惜しむように背後の闇を振り返り、未練を断ち切るようにノブに手をかけてゆっくりと扉を閉めた。彼女でもその領域は安易に立ち入っていい領域ではないと理解しているのだろう。


「やはり襲撃があったみたいだね。君達も…無事なようでなによりだ。信頼して仕事を任せたとは言え、君達も生徒の一人だからね。どうしても心配になってしまったよ」


「その割には随分と寛いでいたようですが。…ですが、まぁ無事な様で何よりですわ。マルフェスティ教授が開放されたということは、今宵の危険は去ったということでしょうね」


 学院の全域を見張っている猫が安全と判断したからこそマルフェスティ教授を開放したのだろう。俺の風でも他の襲撃者の気配を感じ取ることは出来ないが、猫のお墨付きが貰えるのならば心強い。マルフェスティ教授は足に擦り寄るネズミ捕獲長を持ち上げると、腕に抱いてソファーに腰掛けた。


 そしてマルフェスティ教授は興味深げに散らばった竜牙兵スパルトイと縄で縛られた男を見つめる。恐らく俺と同じように研究室の中で戦闘が繰り広げられたと思ったのだろう。続いて彼女は心配するように研究室内の備品に目を這わす。もちろん実際には俺以外は戦闘をしていないため、研究室も散らばった竜牙兵スパルトイとは裏腹に研究室の物には傷一つ無い。マルフェスティ教授は安堵するように息を吐き出した。


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