第659話 事件は研究室でも起きていた

◇事件は研究室でも起きていた◇


「あでっ!?」


 強制的に転移させられた俺は廊下の上に尻餅をついて着地することとなった。何故だか転移がどんどんと手荒なものになってきているが、同じく転移してきたネズミ捕獲長は悪びれる様子も無い。それどころか不恰好な着地をした俺を嘲笑うように顎を上げて一瞥した後、手でクシクシと顔を洗っている。


 俺が飛ばされた場所はマルフェスティ教授の研究室へと続く廊下で間違いないだろう。だが転移した直後の俺は、直ぐにその場所がそうであると判断することは出来なかった。なぜならば、その廊下には転々と鎧を纏った人形が散らばっていたからだ。


「このために俺だけを飛ばしたのかよッ!まだ戦ってるのか!?」


「なぁう」


 なぜネズミ捕獲長がハカとフキの元に俺だけを転移させたのかが謎だったが、どうやらこちらにも襲撃があったらしい。つまり学院には他の蛇の左手の団員も進入してきていたのだろう。俺が戦っている間、ナナ達もここで防衛のために戦っていたのだ。廊下に散らばる大量の人形の残骸から判断するにこいつらをゴーレムとして使役していたのだろう。フキの呪術で作り出されたものか…あるいはまだ見ぬほかの呪術師が攻めてきたのだろうか…。


 そして研究室の中からはゴスゴスと鈍い音が響いてきている。恐らくはこの廊下で防衛線を張っていたのだろうが、あまりの物量に研究室に押し込まれたのだろう。のんびりしている訳にもいかず、俺は加勢するべく研究室の中に勢いよく飛び込んだ。


「きゃっ!?ハ、ハルト!?…ビックリさせないでよぉ…一体何があったらそんな泥だらけになるの?」


「…えっと。こっちの戦いは終わってるのか?」


 研究室の中に入った俺に真っ先に反応したのはナナだ。全身が泥に塗れていたせいで俺だと直ぐには分らなかったのだろう、彼女の波刃剣が振られて俺の目前で急停止したのだ。どうやら俺の心配をよそに彼女達は別に戦闘中ではなかったらしい。唐突に研究室に乱入してきた泥まみれの俺に皆の視線が集まり妙な沈黙が流れた。


「ハルト様。ご無事で何よりですわ。…ですが…それ以上部屋の中に入らないで下さいまし。もう…そんなに汚れては多少の水では綺麗になりませんわよ?」


「ま…まず私が土を引き寄せます…!うわぁ…こんな所にまで泥が…」


 俺が無事に帰ってきたことに安堵してくれているようだが、同時にナナが言ったようにどんな戦闘をすれば全身が泥塗れになるのだという疑問が言葉にされなくても感じ取ることができた。俺の余りの惨状に、メルルが入浴に使った残り湯を隣の部屋から引っ張り出して俺を洗浄してくれる。一先ずは安全が確保されていると判断した俺は、されるがままに身を清めてもらった。


 メルルとタルテに泥を落としてもらっている最中に、俺は部屋の中の様子を詳しく観察する。何があったのかは不明だが部屋の中には何体かの人形が整列しており、その傍らには痩せた男が縄で縛られて床に横たえられていた。その男は猿轡をされているが、それでも何かを訴えるように目を血走らせながら唸り声を上げている。


「えっと…その男が攻めてきたのか?上手く捕らえられたみたいだな」


「戦闘という戦闘にはならなかったよ。だからハルトの援護に行こうとしたんだけれども…場所が分らなくてね…」


 俺は洗われながら現状の確認をする。廊下の様子から激しい戦闘があったと思ったのだが、ナナが言うには特に争うことも無かったらしい。ではどうやってその痩せた男を捕らえたのだろうか…。まさか菓子折り持って挨拶しに来たところを捕まえた訳ではあるまい。


 俺の疑問を察してか、洗浄を終えたメルルが男の下に歩み寄ってその猿轡を外す。すると痩せた男は唾を飛ばすような勢いで怒鳴りはじめたのだ。


「おいぃぃいい!動け竜牙兵スパルトイ!なぜ指示に従わないのだ!お前らに幾らかけたと思っている!」


「ああもう、まだ喋る気は無いのですの?無意味な怒鳴り声は止めてくださいまし。うるさくて仕方ありませんわ」


 男の怒声にメルルが眉を顰めて再び猿轡を噛ます。男は拒否しようと暴れるものの、力ではメルルに勝てないのかあっけなくその口を閉じられることとなった。喧しい怒鳴り声であったが、その声は俺らではなく研究室に鎮座している人形に向けて発せられていた。


 竜牙兵スパルトイと聞いて俺はまさかとタルテに視線を向けた。言葉にはしなかったものの、彼女も俺が何を言いたいのか理解したのだろう、照れるような表情を浮かべながら無言で頷いた。


「えへへ…。その…脅したら動かなくなっちゃいました…」


「褒めるのも癪ですが、その男の腕が良いのでしょう。竜の習性を如実に反映していますわ。…この竜牙兵スパルトイの素材になった竜が…私達に狩られたことも理由の一つですわね」


「ああ…なるほどな。恐怖が…その身に刻まれているのか…」


 竜牙兵スパルトイはドラゴン・トゥース・ウォリアーとも呼ばれ、竜の素材を用いられて作られるゴーレムの一種である。そして、間違いなくこの竜牙兵スパルトイには風紋飛竜ウルブルス・ワイバーンの素材が使われているのだろう。


 本来であれば竜素材を用いた強力なゴーレムであるはずなのだが、メルルの言うようにこの男の腕がいいから素材の可能性を最大限に発揮しているのだ。竜が龍に抱く恐怖と、直近でその龍に狩られた記憶。素材に染み付いたその思いも発揮されてしまったわけだ。


「まだ喋る気が無いようですから…タルテ。追加でもう一体ですわ」


「わ…分りました…!直ぐにばらしますね…!」


 メルルに指示をされ、タルテがゴスゴスと鈍い音を立てながら竜牙兵スパルトイの一体を破壊し始める。今までは直立不動を維持していた竜牙兵スパルトイだが、彼女の手が伸びる瞬間には、まるで生きている様にその身を震わせていた。


 だが、無慈悲にもタルテは竜牙兵スパルトイを破壊しつくし、その残骸を邪魔にならぬようにと廊下に投げ捨てる。その光景に男は更に唸り声を強くし、血走った目玉は血涙を流しそうなほどである。


「ハルトがいなくなって暫くしたらこの男が攻めてきてね。ただタルテちゃんの恫喝で動かなくなっちゃったから、直ぐに鎮圧できたんだよ。この人自身は戦えないみたいだしね」


「よくもまぁ、この量の人形を…。ああ、内部にこいつを招きいれたのは多分フキの分身だぞ。呪符を学院に進入させて、内側から結界をこじ開けたんだ」


「あら、尋問をする理由の一つが無くなりましたわね。…言っておきますが、何か語りませんと全ての竜牙兵スパルトイを破壊いたしますわよ?」


 俺の証言を聞いてメルルが男に言葉を投げかける。…意気揚々と乗り込んで本丸まで至ったはいいが、自慢の竜牙兵スパルトイは戦わせることなく無力化され、今では尋問の材料になってしまっている。


 同情したくもなるが、安全が確保されたという確証もないため尋問をしないわけにもいかないだろう。俺はソファーに腰掛け、自慢の竜牙兵スパルトイを破壊していく彼女達を見つめていた。


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