第652話 地面を揺らすトレマー

◇地面を揺らすトレマー◇


「ほら、少年。戦いだからといってそんな不機嫌な顔をする必要は無いだろう。折角なんだから楽しんでいこうぜ」


 ハカは戦槌ウォーハンマーを足元に打ち下ろすと、おどけた言葉と共に両足を戦槌ウォーハンマーのヘッドに乗せた。そしてポゴスティック、あるいはホッピングのようにぴょんぴょんと跳ね回り、遊具で遊ぶ幼子のように笑っている。しかしハカのおどけた態度がそう感じさせるだけであって、厳つい全身鎧に無骨な戦槌ウォーハンマーは、その瞬間だけを切り取ればアスファルトを固めるランマーやコンクリートを破砕する大型のハツリハンマーを使っているようにも見えることだろう。


 隙だらけに見えるものの、普段の戦闘では全く見ることができない異様な動きに俺は攻め込むのを躊躇した。そして俺が攻撃を仕掛けないことをいいことに、ハカはそれこそ遊ぶように跳ね回りながら俺を中心に旋回する。


「…もしかして…重量軽減は他の装備にも波及しているのか…?」


「そうだよぉ。言ったよね、自慢の鎧だって。跳ねる阿呆あほうに見る阿呆あほう。浮世はまさに阿呆ばかり」


 いくら板金鎧が軽くとも、自身の体重と無骨な戦槌ウォーハンマーの重量がある筈なのだが、ハカの跳躍はまるで月面を跳ねているようで重量をあまり感じさせない。だからこそ俺はまさかと思った言葉を口にしたのだが、ハカはそれが正解だと口にした。


 付与が施された物品ではなく装備者に効果を及ぼす付与は存在するものの、物品自体に効果を及ぼす付与と装備者に効果を及ぼす付与は全くの別物だ。つまりハカの板金鎧には二つの付与が施されていることとなる。全体的な重量の軽減が見込める鎧など、聞いたこともないし性能としても破格の代物だ。流石に鎧以外の重量軽減は永続ではないのだろうが、だからこそ自由に重量を戻せると言う点が厄介でもある。


「だが、軽くなってるなら好都合だ。そのまま吹き飛んじまえ!」


「ぅおっと!そう言えば風魔法使いなんだったな。だが甘い!ゆるぐとも、よもや抜けじの要石っと!」


 俺は跳ねるハカに目掛けて突風を吹かせる。質量は減っていないため木の葉のように簡単に吹き飛ばせるわけではないが、重量が減っていれば摩擦も低下する。つまり、地上にて月を再現するハカはまともに踏ん張ることができないのだ。


 だが、ハカは器用に体を回転させて戦槌ウォーハンマーを地面に打ち付ける。するとそのヘッドが地面に深々とめり込み、ハカの体を留める楔となった。それでも体勢を崩すことには成功したため、俺は風に乗ってハカに迫り剣戟を叩き込むが、残念ながらその重厚な鎧に防がれてしまう。


「怖いね。怖いね。的確に鎧の切れ間を狙ってくるじゃないか。動きも慣れているし…騎士殺しの訓練を積んでるな?」


「…単に急所と重なっているだけだ。生憎と騎士と敵対するような不道徳な人間では無いんだよ」


 構造上、全身鎧にはどうしても隙間が存在する。その主なところが内腿と脇の下なのだが、俺が手際よくそこを狙ったからこそハカは俺が全身鎧を相手取る訓練…騎士殺しの修練を積んだ人間だと思ったらしい。


 だが、残念ながら俺の手際が良いのはそこが人体の急所であるからだ。両方とも太い血管が走っており、斬りつければ致命傷となりえるのだ。ハーフリングは力が弱いゆえに、その剣術は急所を的確に狙う剣術でもある。…殺しの術であるため誰にでも誇れるような特技ではないが、少なくとも騎士殺しと呼ばれるよりかはマシである。


 ハカのように騎士でなくとも全身鎧を纏う者は居るし、戦争ともなれば騎士を相手にすることもあるため、全身鎧の対処法を学ぶことは真っ当な狩人や傭兵でも在りえる事ではあるのだが、騎士殺しは一般的に犯罪者を差す言葉なのだ。


「おうおう。意外と殺意たっぷりじゃないか。でもちょっとばかり運が無かったな。フキとは真っ当に戦えたみたいだが…俺とは相性が悪すぎだな」


「俺は最初っから最後まで殺意たっぷりだよ。第一、人の子といえた義理か?お前だって俺に触れることすら出来てないじゃねぇか」


 軽やかなれど鈍重なハカの動きは、機動力が売りの俺には相性が悪い。こちらを静観しているフキの存在が気がかりではあるが、このまま戦闘を続けてもハカは俺に攻撃を当てられる未来は無いだろう。


 しかし、ハカが言うように俺もハカに対して相性が良いとはいえない。急所である内腿や脇を狙うのは得意であるが、ハカにとってそこは数少ない急所であるため非常に敏感に反応してくるのだ。それこそ、他の部位の防御に注意が逸れる分、鎧を着ていない相手のほうが鎧の有無による身軽さを差し引いても、まだ急所を狙いやすいだろう。


 本来であれば全身鎧に有効な戦術は鎧通しエストックなどの刺突剣や、それこそハカの使っている戦槌ウォーハンマーような打撃系の武器なのだ。俺の双剣も肉厚で身幅も広いため、それこそ鉈や片手斧のように重量があるが、あの鎧の内側に衝撃を伝えるには少しばかり物足りないのも事実だ。


「この身軽な体が鈍いと笑うのかい?俺から剥がれた鈍いは呪い。呪いは大地に浸み込んで、鈍いを皆にお裾分け」


 それでも先日手となれば部が悪いのはハカの方である。まだまだ夜も長いが、研究室から俺が消失したのにナナ達が何もしないとは思えない。上手く時間を稼ぐことが出来れば、その内警備の人間が駆けつけてくることだろう。


 そんな状況にあるにもかかわらず、ハカは何処か気楽に振舞っている。その余裕の態度に違和感を覚えた俺の視線は、奴が地面に打ち込んだ戦槌ウォーハンマーに注がれた。戦槌ウォーハンマーはヘッドが完全に地面に埋まるほど深くに打ち込まれているのだが、その割には衝撃の痕跡が見て取れないのだ。


「あ?分っちゃった感じ?相変わらず目ざといねぇ。勘のいい観客は嫌われるぜ?」


「それも単なる戦槌ウォーハンマーって訳じゃないってことか。…魔槌って呼べばいいのか?」


 今度は戦槌ウォーハンマーを見せびらかすように、ハカは地面から抜き放った。だが残念ながら、湿った音と共に抜かれた戦槌ウォーハンマーは、俺に見せびらかすには随分と汚れてしまっている。それも単なる土汚れではない。ハカの持つ巨大な槌は、湿った泥状の土に塗れていたのだ。


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