第651話 兎じゃないけど見て跳ねる

◇兎じゃないけど見て跳ねる◇


「少年よ。一応聞いておくが降参するつもりは無いよな?博愛主義を語るつもりは無いが、無用な殺しは控える性質たちなもんで」


 フキの後ろに控えるもう一人の男が俺に尋ねかける。その男は全身を堅牢そうな板金鎧で覆っており、僅かに見えるのは口元だけだ。表情はハッキリと見えないものの、その口元はどこか俺を嘲笑するようであり、俺を大した障害とは思っていないようだ。


 男は非戦闘を訴えたが、生憎とそんな提案に乗るわけにはいかない。俺は険しい顔で男を睨みつけ返答の言葉の代わりとする。そんな俺の様子を見て、男はどこか鼻で笑うように溜息を吐き出した。そして俺の反応から戦闘を避けられないと判断したのだろう、鎧の男は唯一生身が見えていた口元を面頬で覆い隠した。


「…言っておくがあまり音を立てるなよ。遮音の呪符も風魔法使いが相手では限界がある」


 フキが不穏なことを呟いたため、俺は念のために音を風で送ろうと試してみるが、不思議と何かに阻まれるようにして音が低減してゆく。俺と同じ風魔法使いであるのならば音の抜け道を作ることも難しくは無いのだが、見知らぬ術で遮音されると簡単に解析することもできない。この様子だと、この遮音の結界はここだけでなく学院の全域に施されているのだろうか…。


「精々努力するさ。…フキはこいつが逃げないように回り込んでおいてくれ。人攫いだけだと思っていたがこんな初っ端に戦うことになるとはな…」


「運搬要員の為だけに貴様を呼んだつもりは無いぞ。猫のせいでこちらは万全ではないのだから、あまり私を当てにするな」


 それでもフキは男に言われたように俺の逃げ道を潰すかのように静かに移動する。呪符を学院内に密輸させて生じさせた分身であるならば投げナイフや大量の呪符は持ち合わせていないのだろうが、そのことに確信が持てないため俺は視界外の奴の行動を把握するべく風を展開させる。


 だが、一番厄介な存在は目の前で相対しているもう一人の男だ。厳重な鎧は生半可な剣撃では傷をつけるだけで精一杯であろう。その防御力の対価としてかなりの重量が奴の身に圧し掛かっているはずなのだが、その男の足取りは不思議なほど軽やかだ。


「…土魔法…ではないな。その見かけで随分と足跡が浅い。重量軽減系の魔術が施されているのか?」


「おお、目ざといな!まさか交える前に気が付かれるとは思ってもみなかったぞ。大抵は単なる全身鎧だと思って疑わないのだがな。いよ、お目が高い!」


 大柄な鎧の男の筋力が弱いとは思えないが、それでも重量を感じさせない動きに俺は違和感を覚えた。パワードスーツのように鎧を土魔法で操って筋力の代わりにしているのかと思ったが、奴の踏みしめている地面の陥没具合から俺は鎧に隠された能力の当たりをつけた。


 奴の反応から確信を得ようと見破ったことを口にしたのだが、当の本人は誤魔化すことなくむしろ当てられたことに嬉しそうな反応を見せた。そしてその鎧を自慢するかのようにその場でトントンと跳んで鎧の軽量さをアピールする。


「しかも単なる模造品じゃなくて永久付与の一品だぜ?どうだ?うらやましかろう?」


「ハカ!御託はいいからさっさとこの小僧を殺せ!目的はこいつでは無いのだぞっ!」


 鎧の男の名はハカと言うのだろうか。どこか暢気な様子のハカにフキが苛立ったように声を掛けた。俺に向けて自慢するようにポーズをとっていたハカは、その声を受けて気分が悪そうに佇まいを直す。そして自身の背後に手を回すと、背負っていた戦槌ウォーハンマーをその手に握って肩に担ぐように構えた。


 戦闘が始まると言うのに浮ついた態度をとっていたハカだが、彼が鎧を自慢したくなる気持ちも分らなくはない。一時的な重量軽減を付与することはそこまで困難ではないが、永久付与ともなると一部の迷宮ダンジョンにて運よく生成されるか、冷たい滅び以前のロストテクノロジーで作られた品しか存在しない。特に重量軽減が付与された鎧は、その性能から高値で取引されるのだ。…因みに付与された品が鎧ではなく剣の場合、対して役に立たないので一気に安価になる。


「鎧だけじゃない。こいつも中々の一品なんだよな。自慢の槌を味わってくれよ。今だけお替り無料の大サービスだ」


 ハカは肩に戦槌ウォーハンマーを担いで俺に向かって走りこんでくる。単なる体当たりと言えば大したこともなさそうに思えるが、板金鎧を来た体当たりは破壊力と言う点では十分な代物だ。俺は横に飛びのくようにしてその体当たりを避けたが、即座にハカは回転し、背負った戦槌ウォーハンマーを横なぎに振るってくる。


 戦槌ウォーハンマーが振り払われ、その重量を感じさせるような風切音を立てる。俺は屈むことで戦槌ウォーハンマーを避けるが、ハカはそのまま回転を止めることなく、今度は振り下ろすようにして戦槌ウォーハンマーを俺目掛けて打ち下ろした。


「お前、そんな攻撃が当たると思ってんのか?流石にそれは…相手を軽く見すぎだろう…」


「その内分るさ。その内にな。おっと、ネタばらしをするつもりは無いぜ?ただでさえ鎧の秘密がばれちまったんだ。ネタばらしは披露した後じゃないとつまらないだろ?」


 当たれば人体など簡単に破砕しそうな戦槌ウォーハンマーであるが、その攻撃は鈍重であり機動力に自信のある俺でなくても簡単に避けることができるだろう。これで奴の動きが機敏であるならばまだ脅威となりえるのだが、奴は板金鎧を着込んでいるため、足取りは軽いものの動きが機敏なわけではない。


 重量軽減のメリットでありデメリットでもあるのだが、重量が軽減されているだけで質量が減った訳ではない。重量軽減とは質量に比例して大きくなる重力の影響度を低減する魔術なのだ。無重力空間に漂う地球を動かすことがほぼ不可能であるように、重量を軽減したところで、静止している物体は静止し続け運動している物体は動き続けるという慣性の法則は変わらずに作用する。


 だからこそハカの鎧に重量軽減の付与が施されていても、加速には時間を要するし、急な停止や方向転換は難しい。逆に俺が奴を蹴ったところで、重量が軽いからといって簡単に突き飛ばせるわけではない。重量軽減が作用しても、奴はヘビー級のままなのだ。


「ほら、もう一発。もう一発。当たれば潰れちまうぜ」


 ハカはまるで月面のように軽やかに跳ねると、そのまま戦槌ウォーハンマーを打ち下ろしてくる。重量軽減のせいでその挙動に違和感を覚えるものの、単純なその動きは余りに読みやすい。俺は数度目の打ち下ろしを故意にギリギリで避け、股下の鎧の隙間目掛けて剣を突き刺すように切り払った。


「おっと、少年。俺の股下に興味がおありか。この鎧の不便な点は直ぐに脱げないことでね…残念ながら鑑賞会はまた今度だ」


「その恰好で下ネタを言うんじゃねぇよ。精神攻撃のつもりか」


 剛健な見た目の鎧に覆われているくせに、中の人の言葉は浮ついて中身の無い言葉ばかりであり、その身軽な動きのせいで道化師のようでもある。その見た目と中身のギャップで敵を惑わす思惑があるのかもしれないが、残念ながら余りにも下らな過ぎて笑う気も起きない。


 だが、単なるふざけた奴ではないらしく、俺の股下への攻撃は身を捻って的確に防いでみせた。通常よりも堅牢な鎧を武器にしているからこそ、その弱点となる場所は確りと把握しているのだろう。ハカは再び宙に跳ねるとクルリと回転して軽やかに着地した。


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