第644話 彼らの懸念と彼の懸念

◇彼らの懸念と彼の懸念◇


「狩人ギルドにも…商業ギルドにも…メルガの曲玉に関する問い合わせの記録は無しと…。よくもまぁこの短期間に調べあげたな。商業ギルドなんて外様には早々に口を開かないだろうに…」


 報告書に書かれていたのはメルガの曲玉の情報が漏れた経緯だけではない。残夜の騎士団はフキと彼が所属している蛇の左手の動向を探るために方々に調査の手を伸ばしているらしい。しかし、その調査結果は芳しくは無く、むしろ情報が得られないことで残夜の騎士団も懐疑的になっているようだ。


 もちろん、マルフェスティ教授の倉庫にフキが現れたことまでを疑っているわけではない。だが、情報が得られないことに対して何か思い違いをしているのではないかと考え、残夜の騎士団は改めて猿を尋問し、マルフェスティ教授にも何か言い忘れている情報は無いのかと尋ねてきているのだ。


「それはそれは。おかしな情報ですわね。残夜の騎士団が疑念を抱くのも自然な成り行きでしょう。ギルドの誰かが鼻薬を嗅がされていたとしても…記録にも記憶にも残らないのは無理がありますわ」


「購入する資金が無かった…訳は無いよね。普通に考えれば、蛇の左手に依頼するほうがもっとお金が掛かるはずだもの」


「蛇の左手と仲良しで…無料で仕事をしてくれた…?それはちょっと不自然ですよね…」


 ナナ達は直ぐに不自然な箇所に気が付いたのだろう。その情報を見て不思議そうに首を傾げている。会話に置いてけぼりになったマルフェスティ教授は不満そうに口を尖らせ、解説を催促するようにつま先で軽く俺の座る椅子を小突いた。


「なんだい、なんだい。解らないのは私とルミエ君だけか。見たまえ。話に加われないでルミエ君が拗ねているぞ」


「…不貞腐れているのは教授じゃないですか。私は別に知らなくても構いませんもの」


 パタパタと足先をバタつかせるマルフェスティ教授にルミエが呆れながら声を掛ける。二人とも普段から商業ギルドや狩人ギルドを利用して買い物をする人間でないため気が付かないのだろう。


「マルフェスティ教授…。俺達や残夜の騎士団は何者かがメルガの曲玉を欲しているからこそ蛇の左手に依頼を出したと考えています。ですが…」


「ん…?ああそういうことか…!なるほど…そう言われると…確かに違和感があるね。最初っから買い物をする気が無かったということか」


 しかし、教授職である彼女は察しが悪いだけで頭の回転が遅いわけではない。俺が全てを言い切る前に何が問題視されているのか理解したようだ。直ぐに機嫌を直し、顎に手を当てて俺らと同じように考えを巡らせ始めた。


 単純な話だが、メルガの曲玉を欲したのならば先ずは正規の手段で入手できないか検討するはずだ。しかし残夜の騎士団が調査した限り、最近商業ギルドにメルガの曲玉を問い合わせた記録は残っていないらしい。メルガの曲玉のような希少な品は、商業ギルドにて扱っている商会を紹介してもらうのが通例であるため、これは余りに不自然な話でもある。それにマルフェスティ教授が所有していることを知ったのならば、彼女に購入する打診があってもおかしくは無い。


「だからメルガの曲玉に以外に心当たりが無いか聞いているのか。だがねぇ…私としても他に心当たりになるものは…。そもそも翡翠を使った代物はあまり持っていないのだよ。…ああ、私がの可能性もあるのか…」


「あの猿と呼ばれている男が再度尋問に掛けられているのもそのためでしょう。メルガの曲玉が標的の代物だと判断したのは彼の証言ありきですから…」


 残夜の騎士団が疑っているのはその点だ。果たしてフキの目的は本当にメルガの曲玉であったのか。実は倉庫に在る、あるいは在ると思われている他の代物が狙われていたのではないのかとマルフェスティ教授に訪ねかけてきている。


 しかし当の本人には思い当たる代物は無いらしい。彼女は研究室に置かれていた他の翡翠の装飾品を取り出してみるが、そのどれもが翡翠の置物と表現できるほど大きくは無い。


 金や宝石の類が使われている価値の在りそうな代物も存在はするが…果たして盗みに入るほど価値があるかといわれれば疑問である。だがしかし、オッソも似たようなことを疑問に思っているらしい。報告書には追伸のような形で、これは残夜の騎士団ではなく個人的な懸念なのだがと前置きを置いてから文章が付け足されていた。


「…マルフェスティ教授が持っていたのは…本当にメルガの曲玉なのかってどういうこと?渡したメルガの曲玉が偽物だと疑っているわけじゃないよね?」


 オッソが付け足したであろう文章をナナが読み上げる。まだ見ぬ残夜の騎士団の他の団員はメルガの曲玉が標的の代物なのかと疑っているようだが、オッソさんはマルフェスティ教授が所有していたメルガの曲玉が、本当にメルガの曲玉なのかと疑っているようだ。


「…そもそもオッソは…メルガの曲玉は蛇の左手が狙うにしては少し弱いと考えているみたいだな。確かに貴重な触媒だが…、所詮は触媒だと。金を詰まれたら動きはするだろうが、メルガの曲玉にそこまで金をかける者がいるのか…ねぇ」


 言われてみれば頷けもする推論だ。実用品であり、なおかつ希少。買おうと思っても買うことすら困難なメルガの曲玉ではあるが、それを欲するのは魔法使いや魔術師だ。実用品であるからこそ、貴族や商会が大金を積んでまでメルガの曲玉を欲するとは思えない。そもそも宝飾品としての価値はあまり認められていないのだ。


「それはつまり…あれかい?もしかしなくても私の鑑定が間違っていると言いたいのかな?…どうやらオッソ殿とはみっちりと話をする必要があるようだね…」


「本物じゃないなんてありえるのですかぁ?だって…偽物ならあの扉の鍵を作るときに判明しますよね?」


 マルフェスティ教授が所有していたメルガの曲玉が本物なのかと疑っているオッソの意見に、マルフェスティ教授とルミエがそんなはずは無いと反論する。事実、俺としてもあの翡翠の塊が単なる翡翠の塊とは思えない。少し見ていただけでも異様な雰囲気を振りまいていたのだ。


 それは魔法使いだからこそ強く感じ取ったのかもしれないが、同じくあのメルガの曲玉を間近で見ているオッソも感じ取ったことだろう。だが、それでも妙な違和感を感じ取ったために追伸のような形で俺らに疑問を呈してきたのだ。再び機嫌を悪くするマルフェスティ教授をよそに、俺は積まれていた本の山から一説の書籍を取り出した。


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