第640話 メルガの曲玉を求めて

◇メルガの曲玉を求めて◇


「わ、私はどうすればいいんだい…!?それともあれかな!?そうやって脅してメルガの曲玉を騙し取るつもりじゃないだろうね!?」


 メルガの曲玉を研究室に移動すれば、流石に狙われることはないと思っていたのだろう。未だに蛇の左手がマルフェスティ教授の持つメルガの曲玉を狙っている可能性があり、更にはより手荒な真似をしてくると聞いて彼女は混乱したように口早に言葉を吐き出した。


 今回の件が単なる盗人の犯罪だったのであれば、警戒されたことで向こうもあきらめるのだろうが、オッソの齎してくれた情報から判断するに、相手はプロの犯罪組織だ。向こうの状況などがハッキリとしないため断言はできないが、それでも犯罪組織の人間が簡単にあきらめるとは思えない。


「いえ、なにも脅迫などするつもりは…。…ですがそのメルガの曲玉を我々、残夜の騎士団に預けて頂けるのならば、私達のほうでもマルフェスティ様の身の安全を守り抜くことをお約束いたしましょう」


「…守るとはいいますが、メルガの曲玉を餌に蛇の左手を釣る腹積もりってところですか…」


「もちろん下心が無い訳ではないですが、こちらとしては現状通りマルフェスティ様にメルガの曲玉を所持して頂いて、それを秘密裏に警護するほうがより効果的なのです。ですがそれではマルフェスティ様に確実に危険が及びますから…」


 俺が都合よくメルガの曲玉を利用するつもりかとオッソに言葉を投げかけるが、彼としてはこれでも譲歩した条件なのだと答えた。確かに残夜の騎士団としては下手に手を出して蛇の左手に警戒されるよりは、このままの状況を維持してもらったほうが蛇の左手に対して残夜の騎士団が動いていることを秘匿できるだろう。


 しかし、俺らはまだ残夜の騎士団の方針をハッキリと把握しているわけではない。それこそメルガの曲玉を預かりながらも、同時にマルフェスティ教授が未だにメルガの曲玉を所持していると匂わせ、二つの餌で蛇の左手を釣りだす可能性だってあるのだ。


「な、なぁ。君はどうするべきだと思う?私はあまりこういったことは得意ではなくてね…」


 オッソが少しばかりの打算を働かせたからか、マルフェスティ教授は俺に縋るように訪ねてくる。こちらとしても残夜の騎士団よりマルフェスティ教授の味方になりたいため、少しばかり今後の展開について考えを巡らせた。


「…まず第一に、何かしらの形でメルガの曲玉を手放すのが最も安全かと…。それこそ蛇の左手にくれてやってもいいかもしれません」


「うぅ…。出来れば手放すのは避けたいのだがな。これでも私が自らの手で見つけ出した貴重な異物なのだ…」


 貴重な異物なら扉の施錠機構に組み込むなと言いたくはなったが、俺はその言葉を飲み込んだ。身の危険があるとはいえ、ここでメルガの曲玉を手放すのは悪に屈するようで気分の良いものではないだろう。


「メルガの曲玉を売るにしても問題がありますわ。単純な話ではありますが、手放した情報が蛇の左手に伝わらねばマルフェスティ教授が狙われ続けます」


「だけどオークションなんかに出品するにしても、その場合は手続きに時間が掛かるよね。変に手放すことを仄めかすだけじゃ…」


「焦った敵さんが盗みに来ちゃうかもですね…。むぅ…その間…遠くまで避難しておきます…?」


 彼女達の言うとおり、メルガの曲玉を売り払ってもその情報が蛇の左手の耳に入らなければ意味が無いだろう。皮肉なことに高額な商品の取引は盗賊の標的になることを防ぐために基本的に内密に処理される。今から商業ギルドに駆け込んでもその情報を蛇の左手が入手できるかどうかは未知数だ。


「待ってくれたまえよ。売るくらいなら残夜の騎士団に預けるほうがまだマシだよ。…事が済めばメルガの曲玉は返却してもらえるのだろう?」


「それはもちろん。望むのであれば念書も用意いたしますよ」


「マルフェスティ教授ぅ…。私はさっさと手放したほうがいいと思いますよ?既に調べ終わった物品なんですからいいじゃないですか…」


 売り払う手段も完璧ではないと聞いたからか、残夜の騎士団にメルガの曲玉を預けることにマルフェスティ教授の心情が流れた。そもそも土地の高い王都で収集品のために倉庫を用意するほどなのだ。彼女には手に入れたものを手放したくないという収集家の気質があるのだろう。


 ルミエはマルフェスティ教授に手放すように訴えかけるが、俺にもあまり残夜の騎士団を信用しすぎるなという思いがある。だが、敵の動きが不透明であるこの状況では残夜の騎士団に委ねるのも有用な手段の一つではあるだろう。ここで恩を売っておいて彼らをなるべく味方に引き入れるのだ。


「…確かに…絶対安全な手段は現状では存在しませんわね。売り払ったほうが比較的安全だとは思いますが…残夜の騎士団の守りを信じるのも一つの手段でしょう」


 俺の考えを見透かしたようにメルルがそう呟いた。逆にナナのほうは俺と同じようにオッソのことを静かに観察している。俺がそうであるように、彼女もまた残夜の騎士団に警戒心を抱いているのだろう。


「…皆様の考えていることは良く分ります。時に我々は復讐心に駆られて暴走しますからね。ですが、協力者を無碍にするようなことは決して致しません。…実も蓋もない話ではありますが、信頼を裏切ることをしてしまえば、協力者が減ってしまうでしょう?」


 そしてその思いはオッソにも通じたらしい。彼は苦笑いしながらも俺らの懸念を解すように言葉を投げかけえてくる。俺らが心配しているのは、彼が言ったように復讐を優先するあまりにマルフェスティ教授を囮として危険な目に会わせるのではないかという事だ。


 マルフェスティ教授は瞳を閉じながら腕を組み静かに考えを巡らせている。そしてゆっくりと目を開くと俺とオッソを見比べるように視線を移動させた。


「私は…この前の仕事で君らの事をかなり信頼している。狩人としての力量もメイバル領の一件の顛末を聞けば誰しもが認めることだろう。…だからこそ、素直に君の意見に従っておきたいのだが…できればもう少し協力してもらえないだろうか?」


 マルフェスティ教授は俺の目を見つめてそう呟いた。そして自分の考えを示すかのようにゆっくりと顔をオッソにも向ける。残夜の騎士団ではなく俺らを信用するからこそ、その選択をすると言うのであれば、俺らとしてもあまり反対することはできない。


 今度は俺らが女性陣に相談するかのように視線を投げかければ、彼女達もまた、仕方が無いと言いたげにゆっくりと頷いてみせた。


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