第636話 会いたくて会いたくて
◇会いたくて会いたくて◇
「それでは、宜しければ戦った相手の特徴を教えて頂けないでしょうか。ああ、貴方達が捕らえた鍵開け師…猿でしたか?彼のことは既に聞いているため大丈夫です。私が求めているのはあなた方と戦って逃走した男のほうでして…」
テーブルに肘を突き顔の前で手を組んでみせたオッソの瞳に、少しばかりの影が差した。その瞳に宿る暗がりは残夜の騎士団らしさがあり、先ほどまでのどこか暢気そうな雰囲気は他者に対する縁起の一環なのだと思えてしまう。
それでも漏れ出した剣呑さは僅かなものであり、内に秘めた暗さをまだ十分に隠せている。現にマルフェスティ教授は雰囲気の変化に気が付かず、未だに俺の横で得意気な顔で腕を組んでいる。意外に怖がりな彼女のことだから、もしその僅かな変化に気がついていたら、怯えて再び俺を盾にしていたことだろう。
「結構特徴的な奴だったからな…。何から語るか…」
「できれば
そう言いながらオッソが懐から取り出したのは一枚の人相書きだ。顔の大半がフードで隠れているためハッキリとはしないが、間違いなく俺らと戦った黒衣の男が描かれている。
「そもそもこの人相書きは俺の提出した奴の写しですよね。戦闘が終わった直後に描き始めましたから、まだ記憶が鮮明な状態でした」
「おっと。似顔絵師ではなく貴方が直接描かれたのですか。…これは私が先入観に縛られているというよりも、あなた方が驚かせ上手なのかもしれませんね」
その人相書きは俺が描いたものではないが、俺の描き方までもが模写されている。構図も細部も同様であるため、同一人物を描いた絵ではなく俺の描いた人相書きを模写したものだと見破ることができた。
別にオッソは俺が本当に戦闘したのかと怪しんで人相書きを出したわけではないのだろう。むしろ、そこに描かれた特徴が彼の探す人物と酷似しているからこそ、念のために俺に再度確認してきたのだ。それを示すかのように、俺が間違いないと断言すると人相書きを見つめながら確信を得たように深く頷いてみせた。
「人相を隠すための黒衣かもしれませんが、この男にとってはこの黒衣自体が特徴的な奴でしてね。何より戦い方が…」
「その黒衣の下に大量の投げナイフを隠し持って投擲による攻撃がメイン。だが併用する呪符が特に厄介で、技巧に満ちた投擲術以上に初見での対応が難しい相手…」
オッソの言葉に続けるように俺が口を開く。その内容により確信を色濃くしたのか、オッソは神妙な様子で頷いてみせる。やはり彼が追っているのはあの黒衣の男で間違いは無いようだ。見るからに裏社会に染まったような人間であったため、残夜の騎士団が追っている人間であってもおかしくは無い。
「やはり間違いではないようですね。投擲術も呪符も真似しようと思って真似できる技術ではないため、他人の空似というには無理があります」
「けれども、こっちとしても戦っただけで黒衣の男を知っている訳ではありません。あの男を既に知っているならば…特に耳寄りな情報は…」
俺は続けて戦闘に至るまでのあらましと、戦闘で黒衣の男が使った戦術を語ってみせるが、オッソは目を閉じて相槌を打つだけで驚く様子は無い。俺が戦闘で知った内容は既にオッソも知っている内容なのだろう。
それでも俺の話す情報に落胆することは無く、彼は一つ一つの内容にまで感慨深げに耳を傾けていた。分身し更に自爆した術のことを話せば、よくぞ無事に切り抜けたものだと賞賛する言葉すら俺らに投げかけたほどだ。
「君は彼について深く知っているようだね。よければ今度はそっちから知っている情報を話してくれないかね?これでも私だってその男の被害者なのだ。なぜ私の倉庫が狙われたのか知りたいと思うのは自然な話だろう?」
「マルフェスティ教授ぅ。不安ならあの石を騎士団に預けましょうよ。私は狙われている物といっしょにあの部屋で作業したくないです…」
俺の話が一段落したところで、今度はマルフェスティ教授が口を挟む。確かに自衛のためには相手の情報を知っておくに越したことは無いのだが、彼女は単純に好奇心を刺激されたから知りたがっているのだろう。むしろルミエのほうが事件に関わることに消極的であり、メルガの曲玉を手放せとマルフェスティ教授に声を掛ける。
しかし、一方的に話を聞くのもフェアじゃないと思ったのだろう。オッソは少しばかり逡巡した後、マルフェスティ教授の言葉に納得したように頷いてみせた。
「私としては…その狙われた物が奴への手掛かりになるため詳しく聞きたいのですが…それを話してもらうには…」
「先にあの男について教えてくれてもいいだろう?等価交換というわけじゃないが…、なに、互いに気持ちよく語るには一方的な会話よりも対話が重要なのだよ。一方的に声を投げかけるのであれば、獣にだってできる芸当なのだからね」
マルフェスティ教授の言葉に促されるようにして、オッソは再び懐に手を入れると一枚の手配書を取り出した。その人相書きは先ほど差し出した俺の人相書きの写しとは異なり、随分とくたびれ襤褸切れになりつつある状態であった。
あまり手荒に扱うと破れてしまいそうなその人相書きを、オッソはその巨体に似つかわしくないほどの丁寧な動作で広げてみせる。劣化し黄ばみがかったその紙面には、俺が描いた似顔絵とは異なるものの恐らくは同一人物だと見て取れる男が描かれていた。
「ここら辺の手配書ではありませんね。様式が随分と異なっておりますわ。こちらは…起こした犯罪の箇条書きでしょうか…」
「こっちの紙は…手配書じゃなくてただの似顔絵ですか…?…随分とありますね…あれ…?こっちは別の人みたいです…」
そしてオッソが取り出した人相書きは一枚ではない。十数枚の紙束が広げられ、中には明らかに素人臭いタッチで端切れのような紙に描かれた似顔絵も存在する。大量の似顔絵は描かれたであろう時も場所も異なっているようで、それが各地を股に掻ける残夜の騎士団の軌跡を物語っているようにも思えた。
そしてその紙の厚さは復讐を望む怨嗟の声でもあり、同時に悲劇によって流れた涙の数でもある。それを見つめるオッソは感情を失ったかのように無表情であり、淡々とした動作で紙の中から比較的ハッキリと人相が描かれているものを俺らに向けて差し出してみせた。
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