第634話 残夜の騎士団

◇残夜の騎士団◇


「復讐者ってことは…残夜の騎士団でしょうか?有名なクランですけど、実際に所属する方と会ったことはありませんね」


 マルフェスティ教授の復讐者という単語を聞いて、ナナはどこの騎士団なのか直ぐに気が付いたようだ。そのクランは余りにも有名な存在であるため、俺も得心がいったように顔を上下に揺らした。残夜の騎士団は傭兵ギルドに所属するクランであるのだが、その実態は少しばかり特殊なクランなのだ。


 まず、一般的なクランとは違い纏まって活動することのほうが少なく、その構成員は各地に散見している。そして他のクランと掛け持ちが自由、上納金も無しという随分とゆるい実態で活動している。まるで名目上で存在しており、活動実績の無い名ばかりのクランのようではあるが、だからといって彼ら彼女らを軽視する人間は存在しないだろう。


「青銅のびょうを掲げ、主君ではなく民草に誓約を立てた放浪する騎士の果て…。中には正規の騎士であっても残夜の騎士団に名を連ねる者も居ると耳にしますわ」


「青銅の鋲ですか…?随分と変わったものを掲げていますね…?」


 唯一、タルテは残夜の騎士団のことを知らないようで、メルルの言葉にタルテが首を傾げた。竜なのど強力な魔物や武器など、あるいは俺らのように縁起の良いものがシンボルに掲げられることは多いが、青銅の鋲という武器とも縁起物ともいえないものが掲げられていることを不思議に思ったのだろう。


「おやおや、それは少し不勉強だね。夜に誓う乙女の話は知らないのかな?伝承ロアは考古学というよりも民俗学の分野なのだが、まぁ地続きの学問だ。私のほうからあらましでも話してあげよう」


 マルフェスティ教授はそう言うと、続けざまに夜に誓う乙女という伝承ロアを語り始める。その話自体は単なる昔話に過ぎないのだが、ある意味では残夜の騎士団の存在理由を如実に表す物語であろう。


「冒頭はそうだな…、昔々ある所にと始まるよくある設定だ。とにかく父母に娘一人、仲の良い幸せな家族が居たのだ。だがしかし、その幸せも一夜で消え去ることになる。一人の強盗が家族の家に押し入り、父と母を手に掛けたのだ」


 娘は母親に押し込まれるようにしてクローゼットの中に隠され、ただ一人そこで事件の顛末を見つめることとなる。ただ一人、震えることしかできなかった弱き娘は、だが、冷たくなった父母に誓うのだ。何をもってもこの仇をとると。因果は応報せねばならないと。


「それに応えたのが復讐の女神であるニュエスだ。ニュエスは娘に知恵を授け、様々な場面で導くこととなる。そして、あぁここからは地方によって展開が変わってね。娘の居る娼館に強盗の男が客で来るとか、あるいは見初められた商家の旦那が強盗の男だったりと…。とにかく、復讐の相手と閨を共にすることとなった娘にニュエスが授けたのが…」


 青銅の鋲であったという。娘は青銅の鋲を手に隠し持ち、そしてそれを男の首に突き立てたのだ。ただの小さな青銅の鋲に過ぎないはずなのに、それは簡単に男に突き刺さり、異様な苦しみを伴って男の身を苛むこととなる。


「なぜ青銅の鋲であったかというと、この話が産まれた頃はまだ冶金の技術が未熟で、青銅製が一般的であったからであろう。言ってしまえば最も安価で手に入りやすい凶器が青銅の鋲であったのだよ」


「つまり、残夜の騎士団の掲げる青銅の鋲は復讐のシンボルであると。その昔話が元になってるのは俺も初耳ですね」


 その話が示すように残夜の騎士団は復讐代行人だ。やっていることは賞金首稼ぎバウンティハンターと似通っているのだが、彼らは好んで復讐の肩代わりを引き受ける。それこそ復讐することに意味があるため、依頼人が貧しく依頼料が払えなくても問題は無いのだ。


 一箇所に留まることは無く各地に散らばって放浪する彼らは、クラン員同士の繋がりがあるため、互いに復讐対象の情報を共有しあっている。傭兵ギルドにその身を置いているものの、ある意味では復讐代行ギルドという別の形のギルドを自分達で構築しているといっていいだろう。


「復讐する騎士さんですか…。その…それは…騎士なのでしょうか…?」


「騎士は一歩間違えれば単なる暴力に過ぎないから、その刃を向ける先を迷わぬように主君を仰ぎ、自身を律するために騎士道という戒めを抱くのだけれども…。残夜の騎士は復讐にそれを見出したんだよ…」


 騎士とは何かを疑問視するタルテにナナが苦い顔をしながらそう答えた。騎士は暴力装置にならぬよう仕える誓約を見出すものだ。それこそが騎士道の始まりではあるのだが、残夜の騎士団が見出したものは余りにも薄暗い誓約だ。ただ、それは縋る者が生まれるほどには確かなものなのかもしれない。


 広範囲で執念的に活動する彼らは非常に名の知れた存在であり、復讐という題目を掲げているものの、刃の向かう先は犯罪者であり存在そのものも犯罪の抑止力にもなっているため、正規の騎士団とは認められてはいないが彼らのもつ権力は中々のものだ。だが同時に、執念の強さと権力の強さを併せ持つ彼らは疎まれることも多く、マルフェスティ教授もそういった話を聞いているため警戒をしているのだろう。


「国からは無視されがちな民草のか細き声に耳を傾けると言えば聞こえがいいが…、その刃は随分と血に濡れていると聞くよ。君らは狩人なのだからもっと詳しいのではないかな?傭兵は同業他社みたいなものだろう?」


「俺も聞いた話ですが…、人によるそうです。さっきメルルが言っていたような正規の騎士と兼任しているような団員はまともらしいですけど…。あと、狩人と傭兵を同一視したら知識が浅いと馬鹿にされますよ」


 復讐代行人たる残夜の騎士団は所属するための規約が緩い事もあり、構成員は多種多様だ。例えば犯罪を許すことができない義憤に駆られた者。これは比較的にまともで中には高潔な人物も居るだろう。あるいはただ単に所属することで名前を利用したい者。これは無視しても構わない。彼らは民草の見方を謳っているため、名を借りても悪どいことはできないのだ。


 問題は当人も復讐者であり、復讐の手段として残夜の騎士団に所属している者だ。そういった者の全てが問題だとは言わないが、彼らにとっては復讐が第一であり、時にそのために越えてはならない一線を跨ぐ事もある。


「なんだい。会ってみてのお楽しみということか。…もし怖そうな人だったら、少しぐらいは間に入ってくれてもいいんだよ?か弱い乙女の盾になってくれたまえ」


 わざわざ学院を通してマルフェスティ教授に連絡を取ってくるあたり、訪ねてきている残夜の騎士団はまともそうに思えるが、それでも彼女は不安なのだろう。マルフェスティ教授は笑みで怯えた顔を隠しながらも、俺の両肩に手を載せ来客室へと押すように誘導していった。


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