第633話 清く暗い訪問者
◇清く暗い訪問者◇
「少し調べてみたけれど、メルガの曲玉って凄いみたいだね。ほら、王都で最後に取引されたのは十年も前で、その時はオークションまで開いてかなり高騰したらしいよ」
あの倉庫の騒動から数日たった後、ナナがなにやら調べていると思ったがどうやらメルガの曲玉について調べていたようだ。調べるといっても狩人ギルドに情報提供を求めただけなのではあるが、彼女の差し出した資料には意外にも多くの情報が記載されていた。
というのも、メルガの曲玉を巡って狩人ギルドに依頼が発注されることが多いからなのだろう。各地を巡り、
「へぇ…。マルフェスティ教授が持っていましたので遺跡などから出土するのかと思っておりましたが、随分と辺鄙なところからも見つかるのですね」
「川原で見つかったこともあるみたいですよ…。あとは旧家の倉庫からでてきたり…古い遺跡から掘り出されることもあるみたいですね…」
マルフェスティ教授が語っていたように古き時代の祈祷師が使用していた祭具であるのだが、発見場所は随分と取り止めが無い。メルガの曲玉は副葬品に選ばれることは少なく、そのために古代の墓を掘り返しても出てくることは無い。かといって御神体などのように据え置くことも無かったため、遺跡を暴けば確実に出てくるものだというわけでもないようだ。なぜならば、当時の風俗ではメルガの曲玉は後継者に受け継がれるものであったようで、時代が流れる過程で紛失したり他人に受け渡されたり忘れ去られたり…、そうやって様々な場所に散っていったとのことだ。
そんなメルガの曲玉が現在でも高値で取引されるのは、触媒としての有用さに加え、その生産地であったメルガが既に無いということだろう。東の交易路で栄えたと街、あるいは国だと言われているが、現在においてはその正確な位置すら不明なのであり、果たしてその街が存在したのが冷たい滅び以前なのか以後なのか、そのことすら分っていないらしい。各地の古い文献にその名が散見しており、メルガの曲玉を始めとする実在の痕跡を残す品があるものの、大半が幻に覆われた存在なのだ。
「…探して見つかるものじゃないとなると、あまり食指は動かないな。川原を漁って砂金を探したほうがまだ建設的だな」
「もう…。いい?ハルト。お宝探しに建設的という言葉はタブーだよ。こういうのはロマンを動力に好奇心を活力にするものなんだよ?」
俺が冷めた発言をすると頬を膨らましたナナが文句を呟く。俺だって少年の心を失ったわけじゃないが、そもそも狙って見つかるものじゃないのだから好奇心動力機関にロマン燃料を注いだ所で行き着くところは暴走だ。もちろんナナも本気でメルガの曲玉を探しに旅立とうと言っているわけではないはずだ。
俺らはそんな話を交わしながら紅茶に手を伸ばす。俺としてはコーヒー党なのだが、このサロンで彼女達に合わせて紅茶を嗜む内に随分と紅茶を好きになったものだ。たまには甘い洋菓子を苦いコーヒーで流し込みたくなるが、これはこれで悪くはない。
「ああぁ!皆さん!見つけました!やっぱりこの時間はここにいらっしゃるんですねぇ」
「…なぁ。少し前にもこんなことが無かったか?」
「そう言えばあのときもルミエちゃんがここに私達を探しに来てたね。サフェーラさんに教えてもらったのかな?」
ルミエの登場に俺は飲んでいた紅茶を戻しそうになる。机の上に散らばった書類は依頼書ではなくメルガの曲玉の資料なのだが、あのときもこんな状態のときに彼女がサロンに姿を現したのだ。あと一つ相違点を付け加えるのならば、彼女の後ろにマルフェスティ教授の姿があることだろう。
「ええとですねぇ…マルフェスティ教授が御用があるそうです。ちょうど来賓質に向かう途中らしくて…」
俺らが微妙な反応をしていたからか、ルミエがおずおずと言葉を投げかけてくる。彼女自身は非常に好感の持てる子なので俺らは慌てて顔を取り繕った。
「それはいいですけど…。ルミエ、あなた何でまだマルフェスティ教授の小間使いを続けているのです。研究室の掃除ももう終わったのでしょう?」
「えへへへ…。そのぉ…テストの点をおまけするから研究室の雑事を手伝えとぉ…。私はその甘言に唆されてしまいました。多分マルフェスティ教授は悪魔なんですよぉ…」
「…それで悪魔になるならば、教授陣の大半は悪魔ですわ。随分と物騒な学院になりましたわね」
メルルが小声でルミエに疑問を投げかければ、彼女は恥ずかしそうに身を縮めながらそう答えた。…意外に欲望に弱いあたり、ルミエとマルフェスティ教授は相性がいいのかもしれない…。
「そう嫌そうな顔をしないでくれたまえ。教授に訪ねられて喜ぶ学生は少ないが…私だってそんな顔をされると傷つくのだぞ?」
「ええと…ごめんなさい。もしかして倉庫の前の洗浄の依頼ですか?一応…衛兵の手が離れないと対応できないはずなんですが…」
俺らの微妙な反応に、マルフェスティ教授は両手の人差し指をツンツンと触れ合わせながら悲しそうに眉を落とした。流石に失礼な対応であったと俺は慌てて彼女に声を掛けた。
マルフェスティ教授に依頼の発注を促したものの、実際には衛兵が捜査をしているため手を付けられないはずだ。その点を狩人ギルドが見逃すはずは無いので、依頼が発注されていることは無いはずなのだが、では一体何の用件なのだと俺はマルフェスティ教授に尋ねた。
「私も面倒だとは思っているのだがね、この前の事件でどうやら客が訪ねて来るらしいのだ。学院を通して話が来たものだから断れなくてね。事件について聞きたいことがあるらしいのだが、それならば実際に犯人と相対した君らも居たほうが良いだろう?」
「衛兵がわざわざ学院に?ああ、騎士団に嗅ぎ付けられましたか?…言っておきますがメルガの曲玉のを取り上げられそうになっても、あまり味方にはなれませんよ」
わざわざ訪ねて来ると聞いて、俺は恐らく騎士団だろうと予想した。有用ではあるが危険かと言われれば疑問の残るメルガの曲玉を騎士団が預かる必要があるとは思えないが、今は何かと物騒であるため一時的に保管するといって持っていかれてしまう可能性はある。
「いや、それが…騎士団には間違いないのだが…、正規の騎士団という訳ではないのだよ。彼らについては…君らのほうが詳しいと思うのだが…」
しかし、俺の言葉を否定するようにマルフェスティ教授は首を横に振った。正規で無い騎士団など存在するのかと言えば、意外にも多く存在する。大半の少年は騎士に憧れ、その道を逸れたとしても騎士を自称する事が多いのだ。俺の地元にも騎士団を自称する総勢三名の騎士団がいた。…実態は狩人のチームであったが…。
「彼らは…まぁ…騎士団というよりは復讐者と言った方が通りはいいだろうね。正義の有無などは誰にも分らないが、少なくとも礼儀を有していることを願うよ」
マルフェスティ教授は指先を額に当てると、困り顔を左右に振った。そして俺らに同行を促すように、サロンの出口に向かって体を開いてみせた。
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