第627話 仕留める時

◇仕留める時◇


「…ほぉ。無傷か。避けるのだけは上手いじゃないか」


 俺が大量の投げナイフをかわしてみせたからか、黒衣の男は感心したように呟いた。しかし、そう口では語りながらも攻撃の手は止まることなく、次々と投げナイフが俺に向けて投擲される。今度は速度に緩急が付いていたり、頭上に放って上方から降り注ぐように攻撃したりと、まるで俺の反応を楽しむように様々な攻撃方法を試してくる。


 だが所詮は投げナイフだ。重さも無く弾けば簡単に逸らすこともできる。むしろ故郷には複数の剣を土魔法で操作し、一人で騎士団を再現できる狩人が居たのだ。彼と比べればこの黒衣の男は下位互換とも言ってよいだろう。彼は一人では全ての剣を持ち運びできないという欠点があるため、強いて言えば機動性は黒衣の男のほうが勝っているかもしれないが…。


「…どうした?先ほどの攻撃を見る限り風魔法を使うのだろう?使ってみたらどうだ」


「言われなくても使ってやるよ…ッ!」


 痩せた男を守るためとっさに放った風魔法を黒衣の男は見逃してはいなかった。向こうは俺の引き出しを探るように挑発的に攻め立てる。肉弾戦より凶器を用いた武術、凶器を用いた武術よりも魔法、魔術のほうが往々にして実際の力量ではなく大番狂わせジャイアントキリングが起き易いため、俺が魔法使いだと気が付いて警戒しているのだろう。それに、自分自身がが初見殺しや分らん殺しの手法を使うからこそ、その警戒心は人よりも強いかもしれない。


 こちらもばれた手札を大事に隠すつもりは無い。風魔法を使って投げナイフを吹き飛ばし、更には自身を加速させて黒衣の男の影を追うように距離を詰める。矢弾よりは重量があるため逸らずらいものの、俺の風にとっては対して変わらない。


「…応答炸符。風を吹き飛ばせ…」


「便利だなそれ。雑貨屋に売ってるのか?」


 だが、こちらの風魔法に応えるように黒衣の男も札を使った攻撃を混ぜてくる。投げナイフの柄に呪符が結ばれており、それがこちらの魔法に反応して衝撃を放つのだ。剣と投げナイフの鋭利な切っ先が切り結ぶような戦闘でありながら、その実、目に見えぬ風と衝撃波が幾重にも重なるように互いの合間で爆ぜることとなる。


 斥候職を兼任している俺も暗殺者のような黒衣の男も、静謐を重要視するような存在に見えるが、実際には喧しい音が静かな夜の街に響く。俺としては音を聞きつけ夜警が駆けつけても構わないのだが、黒衣の男には煩わしい状況になることだろう。案の定、こちらを探るように慎重に攻めていた黒衣の男の攻撃が、決着を急ぐように段々と苛烈になってゆく。


「どうした?妙に焦れてるじゃないか。夜は長いんだし楽しもうぜ?」


「…仕事を楽しむのは良いことだが、必要以上に時間を掛けるのは問題だろう」


 だが決着を急いでいるものの、それでも黒衣の男は余裕の態度を崩さない。それは残り時間としては俺が有利なものの、戦況としては黒衣の男が有利な状況が整いつつあるからなのだろう。戦場に散らばった投げナイフは回収と共に俺を攻撃するためだけの布石ではない。地面に突き立った投げナイフには呪符が結ばれており、その呪符が他の投げナイフの軌道を不可思議に変えたり、俺の魔力に反応して衝撃波を放つのだ。


 そして、一際勢いをつけて投擲された一本の投げナイフが俺の足元に突き立った。次の瞬間にはその投げナイフに結ばれた呪符が発動し、込められた魔術が周囲の投げナイフに影響を及ぼした。


「こんな場所で逃げ道が無くなるとは思わなかっただろう。剣で弾くのも、同時ならば防ぎきれまい」


 周囲の投げナイフを集める魔術により、俺に向かって大量の投げナイフが迫ることとなる。奴としては必殺の攻撃であるのだろう、大量の投げナイフの向こうで嘲笑する黒衣の男の笑みが見えた。しかし、相手は風魔法使いであるこの俺だ。既に見た魔術なら余裕で対応することができる。


「お前、風魔法使いと戦ったこと無いだろう。この程度の豆鉄砲…いつく飛ばしても無駄なんだよ」


 風魔法の発動速度は他の魔法と比べても群を抜いている。跳ね上がって俺に向かって飛来する投げナイフを見てからでも、予期していたのならば発動が間に合うのだ。


 俺を中心として、小型ながらも非常に強い竜巻が渦巻く。真横からその強風を浴びることとなった投げナイフは、容易くその風に絡め取られて俺の周囲を回転した。それでも常に札に向かう引力が働いているのか、逸らされて明後日の方向に飛ばされるのではなく、俺の足元に突き立っている投げナイフの札に向かおうとしている。


 俺は風に舞うようにしながら、足元にある投げナイフを黒衣の男に目掛けて弾き飛ばした。すると、追従するように風に絡め取られていた投げナイフも黒衣の男に目掛けて殺到することとなる。


「意趣返しか…。自分の武器で傷つく訳無いだろう…」


 殺到する投げナイフに黒衣の男も流石に慌てるかと思ったが、黒衣の男は冷静に対応する。彼がパチンと手で拍子を刻めば、投げナイフは一斉に勢いを無くし、糸が切れたかのようにその場でバラバラと落下した。


 だがそれでも必殺の攻撃を凌がれたからか、少しばかり攻め手が弛む。その隙を突くように、俺が伏せていた秘密兵器が勢い良く黒衣の男の側に駆け寄った。


 銀月を彷彿とさせる彼女の銀髪は、夜に潜むには些か目立つ色合いではあるが、今の彼女には闇魔法のベールが施されており、闇に紛れるように姿を眩ましている。彼女の接近に黒衣の男が気が付いた時には既に遅く、丁度彼女の剣が放たれる瞬間であった。


「…!?応答壁符!なぜ反応しない!」


「夜の魔法は秘匿の魔法!便利なお札のようですが…私には反応しないようですわね!」


 闇のベールが剥がれ、彼女の銀髪と銀色の剣が露になる。僅かな青みを帯びたその輝きは、黒衣を切り裂き男の肉を断った。それでも男は反射的に飛びのき同時に投げナイフを投擲するが、同じく銀色の円盾に容易く阻まれることとなる。


 そして秘密兵器はメルルだけではない。飛びのいた黒衣の男に向かって今度は別の路地から飛び出したタルテが距離を詰める。


「これが壁ですか…!構いません…!諸共いきますよ…!」


 今度は例の防壁が反応するものの、足を地面に固定しているタルテはその壁に吹き飛ばされることは無い。彼女の放った拳は呪符の壁を強引に突き破り、黒衣の男を倉庫の壁に目掛けて勢い良く突き飛ばした。


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