第628話 戦いは数だと古事記にも書かれている
◇戦いは数だと古事記にも書かれている◇
「四人がかりで悪いが…まさか卑怯とは言わねぇよな?」
倉庫の壁に激突し、パラパラと砂埃を浴びる黒衣の男に俺はそう声を掛けた。黒衣の男を血の臭いが香る存在と揶揄していたが、今の男からは実際に濃厚な血の香りが漂ってくる。メルルが斬りつけた傷は決して浅くは無く、そこにタルテの拳が叩き込まれたのだ。死にはしないものの暫くは戦闘不能で行動はできないだろう。
唯一、先ほどの攻撃に参加していなかったナナがジリジリと距離を詰めて戦場に近づいてくる。彼女は奴の逃走経路を潰すために静観していたのだが、黒衣の男が倉庫の壁際に追いやられたのを見て包囲網を狭めてきたのだろう。
「…居るとは思っていたが、随分と毛色の違う奴らが出てきたじゃないか…。同業者と思っていたが、日向の人間か?中々見事な立ち回りだったぞ。何処かの傭兵団の一員か…あるいは独立したのか…」
「プライベートな質問はよしてくれ。それに口説くにしてもあまりに場所と状況が悪いんじゃないか?」
ゆらりと、軽口を叩きながら黒衣の男は重力を感じさせない動作で立ち上がる。脱力し肩からだらんと下げられた腕からはポタポタと血が滴り落ち、足元の地面に滲むように広がってゆく。思いのほか早く立ち上がったことに違和感を覚えるが、それでも流れ落ちる血は奴の命が削れている証拠だ。
しかし、その違和感は正しかったのだろう。黒衣の男が一呼吸した後に血の滴りは不思議と治まったのだ。男が纏っている黒衣に血を吸われているだけかとも思ったが、それにしては黒衣が濡れて重さを増している様子は無い。そんな違和感を俺らに与えながらも、黒衣の男はからだの違和感を確認するように各部を動かしている。
「…おかしいですね…。腕を折った感触があったのですが…。光魔法の気配も感じませんし…」
「私の斬った傷も思ったより浅いようですわね。…それとも、何かカラクリがあるのでしょうか…」
メルルの斬った傷だけなら勘違いもあり得るだろうが、タルテによって骨折させられた腕までもが健在なのは可笑しな話だ。俺もその瞬間を目撃したし、骨の折れる音も確かに耳にしたのだ。だが、黒衣の男に間接が増えた様子は無く、全くの無傷という訳ではないが、それでも戦闘不能には至っていない。
俺らは警戒して黒衣の男の様子を見守った。見ようによっては黒衣の男に回復の時間を与えているようにも見えるが、迂闊に手を出すにはあまりにも黒衣の男の出方が読めないのだ。
「…この状況でも安易に距離を詰めないか…。やりにくい相手だよ」
「怪しい男に気軽に近づくわけ無いだろ。近づいて欲しけりゃもう少し真っ当な恰好をしてくれ」
案の定、黒衣の男は何かを仕掛けていたのだろう。ニチャリと粘性のある笑みを浮かべながら、備えていたであろう一枚の呪符を足元に捨てるように手放した。木の葉のように舞いながら落下した呪符は黒衣の男の血溜まりに落ち、瞬く間に赤黒い血に染まっていった。
それが発動の合図でもあったのだろう。血溜まりに魔力が走ったかと思えば、メルルの血魔法のように鋭利な血の棘を作り出したのだ。あのまま安易に黒衣の男に近づいていれば、その血の棘に体を貫かれていた可能性は十分にありえるだろう。
「血魔法…!?…いえ、呪術の一種でしょうか…。血は呪いとは相性が良いですから、恐らくはその性質を利用したものかと…」
「メルルと同じことができるとしたら、かなり厄介だね。…でも、吸血鬼じゃないなら使える血の総量は少ないのかな?」
まさかのキャラ被りにメルルが驚きながらも顔を顰めた。呪符を用いていたため全く同じ魔法とは言えないだろうが、珍しい血魔法が再現されたとあって俺も軽く驚いている。呪術と魔法は全く体系が異なっているため、魔法使いの常識からはかけ離れているところが厄介なのだ。
そしてわざわざ罠として伏せていた血の棘を俺らに見せたのは、更に時間を稼ぐためでもあったのだろう。血の棘の効果が終わりただの血溜まりに戻ると。そこには大量の呪符を取り出した黒衣の男の姿があった。
「身外身定命符。
「…!?ナナ!呪符を焼き払え!」
「了解!軽く炙る感じでいくよ!」
突然の、しかも街中で火魔法を使えという無茶な注文にナナは即座に答えてくれた。彼女の
炎が収まり宵闇が波のように辺りに押し寄せるが、その闇よりも濃い黒衣が俺らと相対するように並んでいる。その姿は先ほどまでの黒衣の男と寸分変わらないものであり、あまりに奇妙な光景に俺らは瞼を瞬かせた。
「…八つ子でしょうか。ご兄弟でいらっしゃるとは…なかなか仲の良いご家庭ですわね」
「…
俺らの目の前には八人に増えた黒衣の男が佇んでいた。視覚に作用する幻術の類かと思い、俺は風で周囲を探ってみるが、風は八人の男がそこに実在していることを教えてくれる。その感覚すらも幻という可能性があるが、そうなると俺の認識そのものを騙していることとなる。
「八対四だが、みんな私なのだ。よもや卑怯とは言わないだろうな」
「喋っているのが本物か?それなら分りやすいんだがな」
「そう思うなら斬ってみるがいい。だが、容易くはないぞ」
俺の返答に別の黒衣の男が応える。残念ながら会話能力を持つ者が本物というわけではないらしい。だがそれでも言葉のニュアンスから本物が紛れていると推測することができる。偽物と本物が存在するということは、どうやらメルルの八つ子説は間違いとみて問題ないだろう。
八人の黒衣の男が示す合わせるように一斉に投げナイフを構える。投げナイフまでは増えていないのだろうが、残念ながら大量に持ち込んでいるため人数が増えても武器の数には困らないようだ。そして、相対するように俺らも剣を構え八人の黒衣の男に相対する。より苛烈になるだろう戦闘を予期するかのように、各々の武器が鈍い光を放った。
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