第620話 在りし日の姿

◇在りし日の姿◇


「ようやく…。ようやくここまで来たね。こうしてみると意外と立派な建物なんだね」


 放課後の清掃作業を始めて数日が経つと、ついに隠れていた倉庫の建物が俺らの前に露になった。マルフェスティ教授の所有する倉庫は、隣の狩人ギルドの所有する保管庫と比べれば階数も少なく面積も半分以下なのだが、それでも個人で所有しているには立派で確りとした造りの倉庫であった。


 間口は狭く、窓も通気の為だけの小さな隙間が上階に並んでいるだけの建物は、通常の建造物よりも壁が広くモルタルが所々剥がれて積み重なった壁内のレンガが顔を覗かせていた。だが、劣化を見せているのはその剥がれたモルタル程度であり、外があの惨状であったのに対して倉庫自体は朽ちることも崩れることもなく平然と佇んでいた。


「いやはや、妖精の首飾りの皆様、お疲れ様です。見違えるほどに綺麗になりましたね。この倉庫のちゃんとした姿を見たのも久方ぶりですよ」


 俺らが倉庫の中に入る準備をしていると、隣の狩人ギルドの職員が顔を覗かせてそう声を掛けてきた。彼は自身の顎を撫でながら、感慨深げに倉庫の様子を眺めている。あの惨状が一夜にして出来上がったとは思えないため、彼の言うとおり綺麗な状態になるのは久しぶりなのだろう。心なしか、倉庫の壁も太陽の光を浴びれて喜んでいるようにも思える。


「もしかして私が困っていたから依頼を受けてくださったんですか?」


「いえ…実を言うとあの後、この倉庫の持ち主が知人であったことが判明しまして…。ついでに早急に倉庫の掃除をする必要があると頼み込まれて受注したわけです」


 狩人ギルドの職員は申し訳無さそうに頭を掻きながらそう言った。どうやら自分のために依頼を受けてくれたのかと思っているようだが、実際は受けるつもりなど無かったのだ。少しばかり心苦しい思いを抱きながら俺は彼に言葉を返す。


「ああ、もしかして騎士団に警告されたんじゃないですか?ほら、メイブルトンの事件は知っていますでしょう?あれの原因の一つに古い呪物が関わっていたとかで最近はそれ関係に煩いんですよね」


 俺の言葉を聞いて職員は思い当たる節があったのか納得したように頷いてみせた。聞けば騎士団は狩人ギルドが管理している魔道具や魔剣などにも管理状況がどうなっているのか口を出してきているらしい。マルフェスティ教授の倉庫にも呪物や魔道具が混じっていると知っていたため、同じように騎士団から警告されたのだろうと推測したのだろう。


 そしてそれは間違いではない。俺らが倉庫の外に積み重なったゴミを掃除していると、騎士団の人間が現状を確認するためにやってきたこともあったのだ。火は起こしていないものの、王都の中で炭作りをしていることを知られるわけにはいかないため、その時は肝を冷やしたものだ。幸いにして丁度、孤児院の子供が炭を引き取った後であったため、僅かに残った炭の粉を風で吹き飛ばして事なきを得ることができた。


「皆さん鍵を開けましたよぉ。中は…綺麗とは言えませんが、一応は整理されていますね」


「埃が凄いですね…。ハルトさんに吹き飛ばして貰いましょう…!」


 俺が職員と話していると、倉庫の鍵を開けていたルミエから声が掛かった。ここからでは倉庫の中は見ることができないが、風で簡単に感知してみると確かに中には物が多く、同時に複数の物体が俺の風に干渉していることが感じ取れた。やはり中にも呪物などが溢れているのだろう。


「ああ、一応聞いておきますが…、夜間も作業していましたか?昨晩のことなんですけれども…」


 作業に戻ろうと職員に会釈をしてその場を離れようとするが、そんな俺を引き止めるように声が掛けられた。何を聞いているのかいまいちはっきりとしなかったが、夜間の作業はしていなかったため俺は素直に首を横に振った。


「流石に日が暮れる前に撤収していますよ。急いでいるといっても、夜通し作業するほどでもないので…」


「…実を言うと、昨夜は仕事の関係で遅くまでこの保管庫に居たのですよ。そしたら、その倉庫の周りで人影を見まして…」


 この倉庫の向こう側は大通りとなっているため夜間でも人通りが多く、遅くまで営業をしている飲み屋などもあるのだが、裏路地に当たるこちら側は、倉庫街となっているため夜間の人通りは殆ど途絶えることとなるだろう。


「貴方方では無いとなると、近隣の者が金目の物でも漁りにきたのでしょう。呪物に呪われた話が出回ってからは誰も近づかなかったのですが…、恐らくは妖精の首飾りの皆様が作業しているのを知って、呪いの噂が嘘だと思ったのか…。…ギルドの保管庫があるのでこんなことは言いたくはないのですが、ここいらは中央部ほど治安が良くはありませんので、戸締りは確りしてくださいね」


 彼も俺らが夜間に作業しているとは思っていなかったようで、困り顔で手癖の悪い者が出始めたと告げた。ゴミを漁る程度の者ならば、本格的に盗みに入る可能性はそこまで高くは無いだろうが、それでも注意するに越したことは無い。職員は警戒を促すように俺にそう告げた。引き止めてでも声を掛けてきたのは、恐らくそのことを伝えたかったのだろう。


「情報ありがとうございます。…まあ、あの倉庫の中は聞いた限りでは高値で売れるものは入っていませんが、貴重な品ではあるそうなので気をつけますよ」


「ええ。それでは私も仕事に戻りますよ。手を止めさしてしまい申し訳ありませんね」


 今度こそ俺と職員は分かれて、互いの仕事場に戻ってゆく。女性陣には少しばかり待たせることとなってしまったが、彼女達は倉庫の中には入らず入り口にて俺がやってくるのを待っていた。そのため俺は小走りで駆け寄ったのだが、どうにも彼女達の様子がおかしいことに気が付いた。


「すまんすまん。…何かあったのか?」


「うん、ちょっとね。ハルトならもっと詳しく解るかな?ここを見てもらいたんだけれども…」


 何か問題があったのかと、俺は誤りながらも彼女達に尋ねかけた。すると深刻そうな顔をしたナナが俺に見て欲しいものがあると倉庫の中を指差した。倉庫の中には灯りの類が備えられていないのだが、既にタルテが光魔法を使って内部を照らし出してくれている。


 上方の小窓から注ぎ込む日の光と、タルテの魔法の光が内部で混じり、数多の影を作り出しながらも倉庫の内部は広く見通すことができた。しかし、ナナの指先はそんな倉庫の奥ではなく、入って直ぐその足元を指差していた。


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