第619話 エコのために火を焚べろ
◇エコのために火を焚べろ◇
「木箱…中身は…鼠捕りに…木彫りのニシン…あとは
学院での授業を終えた俺らは集合してマルフェスティ教授の倉庫に赴いていた。それぞれ皆で分担して、ただひたすら発掘作業のようにゴミの山を処理してゆく。捨てるものと捨てないものの分別は不要ということであったが、木材や金属ゴミでその行方は異なるため、その仕分けをしながら道の傍らに積み上げてゆく。
基本的に金属片は鍛冶屋ギルドに引き取ってもらえるし、近隣の住人が端切れを漁ろうとしたように木材は焚付け用の木々として売ることだってできる。そのため、俺らはゴミを単に運び出すだけではなく、筋力にものを言わせて分解しているのだ。
「ハルト。孤児院の子達が戻ってくる頃だからそろそろ溜まった木材を炭にしちゃおうよ」
「んあ。もうそんなに時間が経ったのか。単純作業は時間を忘れがちになるな」
俺が鼠捕りの金属部分を捥ぎとって端切れとなった木材を投げ込むと、そうナナから声が掛かった。俺はその声に従ってゴミの山から離れ、今しがた端切れを投げ込んだ木材の山に近づいた。倉庫の外に散らばっているものの大半が木材ゴミであるため、少し作業するだけで山のように積みあがるのだ。
この大量の木材はそのままでも喜んで引き受ける者も居るのだが、せっかくだからと俺とナナで協力して炭に変えているのだ。幾ら元が端材だとしても、炭となればそこそこの値で売ることだって可能だ。そのため、無償で渡すから売ってはどうだと孤児院に声を掛けたところ、喜んで協力してくれたというわけだ。俺らはこのゴミを扱いやすいように処理するだけで、孤児院の子供達が持って行ってくれるのだ。
「ナナ。加熱して構わないぞ。…くれぐれも火は控えめにな」
「もう。解ってるよ。さっき作った炭だって中々のできだったでしょ?」
本来は炭窯を用いて作られる炭ではあるが、意外にその原理は単純で品質に拘らないのであれば、素人でも簡単に作ることができる。先ずは風魔法を用いて木材に酸素が供給されないように外気と遮断する。そして、火魔法を用いて直接火がつかないように加熱するのだ。
そうすると木材が熱分解され、炭素以外の余分な有機成分がガス化して抜け出して炭と変質する。炭作りは長時間の加熱を必要とする作業ではあるのだが、木切れを魔法で直接加熱しているため、俺の作り出した風壁の向こうでは瞬く間に木切れが黒く色を纏い始めた。
「ハルトさん…!ナナさん…!これも追加しちゃって良いですか?」
「始めたばかりだから大丈夫だよ。真ん中あたりに投げ込んじゃってね」
「軽くで良いからな。風壁は薄くしか張っていないから、簡単に通過する」
俺とナナが炭作りに精を出している間にも、タルテが重機の如くゴミを片付けてゆく。恐らくはそれなりの腕前を持った木工職人が作り出したであろう頑丈そうな机も、彼女にとってはパンケーキとさして変わらない強度であったようで、まるで破砕機のローラーのような両手が簡単に粉砕した。
王都の中で炭作りをしている俺らが珍しいのか遠巻きに見ている人も居たのだが、タルテの怪力を目にするとギョッとしてその場を後にする。見ていただけで喧嘩を売るような強面は居ないのだが、流石にタルテの怪力に恐ろしさを感じたのだろう。
「ルミエ。また変なのが出てきましたわよ。これは…一体何なのですか…?尿瓶に見えますが、内側に棘が付いていますわね」
「ええと…これは南部に多い亀を象った甕ですね。…ただ、様式が無茶苦茶ですぅ。恐らく、盗掘品と称して作られたレプリカです。これも古い時代の代物ですが…歴史的価値はありませんね」
そして、やはりというかゴミに混じってよくわからない呪物的な代物も出土している。俺らからすれば何のために作られたかすら解らない民芸品なのだが、ルミエは意外にも的確にそれを判別していっている。
「意外ですわね。ルミエに解るのですからマルフェスティ教授ならば入手する前に偽物だと解るのでは?」
「むしろマルフェスティ教授の研究があったからこれが偽物だと解るようになったんですよ。これを手に入れた時はまだ未解明だったみたいですね。…見てください。この下の文様は海の民が願掛けに用いたものに似ているのですが、細部が違う性で意味を成していないのです」
ルミエはメルルから渡された発掘品を説明するように差し出してみせる。好意で説明しているのだろうが、あまり興味を惹かれないのだろう、メルルは後ずさりをするとルミエを落ち着かせるように手を二人の間に翳してみせた。
「ル、ルミエ…。後で聞きますので、今は分別してしまいましょう。呪いの気配がありますが…この程度ならば炎で浄化されますでしょう」
「変な魔道具も出てきましたよ…!とりあえず…誤作動しないように壊しておきますね…!!」
「ま、待て下さいぃ。それは…魔物撃退用の魔道具で…爆発する可能性が…」
ルミエが慌てて止めるが、その声が届く前にタルテは片手でその魔道具を握りつぶす。まるで電化製品がショートするかのように溢れ出た魔力が火花を瞬かせるが、タルテは平然とそれを手の平のうちに閉じ込めた。
タルテの漢解除を見て、ルミエがもう何も言うまいと口を紡ぐ。しかし、その視線は呆れているというよりはどこか尊敬するような眼差しも混じっている。ルミエはそのまま傍らにあった同型の魔道具に意味深な視線を注ぐが、タルテの真似されては困るとメルルがその魔道具を先んじて拾い上げてタルテに投げ渡した。
「流石に今日中…どころか明日の作業でも終わりそうに無いね。しばらくは学院が終わった後に通わないと」
「まぁ、纏まった時間も取れないしな。中が証言どおりマシである事を願おう」
日暮れが近づいていることから作業終了の時間が迫っていることを感じ取ったのだろう。ナナは現場を見渡した後、額にかいた汗を拭いながらそう呟いた。ゴミの量もさることながら、日中は学園で過ごしているため纏まった時間が取れずに作業が思いのほか進んでいないのだ。
だが、それでも今日の分の進捗は目に見える形で進んでおり、数日もかければ完全に片付けられることだろう。俺は炭作りで発生した最後の煙を風で薄めるようにして上空に飛ばすと、再びゴミの山を採掘する作業に戻った。
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